第八十二話 政府の役所

 どうにか無事にタケルの殺害を実行できたわけだが、暗殺依頼としての報酬は受け取りたくなかった。

 とはいえ政府としても殺害を確認できたのであれば、そして実行したのが俺という暗殺者なのであれば、報酬を支払うのが道理だそうで。


 俺は師匠に連れられて政府の役員の下へ行くことになった。


 どうしても嫌だと言って拒んでいたら役員自ら説得すると言い出したらしい。どう言われても俺が受け取ることはないので無駄だと思っているのだが、そういうわけにもいかないようだ。

 それなら師匠の懐に入れるとか、受け取った体にしてどこかに寄付するとか、色々方法はあると思うのだが。


 そういう理由を役員の人に伝えてもらったのだが、どうしても聞き入れてはもらえなかったらしい。そんなこんなで、師匠が「もう当人同士で話し合ってくれ」と音を上げたわけだ。

 俺としてはなにを言われても報酬を受け取る気はない。……例え「じゃあ殺人罪で死刑で」と言われても。ただまぁ死んでもいいと思っているわけではない。全力で逃れるように誘導はしてみるが。


 ともあれ、政府の役員と会うのに政府の本拠地へ行く必要があった。


 要するに、我が国の首都である。

 そもそも自分のいる国について、特に政治に興味があるわけでもなく、暗殺対象が基本的には政府の敵だったのであまり気にしてこなかったのだが。


 俺が転移してきてからずっと暮らしてきた国の名は、メオランテ共和国と言う。俺が転移してくる前のこと、革命が起きる前はディエルド大帝国という名前だったらしい。

 ディエルド大帝国は典型的な身分主義の国で、平民を奴隷のように扱っていた。異世界人の扱いも殊更に酷く、人としての権利を保証しないからと家畜か玩具のような扱いを受けていたようだ。その名残についてはこれまでの暗殺でも見て取れていた。

 武器などの物資も平民に行き渡らせないよう徹底していたため、これまで反乱しようにも反乱できない状況に抑えられていたという話だ。そんな中でも思わぬ味方の登場によって物資が行き渡り、革命軍が結成されて革命に至った。


 その中でも色々なドラマがあったそうだが、そこはとりあえず割愛。大事なのは革命後に、元の名前を丸っきり無視した国名に変わったのかが大事。

 元々の首都は別の街にあったのだが、革命時に積年の恨みを晴らすべくほぼ暴徒と化してしまった革命軍がボロボロにしてしまった。まぁ身分主義の国の首都なんてモノは、おおよそ権力の象徴の権化みたいな感じなのだと思う。虐げられてきた側からすると見ていたくない風景なのかもしれない。


 その結果、王城ごとぶっ壊した。


 ……うん、過激。いや、それだけ鬱憤が溜まっていたと見るべきか。

 兎に角、資金になる金品などを回収した後、鬱憤を晴らすべく自由に破壊して良いということにしたというわけだ。モノを壊すのはストレス発散になるそうだから、暴力的な行動に出られるくらいなら、そうして発散させた方がいいと判断したのだろう。


 まぁそんなわけで首都が滅んだので、他の街を首都に変えて現政府が設立されたと。国名のメオランテは現首都の元々の名前だそうだ。

 大帝国という体制を完全に崩壊させたので民主主義の新たな体制から共和国と名づけたそうだ。


 現在の国を仕切っている代表者は、革命軍のリーダーでもあった人物とのこと。


 そんなことを考えながら馬車に揺られて、立派な首都を訪れた。


「よく考えたら、久し振りにシゲオを独り占めできたんだねぇ」


 馬車を降りた師匠がそんなことを言ってくる。いきなりそんな嬉しそうな顔しないで欲しい。俺からは普段の態度を大幅に変えることは難しく、変に距離を置かないようにだけはしている状態だが。


「……それで、待ち合わせ場所はどこですか?」

「折角なんだから見て回るよ」


 師匠は少しむすっとした顔をした後で、俺の腕を取って引っ張り回し始める。


 基本のスタンスが変わっていない俺ではあるが、二人で首都を回ることが所謂デートに該当するという自覚はあった。……まぁ、楽しめたのでいいか。


 存分に街を回った後で、待ち合わせの時間になったらしく政府の役所? らしき場所へ向かった。待ち合わせまで時間があったということは、師匠はわざと早めに来たということになるが……。


 街で一番大きな建物は首都の中央に聳え立つ城のような建物で、現在の政府が本拠地としている場所になる。その次に大きな建物が、今回俺達が訪ねる政府の役所となる。本拠地の建物の周囲に割りと深そうな水が溜まった堀があって、堀の外側には道があるのだが、その道を挟んですぐ傍に役所はあった。


 正式名称を、メオランテ共和国市民相談都市役所と言う。長い。


 市民が色々な相談を持ちかける場として用いられており、主に市民の困り事を管理しているところになる。市民の困り事=暗殺依頼などということだ。

 相談を受けたら暗殺者に振るか冒険者に振るかなどを決めているそうだ。


 基本的には直接会って話し合うことはないそうなので、今回は本当に特例ということだろう。


 師匠と共に役所の中へ。


 中はかなり綺麗で、元の世界のオフィスを彷彿とさせた。入り口から入ってすぐに受付があって人が立っている。それだけなら中世でも再現できるだろうが、石材のような綺麗で透明感のある内装だった。


「お待ちしておりました。アネシア様、シゲオ様」


 受付のカウンターに立っている人、ではなく受付の横に佇んでいた人がお辞儀する。

 眼鏡をかけた堅い雰囲気を持つ美女だ。表情まで堅く、無機質な感じがする。スーツではないがそれに近い服装も堅苦しさを演出していた。


 正直苦手だ。


「私の後についてきてください。部屋へ案内します」


 女性は言ってつかつかとヒールを鳴らして歩いていく。大人しくついていくと一つの部屋へと案内された。中に入ると机と椅子が並ぶ空間がある。三対三で座れるような机だ。


 女性が片側の真ん中に座り、師匠は対面の左端に座った。……俺に正面座れと。

 師匠の意図を汲み取り、仕方なく女性の前に腰かける。他人と目を合わせるのは苦手なので、ぎこちなく部屋の内装の方を眺めた。


「初めましてになりますね。私はレマ・フォンティーヌ。政府からあなた方へ依頼を斡旋する担当者をさせていただいております」


 どうやらこの人が普段から俺達が受けている政府依頼を取り纏めている人のようだ。書類の向こう側にいる人間なんて想像もしてこなかったが。


「……あ、はい。シゲオ、シゲオ・シャドウムです」


 相手が暗殺という言葉を使わなかった以上こちらも使うべきではない。と言うか初対面の人に普通の自己紹介ができるほどのコミュ力すらない。名前を名乗るだけで精いっぱいだ。あとシャドウムっていう苗字久し振りに名乗ったな。


 女性、レマさんは挨拶もそこそこに本題に移る。師匠とはなかったので知り合いなのだろう。


「今回シゲオ様をお呼び立てしましたのは、先日あなた方に依頼した件について話し合いの場を設けさせていただきたいと思っているからです」


 レマさんが淡々と話を進めていく。人と目を合わせると緊張するのに自ら目を合わせに行くとは何事か。妙な癖である。


「先日の依頼は国――いえ、世界を揺るがすほどの重大な案件でした。私共としては、対象者の殺害を達成したシゲオ様には報酬を受け取っていただかなければなりません。政府として、国として示しがつきません。成果には相応の報酬が支払われるべきです」


 どうやら防音面は気にしなくていいようだ。殺害なんて言葉を使ったのだから、暗殺者であることを告げても問題ない場所ということだろう。そうでなきゃ話なんてできないか。


「……アネシアから聞いていると思いますが、今回は依頼ではなく個人的に行ったことです。報酬が支払われる義理はありません」


 俺はまだ淡々と返答した。これまでにも師匠伝に言っていることだ。


「例え依頼でなかったとしても、あなたの成果は報酬を貰うに値する偉業です。実際、あの者には多額の懸賞金がかけられており、指名手配されていました。こちらが提示した金額はそこに上乗せしたモノとなっておりますが、依頼で殺したのでなければ懸賞金額の分は受け取っていただくのが筋です」


 身勝手だな。


「……これも言いましたけど。暗殺依頼の達成として処理してアネシアに入金を行えばいいのでは? 前々から俺の依頼完遂の料金はアネシアに支払っていますよね。俺は受け取る気はありませんが、そちらは実質的には払ったことになりますので」


 我ながら投げやりな提案だと思う。俺に支払うにしろ師匠に支払うにしろ、入金先は師匠なのだから師匠に払ってしまえばいいじゃん。俺に直接払う意味なくない? ということだ。


「それではいけません。報酬は達成した方に支払われるべきです。シゲオ様に受け取る気がない以上、支払っていないのと同じ意味になってしまいます」

「……金銭の管理も彼女が行っているので、俺の知らないところで使わせれば支払ったことになりますよね」

「それをアネシア様が実行されると?」

「するわけないね。シゲオが嫌がることを」

「だそうですよ」

「……」


 師匠が傍らで肩を竦めているのがわかった。……まぁ、うん。俺もするわけないと思っていた。されたと知ったら絶対に許さないだろうし。アネシアとの関係がそこで終わるまである。


「……じゃあ、俺が受け取ったことにしてどこかに寄付でもすればいいのでは?」

「シゲオ様が本当にそういった用途で利用されることに、心から賛同いただけるのでしたらそうしますが」


 レマさんは言ったが、俺が頷かないことをわかっているようだ。……それがわかるのならこの話し合いが成立しないこともわかっているだろうに。


「……はあ。そうすればいいんじゃないですか」

「そのような返答では、心からの賛同とは受け取れません。シゲオ様がお望みでない用途に使用することは、できません」


 勝手にそうすれば良かったのに。そうすれば俺は文句もなく、「へぇ、あっそう」で終わっていた。


「……というか、寄付に使われることを望まないとわかっているのでしたら、この話し合いに意味がないこともわかっているのではありませんか?」


 俺は内心で思っていたことを口に出す。俺にしては、初対面の相手に強気だと思う。仕方がないことだ。タケルのことは、譲れない。


「そ、そのようなことはありません。話し合えばきっとわかります」

「……最初からそうしていれば、今回の依頼すらなかったでしょうにね」

「…………」


 レマさんが目線を逸らしたのに対して言うと、押し黙ってしまった。少し意地悪が過ぎただろうか。ただし、手を緩める気はない。今の俺のスタンスはどう足掻いても変えることのできないモノだ。早々に諦めて欲しい。アネシアとのデートの楽しい思い出が薄れてしまう前に。


「も、申し訳ございませんが、私にも退けない理由がございますので」

「……あなたが退かなくても受け取る気にはならないので別にどうでもいいですが」

「……っ」


 ……あっ。ちょっと泣きそうになってる。申し訳ない。が、崩れてくれるなら泣いてくれたっていい。


「……そもそもの話、迷い込んだ異世界人に非道を働いて恨まれたのは、自業自得ではありませんか? 非道を働いた連中は既に殺されているでしょうが、暗殺対象が違うのではありませんか?」


 言葉を続けつつ、師匠をちらりと見やる。少し呆れている様子だったがなにも言わず、俺がアイコンタクトで尋ねたことに対して頷いてくれた。

 レマさんが返答しない内に次の言葉を放つ。


「……俺が同じ異世界人だということは知っていますよね? なら、今回の依頼に納得していないことくらいわかりますよね? 懸賞金をかけたのもこちらの世界の都合でしかありません。貰いたくないという気持ちはわかってもらえないんですか?」


 俺にしては珍しく叩みかけるようだ。……ただまだ弱い。もっと、徹底的に。反論の余地を与えてはならない。


「……それとも、おれの気持ちには寄り添えないのですか?」


 軽く首を傾げて尋ねた。レマさんは口を結んで瞳を潤ませている。もう少しで決壊しそうだ。泣かせたいわけではないが、泣いて退いてくれるのならそれでいい。


「……そのようなことは、ありません……っ」


 レマさんはそう答えた。そう答えるしかない。だってメオランテ共和国は異世界人に法律を適応させ、民として認めた国なのだから。


「……で、ですが、一つお聞かせください」


 ただまだ質問をするようだ。……口が巧い方じゃないからな。戦いや暗殺ほどとはいかないか。


「シゲオ様は、なぜ彼を殺害したのですか? 話を聞いている限りですと、殺しにではなく守りに行くのではないかと思うのですが」

「……それ、答える必要ないですよね。個人的な殺害理由なんて」


 しかし、俺はつい突き放してしまった。これについては仕方ない。師匠含む誰にも言っていないのだから、無関係の他人になにも言う必要はない。

 相手を納得させるのであれば、「彼は俺の唯一の親友で憧れの人でした。その彼があそこまで堕ちたのだから殺すのが一番いいやり方だと思いました」だろうか。まぁ俺にできることなんて相手を殺すことだけなので、そっちでもいいかな。


 タケルとのことについては、根本的に他者の理解を求めていなかった。


「……はい、すみません」


 涙が零れてしまった。最初の凛々しい印象はどこへ行ったのか、しゅんとしてしまっている。申し訳ない。

 レマさんはハンカチを取り出すと目元を拭い、鼻を啜った後で言った。


「お恥ずかしいところをお見せしました。……シゲオ様が報酬を受け取らないであろうことはわかっておりましたが、直接お話してどうしても不可能であると理解しました。申し訳ございません」


 彼女は深く頭を下げる。真摯に謝られるとこちらが悪い気がしてくる。いや悪いんだけど。


「……はい。受け取りません。ですので、勝手に手柄を取ればいいんじゃないですか? 政府に関係する強い人を見繕って殺しましたと発表すれば。死体はないんですから」


 それでも俺は投げやりに言った。政府の体裁を整えるためならそれでいいだろう。


「それは絶対にあり得ません」


 だがレマさんは目に力を取り戻してきっぱりと告げる。


「政府のいいように成果を横取りしては、民と軋轢を生みます。メオランテ共和国は革命で出来上がった国です。不正は政府が最も忌み嫌う行為ですので」


 彼女の、と言うか政府の譲れない一線ということか。これまでも世論操作とかはやっているが、民に不安を与えないためとかそういう方向性だけだったか。


「……そうですか」


 そこまで言い切るのであれば強くは言わない。で、この件どう決着させるのと思ったのだが。


「それで、シゲオ様。今回の件は私の独断ではなく、とある方が絶対に見合った額を渡せと仰せでして。シゲオ様が譲らないことはわかりましたので、その方をシゲオ様自ら説得いただけませんか? そうすれば、今回の依頼は取り下げ、報酬をお支払いすることはないとお約束します」


 レマさんが話を変えてきた。遠慮がちな物言いだが、ある程度こういう結果になるとはわかっていたようなので、多分こちらが本命だ。……そのために俺を呼びやがったなこの人。まぁこの話題が終わるなら別にいいが。


「……いいですよ、誰が来ても結果は変わりませんので」

「承知しました。只今呼んできますので、少々お待ちください」


 俺は諦めて言った。レマさんは頭を下げてから席を立って部屋を出ていく。別のところで待機させていたその方を迎えに行くのだろう。


 誰が来るのかわからないが、レマさんが「とある方」と言った人は多分彼女より立場が上の人だ。レマさんがどれほどの立場かわからないので全然絞れないが。


「……ねぇ、シゲオ。あんたって容赦ないよねぇ」


 師匠が半笑いで言ってきた。


「……そうですか? まぁ、今回は仕方ないですよ。どうしても無理なんで」

「いや、あんた割りと普段から容赦ないよ」

「……えっ?」


 若干師匠が呆れていた。……俺、容赦ないことしたか? いや、タケル関連の時は割りとそういうとこあったとは思うけど。あれは命捨てる気だったからで。師匠に普段からと言われるほどではない気が。


「ノルン助けに行った時。金庫の門番に攻撃してた時だって」

「……あぁ。あれは反撃されたら自分が死ぬと思って」


 相手が確実に気絶するまで手を尽くしていただけだ。


 すると、師匠がにまーっと笑う。


「じゃあ、あたしとノルン抱いてる時は?」


 ……急になんてこと言い出すんだこの人。


「……別に、そんなつもりじゃ」

「嘘吐くんじゃないよ。最近思ってるんだけど、あんたの信条が“徹底的に、容赦なく”なんじゃないかと思い始めてるんだよ?」

「……気のせいですよ」


 俺は言ったが、嘘だとはバレているだろう。


 早くこの話題終わってくれと思っていたら、丁度いいところに扉がノックされた。


 さて、とある方のお出ましだ。頭を切り替えていこう。

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