第六章 決意
第八十一話 幸せな生活
幸せってなんだろう。
最近私はそう考えるようになった。
と言うのも、あの三人のせいだ。
シゲオくんが一人で異世界人を殺しに行った後から、かなり吹っ切れている。
……いいこと、なんだとは思うけど。
第三者である私から見ると少しはっちゃけすぎなんじゃないかと思う。
なにせ、あれ以来ほぼ毎晩煩い。
この家、別に壁が極端に薄いわけじゃないとは思う。元の世界と比べても遜色ないくらいには防音性が保たれている。暗殺者の家だし、喋っている情報が外に漏れないよう音を漏らさない仕組みがあるとも聞いた。
だから近所迷惑にはなっていないが、同じ家にいると色々聞こえてきてしまう。
からかい甲斐があったのでシゲオくんの隣の部屋を選んだのだが、今は失敗したと思っている。
最初はなんて言うか、出歯亀できるので赤裸々な様子が伝わってきて面白いと思う気持ちがないわけではなかった。ただ日を追う毎にあれ、今日も? と思うことの方が増えていき、今に至る。
というのも、シゲオくんとノルンの初めての夜の日もそうだったが、平気で夜通し励んでいる。聞いたところによると、最長は十日間だそうだ。飲まず食わずとか性欲の権化じゃんとドン引きしたのだが、意識しすぎて気まずくなっていたのをどうにかするためだったようだ。
私が来る前からシゲオくんとアネシアさんはそういう関係だったらしい。納得。だってあの二人、家族みたいだったし。家族の意味合いが親子だろうが夫婦だろうが姉弟だろうが、なんでもいいとアネシアさんから聞いた。……姉弟はダメなんじゃ。
兎も角、家族関係であることに違いはないということでそういう関係になったと。ただ今回シゲオくんが一週間ほどいなかったので、アネシアさんは大分寂しそうにしていた。実際私とノルンがいても心細く、ぽつりとシゲオくんの名前を口にしているのも見かけたくらいだ。
シゲオくんがいない間は三人で色々彼のことを話していた。
私は言うことがないので二人の話を聞いていることがほとんどだったが。
その中でアネシアさんは、彼氏を目の前で殺されて立ち直れたから次があっても、つまりもしシゲオくんが死んでも立ち直れるかも、と心のどこかで思っていたと聞いた。
ただシゲオくんがいない時のアネシアさんはなにもする気が起きないようで、自分で思っているよりも彼の影響が大きいようだった。本人も自覚したらしく、その反動が今来ているのだろう。
まぁわからなくもない。
シゲオくんが今回なぜあそこまで頑固だったのか、結局説明してくれていないので理由がはっきりしない。ということは、次がある可能性は否定できない。そうなれば誰だって今を大事にするだろう。それに、普段の暗殺でも死ぬ可能性はゼロじゃない。シゲオくんの能力は逃げ隠れに特化しているのでそう簡単に死なないと思うが、光に弱いという欠点はどうしようもないので、偶然でも対策されれば命が危ぶまれる。
わかってはいたが、そのことを強く意識した結果が現状に出ているのだ。
とはいえちょっとやりすぎな気もする。昼間でもこっちが恥ずかしくなるくらいイチャイチャしてるし。
幸せそうだけど。
ノルンの方は、実は聞いてたんだけどシゲオくんといずれ恋仲になりたいからその前借りをする、というとんでも理論を展開してえっちしたわけで。
生きて帰ってきたらデートを重ねるとか、手を繋ぐとかむしろ関係を退化させてすっ飛ばした段階を取り戻すモノと思っていた。
ただし、やはり男女仲が行き着く先がそこにあるからか、それに勝るモノはないらしく。以前よりデレデレしたノルンがシゲオくんに迫る形で過ごしている。
夜もそうだが、昼の方が積極的だ。元々私の張り合って色々スキンシップしていたが、今では自然と触れ合うレベルに達している。
アツアツお家デートを繰り返すカップルを見ているような気分にさせられた。
幸せそうだけど。
そして、問題のシゲオくん。
全ての元凶にして諸悪の根源である彼は、少しだけ変わった。以前はノルンの好意的な厚意に困った顔をすることが多かったが、今は自然と受け止めているように見える。
一皮剥けた、と言うか。
ただやっぱり受け入れているだけで自分からは二人に触れる様子がない。だから余計に二人が積極的になり、シゲオくんの方から迫る機会が減っている。
今まで気恥ずかしさなどで取り繕っていた気持ちを素直に出すことも増えてきてはいるが、決して自分からは手を出していない気がした。
どうにも、「俺が一生幸せにする」感がない。
命を捨てる気はなくなったみたいなので、どうせ「いつか愛想を尽かされるから」とか思ってるんじゃないだろうか。
今の二人を見ていて、どうしたらそんなことが思えるのか理解できない。自信がないのがシゲオくんの性分なんだとわかってはいるが。
そのせいで見てるこっちが気を揉む関係性でもあった。
まぁ、不幸には見えないけど。
そこで最初の疑問に行き着く。
幸せ。
三人が思う幸せは、多分ここでずっと一緒に暮らすこと。若干一名情けないことに一生を共にする決意を固めてないヤツはいるが。
ここで私が悩んでいるのは、私が思う幸せってなんだろう、ということだった。
幸せは人それぞれ形が違う。
私は母子家庭だったけど、父親がいないことを不幸だと思ったことはない。
好きな人と一緒にいられれば幸せなのか、子供もいて幸せなのか、ペットに囲まれて幸せなのか、趣味に生きていれば幸せなのか。
幸せには個人が思う理想があって、正しさはない。その人の人生観、価値観に基づいて決まるモノであり、他人が「こうなれば幸せ」と押しつけることに意味はない。
だから私も、三人がそうなったからと言って恋人がいれば幸せとは思わない。
とはいえ元の世界ではオタク趣味を満喫できれば幸せだった。大人になったら結婚して子供が出来て、なんていう普遍的な幸せに向かうつもりだったと思う。彼氏がいたわけじゃないし、具体的にいつ誰となんて決まってなかったけど、そういうのが幸せだと思っていた。思い込んでいた。
だが異世界に来て、全て壊された。
男という生き物に対する嫌悪感がこれでもかと増幅したし、今でも街に出かけて嫌らしい目を向けてくるヤツは目を抉って股間を切り落とした上で細切れにしたくなる。
そう考えるとシゲオくんは私の中で大分マシな部類なのか……と思ってナイナイと内心苦笑する。
確かに彼は優しい。どっかのクズ野郎と違って表裏はない。と言うかそこまで器用に振る舞えない。他の男と違って嫌らしい目で見てこない。境遇を知っている上で彼の性格ならまぁそうするだろうとは思っている。と言うよりあんな美人と肉体関係があるなら私の身体にそこまで目が行かないのは納得できる。そもそもそういう目で見てくるヤツだったら最初に会った時なにがなんでも殺してる。身体を触られた(拭かれた)わけだし。下心が露骨なら見逃すわけがない。
あとこっちの世界で趣味の話ができたのは嬉しかった。私が普段の話でとある台詞を言ったら通じたので、そこからぽつぽつと話してる感じだ。少女向けはやや弱いけどそれ以外が幅広く強い気がする。大体のネタが通じるので、この世界から来て楽しかったことの五本指に入るくらい。
……こっち来てからあんまり楽しい思い出ないからっていうのもあるけど。無知な私の『剣聖異世界珍道中〜下衆野郎を添えて〜』くらいには楽しい。あの時は異世界モノの主人公になった気分でテンション上がってたし。
崩れ去ったから今や黒歴史だが。
兎も角、悪くはないが多分無理。今の私がそういい意味で幸せになるなら、「俺が一生懸けて幸せにするから」ぐらい言ってくれないと掠りもしない。シゲオくんなら絶対言わないという確信があった。私の全部を幸福で満たすくらいしてくれないと。……そこは方向性関係なく全部か。
ただ殺人鬼になりたいわけでもない。彼との約束を守る前提だとまず先にシゲオくんを八つ裂きにして殺すわけだけど。折角仲良くなったノルンとアネシアさんを悲しませたくない気持ちはある。二人を不幸にしたいわけではないので、シゲオくん殺しに最近積極的じゃない理由の一つではあった。
まぁ刀以外の刃物も常備しているので、そっちで他の誰かを殺すのは約束を破ったことにはならない。とはいえ無差別に殺し回ろうとまでは考えていない。
この時点で、生きることに前向きになってきているのだとわかる。
これからのことを冷静に考えられるようになっただけでも確かな変化だ。
あまりシゲオくんを褒めたくはないが、彼とオタク話をしたことで楽しいことを思い出せているのは事実だ。おかげで趣味を見つけられた。いや、正確には元々やりたいと思っていたことをやる気になった、思い出せたと言った方が正しいか。
それ即ち、コスプレである。
……異世界に来てコスプレというのもなんだかおかしな話だけど。
旅の時の服装はむしろコスプレそのモノみたいな感じだったので、逆に元の世界の恰好をしてみるというのもいい。
折角なので、アネシアさんから『裁縫』を習って自分で制作することにしている。ついでに、外出の時ストレスになるので『気配同化』も習っていた。こちらはシゲオくんの提案だ。私のことは気にせず自分のことに集中すればいいのに、余計なお世話をと思ったがアネシアさんも同じことを考えていたようだったので、相当わかりやすかったのだろうか。
なんにせよ、楽しみがあるというのはいいことだ。生きる意味が生まれる。
だから、私は日々人間性を取り戻していっているとは思う。
ただし、今はそれでもいいが、いつかこのまま過ごしているだけではダメな時が来ると思う。
実際、三人の様子を見ていると爆発しろと呆れる部分もあるが、羨ましく思っている自分もいる。あんな風に無邪気に笑っていられればどれほどいいだろうか、と。
ただ私と他の二人では真逆だ。
私の不幸が始まりその後も地獄のようだと思っていた行為が、二人にとってはこれでもかと思うほど幸せな行為になっている。好きな人かそうでないかでそこまで違うのだろうかと気にはなっていた。
この家にいる限り、私がそういった意味で幸せになるにはシゲオくんを好きになる必要があるが、ないと思うのでいつか出ていくのだろうか? それともこのまま余生を過ごすのだろうか? わからない。自分が、わからない。
日々を穏やかに過ごしながらも、漠然とした不安がいつもつき纏っている。
そして、私が抱える危うい均衡が崩れる日は、着実に近づいていた――。
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