第八十話 家族の後日談
少しの間独りになりたくて、道中の街で数日宿に泊まった。
最期にタケが、ニュースで見た写真と同じように笑っていたので、終わらせたことに意味はあったのだろう。
しかし、自分を納得させるのは難しかった。
不運に見舞われなければ、タケのことだ。勇者に匹敵する英雄として大成していただろう。異世界人にとって腐敗したこの世界の在り方を変えることができたかもしれない。
そんな彼のことを想うと、やはり本編が気になってしまう。
勇者と災厄、そして二つの世界についてだ。
果たして災厄と異世界との繋がりに関係性があるのかはわからないが、気になってしまった。
とはいえ考えても仕方のないこと。
うだうだベッドに寝転んで考え事をしていると、不意に師匠とノルン、そしてリリィのことが浮かんできた。
「……帰りたいな」
独りだからか素直に出てきた言葉が、俺の紛れもない本心だ。
随分と虫のいい話だが、俺は三人と暮らしているあの家が好きだ。きっとタケが家族に抱いていたのも同じような感情なのだろう。
かけがえのないモノだと思っている。
捨てようとしていたのに、都合がいいものだ。でも、俺にとってはどちらも大切だった。違ったのは、俺にしかできないかそうでないかだけ。
三人と楽しく過ごすことは、悔しいが俺でなくともできる。すぐには無理でも時間をかければ可能だと思っていた。
ただタケを現時点で殺せるのは、以前のタケを知っている者だけだっただろう。他にもいるのかもしれないが、少なくとも俺以外に心当たりがなかったので俺が殺るしかない。
それをノルンが覆して天秤を吊り合わせたので、俺は生きてタケを殺すことにした。
元々は瀕死の重傷を負って仮面が剥がれたところでタケが固まり、絶好の機会を得るという算段だった。タケの横で息絶えるつもりだった。
そこを、直前でどうにか仮面だけ壊れるように調整して避ける必要があったので、難易度は当然上がる。それでも上手くいったのは奇跡か、それとも結局命が惜しかっただけか。
どちらもあり得そうだ。
しばらくしてから、俺はのんびりと宿を出て家へ帰ることにした。少しだけ気まずいが、誓いだけは守れたので許してくれるだろうか。
家に着いて扉の前に立つ。
三年も過ごした場所に帰ってきただけなのに、なんだか緊張してしまった。
いざ扉を開けようとしてから、鍵を持っていなかったので開けられないことに気づき呼び鈴を鳴らす、前に。
扉が勢いよく開いて中からノルンが飛び出してきた。
「主様っ!」
『気配遮断』を使っていなかったので俺だとわかったのだろう。飛びついてきた彼女を受け止め、俺からも抱き締める。
「あ、るじ、さま……?」
色々あったとはいえ滅多にしないことなので驚いているようだ。
「……ただいま。やっぱり俺、この家が好きだから。こうして帰ってこれて良かった。だからありがとう、ノルン」
この家で過ごすことと、自分の命を捨てようとしていた俺を引き留めてくれたのはノルンだ。
珍しく素直な言葉が口にできた。
「はい……っ。お帰りなさい、主様」
ノルンはぎゅっと抱き締め返してきて、泣き出してしまった。頭を撫でて落ち着くのを待ってから、家の中に入っていく。
リビングにはアネシアとリリィがいた。椅子に座っている。リリィはどこか呆れた様子で、アネシアはテーブルに突っ伏していた。
「……ただいま」
「……おかえり、シゲオ。無事帰ってきて良かったよ」
涙声だった。というかテーブルに軽く水溜まりが出来ているので泣いているのが丸わかりだ。この様子だと、一足先に俺の気配を察知してから泣いているのだろうか。
「急に泣き出したと思ったら、シゲオくんが生きて帰ってきてたのね。ねぇ、もうあんなことしないでよ? シゲオくんをこんなに大切に想ってくれてる人がいるんだから」
リリィが言った。忠告されなくてもそのつもりだ。
「……アネシア」
俺は彼女の傍に寄って屈み、声をかける。がばっと起き上がったかと思うと抱き着いてきた。
「シゲオぉ……」
号泣だ。美人な顔が台無しになるくらい。鼻水まで出ている。
苦笑しつつ抱き返して優しく撫でた。
「良かった、良かったよ……。シゲオが帰ってきてくれて」
「……ごめん。でもこれからは、ずっと一緒にいるから」
「これからも、だよ」
アネシアはそう返して、唇を重ねてきた。リリィの前なのに。
涙でしょっぱい味がする。
しばらくして口を離した彼女は唇を尖らせて言う。
「……シゲオ。あんたがいない間寂しかったんだからね。埋め合わせはたっぷりしてもらうから」
「……わかってるよ」
俺もそのつもりだった。
と、後ろからノルンが抱き着いてくる。
「……私も、埋め合わせを希望します」
とのことだった。
「……ああ」
断る理由はない。
せめて、俺を大切に想ってくれる誰よりも大切な彼女達に報いれるよう、頑張っていかないと。
「シゲオくん、なんか変わった?」
リリィは少し頬を染めつつも尋ねてくる。
「……まぁ、そうかも」
曖昧な答えを返す。
明確になにかが変わったわけではない。二人に対しての気持ちは以前とそう変わらないように思う。ノルンは直前で深まっているが。
ただ、以前なら素直に言葉にしなかっただろうとも思う。
タケの境遇を知って、なにより大切なモノであっても突然壊れることがあるとわかった。いや、わかってはいたが突きつけられた。だからこそ、いつか俺の代わりに別の誰かが、とか思うよりも今ここにいる俺が大切だと思う気持ちを伝えておこうと思った。
のかもしれない。
現実的なことを言ってしまえば、俺の代わりはいくらでもいる。彼女達にとっても、今はわからないだけのことだ。
ただ、俺にとって彼女達がかけがえのない大切な、代わりのない存在であることは間違いなかった。俺が人生で関わる人数は極端に少ない傾向があるので、間違いない。
タケの時は諦めて自ら退くことにした。
だが今回は、いつか愛想を尽かされる時までは自分の気持ちに素直になろうと思えたのだ。
……タケの時もそうしていたらなにかが変わっていたかもしれないが。
当時の俺にはあの時の気持ちが全てだった、というだけだ。
そして。
「まぁいいんじゃない? 行く前よりはマシな顔してるし」
俺達のことを、頬杖を突きながら呆れつつ眺めているリリィも。
いつか、俺にとっての彼女達のような存在が現れてくれればと思う。
タケとの約束もあるので、俺もその手伝いができればいいなと思っているが。俺が彼女にとってのそれになることは難しいだろう。
せめて、これ以上彼女に修羅の道を進ませないようにしたい。
完全に断つことは俺には難しいと思うが、それでもできることはあるかもしれない。
なんだか不思議と前向きな考え方ができているような気がしなくもない。
あるいは、もう後悔したくないという自分本位な考え方なのかもしれないが。
それでも、少しだけ未来に目を向けることができるようになった、気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます