第七十九話 俺は友達がいない

 俺にとって柊武は、住む世界の違う人間だった。

 同じクラスにいても、自分なんかとは全然違うと思っていた。


 運動ができて、勉強もできて、友達がたくさんいる。


 運動が得意じゃなく、勉強ができるわけでもなく、友達がいない俺とは正反対だと。

 いつも周りに人がいて、楽しそうで、正直羨ましかった。


 しかも、勇気がある。


 それを見せつけられたのが小学三年生の冬。

 公園で遊んでいたクラスメイトの男子を、現れた上級生三人が殴って追い払っていた時だ。俺は情けないことに、怖くて見つからないよう隠れていた。


「おまえら、なにやってるんだ! 公園はみんなのモノだろ!」


 そんな時、叫ぶ声が聞こえてはっとする。見れば、一人の男子が上級生に飛びかかっていた。それが柊武だ。

 身体の大きな、勝てるわけがない相手にも勇敢に立ち向かう。


 ――カッコ良くて、特撮に出てくるヒーローみたいだった。


 それに比べて俺は。

 自分に嫌気が差した。彼みたいに立ち向かえたらどれだけいいだろう。でも、俺が向かっていったところでボコボコにされるだけだ。


 それでも俺はどうにかできないかと公園の方を見ていて、水道に気づいた。今は寒い冬だ。先日も雪が降っていたくらいに。

 だから、水を浴びせれば退散できるんじゃないかと思った。


 そうして俺は注意を引くために体当たりしてから、水道の方に行って水をかけた。すぐ退散してくれて良かったと、座り込んでしまったが。


「すごいじゃん!」


 誰よりも凄いと思っていた彼に、そう言って手を差し伸べられた。嬉しかった。柊武こそカッコ良かったのだから。

 所詮俺は彼が立ち向かっていなければ、見て見ぬフリをするだけで終わっていただろう。実際、飛び出さなかった。


 それでも彼は俺のことを認めてくれたらしく、


「おれのことはタケって呼んでいいぜ、シゲ!」


 そんな風に言ってくれた。

 渾名なんてモブとかいう悪口みたいなのしかなかったので、凄く嬉しかった。


 それに、自分とは住む世界が違うとさえ思っていた、ヒーローみたいにカッコいい、彼と対等になれた気がして。


 それからタケと一緒に遊ぶことが増えていった。……まぁ、タケ以外に遊び相手がいなかったので必然か。


 タケと過ごした日々は楽しかった。実際に過ごしたのは一、二ヶ月程度しかない。けれど、今でもかけがえのない大切な思い出だ。


 ただ春のクラス替えで別々のクラスになってしまった。

 タケとは仲良くなれたが、俺は相変わらずだったので結局新しいクラスで友達が一人もできなかった。まぁ、なんとなくはわかっていた。


 そんなある日の帰り道。


 いつかの公園で、タケがサッカーをしているのを見かけた。

 新しいクラスでできた友達だろう。俺が知らない子もいた。

 タケは楽しそうだ。


 そんな様子を見て、俺は思い出した。タケと俺は、住む世界が違う人間なのだと。


 俺にはタケしかいないが、タケには俺以外にもたくさんの友達がいる。

 俺がいなくても、タケにはなんの問題もない。


 だから俺は、タケに近づくのをやめた。

 俺なんかと遊んでいるよりも他の友達と遊んでいた方が楽しいだろうし。


 幼いながらにそう思った俺は、それから一層人と関わることを諦めるようになっていったと思う。


 タケとも疎遠になり、オタク化が進んだことでラノベの主人公みたく義理のお姉さんと妹さんとラブコメでもしているのかと思っていたある日。

 俺が異世界に転移する半年ほど前のことだ。


「…………え?」


 家に帰ってきた俺は、リビングで母が点けていたテレビを観て愕然とした。


 地元のテレビ局がやっていたニュース。

 とある一家――柊家の一家消失事件が報じられていた。


 家族五人が忽然と姿を消してしまったという内容だった。一家の写真が出ていたので間違えようもない。


「そういえば、子供の頃武君と仲が良かったわね」

「……う、うん」


 俺が驚いているのを見て母が声をかけてきた。会話なんて久し振りだったが、俺は頭が真っ白になっていてそれどころじゃなかった。


 それから俺も異世界に転移して、ホームレスとなり考える時間がたっぷり出来る。


 そこで俺が思ったのは今家族がどうしているかではなく、もしかしたらタケ達もこっちの世界に来てるんじゃないかということだった。


 とはいえ、国一つを滅ぼした張本人だとは思っておらず、親父さんの苗字と息子という言葉を聞いてもしやとは思っていた。流石に親父さんの顔までは覚えていなかったので確定ではないと言い聞かせて、無意識の内に虐殺者とタケを結びつけないようにしていたのだが……。


「――タケル。そういう名前だそうだよ。勇者一行からの情報だったけど、両親と姉妹も一緒にこっちへ転移してきた珍しいケースだったみたいだ。……目の前で家族が殺され傷つけられる様を見せられたんなら、激しい憎悪を抱くのも無理ない。この人だけ生きてるってことは、まぁ見せるためだけに生かされてたんだろうしね」


 暗殺依頼として来た時、聞き捨てならない名前が聞こえた。

 考えないようにしてきた最悪の事態が、現実となって押し寄せてくる。


 それから俺の頭は普段よりスムーズに、素早く、どうするかを導き出していた。


 一つ、あのタケがそうなったならどうやってでも殺す。

 一つ、タケは暗殺ではなく正面から挑んで殺す。

 一つ、タケを殺す邪魔は誰にもさせない。


 方針は瞬く間に決まったので、後はそのために動くだけだった。


 ――誰よりも憧れたカッコいいヒーローの復讐を止めるために。


 そうして俺は怖がっていた死すら追いやって殺しに行こうとしていたわけだが。

 それはノルンに止められてしまった。


 元々はタケが死んでもいいとさえ思いながら暴れ回っていると踏んでいたので、同じ土俵に立ち対等な立場で戦うためにそうしようと思っていたのだが。


 俺は自分が生き残る方向で殺しに行くことになる。


 タケを殺す算段は早い段階でついていた。


 一つ目。矢文を送ることで俺が指定した場所へ誘き出すことができる。

 異世界人からだとわかるように日本語で文字を書き、更には親父さんを殺したと書くことで家族を大切に想うが故に狂ったタケを誘き出す一番の材料になる。

 ここで、誰にも邪魔されない殺し合いに相応しい場所を選ぶことができた。


 予想外の介入が一番厄介な、計画を狂わす要因になる。

 極力排除したかった。


 二つ目。タケが使う空間操作の能力は、俺の能力と相性がいい。

 これは双方に言えることだが、タケは俺が苦手とする広範囲攻撃ができる。俺はタケが操れない異空間へと逃げ込むことができる。それに、【闇を司る力】は基本的に魔力を使わないタケにとって対処しにくいモノだろう。


 広範囲の【空間固定】が一番厄介だが、【闇を司る力】で抵抗はできると踏んでいた。

 実際、そうして対処できた。


 三つ目。タケは正気を失っても、俺を俺とわかる可能性が高い。

 これが一番重要だと思っていた。

 師匠から話を聞いていて思ったのだが、いくら強い能力を持っていたとしても、それだけで勇者と戦うことは不可能だということだ。だから多分、タケは空間系の能力以外に身体能力を上げる才能があると考えた。

 加えてもう一つ、危機を察知する能力があるんじゃないかと思った。半ば勘だったが、遠距離狙撃に感づいて防ぐなんて芸当は普通できない。いくら強い能力を持っていても、気づかなければ死ぬだけだ。だから攻撃とかを感知する能力を持っているんじゃないかと推測を立てていた。

 なので、相手が自ら動きを止めるようなことがなければ攻撃を当てることすら難しいだろう。【闇を司る力】であれば傷をつけることができるだろうが、今回俺はこの手で殺すと決めているので、補助だけにする予定だった。

 半分くらい俺の願望も入っていると思うが、タケが俺の顔を見てすぐにわかった時、おそらく動きを止めるはずだ。


 実際、そうなった。そしてあれから九年以上経った今でも、俺のことをシゲと呼んでくれた。


 覚えていてくれて嬉しかった。作戦通りに行って安堵した。そして、俺のことがわからないほど忘れ去っていれば殺されることもなかっただろうに、と悲しくなった。


 結果的にタケは、俺に心臓を刺されて死んだ。


 俺は、タケが俺のことを覚えてくれているだろうという前提で、殺しに利用したのだ。なんて狡いのだろう。


 タケが最期に見ていた夜空を見上げてみた。


 恥ずかしながら堪え切れずに泣いてしまったが、落ち着いてからタケの死体を調べる。

 予想はしていたが、懐に灰の入った袋があった。家族の遺灰だろう。


 せめて家族と一緒にするべきだ、と思いタケの死体を燃やして遺灰を集めて袋に入れる。

 多分タケ達はこの世界で埋葬されたくないと思うので、いつか世界が救われた後に元の世界で埋葬してもらおうと思う。それまでは大切に保管しておく。


 こうして俺は、元の世界で唯一親友と呼べる存在だった人を殺して、帰還するのだった。





あとがき

はがないにはなれなかった

タイトルには唯一の親友を殺したので友と呼べるような人はもういないという意味と、タケルは友達ではなく親友であったという意味が含まれています

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