第七十一話 荷物持ち
俺は師匠、ノルン、リリィさんに連れられて街へ買い物に出かけることになった。
独りで街へ出るなら兎も角、四人で出かけるともなるとある程度衣服に気を遣う必要が出てくる。
三人は見た目がいい。街へ出かけて注目を浴びないなど不可能だ。……まぁ、リリィさんがいなければ『気配同化』を使うことで注目を避けることはできるが、今回に関してはリリィさんが『気配同化』を持っていない以上難しい。『気配同化』を使っていても、使っていない人と一緒にいると効果半減どころかほぼ意味を成さなくなってしまうのだ。注目を浴びないためだけに取得してもらうわけにもいかないだろう。
本人としてもあった方が普段出かける時に便利だろうから、タイミングを見て師匠に進言してみよう。
そんなわけで、三人の美女美少女と出かけても極端に地味だと思われないくらいの服装に着替えた。と言ってもそんな大層な服は着ていない。俺が持っている服は師匠が用意したモノしかないので、センスが悪いということはない。とはいえ派手な色合いやイケてる感じは俺の好むところではない。
必然、シンプルな服装になりがちだ。結果灰色のズボン、白いシャツ、紺のジャケットになった。部屋にある姿見で確認してみたが、張り切っているように見えないか心配だ。……顔がイケてさえいればなぁ。
アクセントにアクセサリーでもあれば、イケメンだったなら似合うことこの上なかったのだろう。まぁ所詮は俺なので、最低限ぱっと見て問題なければいい。妥協ラインということだ。今回の場合、あの見目麗しい三人と一緒にいる男は一体!? となること間違いなしなので。普段よりは気を遣った方だと思う。
ただ、結果的に言ってしまえばそんな俺の気遣いは無駄に終わってしまった。
着替えてきた三人を見て、どう足掻いても釣り合うことはないと悟ったからだ。
師匠は白いシャツに膝が隠れるくらいの長さな紺色スカートという恰好だ。シャツの方は袖部分がなんかたわんでいるヤツだ。名称は知らない。スカートの方は相変わらずスリットが入っていた。長めのスカートなのに太腿が見えるくらいスリットが入っている。聞いたことはないがスリットが右脚の側に入っていることが多いので、多分蹴りやすいようにだと思う。赤紫の髪は普段ポニーテールにしていることが多いが、今日は下ろして肩の高さぐらいで留め、右肩から前に垂らしている。わざわざウェーブをかけたらしい。
俺がぽかんと口を開けて見ていたのがバレてしまい、してやったりの笑みを浮かべていた。
ノルンはエメラルドグリーンを薄くしたような色合いのシャツに、七分丈のベージュのズボンだった。こちらも相変わらずスカーフを首に巻いている。紺色のスカーフで、万が一にも呪いの紋章が見えないようにしていた。一度家では外していてもいいと言ったことがあったのだが、している方が安心するらしい。それだけ習慣づいているのだろう。彼女にしては珍しく、左の耳を出すように髪を流して留めていた。
俺に見られていることがわかってか、薄っすらと頬を染めて目を逸らしている。
リリィさんは二人と比べると、わざとらしいほどに露出が多い。胸元がV字に空いた水色のシャツは胸囲に押し上げられて臍が見えてしまっている。下も下で太腿が剥き出しになるようなショートパンツだった。髪型は変わっていなかったが、派手な見た目と言えるだろう。春とはいえまだちょっと寒いのだが。
俺に向けて前屈みになることでV字から覗く豊満な谷間を見せつけようとしていて、挑発的な笑みを浮かべていた。じろじろ見たら腰の刀が抜き放たれそうである。
「それじゃあ行こうか?」
「……はい」
師匠に言われて大人しく頷く。
どうか三人に目を奪われて俺の存在に気づきませんように。
心からそう願った。
◇◆◇◆◇◆
意気揚々と街へ出かけた三人と、俺。
当然のように、衆目を集めることとなる。
家を出る時に願っていた、三人が注目されすぎて俺の存在に気づかないなどという都合のいい状況にはなってくれなかった。
街往く人の中でも、途轍もなく目を惹く女性三人についての呟きをしている人が大体だ。ただやはり一緒にいる俺に目が留まる人もいるようで。
「……なぁ。あの三人と一緒にいる男、彼氏だと思うか?」
「いや全く。釣り合ってるように見えないし。家族だって言われた方が納得できる」
「だよなぁ。俺ちょっと声かけてみようかな」
「やめとけ、相手にされないだろ」
そんな会話が聞こえてきた。……今後ずっとこういう感じなのだろうか。わかってはいたが、憂鬱だ。
そんなことを考えながら三人の一歩後ろを歩いていたのだが、ふとノルンがこちらに来て腕を組んできた。
「主様、あの……あまり気になさならないでください」
恥じらうように頬を染めながらも、俺を気遣っての言葉をくれる。ただし、周囲からの視線に殺意が混じり始めた。
「そうよ。周りのことなんて気にしなくていいの」
もう片方の腕をリリィさんが取る。胸の谷間に腕を差し込むようにしてきた。……今度はあからさまな舌打ちが聞こえてきたぞ。心労がぁ、胃がぁ。
ノルンがむっとしたように俺の腕を身体に密着させてくる。
……あの、とりあえず俺を挟んで睨み合うのはやめてもらっても?
「……歩きにくいんですが」
「申し訳ございません、主様。ではリリィ様が離れましたら離れます」
「私は離れたくないもの。ノルンさんから離れれば?」
牽制し合うんじゃないよ。
「二人共、着いたんだから離れな」
前を歩いていた師匠が言って、ようやく立ち止まり二人が離れてくれた。師匠なら助けてくれると思った。
「あの、アネシア様……。ここは、その……」
ノルンが顔を赤くして言い淀んでいる。店に問題でもあったのだろうか、と思って店の看板を見上げた。
「……」
自分でも目が虚ろになるのがわかる。元々虚ろに近いとかそういうことではなく、真っ先に来た店がランジェリーショップというのは如何なモノか。
「……俺、外で待ってますね」
「なに言ってるんだい、あんたが見るんだからあんたに選んでもらわないとね」
師匠はやたらはっきりと告げて、俺の腕を取り店の中へ連れ込んでしまう。……店へ入る直前に物凄い殺意を感じたんだが。下着見せる関係とか表立って言うから。
救いなんてなかった。師匠はむしろ率先して面白がるタイプだったか。
そうして俺はランジェリーショップに連れ込まれることになり、店員の奇異の視線に耐えながら三人が下着を選ぶのを待つことになった。
値段を見るとかなりの額だったのでノルンもリリィさんも驚いていたが、「今日はあたしの奢りだから好きなの買いな」と言い切った師匠流石です。
こういう時、男性はいないのが一番いい。手持ち無沙汰だし居心地悪いし。第一師匠なら兎も角他の二人の下着を見ることはないだろう。
いや、リリィさんはあり得るかもしれない。おそらく彼女は俺に襲ってきて欲しいのだ。好意的な態度なのも、やたら積極的なのもそれが理由。……そうして襲ってきた俺を、なんの躊躇もなく八つ裂きにしたい。だからぼっちな俺が「あれ、この子俺のこと好きなんじゃね?」と思いそうな行動を取っている。そうすることで男の本性を暴き、襲いかかってきたところを殺す。正当な殺す理由が欲しいのだろう。
なので、彼女の誘惑に釣られてはいけない。釣られた時=俺の死である。
そう考えると師匠とああいう関係になったのは良かったのかもしれない。おかげで表面的なことに囚われず、冷静に対処できていると思う。
下着を物色する三人に目を向けないよう考え事をしていると、それぞれが試着室に入っていくのがわかった。カーテン一枚を隔てているとはいえ俺独りが取り残された形だ。三人の様子を眺めて助言を送っていた店員さんも話しかけようか迷っている様子である。……あぁ、スマホが欲しい。スマホがあればこの隙間時間を埋められるのに。更には店員から話しかけにくい態度になって、余計な気を遣わせずに済んだのに。あと話しかけられても「はい」か「いいえ」ぐらいしか答えられないので困る。できれば店員さんが話しかける決意を固める前に三人が出てきてくれれば、店員さんもそっちに尽力できるだろう。
「あの、お三方とは恋仲なんですか?」
あぁ、話しかけられてしまった。終わりだ。
「……いえ」
俺はなんとか返答する。無愛想に移っただろうが、見目麗しい三人と一緒にいる男のことが知りたいのか店員さんからの質問が途切れることはなかった。
そんな質問責めを「……はい」「……いえ」「……あっ」「……え」を駆使してやり過ごす。……駆使してというか、初対面の人に話しかけられた時に出てくる言葉がそれくらいしかないのだが。なんと悲しい人見知りの性か。
そんな胃が痛くなるような時間を過ごしている内に、一つのカーテンがしゃっと開いた。店員さんもそちらを向く。
そこには黒の下着を身に着けた師匠が腰に手を当てて立っていた。
「エレガント!」
店員さんが目を輝かせて近寄っていく。同意見だが、師匠に合った大人っぽい下着なので同じ系統を持っていそうでもある。まずはジャブと言ったところだろう。この人が「師匠なら着てそう」と思う程度で収まるとは思えない。
「んー……。一応買っとくけど、イマイチって感じかね。あたしとしちゃ無難すぎたかねぇ」
店員さんが褒め千切るのも意に介さず、師匠は次の試着に移った。ただ買いはするみたいだ。金持ちの特権である。
師匠がカーテンを閉めるとほぼ同時、別のカーテンが開かれた。リリィさんのところだ。店員さんが素早く斜め前に移動する。絶妙に俺が目を向けると邪魔にならない立ち位置だ。
出てきたリリィさんの下着は師匠と同じく黒色だったが、生地がやや透けている。模様で最後の一線は確保しているが、普段使いする下着ではなさそうだ。
「エクセレント!」
店員さんのその最初の一言はなんなんですかね。
その後もなにやら捲し立てているが、リリィさんも堂々と胸を張って受け止めている。俺に流し目を送ってきているが、そう簡単に釣られると思うなよ。
「もうちょっと攻めても良さそうね」
リリィさんはそう言って引っ込んだ。……やめなさい。そして自分が気に入った普段使いのできるモノを選びなさい。
そして最後にノルンがカーテンを控えめに開ける。
打って変わって純白の下着だった。紋章を隠すためにスカーフだけ残っているのがマニアックさを感じる。恥じらうように頬を染めてもじもじしていた。
「ファンタスティック!」
店員さんの捲し立てパート突入である。
「……あの、主様、如何でしょうか……?」
ノルンは店員さんの評価は置いておいて、上目遣いに尋ねてくる。……控えめに言って可愛い。ではなく、よく似合っていた。ノルンが大胆な下着を着けている姿があまり思い浮かばないということもあってか、彼女の清廉さがより増して見える。
「……いいんじゃないか? けどあんまりに気にせず、自分が欲しいヤツを選べばいいから」
「はい……」
俺は取り繕ってそう言う。店員さんが「ないわー」という目で俺を見てきていた。三人の美女美少女を抱えるモテ男としてはあり得ない行動だと思っているのだろう。前提が間違っているのでなんの問題もない。非モテ歴十八年を嘗めないで欲しい。この世界に来なければ一生モテなかったと言っていい男がそう簡単に覆ると思うな。
その後も三人によるファッションショー? は続いた。俺としては目のやり場に困る時間だったので早く終わって欲しいと思ってしまう。
特に師匠が着ていたV字のヤツはよろしくなかった。リリィさんもほぼ紐みたいなヤツを着ていたが、わざと小さめを選んだらしく食い込んでいた。溢れそうとはああいうのを言うらしい。狙いが透けていて響きはしなかったとだけ言っておく。あともし壊れたら師匠が弁償するんだぞ。ノルンは他二人と違って大胆なヤツを選んでいなかったのだが、途中で師匠に着せられていたヤツは破壊力があった。黒の透けたレースの下着だ。ブラジャー側からレースの布地が降りていて、真ん中が少し開いている。そもそもが透けているのに後ろを向けばTバックとは。店員さんに「これを着れば彼氏さんイチコロですよ!」と囁かれていたのも納得である。というか多分俺の反応がわかりやすかったのだと思う。あと店員さんはそういうのを本人に聞こえるように言わないで欲しい。
因みにリリィさんは「シゲオくんってそういうのが好きなんだぁ」とか言って同じ形のピンク色のヤツを試着、購入していた。そしたら師匠も白いヤツを買っていた。……いや、そういうのが好きなんじゃなくて、ノルンが着たからこそ抜群に似合っていたのであって……これ以上はやめておくか。
俺は理性ある男の子である。ただし思春期は来たばかりだ。……ダメそうなフレーズだな。
兎も角、散々試着やらをした結果紙袋二つ分を購入していた。いいお客さんである。
そして荷物持ちの出番だ。
買い物はまだ始まったばかり。
最終的に俺は、両腕にたくさんの袋を提げながら手で大量に積まれた箱を運ぶというありがちな恰好で街を出歩くことになってしまった。
……積み上げた箱で顔が隠れて出歩きやすくなったのは内緒である。
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