第二十九話 調査

 俺は師匠に、政府へリュイルを殺害したと思われる四人について報告させて欲しいと告げた。


「……私情は?」


 師匠は自分で依頼を選ぶように、と言っていた。だが俺の申し出を喜ぶようなことはせず、真剣に尋ねてきた。


「……ないとは言いません。でも、殺しておくべきだと判断しました」


 私情がないと言えば嘘になる。信念などと言ったが所詮個人の価値観だ。反論も異論も仕方がない。共感を得て賛同して欲しいとも思わない。あくまで俺が出した答えなのだから。


「そうかい。なら座りな」


 師匠はそれ以上突っ込まなかった。俺が取り繕っているだけと見たのか、問題ないと判断したのかはわからない。だが話を進めるために師匠の対面に腰かけた。


「暗殺者の側から暗殺対象を報告する手順について説明するよ」


 そう言うと、用意していたらしい書類を机の上で俺に向けてくる。手元に寄せて内容に目を落とした。


「必要な情報がいくつかある。対象がやった罪または計画。対象の素性。罪または計画の詳細。証拠。それらを集めて政府に提出する。提出した資料を基に政府が暗殺依頼を出すかどうか判断し、結果が返ってくるっていう仕組みだ」


 そこまで言って、師匠が言葉を区切る。俺も顔を上げた。


「……今回の場合ならないとは思うけど、政府から許可が出ないこともある。全ての報告がそのまま依頼として通るわけじゃないってことは、覚悟しておくんだよ」


 師匠は全てを知った上で俺の気持ちや覚悟を確認しているのだろう。


「……はい」


 多分だが、あそこまで歪んだヤツらなら俺やリュイルへの仕打ちとは別に被害も出しているだろう。これまで暗殺されなかったのは、おそらく殺しをやっていないからだ。被害の人数もそう多くはならない。関わり合いにならなければ目をつけられることもない。我関せずを貫けば被害が広がらずに終わっていたのかもしれない。


「ならいいよ。……さて。シゲオはどこまで知ってる?」

「……リュイルを殺した犯人のことですか?」

「ああ、そうだね」

「……いつか俺を襲った冒険者の四人組だと思います。四人の会話を聞いて判断しました。ただ声を記録できなかったので、証拠にはなりません。自分が聞いたというだけです」


 この世界に録音機能を持つ魔法、技能は存在しない。今後も異世界人の知識を吸い取り続ければいつかは実現するのかもしれないし、今開発中なのかもしれない。だが記録できなかったのは事実だ。


「そうだね、政府には証拠として提出できない。ただ虚偽でなければ報告に加えてもいい。もちろん決定的な証拠を見つけるのが一番だけどね。因みに、提出する資料の中で私が既に作成しているのは、四人の素性だけだよ。この四枚がその書類になる」


 師匠は言いながら重なった書類を広げて見せる。四人の人相が描かれた書類で、プロフィールがざっと書かれている。名前、年齢、出身地などなど。才能の詳細まで書かれていたので、聞き込みを行ったのだろう。例えば才能の儀を行える人に、とか。


「他にも名前などは冒険者登録時に必要だから、冒険者ギルドに依頼した。基本的には才能も登録時に伝えるからね。詳細がわからない場合は才能の儀をやったことのある相手、今回であればフラウに聞く必要はあるけどね」

「……そういうのって、簡単に教えてくれるんですか?」

「いいや。機密事項に含まれてるよ。だからこれが必要になる」


 師匠は言って一つの紀章を取り出した。


「……これは?」

「政府関係者の証さ。これを見せれば、存在を知っている大手が情報を渡してくれる。もちろん冒険者ギルドやちゃんとした教会にいるフラウなんかにしか通じないモノだけど」

「……なるほど。これがあれば素性を調査できるんですね」

「そういうこと。失くすと信用に関わるけど、『鑑定』の技能があれば本物かどうかわかるからギルド関連には間違いなく通じるモノだ。覚えておくんだよ」

「……わかりました」


 今後も必要になってくることがあるかもしれない。その時のために覚えておこうと、頷いた。


「じゃあまずは調査から始めるよ。現場の特定からだね」

「……暗殺者ってそういうのもやるんですね」

「必要ならね。コツや必要な技能なんかを説明しながら、実践してみようか。今日はまだ時間があるし、現場の特定をするのは暗殺者だけじゃない。先回りした方がやりやすいだろうからね」

「……そうですね」


 なんだか探偵じみてきた。だがこれも必要なことだと言うなら、やるしかない。


 俺はバッグを持って出かける師匠の後についていった。


「……惨いことをするもんだね。今の時代、あそこまで過激な見せしめはそうないよ。今回は犯人が特定できてるからわかってると思うけど、強い信仰を持つヤツがいる。それも田舎の小さな村っていう小さな世界で洗脳されるように育ったヤツがね」


 俺達は街の広場に来ていた。既にリュイルの死体は下ろされ、死体の検分が行われているようだ。野次馬も減っていて、不用意に近づけさせないよう騎士達が噴水の周囲を取り囲んでいた。死体の検分をしているのは騎士だろうか。騎士はこういうのも仕事になるらしい。ここから一番近い騎士団は第四支部なので不安もあるが、少しずつ改善していっているらしいので今後に期待したい。


「……凄惨ですね。死因はおそらく、この胸の杭でしょう。細かな傷がありますので攻撃を受けた後に捕らえられ、杭を突き立てられたのでしょうね」


 検分していた騎士が報告している。野次馬に紛れつつ『盗聴』で検分の内容を盗み聞きしていた。


「つまり現場はここじゃないってことだね。とはいえそれだけじゃ場所を特定できない……。仲間の冒険者が多分最後に彼と会った人物だ。その話があるまではこのまま聞いてるよ」


 師匠が声を潜めて言った。


「昨夜リュイルを最後に見かけたのは、あなた達ですね? いつどこで別れましたか?」


 死体を見ていた騎士が白い布を顔にかけ直して、事情聴取のためか残していた冒険者四人に尋ねた。


「昨日、大きな依頼が終わってから、達成感と高揚感のまま酒場に行きました。日付が変わって少し経ってから、リュイルが帰ると言い出したのでそれを見送ったのが最後です……」

「わかりました。奥さん、息子さんは昨夜帰ってきた形跡すらなかったのですね?」

「は、はい……」


 仲間の冒険者四人と母娘二人が騎士達に囲まれて近くで状況を聴取されている。とはいえリュイルの妹は泣きじゃくって母親にしがみついているだけだが。


「となると、酒場からご自宅までの道の間でなにかがあった可能性が高いですね。リュイルは酒に弱くはなかったと思いますが、昨夜はどうでしたか?」

「えっ? あ、えっと……足取りも問題なかったですし、意識もはっきりしてましたよ」

「そうですか。発見時服や装備品はなかったようですが、見送った時はどうでしたか?」

「服も着てましたし、荷物も持ってましたよ。リュイルが所持していた剣も見当たりませんし……」

「なるほど。では服は燃やされている可能性が高いにしても、武器や所持品から犯人が特定できるかもしれません」


 リュイルは元々騎士団の一員だ。入団して一ヶ月の新入りだったが、検分していた騎士が呼び捨てにしていることから顔馴染みだったのだろうか。酒に弱くないということも知っているようだし。


「昨夜行った酒場はなんという名前ですか?」

「ここから北にある、アミュールという酒場です」


 これで、昨夜リュイルが辿った道はわかった。


「お辛いとは思いますが、直前彼がどのようなモノを持っていたか、思い出せる限り教えていただけますか?」


 騎士の真摯な瞳に応えて、冒険者と母親がそれぞれ所持品とその特徴を挙げていく。冒険者として持っていた方がいい品や個人的な所持品。例えば行方のわからないそれらを売り捌いていたら、そこから人相が割り出せる。騎士はそうして地道な調査を重ねていくのだろう。


「……あと、首飾り」


 粗方出揃ったところで、妹が呟いた。


「首飾り、ですか」

「ええ。あの子はいつも、娘が作った首飾りを提げていたので。銀の枠に透き通る青色の石が入った首飾りです。裏にリュイルの名前が小さく彫られているのでわかりやすいと思います」

「わかりました。……ありがとう」


 詳細を話した母親に頷き、屈んで娘に目線を合わせ礼を言う。


「これで大体聞いたね。じゃあ早速現場を特定しようか」

「……はい」


 騎士達が動き出すのはもう少し後だろう。俺と師匠は先んじて現場へと向かった。

 まず師匠の案内でアミュールという名の酒場へ辿り着く。


「ここを出て、家に向かったという話だったね」

「……はい。酔いは問題なく、証言から考えると真っ直ぐ家に向かった可能性が高いと思います。リュイルは家族を大切にしていたので、おそらく嘘はないかと」

「そうだね。とはいえ現場はこの近くじゃない。けどリュイルがこの酒場から家に帰るまでに襲われたとするなら、家に向かって歩けば自ずとわかるはずだね」


 酒場は時間帯の問題か人が少なかった。今の客に目撃者がいる可能性は低い。酒場の店員なら見ているかもしれないが、見ているとしても出て歩いていくところまでだろう。

 そして。容疑者が同じ冒険者である以上この酒場にいた可能性もあるが、どうだろうか。


「じゃあ次に考えるべきことは、どうやって四人がここから家に向かっていると特定したか、だね。冒険者がよく集まる酒場はもっと別にある。あとこのアミュールって酒場はいい店だけど少し高めだ。余程のことがなければ冒険者が来ないくらいにはね」

「……つまり普段から通ってる酒場の近くで待ち伏せしたんじゃなく、今どこにいるか確認した上で襲撃したってことですか?」

「あくまでも可能性の話さ。これからそれを確定させに行こうかね」


 師匠はそう言うと酒場の扉を開いて中へ入っていく。慌てて後をついていった。

 師匠は入るとそのままずかずかと奥へ進みカウンターでグラスを磨いているダンディな男性の近くに寄った。


「マスター。ちょっといいかい?」


 カウンターに頬杖を突きながら他の客には見せないよう紀章を見せている。マスターの視線がちらりと紀章を捉えた。しかし表情一つ変えない。流石は接客業のプロ。


「……ご注文は?」

「ノンアルコールでオススメを二つ。連れの分もね」


 頼むのかよ。と思わないでもなかったがマスターとしても事情聴取だけを行われて騒ぎになるのも困るのだろう。仕方なく師匠の隣に腰かけた。


「それで、なにをお聞きになりたいのですか、アネシアさん?」

「なに、ちょっとした聞き込み調査だよ」


 師匠の名前を知っている。まさかこのダンディなマスター、なんらかの関係者なのだろうか。年齢で言えば五十代に近そうな風格を持っているが。


「昨夜、最近話題の冒険者パーティがここに来ただろう?」

「そういうことですか。ええ、来ましたよ。その内一人、広場で殺されていた彼は途中で席を立ちましたがね」

「話が早くて助かるよ。そいつの後に席を立った客は?」

「いませんでしたね。パーティメンバーもしばらく飲んで騒いでいましたし」

「じゃあ彼がここを出た後に外から物音は?」

「していません。襲われたのだとしたらもう少し離れた場所でしょう」

「そうかい。じゃあ最後に、私物はきちんと持っていっていたかい?」

「ええ。服、武器、手荷物。全て持って出ていかれましたね。忘れ物はありませんでした」

「ついでに聞かせて欲しいんだけど、ここを出て右に真っ直ぐ行く相手を狙うならどこがいいと思う?」


 師匠の質問に淡々と答えていたマスターだったが、その質問にはぴくりと眉を動かした。


「ご注文の品です」


 手を止めずに作っていたドリンクを二人の前に出す。師匠が口をつけて一気に半分くらい飲み干していたので俺も飲んでみる。……あ、美味しい。柑橘系の甘酸っぱさと爽やかさがいい感じに効いている。


「……まず、開店している店の前を避けるのは当然ですね。ただ目立つ通りでは襲わないでしょう。路地裏に連れ込みますよね。となると路地裏がある程度広く、両側の店がやっていないところが狙い目でしょうか」

「なるほどねぇ」

「しかし今回の犯人は素人ですね。計画性があるようで全くない。本当に隠す気があるなら少し考えてわかるような場所で襲撃しません。万一にも人が来れば簡単にバレてしまいますからね。やるとしても人を行かせないために別の場所で騒ぎを起こすなどの工夫は必要でしょうが、昨夜は全くそういった騒ぎがありませんでした。偶然人通りのないタイミングで襲撃が行われたと考えて良いかと思いますね」


 マスターはつらつらと語る。やけに詳しいので、なんだろう。その道に詳しい人みたいな感じなのだろうか。

 師匠は残り半分のドリンクを一気に飲み干すと、懐から二人分の代金を取り出しカウンターに置く。


「参考になったよ」

「次はもう少しゆっくりできる時にいらしてください。――今度は、上手くいくといいですね」


 最後の一言だけ、師匠ではなく俺を見て告げてきた。師匠はなにも言わずやや荒く席を立つ。……?

 とはいえ師匠が立ち上がったので、聞くべきことは聞いたのだろうと思う。俺も慌ててドリンクを飲み干し後に続いた。

 酒場から出てリュイルの家がある方向、右へ歩く。まだ騎士達はここに来ていないようだ。公共の場で人の死体が磔にされていたのだから、後片づけが大変なのかもしれない。俺が想像していない仕事もあるだろう。


「マスターは元盗賊、それもそれなりに大きな盗賊団の頭領だったヤツだ。人を襲う作戦については嫌なことにピカイチでね。全盛期は相当に苦戦したって話だよ。今では引退したただの酒場のマスターだけどね」

「……なるほど、それで」


 やけに襲撃に対して淀みなく語るなと思ったら。マスターの引退時期はわからないが、少なくとも師匠が直接やり合っていたわけではなさそうだ。それでも一目置かれているのかもしれないが。

 師匠の過去についてもなにか知っているようだったが、俺にも関係があることのようだしいつかは聞く日が来るのだろうか。……人の事情に踏み込むのは苦手だ。どちらにしろ今は師匠が話してくれるのを待つしかないか。


「……ここ、ですかね」

「だね。戦闘痕もありそうだ」


 店が並ぶ通りだったので、空き物件なのか人の気配がしない二軒を見つけるのは簡単だった。丁度その中間の路地裏に戦闘痕らしき傷があるのも確認できる。


「ここ、血が付着してるね。多分殺した後に魔法かなにかで洗い流したんだろうけど、それの残りかな」


 師匠は躊躇なく路地裏に入って排水溝を指差す。確かに赤黒く染まった箇所がある。


 壁についた切り傷。砕けた地面。当時武器を持っていたらしいので、抵抗したのだろうか。

 ……探偵モノ漫画の主人公はどうしてあんな風に現場を調査できるのだろうか。現場から人が襲われたという空気が伝わってきて嫌な感じがする。


「う〜ん。排水溝が詰まってる様子はなさそうだね。そこに焦げた跡があるから多分燃やしたんだろうけど。排水溝を探れば金具ぐらいは見つかりそうだ。その辺は騎士に任せるとしようか」


 師匠はどんどん辺りを見て調査を進めていく。俺は呆然と突っ立っていることしかできなかった。……俺もなにか見つけられるといいんだけど。


 そう思ってまず動くことにした。以前なら指示を待って動かなかったが、今回は俺から言い出したことだ。

 やるべきことは、あいつらがリュイルの死に関わっているという証拠を見つけること。だがここはおそらく現場だ。余程のバカでない限りある程度の証拠隠滅はしているだろう。


 見回しながら痕跡を探りどういう状況だったのかを想像してみる。


 まず、人目につかないようここで四人が待ち伏せしていた。だが全員がこちら側にいたわけではないだろう。連れ込んだとしても逃げ道を作ってしまう。

 壁の凹みは四人の中で最も力が強いリーダー格のあの男のモノ。破壊跡の向きからして通り側から襲いかかったと思われる。では連れ込んだヤツがいるはずだ。おそらく盗賊職らしき男の仕業だろう。例えばロープを使って引き摺り込むなどを考慮すると、そういうのが得意そうなのはあいつだ。ロープを使ったならリュイルの身体に痕があるかもしれない。よく覚えていないけど。

 帰りの方向を考えると引き摺り込む側が右だ。つまりロープを使ったとしたらリュイルの利き腕である右を絡め取った上で襲撃ができる。そうなれば剣は使えないが、『疾風』の才能があれば意図して風の斬撃を放つことが可能だ。ああいうのはイメージが大事らしいので、剣を振る方が使いやすいらしいが、剣がないとできないわけではない。切り傷も直接剣で切りつけたわけではないだろう。そう考えると斬撃を飛ばすという遠距離攻撃を選ぶような立地でないことから、剣を使えなかった可能性も出てくるのでロープ説は濃厚かもしれない。剣で斬りつければ余程の腕前がない限りここまで綺麗に傷は出来ないと思う。リュイルが強いのは剣の才があったのもそうだが、一番は『疾風』という才能だ。剣の達人というほどではない。この路地裏の幅で横の壁に斬撃の痕があるのは剣を使っていない状況証拠にはなりそうだ。

 一番荒れている場所から少し離れた地面に矢が転がっていた。これだけでは誰がやったかわからないが、変に捩れている。おそらく矢は風の防御壁で逸らしたのだろう。無理に軌道を変えさせたから捩れたのか。指紋鑑定でもあればここから犯人が割り出せそうだが、これは弓使いが混ざっていると言う証拠でしかないので俺が持っていく必要はないか。騎士が犯人を絞り込むのに使えるかもしれない。もしかしたら特定できるかもしれないが、後で師匠に聞いてみよう。


 冒険者としてのリュイルが持つ燃やせない所持品。それらをどう処分したかが証拠品集めの鍵となる……というのは師匠も考えていることだし、これから向かうのだろう。


「シゲオ。そっちはなにか見つかったかい?」

「……重要なモノはないですね。矢が転がってましたけど」

「矢ねぇ。特殊な矢でもなけりゃ特定は難しいし一旦置いておこうかね。もし特定できそうだったら騎士団に任せればいいさ」

「……ですね」


 師匠も大体同じ考えだった。プライドが高そうなので、市販の安い矢なんか使わないとかだったら特定できる可能性もあるんだが。まぁ少なくとも俺には無理か。


「じゃあ次は燃やせなかったモノをどう処分したか、探っていくとしようか」


 そう言う師匠には、ある程度の目途が立っているようだった。


 その予想は当たり、師匠は迷いなく歩いていく。もたもたしていると騎士団の人達と鉢合わせてしまうかもしれない。犯人は現場に戻ってくるとも言うし、鉢合わせたら疑われるかもしれない。最近急に関わりを持ち始めたということもあり、疑われたら捕まるのは間違いなかった。遅れず師匠の後についていく。


 師匠が足を止めて扉を開けたのは、そう遠くない場所にあった店だった。バンキーンという名前の店のようだが、外からではなんの店かわかりづらい。

 師匠に続いて中に入ると、様々な商品が飾られた様子が目に入ってくる。ガラス張りのカウンターの奥に店員らしき男性が立っていた。商品で店の傾向がわかるかと思ったが、妙にバラバラだ。武器や防具もあるが、生活に必要なモノもある。ただの装飾品もあるので掴みにくかった。万屋とかそういう場所なのだろうか。


「店主。少しいいかい?」

「……」


 師匠の呼びかけに、男は一瞥しただけで返事をしなかった。

 師匠は構わずカウンターに近づくと紀章をわかりやすく置く。


「昨夜近辺で殺人事件が起きた。被害者は発見時に装備を身につけていなかったことから、どこかで処分したと思われる。表に出る前に処分したいだろうから、そうなるとここに来た可能性が高い」


 師匠は淡々と言葉を並べ立てる。店主は平静を装っているが目を泳がせていた。心当たりがあるのだろう。


「昨夜、武装した男女四人がここに、一人分の装備を売りに来なかったかい?」

「……知らないな」


 決定的な聞き方をしても、店主は知らないフリをした。紀章を持ち出している以上政府との繋がりがあるという脅迫になるのだが、それを無視する理由があるのか?


「殺した相手の装備を売る冒険者。そいつらが騎士団に捕まったらここのことは確実にバラされる。そうなった時シラを切れば懲罰房行きは確実だろうね」

「っ……」


 懲罰房という言葉を聞いて、店主の肩が跳ねた。自分には馴染みがないが、それほど恐ろしいところなんだろうか。


「もう他のヤツに売ってたとしても無駄だよ。買ったヤツは責任逃れをしたいからここの情報を喋る。隠して犯罪の片棒を担いだと思われるより、ただ売られた装備を買っただけと言った方が身のためだと思うよ?」


 師匠が笑みを浮かべて追い詰めていくのに対して、男は冷や汗を掻いていた。男の中では今葛藤が行われているのだろう。そこまでして隠したい理由はよくわからないが。


「この絵に描いてある四人、ここに来たね?」


 師匠は絵を取り出して今一度尋ねる。これが最後のチャンスなのだろう。

 男は動揺したまま頻りに目を泳がせていたが、やがて観念したかのように小さく息を吐いた。


「……来た」


 そして師匠の問いに肯定する。これで言質は取ったわけだ。


「協力、感謝するよ。多分騎士団もここを訪れるだろうから、嘘偽りなく証言してもらえると、こっちとしても助かる」


 師匠はにっこりと笑ってさっさと踵を返して店を出ようとする。……あれ。誰に売ったかとか今この店にあるかとかは聞かないんだろうか。

 とはいえ俺が余計なことを言っても仕方がないので、師匠に続く。店主がこっそり息を吐いてほっとしているのがわかった。


「……より深くは調査しないんですか?」

「しないよ。そういうのは騎士団とかの仕事さ。あたし達はあくまで証拠を並べて政府に提出するだけ。まぁ厄介な相手ならあたし達で見つけた証拠をわかりやすくしておくとか、そういったことをするけどね。今回の相手はただの素人、調査を進めていけば問題なく辿り着ける」


 師匠は断言した。俺にはまだ杜撰か否かの判断まではつかないが、人のいるところで話すくらいに警戒心が緩いのは確かだ。慢心していると言っていい。


「……最初は騎士団が動く前に暗殺するのかと思ってましたけど、騎士団に捕まってもいいんですか?」

「よく気づいたね。そう、今回の場合は騎士団が捕縛してからの暗殺になる」


 師匠は笑って言うが、一つ大きな問題が頭に浮かぶ。


「……騎士団が捕まえた後の暗殺って、互いの領分の違いとか引っかからないんですかね」

「普通は引っかかるね。ただあたし達も騎士団も政府の下についてる立場だ。政府がどちらに傾くかで決まる。殺しておいた方がいいか、殺さず更生することを願うか」

「……なるほど」


 更生を目指すなら牢屋行き。更生の余地なしと判断すれば暗殺。全ては政府の判断次第か。だとすると暗殺の許可が下りない可能性もやっぱりあるんだな。


「心配しなくても、今回は暗殺になるさ。なにせ監獄がいっぱいで、性格上更生の余地は薄いと来た。暗殺対象には相手の性格も重要でね。立場や環境が悪に染めてしまっただけで元は善人だったとかなら、投獄も視野に入る」


 一度の失敗の逆恨みで俺に仕返しに来たくらいだからな。性格が歪んでるのはわかる。どうせ悪いのはあいつ、と決めつけて罪悪感すら抱いてないと思われる。


「今回は反省する、怯えるどころか悪化してるくらいだ。態度が増長してる。根っからの外道だね」


 師匠は吐き捨てるように言った。どういう神経かは理解できないしする気もないが、「俺は悪くねぇ!」を地でいく感じなんだろう。四歳児でなければ許されない。


「というわけで、次は本人の調査をしようかね。あの四人の中に、今でも被害者の遺品を持ってるヤツがいる。それを調査すれば、確定だ。騎士団に捕まるのも時間の問題になる」

「……断言するんですね」


 今の状況だと四人の誰かが遺品を持っていると断言できる要素はないはずだ。それこそさっきの店で売り払っている可能性の方が高い。


「ああ。シゲオがわかるように言うとだね、今みたいな店は例え相手が犯罪者だったとしてもモノを売ってくれるなら買うんだよ。ただ騎士団やなんかの政府関係者にもいい顔はしておきたい。だから持ち主が確実に特定されるようなモノは買わないんだ」


 師匠が歩きながら説明してくれるが、これまでの情報に持ち主が特定されるようなモノはあっただろうかと少し首を傾げた。

 装備品などは特注品でもなければ持ち主の特定ができるとは言い切れない。彼は稼いだ金の大半を家族に渡していたので、そういった品は選ばないだろう。同じだが別のモノと言い切ってしまえば逃れられる可能性もある。……この世界の調査がどういうのを基にしているかわからないのでなにか方法はあるのかもしれないが。師匠の話からすると特定されないからこそ売り物にできるということだと思う。


 となると装備品でもなくリュイルのモノだとはっきりわかる遺品とは一体……いや、確か調査に来ていた騎士がリュイルの遺品のついて確認していたな。その中に該当するモノが


「……首飾り」

「そう、正解だよ」


 妹が作った首飾りは、リュイルの名前が彫ってあるという話だった。

 俺の言葉に師匠が肯定を示す。


「名前が彫ってあるということは、間違いなく持ち主がわかる。裏にあるそうだから大きさによっては気づかないかもしれないが、店では『鑑定』後に買い値を決めるからね。もし売りに出していたら確実に気づく。売りに出そうとしても断られるだろうね」

「……でも捨てる可能性もあるんじゃないですか?」

「まぁね。ただ今回は別だよ。あの首飾りに使われた青色の石は、結構貴重でね。偶然手に渡ったんだろうけど、捨てるのは勿体ない代物だ。貴重な理由はここが産地から遠いせいだけど、そこの産地は今問題が起きていて仕事が止まってる。つまり現在進行形で価格が高騰してるのさ」

「……売り物にならなくても、持ってるだけで価値があるってことですか」


 若しくはその石を持っている自分の価値を高められるとでも持っているのかもしれない。


「そういうこと。多分持ってるヤツは彫られた名前に気づいてない。綺麗な首飾りの裏側なんて、罪悪感を抱いてないヤツは見ないモノなんだよ」


 石にしか興味がないなら、裏側まで見ることはないか。それが自分達を追い詰める一手になると言うのなら、迂闊で助かった。


「……でも持ち歩くような真似はしないですよね」

「そうだね。いくらバカでも他人が持っていたのと全く同じ首飾りを提げていたら疑われることくらいわかる。保管してあるんじゃないかね」

「……保管、住んでる場所とかですかね」

「そうだね。もしそれが確認できたなら、報告するのに充分な証拠が揃う」


 だが持ち歩かないなら確認する方法はない。とはいえ正面から訪ねたのであれば間違いなく追い返される。となれば取れる手段は一つだ。


「……忍び込んで確認する」

「正解。あんたも暗殺者なりの考え方がわかってきたじゃないか。今回、まず最初にやらなきゃいけないのはそこだ。バレずに侵入して証拠品の首飾りを確認、名前が彫られているのを見ること。それが終わったら政府に報告する」

「……じゃあ四人の住んでる場所の特定からですか?」

「それはもう調べてある。今日中に区切りがついたことだし、戻って場所を確認しようか。それから、今夜忍び込んでみよう」


 早速か。でも早めに動かないと騎士団に先を越されて暗殺できない可能性もある。なら、やるしかない。これは俺から言い出した暗殺だ。


「……わかりました」


 俺が頷いたのを見て、師匠はそれでいいとばかりに笑みを深めた。

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