第二十八話 信念

 金と武力を集めに集めている大貴族の暗殺。これは本当に疲れる依頼だった。もちろんこうして生きているからには無事暗殺を遂げたのだが。


 ルグニカと最初の依頼。この二つと比べても遜色なかったのではないだろうか。なにせ屋敷を見回っている兵士の数が異様に多い。警備が厳重だとその分動きが阻害されるのでしんどかった。

 この暗殺依頼は師匠のやり方では難しい状況だったので、俺がやることになったのだが。いやホントにキツかった。なにせ通気口を固定して封じられていたからな。いつもの侵入経路が使えず、もうどうやって暗殺すればいいんだと頭を抱えるほどだった。いやはや、疲れる仕事だった。


 そんな誰の得にもならないエピソードは置いておいて、俺は街へ戻ってきた。パン屋でリュイルと会うことができたので、食事の日程を決める。なんだかんだルグニカは教える能力が高かったのか、それともリュイルが優秀なのかは置いておいて、順当に冒険者内の階級だかランクだかを上げているそうだ。将来有望な冒険者の一人として目されているらしい。流石すぎて感心する以外にできる反応がないわ。

 名声や人気が欲しいわけではないが、暗殺者はどう足掻いても日陰者なので純粋に眩しい。羨ましいという気持ちはない。だってそういうのって目立つじゃん。心労が凄そう。


 そんなリュイルの輝かしい活躍もあって、最近は次々と依頼が舞い込んできて嬉しい悲鳴を上げているそうだ。そんなこんなで空いている日程がなく、とりあえずいつか行こうという形になった。俺もずっと暇なわけではないし、冒険者として活躍できているのが楽しいのか、うきうきな様子のリュイルの邪魔をしたくはない。

 『閃光』とは違って風で移動を速めることもできるし、当然攻撃にも使える。もっと上手く扱えるようになれば空も飛べるかも、とは師匠の予想だ。そんな才能を持っている彼だからこそ、周囲の評判は当然だろう。


 むしろ俺と話す時間が無駄じゃないかと思ってそれらしきことを言ったのだが、一笑に付されてしまった。


「利益があるからシゲオと話してるんじゃないよ」


 とはその時に言われた言葉だったか。その後に続いたのは「じゃあシゲオは僕と話すことが利益になると思ってるの?」だったはずだ。まぁ俺は頷いて理由を並べたんだが。

 ともあれ、俺はよくわからないが友達とはそういうモノ、だそうだ。じゃあ俺はリュイルのことを友達だと思っていないんだな、という結論に至ったのは言わなかった。多分そうだろうから。


 街で冒険者らしき人達がリュイルの話をしていたくらいには、名が知れているらしい。できれば俺とではなく、もっと有用な人脈を築けることを祈っている。リュイルならそれができるはずだ。


 俺はこの間の話にもあったが、暗殺依頼を自分で選びこなしてく段階に入っている。リュイルよりも将来のビジョンが見えずこのまま歳月を重ねていくだけの可能性もあるが、それでもモチベーションを保つための“なにか”は必要だ。

 だからこそ師匠もリュイルと交流を持つことを許したというのはあるだろう。きっかけがあれば人は変われると言うが、きっかけを待つだけではなにも変わらない。変わるのが遅くなってしまう。だから変わるきっかけに出会う機会を増やしていく必要があるのだろうが……。


 俺にはとても難しい問題だ。


 とりあえず今やるべきことは技能の向上と戦闘技術の習得だ。悩んで力量が落ちてしまっては元も子もない。

 魔物と正面から戦って戦闘の勘を養い、暗殺に必要な技術を習得及び洗練させていく。また同時に課題であった魔法の練習も行なっていた。魔法を使うのは若干楽しみだったが、わかってはいたができることが少なくてあまり上達していない。まぁ適性全部微ですからね。


 兎も角。

 俺はこれまで通り暗殺者として。

 リュイルは冒険者として。


 それぞれのやるべきことを続けるのだった。


 しばらく経って。

 食事の日取りを改めていた時、リュイルから大きな依頼が貰えたという話をされた。リュイルの所属しているパーティの功績が認められての抜擢だそうだ。俺では敵わないような大物の討伐依頼だと言う。成功すれば家族を楽にできるほどの報酬が貰えるらしい。

 俺だったら騙されて嵌められているんじゃないかと勘繰ってしまうのだが、リュイルの陰口を言っている者は見かけたことがない。むしろ新たな英雄の誕生を楽しみにしているような空気すらあった。


 リュイルは善人ではあるが、自分を利用する悪意には敏感になっている。ルグニカのところへ行った経験が世の中いい人ばかりではないことを彼に知らしめたのだろう。その彼が信頼している仲間達も、裏でリュイルの悪口を言っていることはなさそうだった。むしろ彼のおかげでいい思いができている、全面的に協力してやりたいというスタンスのようだ。


 だから今回の依頼も、純粋に彼とその仲間達を頼ってのことだったと思う。


 だから……。


「…………え?」


 翌日街の広場でリュイルのが飾られていた時は、自分の目を疑う他なかった。


 思考が空白に染まる。身体が動かない。地面がなくなったかのような足元の定まらない感覚を覚える。


 ただ街を歩いていて、広場に人混みが出来ていたから様子を見ようと思っただけだ。

 それがこんな、こんな惨状を目にすることになるなんて思ってもみなかった。


 広場の中央、噴水に突き立てられた巨大な十字架。そこに磔にされた全裸のリュイル。胸、腹を穿つ杭が彼の死を如実に告げている。

 その周囲ではパン屋の親娘が泣き崩れ、リュイルと組んでいたパーティの仲間達が呆然としたまま涙している。


 噴水を囲むように集まった野次馬達があまりにも悲惨な姿に目を覆い悲哀の表情を見せる。


 十字架への磔、突き立てられた杭。まるでリュイルを殺す行為が彼への天罰であるかのようだ。

 だが天罰にしては雑すぎる。噴水に力尽くで突き立てられた十字架然り、リュイルの身体についた矢が刺さったような穴然り。


 殺人を天罰に見せかけているような、そんな気配がした。


 彼が天罰を受けるような人物でないことはわかっている。俺の人生でも数少ない、人を見下すことのない人物だと思っている。ルグニカの影響で性格が歪んでしまい裏で悪事を働いているということも聞かない。彼の言葉の端々からは「もうあんなのは懲り懲りだ」という雰囲気が伝わってきたので信じたいところではある。


 ではなぜ、リュイルが殺されるのか。


 ……いや、やめよう。犯人探しは俺の仕事じゃない。俺が犯人と関わるとしたら犯人が見つかって暗殺の依頼が来た時だ。


 そう思えたなら、どれだけ簡単か。


「……」


 人の感情というのはそう単純なモノではない。ある程度の方向性ならわかるかもしれないが、複数の感情入り混じる複雑怪奇な心を解き明かすのは難しいだろう。心理学に通じているなら兎も角。


 気づかない内に拳を握っていたらしい。熱の籠もった息を吐いて感情を外へ逃がす。そうでもしないとどうにかなってしまいそうだった。


 不意に、身体が硬直する。噴水の方から歩いてきた四人の顔に見覚えがあったからだ。

 いつだったか、師匠とフラウさんの代わりに俺を襲った連中だ。あの時のことは若干トラウマになっているので身体が動くことを拒否してしまう。


 俺の記憶が正しければ、こいつらは冒険者だったはずだ。リュイルと同じ。あんなことがあったので全員性格が悪いのは知っているが、それでも同じ冒険者の死を目の当たりにしたにしてはおかしい。

 噴水の方から歩いてきた四人は、どこか晴れやかな様子を見せている。違和感が拭えないまま視線を逸らしじっとしていると、一番体格のいい男にどんと肩をぶつけられた。一応『気配同化』は使用しているが、また絡まれたらどうしようと思うと身体が強張ってしまう。だが俺の懸念とは裏腹に、そいつらはなんの因縁もつけずにそのまま歩いていった。心のどこかで安心すると同時に、所詮俺は路傍の石と変わらないんだなと察する。

 しかし、


「いいザマだな、あの野郎」


 嘲笑うような男の小声が耳に入ってきて、それまでの思考が吹き飛んだ。


「最近目立っててウザかったのよね」

「私の申し出を断らなければ、ああはならなかったでしょうに。残念です」

「『私の伴侶となるなら痛い目に遭わずに済みますよ』と言い出した時にはどうしようかと思ったがな」

「そんな私の申し出を拒絶したのですから、天罰が下るのです。残念で仕方ありません」

「聖職者の割りに面食いなんだから、あんたは」

「……あまり話しすぎると怪しまれるぞ。ここじゃ誰が聞いてるかわかんねぇ」


 四人は浮かれた様子で談笑し、その後は話さずに離れていった。一応小声ではあったが、最近『盗聴』の技能を会得した俺にはばっちり聞こえている。『盗聴』は耳を澄ますことでより広い範囲の音や声を拾うことができるようになる技能だ。おそらく他の人達には、彼らの声が聞こえていないだろう。なにより広場に飾られた凄惨な死体に目がいってしまう。


「……っ」


 なんだろう、これは。

 身体を内側から炎で焼かれているみたいだ。身体に余計な力が入ってしまう。


 ……俺がもっと早くにあいつらを暗殺する決意をしていれば。あの時師匠に暗殺を頼んでいれば。リュイルは殺されなかったかもしれない。俺が悪い。俺のせいだ。


 言い聞かせてみたが、これまでのように感情が収まってくれない。今までなら例え他人に怒りを覚えた時でも「俺が悪いから」の一言で済ませられていたのに。俺がダメな人間だというのはわかっているから、それで済んだはずなのに。

 今回はダメだ。リュイルの死の理由の一端が俺にあることは事実だが、どうしてもそれだけで抑えられない。あいつらに――死んで欲しい。


「……はぁ」


 それでも私情で人殺しをしてはあの四人と同類になってしまう。なんとか息を吐いて心の落ち着きを少しでも取り戻す。


 きっと、リュイルはこれから栄光の道を進んだだろう。

 俺のような日陰者とは違って、輝かしい未来を迎えたはずだ。


 冒険者として困難を乗り越え、大成し、英雄と呼ばれるまでになった可能性もある。リュイルの伸びしろは大きかった。

 だがそれも、身勝手な理由で閉ざされてしまった。

 先程の話から予想するに、活躍して目立っているリュイルに嫉妬して襲撃を計画した。襲撃のタイミングが昨日だったのは、難易度の高い依頼をこなし疲労してはいたが生還したからだろう。リュイルの仲間達が生きているのがその証拠だ。そして仲間達と別れたタイミングを見計らって、リュイルを四人で襲撃した。その時、神官らしき女がリュイルの顔に惹かれて言い寄ったが、女性恐怖症の彼はそれを拒絶。冷静なように見えてプライドの高いヤツらの同類であることは俺もよく知っているので、拒絶された彼女が最終的にああして殺害したリュイルの死体を飾った。

 俺が立てられる予測はこんなところだろうか。どれだけこの推測が当たっているかはわからない。もしかしたら誰かの陰謀が裏で動いているのかもしれない。


 ただ、真実は割りとどうでもいいのかもしれない。

 俺にとって重要なのは、あいつらがリュイルを殺害して、尚且つそのことを一切悔いてないことだ。リュイルの死を当然のこととして認識している。歪んでいるのはわかっていたが、殺しにまで手を出したとなると取り返しはつかないだろう。俺が今まで暗殺してきた者達と同様に。若しくはあの時師匠に報復させなかったから、図に乗っていたのかもしれない。もしそうだったら俺が悪い割合がまた増えるな。だが俺が悪いから反省しようだけでは、次が防げない。


 もしヤツらが犯人だとわからず見逃されたら? あの連中は自分達の気に入らないことがあったら相手を殺せばいい、と手段の一つとして定常化させてしまうだろう。

 他人の命や尊厳をどうとも思っていない連中だ。ここで逃せば、いつかまた被害が出る。次はどんな人物に手を出すのだろうか。リュイルのように目立つ優秀な人か。それとも俺のようにあいつらが敵わない人物の傍にいながら立場の弱そうな人か。

 どちらでもいい。どちらでも、今後二度と起こさせる必要はない。


 俺は踵を返し、広場に背を向けた。


 ……死ぬのは嫌だし、苦しいのも御免だ。


 それは余程のマゾヒストでなければ誰もが同じだろう。リュイルのように俺が持っていないモノも多い人物にも、不幸は訪れる。絶望はやってくる。それを俺は、これまでにいくつも見てきた。


 人生は難しい。努力は報われないし、幸福の絶頂に不幸が訪れる。


 それでも、他人を踏み躙る外道を減らすだけなら、俺にもできる。結果として不幸になる人が、取り返しのつかない状況まで追いやられる人が減っていくなら。


 ――俺は、暗殺者であればいい。


 不幸が訪れる前に人を助けられるほど高尚でも優秀でもない。不幸になるかどうかは、不幸になってみないとわからない。それでも不幸になった人々をそれ以上不幸にさせないことなら、俺にもできるかもしれない。これまでやってきたように。


 俺の足が向かう先は師匠との家だ。師匠は真剣な表情でリビングに座り、俺の帰宅を待ってくれていた。俺が家に入っていると同時に顔を上げ、しかしなにも言わなかった。俺の言葉を待ってくれているのだろう。


「……師匠」


 なぜか、普段よりもすんなりと声をかけることができた気がする。


「政府に暗殺対象の報告、させてもらいたいんですが」


 以前連中に襲われた後、師匠から聞いた話を思い出した。政府から依頼が来ていなくても、暗殺が必要と思われる人物だとわかれば報告をして依頼を出してもらうことが可能だと。


 だから俺は、あの四人を暗殺対象として報告する。そして殺す。私怨が全くないとは言えない。だが恨みを込めて殺害する気はあまりない。俺の感情なんて些細な問題だ。だがリュイルという将来有望な人物を自分勝手に殺害し、あまつさえ罪の意識を抱いていない救えなさ。今後彼のような悲惨な死を回避するためにも、俺は暗殺者として四人を殺そう。


 少しでもリュイルのような俺より優秀な人の死を減らす。


 月並みだが、今日からそれを俺の信念と呼ぼう。

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