第三十話 侵入調査

 粗方の調査を終えた俺と師匠は、一旦家に戻ってきていた。


 四人の住んでいる場所を確認するためだ。


「これがプロフィール。ここに現在住所が書いてある」


 師匠に四枚の紙を渡されて、住所の欄を確認する。

 全員この街に住んでいるようだ。場所は一軒家ではなく宿屋のようだ。四人別々の宿屋を利用しているようなので、一晩で四ヶ所に潜入するとなると一つを調査する時間は短めにしないといけない。


「で、こっちはそれぞれの位置を記した地図」


 続いて師匠が渡してきたのはこの街全体の簡単な地図だった。そこにプロフィールに書いてある住所と同じ場所に丸が描かれていた。四つの丸の位置は固まっているわけではない。広場を中心に、北に一つ、南に一つ、東に二つの位置だ。

 住所の見方についても勉強しているので、誰がどこに住んでいるかわかった。


 まず『怪力』持ちの大男・デゼルが北にある宿屋だ。

 神官らしき女・マーフィラが南にある宿屋。

 盗賊らしき男・キアグと弓使いの女・ウィンエが東のようだ。


 というか初めて名前をちゃんと見た気がするな。


 兎も角、これで場所は把握できた。


「首飾りって言うくらいだから女二人が持っていそうな気はするね。こっちのヤツは粗暴だし、もう一人は金目のヤツは売ればいいって言いそうだ」


 確かに男二人は首飾りを大切に保管しそうにない印象がある。貴重なモノと言われても、金にならないならいらないと言いそうだ。

 逆に首飾りを見て綺麗だと喜び、売れなければ手元に残しておきたいと言い出しそうなのは……弓使いの方か。


「一晩で回るなら順番を決めておかないとね。どこから行く?」


 師匠に尋ねられて、少し考え込む。

 順番に全てを回っていくなら、北か南から行って東を回りもう片方へ行くのがいいと思う。東から行くと二つ目は近いが三つ目の後の四つ目で真逆の方角に向かわないといけず、遠くなってしまう。途中で証拠品が見つけられれば撤退できるが、もし三つ目まで回って見つからなかったら最後の一つになかったらどうしようなどとネガティブな考えが過ぎって集中を乱してしまいそうだ。

 それに何度も侵入していると痕跡を残してしまう可能性が高くなる。バレる可能性も高くなっていく。


 つまり、最適は一発で正解を引き当てること。


「……東の、弓使いのところからにします」

「理由は?」

「……首飾りを持ってる可能性が一番高いと思ったので」

「うん。今回はシゲオに一任するつもりだからね、シゲオがそう思ったなら、そうするといい」

「……はい」


 師匠は肯定も否定もしなかった。師匠の考えと合っているかどうかを読み取らせてくれるほど甘い師匠でもないし、どちらかはわからない。

 だが考え方は間違っていないと思う。神官の方は天罰と称してリュイルの死体を飾り立てたほどだ。ヤツの中ではもう終わったモノになっていると思われる。ヤツの視点に立って表現すれば見限った。そんな相手の遺品を持っているとは考えにくかった。


「じゃあ早速今夜取りかかろう。必要な手立てはもう揃ってるはずだよ。四人が泊まってるどの宿屋もセキュリティがこれまで以上に高い場所はない。侵入経路は窓からになるだろうから、不安があるなら外から窓を開ける方法の復習ぐらいはしてもいいかもね。完全に部屋が暗くなって相手が眠っている間に窓を開けて侵入、証拠品を探す」


 これまでのように入念な計画は必要ないが、その場で臨機応変に対応する必要がある。加えて手早さが必須だ。……うん、自信なんてないので復習はしっかりしておこう。


「……復習して、夜に行ってきます」

「その意気だよ。さっきも言った通り、今回の侵入はシゲオに一任する。不測の事態が起きたらあたしに助けを求めてもいいけど」

「……わかりました」


 師匠の助けを借りるのは最後の手段ということだろう。

 俺も、今回のことを師匠に任せる気はなかった。胸の内に芽生えた感情を信念としたからには、やる気を出さなくては。ただし決して気負わず、冷静に。


 とりあえず席を立ち、今回必要になりそうな技能を復習する。


 必須だとわかっているのは窓を開ける技術か。

 窓から侵入する方法も教わっているので、家の外の庭で復習に使うための窓を持っていく。

 木の窓枠にガラスが張られた窓だ。台に固定することで実際の窓のようにして訓練ができる。習得した『鍵開け』の技能で対処可能だが、技能として習得しても失敗することはある。今回は室内に相手が寝ていることがほとんど確定しているので、物音を立てたら一巻の終わりだ。確実に成功する――と思えるように何度かやっておこう。


 窓を台に固定してから内側から鍵をかける。その後外側から鍵を開けるわけだが。


 この辺りは多分、元の世界の空き巣とそう変わらない手口だ。一言で言ってしまえば、ガラス部分を割って手を入れて鍵を開ける。

 俺がやるのはガラスとサッシの間に短剣の刃を差し入れて押し込み、鍵近くのガラスにヒビを入れていく方法だ。そうしてガラスを割ったら、割った隙間から手を入れて鍵を開ける手順になる。力加減を間違えると音が大きくなってしまって場合によっては見つかってしまうかもしれない。緊張で手が震えたら上手くできないかもしれない。


 一息入れてから集中して手順通りに鍵を開ける。……うん、問題ない。ただ本番となると緊張で手が震えそうになるのは、何度暗殺依頼をやったって変わらない。小心者故の苦労である。

 一回の練習で一つガラスを割ってしまうので、また新たな窓を持ってくる必要がある。こういう技能習得に必要な道具はいくつも在庫があるのだ。経費で用意しているらしい。あまり請求しすぎるのもどうかとは思うが、こういう時のために用意してあるモノなので遠慮なく使わせてもらう。


 そうして同じ手順を踏み『鍵開け』をすること五回。


 かなり意識が集中してきて、手早く成功させることができるようになった。……直前の完璧な成功のイメージがあれば、大丈夫。きっと。


「……」


 もうそろそろいい時間だ。軽い食事の後に、準備を始めよう。


 ◇◆◇◆◇◆


 夜が更けてしばらく経った頃。


 街ではまだ酒場で騒いでいる人もいるが、ほとんどの人は家に帰って寝ている時間帯。


 俺は支度を終えて暗殺者衣装を着込み家の前に立っていた。

 夜が更けていれば俺の才能『闇に潜む者』の【闇に溶けゆ】が発動して存在を認知されなくなる。街灯や窓明かりに気をつけていればバレることはないだろう。

 細かな地図を確認してできるだけ明かりを避けながら弓使いのいる宿屋に向かうルートを割り出している。それに沿って進みながら道中の人やモノに注意して慎重に進めば到着は問題ないはず。


 今回は下見なしだが普段出歩いている街なのである程度の地理は頭に入っていた。


「……じゃあ、行ってきます」

「ああ、行ってきな」


 今回も一応師匠との【会話】ができるようにはしてあった。完全に相手が眠ったタイミングを見計らうために、いくつか師匠からアイテムを預かってもいる。必要になった時は遠慮なく使おう。

 一番やってはいけないことは、俺の存在が知られてしまうこと。誰にも気取られず、部屋に侵入して首飾りを見つけられるように頑張ろう。


 師匠への挨拶も終わったので、俺は早速『気配同化』を使って闇夜に乗じる。周辺の気配を探りながら薄暗い裏路地を素早く駆け抜けていく。【闇夜に乗じて】によって身体能力が上がっているので早々に東側へ着くことができた。ここまでは問題ない。誰にも発見されていないし、冷や汗が出るような場面もなかった。


 ただし慢心してはならない。心を落ち着けて一旦建物の屋根に登る。


 そして師匠から預かったアイテムを腰のポーチから取り出した。黒光りする丸い筒、単眼鏡だ。と言っても俺がいた世界のモノとは仕組みが違う。形はそれっぽいが仕組みによって遠距離にあるモノを拡大して見えるようにするのでなく、魔法や技能でそれを可能としている。師匠の場合は【遠視】を使っている。

 単眼鏡は筒が二重になっており、スライドして伸縮させることができる。


 屋根の上で身を屈めて左目を瞑って右目で単眼鏡を覗き込む。事前に確認した住所と地図と現在地を照らし合わせて弓使いの宿屋の方角を割り出す。単眼鏡を動かして目的の宿屋を発見した。

 もちろん俺も無計画に建物の屋根に登ったわけではない。目的の宿屋の弓使いが泊まっている部屋が見える位置の建物に登っていた。位置取りと方角さえ間違っていなければ見えるはず――見えた。俺の記憶が間違っていなければ、あれがヤツの泊まっている部屋だ。ただしカーテンがかかっていて中の様子は見えない。窓もきっちり閉まっているようだ。ただ明かりが点いていることはわかるので中に人がいるのは間違いない。さっさと近づいて『盗聴』で中の様子を確認、就寝後に侵入するとしよう。


 そうと決まれば早速移動だ。単眼鏡をポーチに戻して街灯の近くを通らないように建物の屋根の上を飛び移って目的地に近づいていった。


 道中は特に苦戦することもなく辿り着けた。光さえなければ俺の持っている『闇に潜む者』の効果が発動するので簡単だ。ただ未だに才能という名前で呼ばれてはいるが、自分のモノという感覚はない。どうしても授かった能力って感じがしてしまう。異世界人なので当然かな。


 ともあれ、目的の宿屋には屋根の上から辿り着いた。弓使いの泊まっている部屋が二階なのでこうして間近まで接近することができる。丁度真上の位置に来たら『盗聴』で建物越しに部屋の中の会話を聞き取る。


「……ふぁーあ、そろそろ寝ようかしら」


 聞き取れた声はあの弓使いのモノだ。良かった、今回やってはいけなかったことその一、「場所を間違える」をしなかった。とりあえず目的地への到着は成功したようだ。

 ただ、弓使い以外にも気配がある。一人部屋の宿屋だと聞いていたが、誰か来ているのだろうか。気配は感じ取れるがまだ誰の気配なのかは読み取れない。師匠などの顔見知りなら兎も角。


「なら俺はもう帰るな」


 もう一人の声も聞こえた。男の声、しかもこの声はパーティメンバーの盗賊だ。……気配がベッドの上に二つ並んでいるのは、そういうことか。そういえばなぜかこの二人だけが泊まっている宿屋が近かったな。


「なによ、それ。あんたがあたしのとこに来たんでしょ?」

「だから、寝るのを邪魔する気はないってことだ。朝になったらあいつらが訪ねてくるかもしれないしな」

「……あっそ。じゃあいいわよ」

「ああ、また明日な」


 二人の会話からするに、他二人には関係を秘密にしているのか。ただ弓使いの方はなんだか不満そうだ。仲違いというわけではないが、言いたいことを呑み込んでいるのかもしれない。


 気配の片方がベッドから出て身支度をする。衣擦れ音がするので服を着ているのだろう。……騎士団長の時もそうだが、こういう場面に出会でくわすよな。こういうのを一種の出歯亀って言うんだろうか。俺には縁がないのに。


 盗賊は気配に敏感だ。技能を切らせて【闇に溶けゆ】が解けたらバレてしまう。緊張しないように別のことを考えながらチャンスが来るのを待つ。


 やがて盗賊が部屋を出て宿屋を発ち自分が泊まっている宿屋の方へ向かっていく。念のため完全に離れるのを気配で追っておいた。


「……なんで男ってカッコつけたがるのよ。別にバレてもいいじゃない」


 盗賊がいなくなってから、弓使いが小さく愚痴を零した。その後すぐに部屋の明かりを消して、乱暴に布団を被ったようだ。……眠いならすぐ寝るか。熟睡するまでの時間を考えて、約一時間後に仕かけよう。

 首飾りが他のヤツのところにある可能性も捨て切れない。危険を冒すわけにいかないが、時間をかけすぎるのも良くなかった。


 眠いと宣言していた通り、少ししたら寝息が聞こえてくる。それから四十分ほど経過したので行動を開始した。


 まずは屋根から降りて窓の外側に移動する。ただ練習とは違って不安定な姿勢での『鍵開け』となる。足場がないので、壁に掴まって片手で窓ガラスを割らなければならない。またガラスを割る微かな音を発することによって『気配同化』などが解け姿が見えることも確認済みである。『索敵』で俺を見える位置に人がいないことを確認。

 窓枠は大きくないので上の窓枠を右手で掴む。異世界に来る前の俺なら確実にできなかった芸当だ。しっかりと掴んで足で壁を踏みつけ体勢を固定した。左手で腰の短剣を抜いて鍵近くのガラスとサッシの間に差し込んでヒビを複数入れていき、静かにガラスを割る。割ってすぐには鍵を開けず、耳を澄ませて弓使いが起きていないか確認……よし、起きてないな。


 確認してから短剣を腰に戻して、穴から手を入れて鍵を開ける。開けたら外からでも窓を開けることができる。音を立てずに窓を開けてそっと中に入った。

 ベッドの上でぐっすりと眠っている弓使いを実際に目で見て確認する。


 ……リュイルをあんな惨たらしい目に遭わせておきながら、自分はのうのうと生きてやがる。


 呼吸に応じて上下する布団を見て自分の内側がかっと熱くなった……が、首を横に振って余計な考えを追い出す。私情に呑まれて依頼にない殺しをするのはただの殺人鬼がやることだ。俺は暗殺者としてやっていくと決めた。

 いつの間にか握っていた短剣の柄を放して弓使いのいる方から目を逸らし、部屋の中を見回す。


 盗賊との行為の結果か脱ぎ捨てられた衣服と下着もあったが、こんなヤツの下着には興味がない。……ぱっと見で首飾りはないな。俺の考えが正しければ、こいつが持ってる可能性が高いんだけど。

 目に見える範囲には置いていないかもしれない。タンスの引き出しを開けたりバッグの中を漁ったりしながら首飾りを探すが、ない。


 ……俺の予想が間違っていたのかもしれないな。


 と思って心が落ち着いた状態で今一度弓使いを見――あった。


「……バカかよ俺」


 思わず呟いてしまうほどの見落としだ。弓使いの寝ているベッドの近くにあるベッドライトが置いてある台の上に置かれていた。こんな場所に置かれているのを見落とすなんて、やはり俺も冷静ではなかったということか。……当たり前か、異世界に来てから比較的親しくしていた数少ない一人を殺されたんだ、平静を装っても心の乱れはある。


 綺麗な青色の石が嵌め込まれた首飾りだ。手に取って、少し緊張しながら裏面を確認する。


 ――小さくリュイルの名前が彫られていた。


 確定だ。これは決定的な証拠になる。思わず首飾りを握る手に力を込めてしまった。口からゆっくりと息を吐き、力を抜いて首飾りを元の場所に、できる限り同じように戻しておく。


 今はその時ではない。これで報告に上げる証拠は揃った。政府に依頼が通れば、四人に報いを受けさせる時が来る。だから今はなにもしない。


 俺は用を終えて窓から外に出る。ただしこのままだとあっさり侵入したことがバレてしまう。ここに目敏そうな盗賊も来るとなれば確定だ。誰かが部屋に侵入してなにもしなかった、つまりなにかを調べに来たとバレてしまえばリュイル殺害のことだとわかってしまう。そうなったら首飾りは早々に捨てるだろう。

 だからこの『鍵開け』の後には処理がある。


 それが師匠から貰った窓ガラス修復アイテム。透明な薄いフィルムのような素材だ。このアイテムには師匠が付与した【修復】と【消失】がある。フィルムに割れたガラスの破片を載せるとくっつく。そのまま割れた箇所に外側から貼ることで【修復】が発動するのだ。動かすと剥がれる恐れがあるので、先に窓を閉めて鍵をかけておく。それからフィルムを割れた部分に貼って【修復】させる。こういうのは元の世界ではできないので、異世界の魔法技術は凄いなと思うばかりだ。【消失】はアイテム自体を消失させるモノなので、証拠は残らない。ヒビも【修復】できるのでマジで便利だ。

 【修復】は効果範囲が狭く時間がかかることが欠点だが、今回のように朝まで窓を動かされることがない状況なら問題なくなる。


 目的は達したので、俺は油断することもなく屋根の上を飛び移って師匠の待つ家へと戻るのだった。

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