第二十六話 暗殺者の噂

 ルグニカ・アレストハイルの訃報は直ちに国中を駆け巡った。


 立場のある人物だったために、誰がという憶測は後を絶たなかったのだが。それも国が調査員を派遣して調査結果を発表してからは収まっていく。


「ルグニカ・アレストハイルは騎士団を私物化していた。好みの男性を囲うために手段は択ばず、脅迫や恐喝、詐欺などと多岐に渡る。故に恨みを買われて、暗殺者を差し向けられたのだろう」


 と。

 師匠曰く、この調査員の発表も事前に用意されていたモノのようだ。まぁ政府が依頼してきたのだから当然と言えば当然か。

 ともあれその発表があってから、もしや国が有害な人物を消しているのでは? という以前からまことしやかに囁かれていた噂が真実味を帯びてきたのだ。それから一週間は犯罪がやや減ったらしいが、まぁ一時的なモノだろう。


 さて。騎士団長は暗殺者に殺されたが、あの時いた被害者の男性は疑われなかったのかというと。


 調査員が国から派遣された者だったこともあり、方法は知っているのでそれはないと理由をつけて疑われなかった。例え関与していたとしても自分達が依頼したことなので捕らえることはないだろう、とは暗殺の詳細について説明していた時の師匠の言だ。

 ただ彼は気絶されられる前に人相を見たと発言しており、闇に紛れて襲いかかってきた黒ずくめの暗殺者だと、バラされてしまった。というよりこれは政府が「暗殺者の存在も抑止力になんねーかなー」という目論見の下、そろそろ俺という暗殺者の存在を認知させるための策略なのだそうだ。事前に師匠がこういう姿をしてこっそり暗殺してるよ、という報告を上げていたので「こういう暗殺者ではなかったかね?」と問われて思わず反応してしまった、というような形だ。本人からしてみれば、出回っている情報が自分の語った情報より多いため捏造されたと考えているかもしれないが。


 更にルグニカ・アレストハイルは剣に関する才能を持っていないにも関わらず剣術に優れた人物だったというのは有名な話だそうで。加えて『閃光』という魔力さえあればどれだけでも連発できる能力を持っている。かなりの強者なのだそうだ。

 現場の状態から考えて、その人物と戦闘になった上で殺してみせた暗殺者。……それだけ聞くと暗殺者が強いように思えるから不思議だ。実際には相手の油断や慢心、そして一緒にいた彼の功績なのだが。


 ともあれその強いように聞こえる暗殺者には、闇に紛れた黒ずくめという特徴も相俟って異名が飛び交い始めていた。


 例えば“漆黒の断罪者”とか。そんな両端にダガーマークつけてそうな厨二めいた異名はいらないんだが。

 他にも“闇夜の仕事人”や“暗黒闇夜に彷徨う魔の主ブラックナイト・オーバーロード”とかがあるみたいだ。……この世界の人は皆厨二病極めてんのか、ってツッコみたくなる異名が盛り沢山だ。やめて欲しい。


「シゲオも有名になってきたねぇ」


 少し嫌気が差した顔をしている俺とは裏腹に、師匠はにっこにこだ。呼び名がついてこその暗殺者、という一定の価値観があるらしい。


「……政府の思惑が見え透いて、あんまり好きじゃないです」

「あんたは相変わらずだねぇ。どっちにしても騎士団長を一人殺ったとなれば箔がつく。誰がやったかの噂は広まってたよ。他の誰かの手柄にしちまうくらいなら誰が、って明言した方が世論を操りやすいんだよ」

「……まぁ、政府はそうでしょうけどね」

「大丈夫だよ。あんただってバレることはないから。……暗殺当時にいたリュイルも金で口封じされてるはずさ」


 政府って怖い。……リュイルというのは咄嗟に助力してもらった『疾風』持ちの彼の名前だ。俺は覚えていなかったが、師匠は覚えていた。聞くとすっと出てくるのだから凄い。


 他にはルグニカの暗殺が成功したことにより、調教済みだった者達が「ルグニカ様がいない世界でどうやって生きていけばいいんだ!?」となっていた。

 そこも政府は後始末を考えていたらしく、そのまま第四支部を更生施設として利用する道徳や人としての尊厳という概念を学びながら、騎士として今まで通りに巡回などを行う。国も人手不足の今第四支部を解散して別の人員を送るということができない状況にある。それなら更生させると同時にそれまでの態勢を維持し、新たな団長を任命して希望者をそのまま雇ってしまおうという目論見のようだ。

 リュイルは辞めたようだった。まぁあんな風にされていては当然か。同じ苦しみを味わった仲間と一緒に、というのもいいのかもしれないが、それは選ばなかったようだ。……俺が最後に言った「家に帰る」のせいとかないよね?


 兎に角、色々といい方向に向かっている、のかもしれない。


 俺としては二度とあんな暗殺はやりたくなかった。なにせキツい。ガチバトルとか俺には合わないんだよ。まぁ次がないとも限らないから、モンスター相手に正面から戦う練習はしてるけどさ。『防御』や『受け流し』のタイミングとか、回避中の身体の動かし方とか。もっと洗練させないと戦闘になった時にしんどいから。

 あと完全な隙と見たら行動に移すのも忘れないようにしたい。今回の件、明かりを点けられても即座に行動していればさっさと暗殺できたかもしれないから。師匠が同じように暗殺したなら、多分そうすると思う。もちろん隙だと思ったら誘われていたとか、そういうのもある。だから師匠は今の俺の戦い方でもいいとは言ってくれたけど。


 チャンスを逃したら余計に辛くなるのを知ってしまった。だから隙を見逃さず、それが嘘かどうかも見分けられるようにしたい。難しいことだが、やれなければ戦いに勝てないのだ。

 そう思ってそれとなく師匠に相談してみたら、


「それが、あたしがここまで強くなった理由だよ。もちろん、暗殺技術を磨くことも忘れちゃいけないけどね?」


 そう言って笑ってやんわりと肯定してくれた。俺がやる気になっているところに水を差したくない、というのもあるのだろう。当然ながら俺は暗殺者としてやっていくつもりなので、別に戦えるようになりたいわけじゃない。今回は万全の準備を整えて戦ったから良かったものの、通常戦闘というのは相手の手の内が完全にわかった状態で始まるモノではない。そうなると俺には対応し切れないことが多くなってしまい、あっさり負けるだろう。事前に予測を立て、相手の戦い方を師匠に真似してもらって慣れておいたからこそなんとかなったのだ。自惚れてはいけない。というか俺一人の力じゃ勝てなかったし。自惚れることなんてできないが。


「次からはあたしが暗殺対象を決めるんじゃなく、シゲオに選んでもらおうかね。シゲオがやるんだ、それくらいはいいだろう?」


 師匠に言われて、俺は次の暗殺依頼を一緒になって決めることになった。できれば戦わない依頼がいい。というか戦いになることの方が少ないはずなのでそこは大丈夫と信じたい。


「じゃあ、依頼の選び方について説明しようかね」


 リビングの大きなテーブルの上に、師匠は書類を並べていく。既に何回か見たことのあるテンプレートを使用した暗殺依頼書だ。

 個人からの依頼か政府からの依頼かは判子で見分けることができる。依頼者押印欄が左上にあって、そこに押された判子が政府のモノかそれ以外のモノかという区分だ。貴族の場合ちゃんとした判子を持っているので、家系の紋様を判子としていることが多い。政府は国旗を判子にしているので非常にわかりやすい。判子を持っていない者からの依頼だと依頼主のサインが直筆で書いてあるのだ。


 今来ている依頼は全部で五つ。個人が三つ、国が二つだ。これまでの依頼は全て国からの依頼だったが、こうして見ると個人での依頼が多いようだ。偶々なのか、それとも常なのかはわからない。


「依頼の優先度は状況によって変わる。基本は依頼内容から判断するよ。より被害が大きくて、早めに片づけられそうな依頼から。放っておくとどんどん被害者が増えていくような依頼、若しくは大きなことを仕出かすからそれまでにと期限が決められた依頼。これらは最優先で行う必要がある」


 俺が経験したのだと、前者が薬物売りで後者が最初の依頼だろうか。最初の依頼はパーティーに乗じてという条件があったのでこの日と決められた実行日があった。


「今は全然気にしなくていいけど、生活費のために報酬金額の大きさで決める暗殺者もいるね」

「……まぁ、生活を整えるのは大事ですからね」

「元浮浪者が言うと説得力が違うね」


 茶化すような師匠に対して眉を寄せる。貴重ではあったが二度と経験したくない思い出である。


「と、そんなところかね。あとは私情で優先度を上げてもいいけど、あまりオススメしないね。あくまで客観的視点で決めること。もちろんそれができないほどに感情が揺さぶられてるなら優先した方が精神衛生上いいんだけど」


 個人の感情で依頼の優先度を上下させることに対して、師匠は否定をしなかった。もちろんそれをしない方が世のため人のためになるのだろうが、暗殺者もあくまで人間であるというスタンスなのかもしれない。


「そして受ける、受けないの判断も重要だ。どんな依頼を優先するかより先に決めなきゃいけないことだね。今回も酷い依頼が混じっているから、それを断る必要もある」


 師匠は言ってからその依頼を見つけてみろと言わんばかりに右手で書類を差した。


 俺は一枚一枚を手に取って内容に目を通していく。こういうのは国からの依頼であればないと断言していいそうなので、先に軽く目を通して問題なさそうなことを確認してから個人依頼を読んでいく。


「……これ、一番簡単ですね」


 二枚目で見つけて三枚目まで読んでから、二枚目だけがおかしいと思い師匠に差し出す。


 依頼内容は単純。国立騎士団の団長であるルグニカ・アレストハイルを暗殺し世に混乱を齎した極悪人、“漆黒の断罪者”の暗殺依頼だ。


 ……いや、俺じゃん。


「言い方」

「……難しい依頼でもありますよね」

「はぁ」


 盛大にため息を吐かれてしまった。


「一応クロウは国お抱えの暗殺者っていう噂が立ってる。うちは国お抱えの暗殺者っていう肩書きがあるのにその依頼をしてくる時点で頭おかしい。勘繰りにも程度があるってもんだよ」


 師匠は頬杖を突いて不満そうにしている。まぁ、断るに決まっているかな。俺は死にたくないから生きているわけだし。俺を暗殺したら元も子もない。


「……あれ、ってことは俺暗殺者から狙われる可能性もあるんですか?」


 嫌なことに気づいてしまった。この依頼者がうち以外にも依頼を出していたら、なんて冗談じゃない。


「それはないよ」


 だが師匠は断言する。


「だって、あんたはこのあたしの弟子なんだから。あたしの弟子に手を出して生きていられると思うヤツはいないさ」


 真剣な表情から獰猛に笑って告げた。……味方だから頼もしいが、ホント敵に回したくない。


「まぁこういうバカなヤツが刺客を差し向けてくる可能性はゼロじゃないけど、そもそも暗殺者がどこにいるかもわかってないんだから」


 それもそうか。正体を隠すためにあんな格好をしているわけだし、そもそも俺を黒ずくめの暗殺者と同一視できるわけがない。それでも師匠の下にいるという情報が政府に出回っている以上、誰かは暗殺者の正体に気づく。……だからと言って同じ暗殺者でも師匠を殺せるっていうのがなんか想像つかないんだよな。とりあえず当面は安全と思っていいのか。


「話を戻すけど、この五つの依頼じゃこれが断るべき依頼で合ってるよ。無理難題、状況を考えて愚かな依頼。こういうのは断っていい。政府からも偶に来てたけど、今の政府ならないと思うよ。前は革命軍全員の暗殺依頼とかバカな依頼が来たから、突っ撥ねてやった。革命間近だったからね。無駄な依頼が減ると思って受けなくて良かったよ」


 師匠は笑って話すが、断った理由が「無理難題」じゃない方なのが凄い。できないとは言わないんだろうな、きっと。


「じゃあ次はどの依頼を優先的に受けるべきか、だね。優先度の高い順に左から順に並べてごらん」


 言われて、改めて四つの依頼書をじっくりと読んでみる。


 個人依頼その一。

 近辺の村々で“家畜殺し”と呼ばれている者達の暗殺依頼。数匹を殺害するだけなら被害は少ないが、毒で牧場一帯の家畜を殺されるケースが増えてきているため、早急に対処して欲しい。足跡から複数人の犯行と思われる。また、村で養育している家畜は都市に売り出すこともあるため、総じて都市にも影響が出ている。

 期日:至急。


 個人依頼その二。

 村の近くに根城を作った盗賊団が道行く行商人や女子供を攫っている。どうやら人売りを生業にしているらしく、このままでは村が立ち行かなくなってしまう。ただ村に駐屯している衛兵では盗賊団を追い払うことはできても倒すことはできない。盗賊団は凶悪なモンスターを従えているため、村が滅ぼされてしまう前に一刻も早く始末して欲しい。

 期日:大至急。


 政府依頼その一。

 勇者暗殺を企てようとしている貴族の暗殺。次の次辺りで勇者一行がその街を訪れるため、それまでに暗殺を遂行して欲しい。勇者一行を殺害できるはずもないが、殺害しようとしたことが問題になってしまうため実行前に処理をしてもらいたい。主犯は領主の息子であるアボヌロ・ウェイスタンとアボヌロに入れ知恵をしているローガン・ベリル。両名の殺害を求む。加えて優秀な次男のスレイル・ウェイスタンが最近表に顔を見せなくなったため、安否の確認を。尚、急ぎの依頼であるため報酬は割増とする。

 期日:勇者一行が街を訪れるまで。


 政府依頼その二。

 ラテンス・ヴァルカンデス伯爵の暗殺。以前から疑惑のかかっていた奴隷商としての証拠を掴んだため、暗殺を依頼する。伯爵は裏で盗賊団などを雇い奴隷を確保している。攫った奴隷を売り捌いているため処理を依頼したい。勘づかれて夜逃げされる恐れがあるため、早急に対処して欲しい。

 期日:大至急。


 これらが依頼である。この四つの中での優先度を設定する必要があるということだ。


「……難しいですね」

「だろう? どの順番かわからなくても、それぞれの依頼に関する見解を聞こうじゃないか」


 どれから始めればいいのか検討もつかなかった。だが師匠の言葉を聞いて、一つずつの考えを述べていく。


「……“家畜殺し”の暗殺依頼。これはそもそも犯人の特定から始めないといけないので多分時間がかかると思います。期日は至急ですが、今の被害規模によっては優先度が上がるかなと思います。家畜がかなりの数殺されてしまっているなら、家畜の売買で成り立っている村の場合家畜の被害がそのまま人の被害になります。三つの村の合同で依頼してきているみたいなので、最悪三つの村が潰れることを考えれば被害は大きいかなと」


 村の名前も書いてあるが、名前を見てもどこにあるどんな村なのか俺にはわからない。まず村のことを知らなければ、俺にそれを判断する材料がなかった。


「……人売り盗賊団の暗殺。モンスターもいることを考えると厄介かもしれませんが、比較的簡単な依頼だと思います。村の規模にもよりますが、村が滅ぶ前に片づけるべきだとは思いますね」


 依頼してきた人がいなくなってしまっては元も子もない。盗賊団を始末しても村が滅びかけで立ち直れなくなったらそれは救えなかったのと同じだ。


「……アボヌロ・ウェイスタンとローガン・ベリルの暗殺。及び次男の安否確認。期日が勇者一行が街に到着するまで、ということなので具体的な日付の目安がわからないと判断できませんが、場合によっては最優先ですかね」


 勇者一行に手を出そうなんていう愚かなヤツがまだいるとは思わなかった。跡取りについても次男が生きていれば大丈夫という考えでの暗殺依頼なのだろう。最悪次男がいなくてもアボヌロを殺せればそれでいいと。


「……伯爵の暗殺依頼。書いてある文章から、暗殺対象はキレ者な感じがするので早めには実行したいところですね。どれくらいで相手が感づくかはわかりませんが。あと偶然なのかこの人の所業と人売り盗賊団が繋がっているような気はしますね」


 俺はそうして自分の考えを述べ終えた。


「うん、やっぱりあんたは考えるのに時間をかけるだけあって、ちゃんとしてるね」


 途端に師匠の表情が温かいモノに変わる。……結構むず痒い。


「考え方はそれで合ってるよ。後はあんたの頭にない情報を補完すれば、多少見えてくるだろうね」


 そう言って師匠は追加の資料を取り出して並べていく。


「暗殺依頼の中でも規模や場所を知っておかないと判断のできないモノがある。その時はこういう書類を同梱するんだ。これが現状報告書と呼ばれる書類で、対象がどこに住んでいるかやどれだけの被害が出ているかなどを記してもらう。これが第二の判断材料となるわけだね」


 とても大事な資料だった。これなしに判断できないのではないだろうか。後出ししてくるとは。


「……“家畜殺し”の被害。殺された家畜約二千頭。家畜を全滅させられた一家が心中。水に毒が混ざったため家畜や住民が病気、体調不良になっている。村三つで同様の規模。……これ、マズいですよね。村三つ滅んで余りある被害なんですけど」

「だね。早急に対処しなきゃならない依頼だ」


 “家畜殺し”がなにを目的としているのかは知らないが、相当厄介な状況だ。


「……盗賊団による被害。若い女子供が残り三人。モンスターは特殊な首輪をつけているようで盗賊団の命令に忠実。モンスターの種類はミノタウロスと思われる。……ほぼ壊滅じゃないですか」

「うん。このままにしておくと大人だけになって女もいないから子供も出来ず、人口を減らすだけになるね」


 ミノタウロスとはまだ遭遇したことがないが、俺のイメージ通りなら牛の巨人だろう。凶暴な印象が強い。比較的簡単とか言ってしまったが、俺に勝てる気がしないな。


「……アボヌロ・ウェイスタンとローガン・ベリル。勇者一行の到着は天秤の月二十日と推定される。……あと二週間じゃないですか。準備に一週間かけるとして他の依頼は無理、ですかね」

「一人でやるならそうだね。まぁ優先度が高いっていう点では間違っちゃいないよ」


 二週間くらいで着くという、あくまでも予想の話だ。それより早く着く可能性もあるので、できれば早めに暗殺しておきたいところ。つまり最優先依頼だ。

 因みに天秤の月というのがこの世界における十二月分の一つだ。星座が元の世界と一緒なのかと驚いたモノだが、似たような形から同じ形を想像しているだけらしい。星の名前は違っていた。夏の大三角形を構成するデネブ、アルタイル、ベガなどはないらしい。夏の大三角形も呼び名がついていなかった。

 月の区分は元の世界でいう星座と同じ括り。なので少し元の世界とズレる形になる。


「……伯爵の暗殺について。素早く、尚且つ確実性が求められる依頼となる。よって“千面毒婦”ではなくクロウでの遂行を希望する。潜入を警戒しているため、侵入して誰にも見られず暗殺するのが良い。あ、俺のコードネーム伝えてるんですね。でも師匠はこれできるんじゃないですか?」

「まぁね。でもあんたの能力の方が向いている依頼ではある。あたしは任せるつもりだよ」


 師匠にそう言われてしまえば、やるしかない。誰にも気づかれず死ぬ直前の本人にしか見ることはできない。となるとこういう時に有用なのか。師匠が得意とするのは潜入だ。それを警戒しているので師匠くらいの腕前がなければ実行は難しいということだ。失敗が許されない依頼なのはプレッシャーだが、多分ルグニカよりは楽に終わる、と思ってやるしかない。……対暗殺者用の罠とか仕かけられてたらどうしよう。


「さて、この中での優先順位は?」


 師匠がいよいよ以って尋ねてくる。……正解しなきゃいけないわけじゃない。間違ってもいいから答えを出すべきだ。学校では間違いたくないからと答えを出すのを渋ることもあったが、師匠相手にそんな気遣いは無用だ。


「……一に勇者一行を狙う貴族。二に“家畜殺し”。三に伯爵。四に人売り」

「なるほどね。人売りを最後にした理由は?」

「……伯爵のことなので、手を組んでいる可能性を考慮すれば先に本人を暗殺した方がいいと思いました」

「うん、上出来だ。加えて盗賊団側も上が死んだ場合即座に活動場所を移すだろうからね。この二つはセットじゃなきゃいけない」


 そういう考え方もあるのか。


「……というか、関連してることは前提なんですね」

「そりゃそうだよ。なにせ伯爵は奴隷事業の第一人者と目されるヤツだ。人売りをするんなら伯爵に売りつけた方が金払いがいい。多少なり関わりはあると見ていいよ。盗賊共だって報酬がいいから人売りをするんだ。だったらいい奴隷を大金払って買ってくれるヤツに売りたいだろう?」

「……確かに」


 金払いのいい商売相手はちゃんと覚えておく、ということか。まぁ金稼ぎのために人売りをしているなら当然か。


「一応正解だね。まぁ多分だけど、伯爵に奴隷を売ってるヤツらはたくさんいる。こういう時は色々な暗殺者に依頼が回る。一斉に動いてもらって根絶やしにする必要があるからね。こういうのは逃がすと後が怖い」

「……俺の名前を出されてるとはいえ、うちに一番大事な依頼が来たってことですか」

「まぁあたしのところだからね」


 自信満々だなぁ。まぁ師匠なら当然だろう、と思っている自分もいるのだが。他の暗殺者なんて遭遇したことがないから、師匠と俺しか知らないので師匠がどれほどの地位にあるのかは知らない。


「……師匠って国でどれくらいの暗殺者なんですか?」


 折角なので聞いてみることにした。


「そりゃ国一番だよ」

「……世界では?」

「ん~……屈指、かな。あたしにも殺せなかった暗殺者がいたからね」


 規模が大きくてついていけない。そりゃ俺も暗殺者として曲がりなりにもやっていけているわけだ、と密かに納得する。

 国一にして、世界屈指の暗殺者。実感が湧かないが、それなら納得できるところも多い。めっちゃ強いし。


「……とんでもないですね」

「尊敬したかい?」

「……恐れ多いです」

「……」


 得意気な師匠に言い返すと、むすっとされてしまった。


「……冗談ですよ。師匠の実力を考えると、それくらいはあるのかなと思ってました」

「なんだい、予想してたのか」


 つまらなさそうに頬杖を突いている。驚いて欲しかったのかもしれない。


「……世界屈指なら納得できることも多いと思ってるだけですよ。師匠が凄いのは最初の方にわかってましたし」

「そうかい?」


 なんとか機嫌を取り持てたようだ。……俺がこういう風にすることって今までないことだよな。そういうの結構多いけど。


「兎に角、これで優先順位は大丈夫だね。次からはシゲオが判断して、あたしの方でそれを確認していく形にするから」

「……はい」


 そんな世界屈指の暗殺者の弟子でもしかして後継者なのか俺は、と急に重荷が肩にのしかかってきた。……まぁ師匠はまだまだ現役だからそんな急には託されないだろうけど。そうなってもいいように頑張らないといけないのかな。


 と少し辟易しながら、師匠から今後の予定を聞いていた。

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