第二十五話 追加の一手
光の奔流が渦巻くのを待つしかない状況で、俺は部屋を見渡して一つの手を思いついた。
だがそれは賭けに近く、確実性に欠ける。……だがそれ以外に手を思いつかなかった。少なくとも俺の浅知恵ではこの手が限界だ。
師匠経由で俺が持っている情報は、第四支部の見取り図設計図。騎士の基本配置と巡回ルート。そして被害者のプロフィールである。
二つは侵入経路のために必須だったのだが、三つ目はなぜ与えられたかと言うと。
途中で見かけた現場の被害者のことを知るためだった。流石に全部を覚えているわけではないが、暗殺への意欲を上げて欲しい師匠の計らいで新参者はよく覚えておくようにと言われていた。名前と才能、年齢などの簡単なプロフィールではあったが。あまり素性については深く調べていなかった。知ってしまうと俺が助けてから会った時なにか反応してしまってバレることを懸念したのだろう。
その中の一つに書かれていた似顔絵と、今この部屋にいる男性の顔が重なったのだ。
それがどうしたと言われそうだが、彼はまだここに来て一ヶ月ほど。洗脳も充分にかかっておらず反抗の意思がある、と思う。
だから、俺に打つ手がないので彼になんとかしてもらおうというわけだ。
こういう場面で他人手を借りるのはどうかと思うが、俺にとっての最優先は「俺が生きてルグニカの暗殺を成し遂げる」ことである。そのためには手段を選んでいられない。
名前、は……ぱっと出てこないな。焦っている状況だからかど忘れしてしまっている。だが大事なのは彼がどんな『才能』を持っているか、だ。
彼の才能は『疾風』。風を操る能力だ。ある意味ではルグニカの『閃光』とも似ているかもしれない。違うのは風だから自分の動きを風で後押しして強化できるという点か。
だが攻撃に関しては同じような使い方ができる。そう、例えば剣を振るって風の斬撃を放つ、とか。
これは完全なる偶然だが、ルグニカの落とした剣は彼の近くに落ちている。今は茫然自失として気づいていないのでそれもなんとかしなければならないが。
加えて今彼はルグニカの意識から外れている。そもそも俺もルグニカだけに集中していて、存在を忘れていたのだが。
だが死んでおらず大きな怪我もしていないとなると、偶然では済まされない。確実にルグニカが守っていたのだと予想がついた。……人ひとり庇いながらであれだったのかと戦慄してしまう。
反射による無差別攻撃の最中でも自分と同じように彼を守っていたということになる。とんでもない制御能力だ。いや、そこは彼女の努力と捉えるべきか。
なぜ今彼がルグニカの意識から外れているのがわかったのか、と言うと単純に光線が掠った後があるからだ。角度から考えて、俺がさっき逃げ回っていた時に放たれた光線による怪我だと思う。太腿が僅かに焼けてしまっている。それにほとんど気づいていない様子なのは、頭が現実を受け入れていないからかもしれない。まぁ無理もないか。
ともあれ、キレたルグニカは守る予定だった彼さえ意識の外にやって俺を殺そうとしているわけだ。怒りに支配されているのだから当然なのかもしれない。ただ頭の中では冷静なのか俺を追い詰める手立ては見事だった。まぁ、ゴリ押しされても死んでいた可能性はあるのだが。
とはいえ折角思いついた手だ。使わないわけがない。というかこれ以上の手は俺の頭では思いつけない。ならやるしかないだろう。
実行には、まず茫然自失としている彼の助力が必要不可欠だ。だからなんとかして彼に反撃のやる気を出させなければならない。……それが一番難点だ。彼を動かすようにしつつ、ルグニカに気づかれてはならない。無理難題にも程がある、がやらなければ死ぬだけだ。
彼のことをよく観察する。嵌められていた手錠はなんの因果が間の鎖が砕けている。剣を振るには問題なさそうだ。一糸纏わぬ全裸で脚を怪我しているが、やる気を出せば剣に手を伸ばし、攻撃することが可能だろう。残念ながら俺の遠距離攻撃手段は少ない。それに、超常の壁に対して物理攻撃はほぼ無力だ。超常には超常で対抗する必要がある。
例えば俺のナイフ。光の竜巻に弾かれて届かない。だが同じ才能による能力なら、場合によっては打ち破ることができるだろう。とはいえ騎士団長として鍛え上げられたルグニカと新入り騎士君では力の差が出てしまう。それを補助するために、「一撃に全てを込める」ようにするのと「できれば彼からの攻撃が通りやすいように竜巻を薄くする」ことが必須となる。……いやホント無理だって。でもやるしかないんだよなもう。
「……確かに、お前は強い。若くして騎士団長の座に着いたこともそうだ」
「あら、急にお喋りする気になったのかしら? みっともなく命乞いするなら楽に殺してあげるわよ」
どっち道死ぬんだったら精々足掻いてやる。
「……まさか。俺はお前を絶対に殺す、それが依頼だからな」
「っ……! へぇ? これをなんとかできる手があるというの?」
苛立ったのか、竜巻が微妙に乱れていた。感情が昂っていると制御の難しい能力なのだろう。……喋って多少煽っていれば、技の完成を遅らせることができるかもしれないが。
「……なんとかできるかじゃない。なんとかしなきゃいけないんだ。お前のせいで苦しんでいる人がいる、お前のせいで悲しんでいる人がいる。だから、お前は暗殺者に狙われる」
「立派ねぇ。でもあなたはここで死ぬの。微塵切りにして私に逆らったらどうなるか、知らしめてやるわ」
「……それはできない。お前はここで、なんとしても殺す。例え相討ちになったとしても」
「ふふっ……! 相討ち? 私と、あなたが? あり得ない、あり得ないわ!」
俺の言葉に、ルグニカは嘲笑した。自分と俺とでは格の差が開きすぎているとでも言いたいのだろうか。……いや、それは正しい。俺にはなんの価値もない。だからこそ相討ちは嫌だが価値はある。
「……絶対に、お前は生かしておかない」
これまでの暗殺のために、師匠から念のためと言われて会得していた技能がある。それが『殺気』。殺意を敵に向けて威圧する技能だ。チンピラを追い払うくらいならこれでできるし、牽制やフェイントにも活用できる。一般人相手なら怯えて動けなくさせることもできるのだとか。まぁ俺の場合あんまり強い感情を抱くことがないから、そこまで強い『殺気』は難しい。それでも今の発言に『殺気』を込めて俺の本気度を示すことだけはできる。その証拠に、光の竜巻にも微かな揺らぎが見て取れた。
「……やれるモノならやってみなさいよ。あなたの才能は暗闇に由来するモノ。この状況じゃ発動はできないでしょ? どんな手を使うのか、それともハッタリなのか知らないけど。――騎士団長を甘く見すぎよ」
ルグニカも応えるように『殺気』を放ってきた。肌がぴりぴりして緊張が高まっていく。
「……にしても、なにをそこまで躍起になることがあるのかしらね。私の相手をさせてもらえることは幸せだって、ちゃあんと教えてあげているのに」
世間話でもするように、険の取れた口調で言った。……一応俺の隠し玉を警戒して、技を完成させた上で決着をつけようという腹づもりなのだろう。俺がなにをしてこようとも、完成した自分の最強技なら勝てるという自負を持っているのか。ルグニカにとって最悪のケースは、俺のハッタリを信じて完成前に技を放ってしまい、僅かに出来た穴を狙って自分が殺されること。有利なのは自分なのだから、焦って賭けに出る必要はないのだ。落ち着いて技を発動させればいい。
……油断してくれなくてありがとう。警戒してくれて助かった。
内心で礼を言って、俺は時間稼ぎという名の会話に付き合ってやる。師匠以外と会話したのって数えるほどしかいないのだが。それも暗殺対象となると初めてだ。
「……お前が狙われる理由は簡単だ。男を囲うために無理矢理騎士団へ加入させてること。脅迫など非道な手段さえも使うこと。それによって本来別に居場所があったところに穴が空くこと」
「私、欲しいモノはなにがなんでも手に入れたくなるのよね」
「……本当はただの見栄だろ。お前は自分が男より立場が上だと思いたいだけだ」
一瞬、竜巻がブレた。
「……なにを言っているの」
「……暗殺者は暗殺対象のことを調べ上げる。暗殺しやすいように。だからお前の過去も知っている。過去、お前は優秀な騎士として騎士団に加入したが。お前は当時の騎士団長に目をかけられて、ある日暴行を受けた。騎士というモノに対する信頼と憧れが汚され、絶望と憎悪に満たされた瞬間だった。だからお前は感情のままに騎士団長を殺害。騎士団長に付き従っていた連中もまとめて始末した。それからは修羅のように剣の腕を磨き、今の地位まで昇り詰めた」
俺が師匠から貰った資料の内容を掻い摘んで語っていると、竜巻は乱れに乱れていた。それでも制御を持ち直す辺り、流石と言うべきか。
「……それで騎士団を内部から改革するのは兎も角、やり方を間違えたな。前騎士団長のやり方に沿ったら、お前がそうしたのと同じように誰かに恨まれるのは必至だ。前任者の失敗をわかっていて同じことを繰り返す。それがお前の敗因だ」
「敗因って、私はこれから勝つのよ?」
「……違うな。狙われるようなことをした時点で、狙われるほどに被害を大きくして目立った時点で、お前に未来はない」
せせら笑うルグニカに言い返す。暗殺者に狙われた時点で、こいつは対策を取るべきだった。息を潜める、やり方を変える、ほとぼりを冷ます。何度目かの暗殺になったのもずっと同じようにしてきたからだ。自分が殺されないと思っているからだ。だが俺ですらここまでやれたのだから、師匠になら外で毒を盛って暗殺することが可能だろう。わざわざこんな閉鎖された空間に入る必要もない。
「残念だけどそれは違うわ。私以外なら、適応されたことかもしれないけど」
彼女の発言には、自分の実力に対する強い自負がある。培ってきた技量とこれまでの研鑽を信じている。自分が誰かに殺されるなんてあり得ないと。最初に運が悪ければ俺に容易く殺されていたのだが、バカと捉えるべきか迷うところだった。それすらも運命が自分に味方してくれていると都合良く思う要因になっているのだろうか。
「……救いようがないな。結果的に死ぬにしても、悔いて欲しかったが」
「あなたこそ救いようのないバカね。さっきから言っているでしょう、私は死なないわ」
「……過去暴行を受けているからこそ、弱者の気持ちもわかるはずなのに。よく見下せるな」
「あの頃の私とは違うのよ。権力と実力さえあれば、なんとでもなるの」
汚された時に、きっとそれを学んだのだろう。
そういう目に遭った時。人の心情としては主に二つに分かれる。
即ち「ああはなりたくない」か、「それなら自分も同じようにやってやる」だ。
ルグニカはどうやら後者だったらしい。こういう連鎖を断ち切るには、「ああはなりたくない」と思った人が相手に罰を与えた上で善政を敷くことだ。
それをしなかったからこそ、当然のように恨まれて暗殺されようとしている。その末路は、よく知っているだろうに。
まぁきっと、人にとって欲望というのは蜜だから。一度好き勝手やったら戻れなくなるのだろう。俺も好き勝手やった結果がぼっちだったわけだし。好きな方に、は楽な方に、と同意義だ。余程のMでもなければ基本的にそうだろう。
「……そうか。ともあれ、お前を殺したいヤツの気持ちはわかるだろう。自由を勝ち取るためにはお前を殺さないといけない」
「ええ、知っているわ。私がやったことだもの。そして知っているからこそ思うのよ。私が手にしている自由を維持するには、立ち塞がる敵を全員殺さないといけないんだって」
竜巻が一層膨らんだ。……完成が近いか。
「……許容だけじゃダメ。弱音を吐いたところで変わらない。状況を変えるには、立ち向かうしかない」
俺はちらりと青年の方を見た。呆然とした目と合って、微かに光が戻った気がする。
「よくわかっているじゃない。好みじゃないけど、見直したわ」
「……御免被る」
きっとルグニカの価値観に一致したのだろうが、言葉が綺麗なだけでやっていることは外道のそれだ。俺も、人殺しをしているのだから他人のことは言えないのかもしれない。
「……自分のためだけに戦っているお前と違って、俺は帰る場所がある。……家族、もいる」
アネシアさんに聞かれるような場面だったら絶対に言っていない。だが口にすることで、青年に彼自身のことを思い出させるきっかけになる。
彼は母子家庭で貧しくも幸せに育った。自分が働いて家族を楽にさせなきゃ。そんな風に思っていたところに高額賃金な騎士団からの勧誘。危険とわかっていても飛び込むしかなかったのは、直前で借金が発生していたからだ。……まぁ、その借金もルグニカが作らせたモノなんだが。
だから彼には守るべき家族がいて、ここではない帰る場所がある。それを思い出してくれればいい。
「……だから諦められない。お前を殺して俺は生還する」
「無駄だって言ってるでしょ! 聞き分けがなさすぎるわ!」
いい加減同じやり取りを繰り返しているせいか、苛立っているようだ。とはいえ俺の会話スキルなんて気づいたら同じことばかり言ってしまうくらいに低く、語れる話題も少ない。
「……わかってても諦められないから、剣を握る。打つ手を探して考えて実行する。死ぬかもしれないとしても、やるだけやってみる。それが唯一生き残る、勝機」
「ならやってみるといいわ! 私の技は、もう完成した! 全方位を切り刻んで、細切れにしてあげる!!」
煌々と輝く『閃光』の竜巻が部屋全体を照らし出した。
ちらりと青年を見れば、剣を持ち上げているところだった。どうやら、やる気にはなってくれたらしい。
彼をじっと見つめる。なにかを訴えかけるように。本当はなにも考えていなくても、人は見つめられるとなにかあるのかと勘繰ってしまうモノだ。青年は瞳に決意を滲ませてくれた。……これで全部任せて、失敗したらカッコ悪いな。
「……俺の能力は、暗闇で身体能力が上がることだ。だからこの場合、正面突破以外に道はない」
背後に回るだけの身体能力がないのだから当然だ。ルグニカはきっとここでなぜ能力を明かすのかと疑問を抱くだろう。あるいは、正面と言ったのでまた背後を取るつもりかと思うかもしれない。
「……じゃあやるか。この一撃に全てを懸けるッ!! お前を殺して、俺は生きて帰るんだ……!!!」
なんて俺らしくないセリフなのだろう。真剣味が伝わるように最大限の『殺気』を叩きつけて、文字通り正面から突っ込んだ。
走りながら竜巻に向かって爆弾を『投擲』。物理なのでダメージはないが、爆風による制御の乱れは発生する。
「っ……!?」
「前が薄くなったな!!」
続け様にもう一発。おかげでルグニカの顔が見えた。
「真っ向勝負で、私に勝てるわけがないでしょ!!!」
困惑はあったようだが、それでもすぐに気を取り直して竜巻を俺に向けて放ってきた。確実に俺を仕留めるためか、ほとんど全てを俺に向けてきている。
……これはまともにやったら死ねるな。
「閃光嵐!!」
眩ゆい光の嵐が吹き荒れる。避ける術はない。物量で押されたら所詮無力。あと数秒もしない内に俺の全身は切り刻まれて無様な生を終えるだろう。
ここで死ぬのなら、師匠に「ありがとう」とだけ言っておくべきだった。
光の斬撃が俺の頰に当たり皮を裂いて肉を断つ。このままだと頭が真っ二つにされて息絶える。
――が、そうはならなかった。
「…………え?」
閃光嵐と名づけられた技は跡形もなく消えていた。ルグニカの制御を離れたからだろう。
消え去る嵐の中央にいた彼女の背中から、赤い噴水が上がっていた。目を見開いて信じられないとばかりに虚空を見つめている。よろめきながらも、まずは俺の方を見る。だが攻撃の飛んできた方向から考えて、俺はなにもしていない。
それがわかったのだろう、ゆっくりと背中に出来た切り傷を作った犯人を捜して飛んできた方向に目を向ける。
「――ッ」
それで彼女が見たモノは、自分の持っていた剣を振り下ろした状態で持ち、決意と怒りを宿した瞳で自分を睨み上げている青年の姿だった。
おそらく『疾風』による風の斬撃を放ったのだろう。剣を使うならそうするとは思ったし、一応作戦通りと言っていいのかもしれない。
「……ぁ、そっか」
ルグニカは彼を呆然と見つめて、やがて納得したように弱々しい笑みを浮かべた。俺が言葉で伝えていたことを、身を以って知ったのだろう。多分、彼女も前騎士団長を殺した時に、同じような顔をしていただろうから。
当然、俺がこの隙を見逃すはずがない。ようやく作り出した勝機だ。最短でルグニカへと駆け、背後に回ると同時に首を掻き切った。大量の血が噴き出して、力なく仰向けに倒れていく。
その光景を青年はじっと見つめて、震えていた。人が死ぬところを初めて間近で見たのかもしれない。ならその気持ちは少しだけわかる。
光の嵐が消えたことで俺の『闇に潜む者』も発動できたため、青年にはもう俺の姿を感知できない。……だから悪いが、眠っていてもらおう。
「ぐっ、っ……!」
背後から忍び寄り首を絞めて、意識をオトす。某暗殺者はこうやって気絶させた者から衣服を奪って変装しながら潜入して暗殺をするそうだが、俺はそこまで肝が据わっていないのだ。
「……悪いな。お前が剣を持ったままだと、良くないんだよ」
今度はこいつがルグニカ殺しの容疑をかけられてしまう。罪を背負うのは俺だけでいい、なんてカッコいいことは言えないが。少なくとも被害者という立場であってもらいたい。
彼の握っていた剣を奪い、この世界に指紋鑑定というモノはないのだがシーツで全体的に拭き取っておく。申し訳ないが多少短剣で身体に傷をつけておいた。剣は一応ルグニカの背中の傷をなぞるように斬って血を付着させる。こうしないと『疾風』持ちの彼が疑われる可能性を深めてしまう気がした。その後は適当に放っておく。ルグニカから少し離れた位置がいいだろう。敵から奪った武器を持ち帰るのはリスクが高いので、放置しておくしかないのが残念なところだ。一応ナイフは全て回収しておく。ルグニカの目に突き刺さったヤツを抜くのは嫌だったが、仕方ない。俺が持ってきた痕跡はなるべく消すべきだ。
俺は一通り後処理を行った後、助走をつけて高い天井に向かい跳躍した。枠に手をかけて上がり、格子をつけて通気口を通り元の入り口へと向かう。……こういうところも、一番最初の暗殺を比べればかなり手際良く、冷静にできるようになった。最初なんかどうやったのかすらよく覚えてないってのに。
巡回の騎士に見つからないように通気口を出て、素早く壁を越える。もたもたしていられない。決して油断せず、帰るまでが暗殺と言い聞かせながら師匠の待つ地点まで戻ってきた。
「シゲオ!!」
あと数十メートル、といったところで小さく師匠が見えていたので『気配遮断』を解いたのだが。どうやってか一瞬で近づいてきて抱き締められてしまった。苦しい。というかやっぱりこの人おかしい。
「……師匠。なんとか、暗殺成功です」
「うん、よく帰ってきたね……!」
余程心配してくれたのだろうか。ぎゅう、と強く抱き締められる。結構痛い。
「……早く、帰りましょう。疲れました」
「そうだね、疲れてるはずだ。さぁ帰るよ。明日はあたしが腕を振るって料理してあげるから」
「……それは、楽しみですね」
返事をしながらも、師匠と合流できた安心感でどっと疲労感が襲ってきていた。正直、すぐに寝たい。
その後師匠に引っ張られるようにして街へ戻り、その日の内に退散した。翌朝にはきっと、騒ぎになっているだろうから。
帰りの馬車は寝心地がいいとは言えないのだが、初めてまともに戦ったということもあってすぐ横になって眠ってしまった。
「……シゲオ。生きて帰ってきてくれて、ありがとう」
とても優しい声と共に頭を撫でられている感触がした、気がした。
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