第二十四話 打つ手は三つ

 『受け流し』によって出来た隙を突いての攻撃は失敗に終わってしまった。相手の咄嗟の判断力はかなり高いようだ。焦ってはいたと思うのだが見事に対処してきた。おかげで俺の三つの手の内の一つが失敗に終わり、おそらく今後も決まることはなくなった。


 接近戦を再開していたが、『受け流し』を使っても隙が出来なくなってしまったのだ。相手の対応力というか、技量というかは本当に凄い。人格にさえ問題がなければ立派な騎士として称えられていただろうに。

 よって俺は反撃の機会が得られず完全な防戦一方となってしまう。こうなってくるとこのまま『防御』と『受け流し』と回避で隙を待つ戦法も厳しくなってくる。相手が意識を分散してしまう『閃光』の使用頻度を落としたことで、剣が止まるという隙もなくなった。……本当にマズいな。打つ手の二つ目を切るしかないか。


 堅実に強い。騎士のイメージに合った戦い方のルグニカと曲がりなりにも渡り合っているのは、俺を鍛えてくれた師匠のおかげが九割。残る一割は小心者で賭けに出られない俺の性質が理由か。

 あと『閃光』には俺の『闇に潜む者』のように身体能力強化の効果がないことが救いだ。師匠の才能も身体能力強化の効果はないはずだが、あの人は多分おかしい。毒生成の才能だけのはずなのにフラウさんと喧嘩できるらしいから。

 兎に角彼我の身体能力の差があまりないことが、ここまで生き延びられている理由の一つだろう。


 だが安定を取った戦い方は見切られ、勝負に出るしかない。あまり確実でない戦法は使いたくないのだが、暗殺を成功させ生きて帰るためには文句など言っていられない。


 俺はここで初めて、攻勢に出た。


 強く真正面から踏み込んで間合いを詰める。これまでになかった行動のため、警戒しているルグニカはなにか仕かけてくると察知して身構える。身構えたその硬さが、俺の突くべき隙になるのだ。


「……ブラインド」


 俺は、俺が使える唯一の闇属性魔法を使用する。ルグニカの顔に向けて伸ばした右掌から、黒いモヤが飛んで直撃した。相手の両目が黒いモヤに包まれて身体を硬直させている。

 ブラインド――闇属性魔法の初歩の初歩。闇属性魔法は状態異常付与の特性を持っているようだが、その中で最も簡単にできる魔法である。効果は目隠しブラインドの名の通り、視界を暗闇に閉ざす。

 ただ、気をつけていれば防げる程度の魔法だし、効果時間も長くない。より強い魔法になると効果時間も長くなったり、閉ざすのが視界だけじゃなくなったりするのだろうが。俺にはそこまでの魔法が使えないので。適性「微」だし。


 だが僅かな時間であっても視界を奪えれば戦闘が有利になる。『閃光』も魔力を纏ってダメージを軽減するという方法が使えれば『防御』できるらしいが、俺にはそれを会得するだけの時間がなかった。会得しても何回かしか使えないので、今回は後回しにしていたのだ。俺は魔力量が少ないのだ。


 目が見えなければ、『気配遮断』を駆使した俺の位置を捉えられない。俺が一旦離れたこともわからず効果が切れるまでの間、我武者羅に剣を振り回し前後左右に身体を向けていた。おそらく耳を澄まして僅かな音でも聞き逃さないようにしているのだろうが、暗殺者にとって音は常に殺すモノ。

 俺はポーチから二本のナイフを取り出し、片方をベッドライトへ、もう片方を反対側の床に向かって『投擲』した。一つはベッドライトを破壊して大きな音を立てるため。もう片方は足音だと思わせるためのカモフラージュ。


 ルグニカはベッドライトの破壊される大きな音にびくりと肩を震わせ、僅かにしたもう片方のナイフの音も敏感に聞き取って左右をきょろきょろと慌ただしく見回している。どちらにいるのか、という困惑が襲っているに違いない。

 だから俺は、彼女の真正面から接近した。後ろに回っている時間はない。真っ直ぐに駆け寄り、心臓に短剣を突き立てようとした。ルグニカは俺が接近していることも気づかず剣の斬撃と掌からの光線を左右に放っている。これなら、殺れる。


 焦らず効果時間内に短剣を心臓目がけて突き出し――偶然にも、ルグニカが戻した右手と微かに接触した。その微かな感触で気づかれてしまったらしく、反射だったのだろうが右手で柄を持っている手を殴られてしまった。シーツに切り傷をつけるだけに終わってしまい、ブラインドの効果時間も切れる。すぐに後方へ跳躍して、怒りを露わにしたルグニカの『閃光』による攻撃を回避していく。


「……油断なんてしてない、と言いたいところだけどあなたを嘗めていたようね。私の『閃光』を回避しているから、魔法が得意でないと思っていたわ」


 表情から腹立たしいとは思っているようだが、それでも認めるところは認めるようだ。……上から目線で人を見下す癖に、戦いに関しては寛容なようだ。


「けどまぁ、思っていたよりもやるわね。……仕方ないわ。たかが暗殺者に本気出したくはないんだけど。私を殺す直前まで追い詰めてきてるし」


 ルグニカは面倒そうにプラチナブロンドの髪を払って、俺に背を向け壁に向かって歩いていく。背を向ける直前に光纏った左手を振るって壁を築いた。多分攻撃に行ったら手酷い迎撃が待っているだろう。ここは様子を見るしかないか?


 ただなにをやるのかは見ておきたいので、少し移動してルグニカの姿を捉える。白い壁に指を滑らせ、ある一点で壁を押した。その一点のみ窪んで、機械のような甲高い音がしたかと思うと部屋全体の白い壁が開いて格納され、マス目状の鏡が出現した。……え? 壁の一部に鏡があるとかそういう次元じゃないんだが。壁どころか天井まで鏡がびっしりなんだが?


「私の『閃光』を反射するための鏡よ。これならただの攻撃でも不規則な動きによって避けづらくなる。どう、素敵でしょ?」


 最悪だよ。


 ルグニカは哄笑を浮かべると、徐に左手を伸ばして光線を放つ。俺のいない方向だったが、反射して真っ直ぐに俺へ向かってきた。慌てて回避するがその先にあった鏡で反射して俺の右脛を掠める。その後はルグニカの方へ向かったため消されたが。……クソッ。厄介極まりない。俺はこういう複数のことを同時に考える作業が苦手なんだよ。


「さぁ、これでも避けられるかしらね?」


 嗜虐的な笑みで無造作に複数の光線、斬撃を放ってきた。その中でも一部は鏡の枠、白い壁だった部分に当たって消えていたが、それでもほぼランダムに飛んでくる攻撃に肝が冷える。

 それでも死にたくないから、痛い思いをしたくないから、俺は必死になって避ける。避けた後のことにまで頭が回らなくなり、向かってきた分に対して全力で回避するという方法へ変えた。当たるとしても僅かにズラして重傷を負わないようになんとかやり過ごしていく。


「やるじゃない。これでもまだ死なないなんて。なら、手っ取り早くこれでいきましょうか」


 ルグニカは余裕を取り戻して、反射して回っている光達を消す。なにかと思っていたら、。その動作を俺は知っている。マズい! と思って発動前に駆け出した。


「流石に一度見た技は覚えているようね。でも、避けられないわ」


 ルグニカはもう一度剣を振って光のベールを二つ形成した。そこから放たれるのは、無数の弾丸だ。しかも今度は数が単純に二倍、且つ鏡で反射してくる。


「閃光雨」


 この状況下では俺が知る中で最も厄介な技が発動した。無数の弾丸が鏡に反射して無差別に跳ね返ってくる。いくつかは枠に当たり、互いにぶつかって相殺されていたがそんなことは関係ない。

 全力で『壁走り』、をしながら壁の鏡を蹴り砕いていく。速度は下がるが今後のことを考えればそれでいい。加えてルグニカの後ろの壁を目指した。ルグニカに当たる直前で消えるため、前へ撃って反射した中では相手の後ろが一番飛んでくる数が少ないのだ。


 だがそれは相手もわかっていたのだろう。感心することも驚くこともなく斬撃で俺を狙ってきた。それを避けようとしてバランスを崩し、転がるように床へ。前転で勢いを殺さず進もうとするが、前から無数の弾丸が襲う。それでも僅か空いた隙間に、痛みを負う覚悟をして飛び込んだ。多少肉を削られたがなんとか抜けることに成功する。その後も部屋を動き回っていると、跳ね回る攻撃の個数が減って、やがてなくなった。いや消したのか。


 激しい動きによる疲労と、致命傷を負わないために妥協した怪我。止まっていいと思った瞬間にがくりと膝を突いてしまった。ぽたぽたと血が地面に滴っている。それでも意識ははっきりしていて、今アドレナリンが出ているのか痛みはあまりなかった。


「……まさか生き延びるなんて」


 ルグニカは純粋に驚いているようだった。だが俺には余裕がない。さっさと三つ目の手を切ることにした。


 右手を後ろに回してポーチからナイフとは別の道具を取り出す。これは地球で言うところの手榴弾に相当する爆弾だ。形は樽のようで上部にスイッチがついている。スイッチを押してから三秒後に中に詰まった火薬へ火が点いて爆発する仕かけである。

 正体を知っているのか咄嗟に身構えるルグニカだが、俺はそんな反応を他所に天井へ放り投げた。投げた先にあるのは部屋を明るく照らす照明だ。爆発が巻き起こり部屋が闇に閉ざされる。爆風で割れたガラスの破片が舞い散った。


 三つ目の手、『闇に潜む者』の発動である。


 俺はルグニカの目が闇に慣れない内にナイフを『投擲』、遠回りで即座に背後を取る。


 その間に『閃光』で闇を照らしたルグニカだったが、先程のおよそ二倍の速さで『投擲』されたナイフには反応できず眼前まで迫っていたナイフが、左目に突き刺さった。


「っ、ああっ!?」


 悲鳴を上げるルグニカは明かりに使おうとした光を消してしまう。……これで俺の存在は感知できない。

 背後から一気に、と思って近づくが先程も背後を取られたからか、振り向き様剣を背後に荒々しく振るった。その時に見えた形相は憤怒に変わっている。だが闇に紛れて身体能力の上がっている俺は容易く回避し、伸び切った腕の更に先に立った。そこから右手で彼女の右手首を掴むと同時に抵抗する術を奪うべく左手の短剣で左腕の腱を切り裂いた。悲鳴は上げず歯を食い縛って耐えながら逃れようとするが、二倍になった俺の腕力にはかなわないようだ。俺は関節を決めて背後から首を斬りつける。


 ――が、右手の辺りでごきりという嫌な音が鳴った。


 何事かと思ったら、関節を決められて動けないはずのルグニカが、無理に身体を動かして腕を折った音だった。無理矢理でも身体を動かされてしまったので、俺の短剣は左の肩口を切りつけるのみに終わる。

 その直後、ルグニカの殺意に満ちた目と合った。ぞくり、と悪寒がして咄嗟に手を放し全力で『バックステップ』。直後俺のいた足元から光の柱が立ち昇った。あの場に留まっていたら確実に死んでいた。


 腕は肘から折れたようで肘が鬱血している。その手に持っていた剣は俺が手首を放した時に転がっていった。……『閃光』ってのは、自分の身体から光線を放つ能力じゃなかったのか。

 今の柱は明らかに地面から放たれていた。つまりやろうと思えば、こいつはどこからでも光線を放つことができる、ということである。これはもう、詰んだかもしれない。自分の身体以外からも放てるのであれば、俺に勝機はない。いい勝負をしていた、渡り合えていた、と思っていたのは全てこいつの掌の上だったのだろうか。


 ……いや、そうと決まったわけじゃない。


 俺は先程までの戦いを思い返して、ネガティブに陥りそうになった思考を振り払う。俺は、ルグニカを三度追い詰めた。それらに対応されているからこそ、今も相手は生きているのだが。兎も角二度追い詰めた中で、相手が余裕を崩さなかったかと言えば否だ。一歩間違えれば死ぬかもしれなかった状況にまでいっても、身体以外からの光線は使用しなかった。つまり、そこまで出し惜しみする理由があるということだ。あるいは、両腕がほとんど使えない状態になってしまったため仕方なくそれを使うしかないのか。

 希望的観測かもしれない。だが確実に二度命の危険を感じさせたという推測から考えると、まだ打つ手はあるのかもしれない。……というかそう思わないとやってられない。


「……よくも。よくも私の顔に傷をつけてくれたわね!!?」


 ごちゃごちゃ考える俺の方を向き直ったルグニカは、憤怒の表情をしていた。怒るところが間違っている気がしなくもないのだが、彼女にとっては腕を斬られたこともよりも、目に刺さって顔に傷がついているナイフの方が琴線に触れたらしい。もしかしたら自分の美貌に自信を持っていたのかもしれない。


「殺してやる、絶対に殺してやるわ……ッ!!」


 ここまで激しい殺意を向けられたのは初めてだ。射竦められたように感じる。こういうのを蛇に睨まれた蛙の気分というのだろう。


「……ふふっ。あなたのおかげで両手が使えなくなっちゃったじゃない。おかげで、心置きなく『閃光』の操作に集中できるわ!」


 剣を持っていると自分以外からの光線は難しくてできなかった、という意味で取っていいのだろうか。


「意識の大半を費やさないと、こういうのってできないのよね。でも、今なら存分に使える……!」


 碧眼を見開いて虚空から光線を放ってくる。【闇夜に乗じて】の効果で床を蹴る瞬間だけ身体能力が上昇して、その後は光によって解除された。だが跳躍距離が稼げるのならそれでも構わない。光線を回避することに成功した。


「……あなたの能力、わかったわ。闇の中だと身体能力が上がるんでしょう? あと暗闇に潜む能力もある」


 言い当てられてしまった。


「でも光に当てられると解除される、そんなところじゃない? なら良かったわ。私の『閃光』と相性最悪じゃないッ!!」


 嬉々として光線を連発してくる。それを回避しながら、肯定もせず走り回る。鏡は健在なので光線が反射してきて、今度は照らされた直後なので【闇夜に乗じて】がジャンプの瞬間すら発動してくれない。

 ここまで戦いが長引くと俺の才能についても言い当てられてしまうのか。となるともう使えないと見た方が良さそうだ。使わせない方法がわかっていてそれが自分に実行できるのなら、使わない手はない。光の効果範囲から出たとしても光線の飛び交うこの場所ではタイミング良く発動させるのが難しい。……クソッ。こんなのどうすればいいんだよ。


「……やっぱやめるわ、こんなまどろっこしい戦い方」


 そう言うと、ルグニカは光線を放つのをやめる。なにを考えているのかと窺っていたら、口が裂けたかと思うほどに嗤っていた。


「もっと確実な方法があるじゃない。避けるのが得意なら、避けられないように全方位攻撃をすればいいのよ。あぁ、なんでもっと早く気づかなかったのかしら……!」


 悪魔の発想、いやこの場合は当然の帰結と言うべきか。だが相手の大規模な攻撃は最初の天井まで届く大きな斬撃が一番だったはず。この部屋全体を攻撃するような大技をするコントロールがあるとは考えていなかったが……。


「斬撃と弾丸の嵐。これならいくらあなたでも避けられないわよね?」


 嫌な単語が聞こえてきた。イチかバチかで突っ込む、かと思って前のめりになった瞬間。ルグニカの周囲を包むように斬撃で出来た竜巻が巻き起こる。


「これをそのまま撃てればいいんだけど、それだと隙間が出来ちゃうものね。だから間を弾丸で補完して、部屋全体を隙間なく攻撃してあげる。だから、死んで……ッ!」


 竜巻を維持したまま、どうやら更にその内側で準備を進めているらしい。


「ふふふっ……!! 制御にちょっと時間がかかるけど、待ってて頂戴ね! 絶対に殺してやるから……ッ!!!」


 楽しげな笑い声が聞こえてくる。部屋全体が光の竜巻によって明るく照らされ、『闇に潜む者』は完全に封じられた状態だ。逃げるか、とも思ったが逃げたところで闇に乗じていない俺ではただの騎士にも殺されてしまう。大体逃げようとすれば即座に攻撃してくるのではないだろうか。

 嫌な想像ばかりしてしまう。上手くいかないビジョンだけならすぐに浮かんでくる。


 だがそれでも死にたくない一心で部屋全体を見渡してなにか手がないかを探した。


 その場にあるモノで対処するのは難易度が高いことだと師匠は言っていた。

 だが俺が持ってきたモノは全て潰えてしまったのだ。


 なら、この場にあるモノで対処しなければ今回の暗殺は失敗、俺も殺される。


 だからなにかを見つけるしか俺の生きる道はない。部屋を隈なく見渡した。見逃さないように注意深く、しかし技の発動というタイムリミットを考えて素早く。


 そして。


 俺は目に入った光景と事前情報から、一つの手を思いつくのだった――。

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