第二十三話 暗殺者VS騎士

 いざルグニカ・アレストハイル騎士団長の暗殺へ、と思ったその時。不運によって彼女は目覚めてしまった。無理矢理殺しにかかっても良かったのかもしれないが、今となってはもう遅い。


「……へぇ? 今のをかわすなんて、それなりに腕が立つみたいね」


 ルグニカは驚きや困惑といった感情を見せず、咄嗟に攻撃を避けた俺に対しての言葉を紡ぐ。流石に場数を踏んできた数が違うのだろう。今も俺を警戒したままシーツを衣服のように纏っている。……あ、そういうのは気にするんですね。

 当然シーツの上に寝転がっていた男は落とされて目覚めるが、侵入者である俺と臨戦態勢の団長を見て目を白黒させている。だがルグニカはそちらに声をかけない。自分を殺しに来た敵を前にして、悠長なことはやっていられないということだろう。

 そして部屋全体の照明をスイッチで点けてしまう。


 ……どうしよう、全く油断してくれないんだが。


 いや、暗殺者相手に油断するヤツなんていないか。


「でも悪いわね。私、以前来た暗殺者からずっと、僅かな他人の気配でもしたら起きれるようにしているの。……と言っても、本当に直前まで気づかなかったのはあなたが初めてだけど」


 そりゃ存在が認識されなくなりますからね。……クソッ。ってことは、本当に偶然で明かりを点けられたせいってことか。


「まぁ種明かしは必要ないでしょう。あなた、好みじゃないもの。さっさと始末してあげる」


 ルグニカは素気なく言ってベッドから降りると剣を軽く振った。それだけで師匠と同じかそれ以上の技量を感じ取ってしまう。剣が身体に馴染んでいるというか、そんな感じがするのだ。


「せめて、イイ声を聞かせて欲しいわね」


 Sっ気の強い笑みを浮かべて剣を構えている。俺は警戒心を全開にして集中する。ここから一瞬も気を抜けない。


「「……」」


 両者、相手の出方を探るためか黙って武器を構えている。青年はもう状況についていけなくなったのかじっとしていた。

 当然俺から動くことはできない。今回の暗殺でもし戦闘になった場合を想定して重点的に教わったのは、回避と防御。つまり受け側だ。そしてそのどちらかをやり続けている間に隙を見せたらそこを突く、という戦法を取るつもりである。残念ながら自分から攻撃を仕かけるつもりは一切ない。


「――閃光斬ッ!」


 カッコいい技名を唱えて光を纏った剣を上段から振り下ろす。師匠が鍛錬に付き合ってくれた時の剣速よりも速く、放たれた斬撃も天井まで届くような大きいモノだった。斬撃の飛ぶ速度も僅かではあるが速い。つまりこいつは師匠の想定より上の実力ということだ。戦いが鍛錬通りにいくことなどないとは聞いていたが。

 モーションから技が予測できたので咄嗟に横っ跳びをして避ける。斬撃が通った床には深い切れ込みが入っており、焼け焦げている。壁に激突する直前で消えた。……あれは消したのか? 確か師匠が壁に鏡を埋め込んで有利にしていると言っていた。だからいざという時のためにどこかにある鏡を壊さないようにしているのかもしれない。

 しかしわかってはいたが、斬撃は当たれば即死確定だな。当たる場所によっては部位欠損で済むかもしれないが、俺の場合そうなった時点で敗北決定である。


「まぁ、あれくらいは避けるわよね。モーションが大きい技だもの。でもその回避速度でこれが避けられるかしらねっ!」


 あくまで冷静に告げて、彼女は光纏う剣を連続で振るう。一振り毎に先程のより小さな斬撃が飛来してきた。飛んでくる速さがさっきのもよりも上がっている。コンパクトにして隙を削っているのだろう。若しくは先程の斬撃が技として強化したモノなのかもしれない。

 いっぱい飛んでくるとついつい焦ってしまう。だがそんな俺の性質をよく知っている師匠が光の斬撃を放ち続けて回避の鍛錬をさせてくれた。


 それを思い出せば、焦る必要などない。


 避けた先に斬撃があるようにしなければ、避けることはできるのだ。無論相手もそれをわかって狙ってくる。その場で避けるだけでは厳しくなってくるので、『跳び回避』の直後走り出す。追ってくる斬撃と走る先を狙う斬撃を避け続けてみるが、こうも遠距離で攻められると俺が相手に接近する隙を作れない。


「へぇ? 見た目よりやるじゃない。イケメンじゃないのが惜しいくらいだわ。でも、これなら避けられないわよ」


 俺の見た目を揶揄しながら光を纏った剣をゆっくり目に左から右へ振るう。すると軌跡に沿って光のベールが出来上がった。


「閃光雨」


 唱えた言葉通り、ベールから光で出来た無数の弾丸が飛び出してくる。前方広範囲を攻撃する技のようだ。これは流石に想定していなかった。

 だが食らったら死ぬ。だから即座に避け方を考えるしかない。


 偶然にも、俺にできる範囲で避け方を思いつくことができた。俺は弾丸の雨が到達する前に全速力で左の壁に向かって走る。そのまま横向きに壁を駆けた。


「『壁走り』……! 暗殺者の癖に勤勉ね」


 壁が円になっているためこのままの勢いでルグニカのいる場所まで近づくことはできるが、壁を走りながらだと回避がままならない。向かってくるとわかった時点で迎撃されてしまうだろう。だから、ルグニカの後ろの壁を走り抜けて反対側の方へ抜けた。


「……ホント、イケメンだったら私が精いっぱい可愛がってあげるのに」


 Sっ気たっぷりな笑みを浮かべた彼女が笑う。……イケメンでもこんなヤツとは御免である。というかさっきからなんなんだよ今の俺は口元を覆う布と仮面で目元しか見えない状態なんだぞそれなのにイケメンじゃないとか決めつけやがって。マスクで顔の下半分が隠れるとイケメン度が上がるんだからほとんど顔の隠れた俺はイケメン度九割増し状態だろ。


「避けるのは上手いみたいだけど、避けるだけじゃ私は殺せないわよ?」


 ルグニカは笑みを浮かべたまま剣を握っていない左手の指先をこちらに向けて前に伸ばす。そこから推測できる攻撃は、と考える間もなく五つの指先が光ったので左に転がって避けた。俺のいた場所を五本の細い光線が過ぎ去っていく。だが光線は残っている。もしやと思って相手の手の動きを見ていると、光線を放ったまま俺がいる方へ指を動かした。なるほど、手動追尾か。

 指の動きと光線の位置をよく見ながら身体を動かして回避行動を取る。斬撃を飛ばしていた時と同じように走ってもいいが、指先なので俺が大きく動いても手の僅かな動きで追随されてしまう。それならちょっとの動きでも大きくなってしまうという欠点を狙ってその場だけで避けていた方がいい。……というのは師匠との鍛錬の時に思ったことだった。


「ふっ!」


 俺が回避で無理な体勢になった瞬間を狙って空いている右手の剣を振るって斬撃を放ってくる。狙いも容赦なかった。それでも僅かな隙間を見つけて身体を逃がす。というより剣を振る瞬間に指の動きがぎこちなくなって隙間が出来ていたのだ。


「……あぁもう。ホントに面倒ね」


 はぁ、と煩わしそうに吐き捨てる。攻撃の手がやんでくれたので今回のために用意していた手の一つを切ることにする。


 俺は素早く右手を腰の後ろにつけたポーチへと伸ばし中からナイフを取り出し即座にスナップを利かせ心臓目がけて投擲した。真っ直ぐ、異世界に来た直後に投げた石と比べたら雲泥の差の鋭い軌道を描いて向かったが、ルグニカが軽く振った剣によって弾かれてしまう。

 これが俺が会得した『投擲』の技能。ナイフや爆弾などのモノを鋭く狙い通り投げるために必要な技能だ。まぁ数に限りがあるので多様はできないのだが。


「姑息ね。まぁ、暗殺者ならこれくらいするわよねぇ」


 こいつは本当に、全く以って油断してくれない。


 俺がこれから打てる手は三つ。


 接近して剣との勝負に持ち込み鍛錬を活かし回避と防御をし続けて隙を作らせる。

 『投擲』以外にももう一つ秘策があるのでそれを使う。

 暗がりにして『闇に潜む者』発動の機会を狙う。


 以上だ。……というか勝ち目が想定より薄くなってしまったのでどうにかして『闇に潜む者』に頼れないかと考えてしまっている。

 とはいえそれが一番やりやすいのも事実。相手に俺の狙いを悟らせないための誘導にしてもいいかもしれない。だって暗がりを作ろうとすればあからさまになってしまうだろうから。


 それ以外の現実的な方法は、やはり近接戦か。師匠の毒爪もそうだが、才能でもなにかを作るというのはリソースがあるモノだ。なにかを消費して毒や光線を生み出している。だからいつかは途切れるのだろうが、正直騎士団長という強そうな立場を守っている者にそれが通用するとは思えない。結構危うい場面も多かったし、このまま避け続けるのも綱渡りだ。俺にも疲労はあるから動きが鈍くなってしまい攻撃が当たるのが先と思った方がいい。


 仕方ない、仕かけよう。


 俺はそう決めて短剣を構えルグニカへ向かって真っ直ぐに駆け出した。左手から光線を放って迎撃してくるが、それを掻い潜って距離を詰める。


「『閃光』ばかり使ってたから剣術に自信がないと思われたのかしら。だとしたら心外ね」


 呆れたように嘆息した。多少なりやり様がある方を取ったというだけに過ぎない。俺からしてみれば『閃光』は厄介極まりないが、才能全体で見ればそう強い能力ではないらしい。それでも騎士団長をやっている。それが彼女の剣術の腕前を示していた。


 光線が避けられるのを見てから、油断なく剣を構える。初撃に『閃光』は使わないようだ。有り難い。

 これも師匠からの情報だが、ルグニカ・アレストハイルという人物は大した才能がなかったため、剣術の研鑽に時間を費やしてきた。故に剣で自分が負けるわけがないという自負を持っている。突っ込んだら応えてくれるだろうとのことだ。


 自分から接近してなんだが、俺は自分から攻撃する術を知らない。


 だから間合いに入る少し前で強く踏み込み足を止める。


「シッ!」


 俺が勢いそのままに攻撃してくると踏んでいたのかはわからないが、ルグニカは踏み込んで間合いを詰めると右斜め上から袈裟斬りにしようと剣を振り下ろしてきた。

 鋭い剣筋だ。だが見える。上体を左に傾けて回避。相手は振り下ろした剣を左から右へと振るう。光の刃で間合いを伸ばし『バックステップ』での回避を封じられた状態だ。俺のこれまでの避け方から、避けにくい手を選んでいるのだろう。屈むにも腰を両断する高さなので難しい。こういう時は短剣で受け止め『防御』する。相手はそれを読んでいたのか空いている左手を俺の顔に向けて突き出し、剣に付与した光の刃を波立たせた。嫌な予感がして剣を力尽くで跳ね返し上体を左斜め前に屈める。

 直後掌から光線が放たれ、刃から横向きの刃が飛び出してきた。どちらか片方でも避け損なったら即死である。だがやはり『閃光』を操るのにも思考を割くせいで小手先の技を使う時剣の動きが止まりがちだ。騎士団長の未熟さでもあるのかもしれないが、『閃光』は見た目より制御の難しい能力なのかもしれない。まぁ二十代後半だという話なのでまだまだ若いと言えるか。ただ俺が対処できているからか少し悔しそうな顔をしている。

 予備動作を見逃せば確定即死の能力ではあるが、きちんと見ていれば避けられなくはない、というところのようだ。剣で圧倒している最中にやられたらそれはもう負けるしかないだろう。騎士は俺のように回避を重視していないだろうから、仕方がない。


 ルグニカは手を緩めず再度攻勢に出てきた。俺も集中したままそれを迎え討つ。ただ最初は近接戦闘での目を慣らす必要があるので、『受け流し』よりは『防御』でしっかりと受け止めるようにしていた。万が一にも失敗して手首を痛める、怪我をするといった結果になってしまうと暗殺にも支障が出る。できるだけ着実に進めていく必要があった。

 最大限『閃光』にも注意して不意を打たれないように意識を張り巡らす。以前の俺だったらとっくに死んでいた。だが師匠から徹底的に修行をつけられた今ならなんとか対応できる。


 『防御』したまま相手の剣速や力の強さを目と腕で覚えていく。そのままなんとか掠り傷が出来るくらいでやり過ごせていた。ここからは『受け流し』を活用する時だ。

 『受け流し』を狙い始めて三撃目。ルグニカが右斜め上から左下への振り下ろしを行った。……来た。絶好の『受け流し』チャンスだ。これまで見せていないため、『受け流し』を会得しているかどうかはわかっていないはず。少し身体を左へ移動させ、左手で右に来た刃をより右側へ受け流した。


「っ……!?」


 その瞬間を狙っていたので綺麗に発動させることができ、ルグニカは驚きを表情に出していた。

 今彼女の体勢は右腕を左側へ流されている。つまり右側は空いている。


 俺は練習通り、素早くルグニカの右側を回って背後を取った。右腕で後ろから首を絞めるところまではいった、のだが。


「このっ……!」


 苛立たしげに剣を逆手持ちして左腰側から突き立ててきた。背後にいる俺に刺さるよう角度をつけてきている。それでも逃すまいと身体を捻って刃を避け首に狙いをつけた。しかし今度は自由な左の掌を俺へ向けてきた。そこに光が収束したのを見て攻撃による中断より直撃の方が早いと判断、手を放して離脱した。


「……やってくれるわね。『受け流し』を会得してるとは思ってなかったわ」


 少し崩れたシーツの衣服を直しながら、あからさまな敵意を向けてくる。


「でも、二度目はないわよ」


 俺に対する警戒を一段階上げたのだろう。敵意剥き出しに睨みつけながらそう宣言してきた。


 ……俺が勝つ手、一つ目失敗である。

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