第二十二話 閃光の騎士
鍛錬を終えた翌日に街を移動、国立騎士団第四支部の建物を下見した。
高潔の白で造られた堅牢なる建物。存在そのモノが気高く民を守る騎士を象徴している。四方を高い壁に囲まれ、壁から大砲が覗く。支部は街の近くにはあるが、街と隣接しているわけではない。少し離れた位置で街を守っているのだ。
下見で通りかかったが、流石に守りが強固だ。街にモンスターや野盗を近づけさせないため、支部に攻め込ませないためだろう。悪名高い、と言うとあれだが第四支部を管理している騎士団長はしかし街をきちんと守っている。理由は仕事をきちんとこなさないと怪しまれて調査の手が入る可能性があるからだ。だから表向きはそこまで怪しいわけではない。
ただやはりイケメンばかりを集めているのでそこは世の女性を敵に回す行為であり、更には新入りを外に出さないで“教育”を施すという徹底振り。調教という名の洗脳が完了した者から街や外周の巡回をやらせるのだそうだ。
でなければ、支部が丸々彼女のモノになるまで放置しないだろう。
俺の潜入ルートは簡単だ。夜になったら壁を登り、中へ入る。通気口を伝って一気に騎士団長の私室へ向かう。そこで暗殺。以上。
……まぁ、言葉にすると簡単だが実際にやると難しい場面も多いだろう。俺の能力の都合上、最初の関門は壁を登る時にライトで照らされないこと。照らされたら一巻の終わり。とはいえ詳細な資料が手元にあるため、照明の位置から割り出されたライトに当たらない場所というのが存在している。そこを間違えなければ簡単に通れるはずだ。
次は壁の内側を巡回している騎士達。彼も明かりになるモノを持っているので照らされないように注意。所々に照明があるためそこも注意。
通気口に入ってしまえば後は登るだけ。団長室まで行って暗殺する……のだがそこが最難関。眠った隙を突いて暗殺できなければ戦闘になってしまう。
とまぁいくつもの障害が待ち受けているわけだが。
それらに対抗する術は教えてもらった。最も大きな問題は、内部から外部への通信は中に設置されている装置以外不可能ということだ。つまり今回は、師匠が同行しない上に途中で助言を求めることもできない。
暗殺者として独り立ちするきっかけ、と言えば聞こえはいいがそれにしても難易度が高い。師匠はそう言っても取り合ってくれなかった。多分この暗殺くらい独りでできるようにならなければ、暗殺者としてやっていけないのだろう。
一応師匠から余った時間で教わった「もしもの時のための秘策」はあるのだが、如何せん俺にできることの範疇が少なくて打てる手が少ない。師匠の魔法を持ち込めばその辺りが補充できるようになるが、師匠の魔法ありきではいざという場面で対処できなくなる。
だからせめて自分の力で対応できるようにさせようとしているのだろう。
暗殺者は基本孤独な職業だ、というのは師匠のセリフだ。
「……ふぅ」
下見を終え、実行日の夜を迎えた時。俺は支部の周辺で【闇に溶けゆ】を発動した状態で呼吸を整えていた。もう五回目の人殺しになるが、まだ全然慣れない。通気口に入るまでは淀みなく動かなければならない。失敗は許されないというプレッシャーが重くのしかかっていた。
『大丈夫かい、シゲオ?』
まだ外なので師匠との【会話】ができる。
「……一度退いたら、多分明日も同じことをしますよ」
『自分のことをよくわかってるじゃないか。教えるべきことは教えたし、流れはしつこいくらい頭に叩き込んだ。慌てず焦らず、それでいて迅速に仕留めてきな』
高い目標を掲げられてしまう。だが師匠に言われるとプレッシャーとして感じないのはなぜだろう。彼女が出任せを言っていないとこれまでの付き合いでわかるからだろうか。
「……」
うだうだ悩んで好機を逃しても仕方がない。夜になった時点で俺が最も有利になる時間帯だ。
目を閉じてこれまでのことを反復し、深呼吸をして心を落ち着ける。
「……いってきます」
『いってらっしゃい』
しばらくして目を開け告げると、間髪空けずに声が返ってきた。憂いはここに置いていこう。
【会話】の式が入ったイヤリングを外してポーチにしまう。
ここからは俺独りで実行しなければならない。独りが寂しいとは思わない。この世界に来るまでは、いつものことだった。
【闇に溶けゆ】を発動して存在すら闇に溶け込んだ状態で支部まで駆けていく。足音は一切鳴らない。以前会得した『忍び足』の上位技能『忍び移動』を会得しているからだ。『忍び移動』なら歩く、だけでなく走っても効果が適用される。正に【闇に溶けゆ】と相性のいい技能だ。
サーチライトが周囲を照らして回る中、一部は設計上の問題で照らし出さない。全方位を照らさなくてもそれまでの過程で照らせば問題ないと見たか、建築費用か、肉眼で補助するつもりだったかは定かではない。
だがおかげで俺が感知されない状況が発生している。
ただ壁に辿り着くまでサーチライトを潜り抜けなければならない。サーチライトの届かない位置で一旦立ち止まり、動きを観察する。夜に発揮できる俺の速さなら、片方が可動域の逆を照らしもう片方が可動域の反対へ向かい始めた頃合いでダッシュすれば壁に着ける。静かに深呼吸をしてタイミングを見計らう。
あくまで【闇に溶けゆ】が解除されない速度の中での全力で、俺はタイミング良く駆け出した。
機械なので想定外の動きをすることはまずない。無事抜けられた。白亜の冷たい壁に手を当てて一息吐き、サーチライトがこちらまで近づいても照らされないことを確認する。
次は壁を登るだけだ。門のある付近はその分人が多く、万が一ミスした時にリカバリーが効かない。ある程度人が少ない位置になっているはずだ。
壁登りは今回の暗殺に向けて更なる鍛錬を重ねている。その結果、ある技能を習得することができた。
サーチライトが来ていないことを確認して少し後ろに下がり助走距離を確保する。
後はそのまま駆け上がるだけ。
それがこの『壁走り』の技能だ。
とはいえ、実際の『壁走り』は横に走るのが普通だ。だが俺には【闇夜に乗じて】がある。夜限定で身体能力が跳ね上がるこの効果があれば、ほぼ垂直の壁でもある程度登れるようになるのだ。
完全なる力技である。もちろん走っている間に足が壁から離れないようにする技術は必要だが。コツを掴めば俺でも可能だった。
あと、大事なのは勢いと大胆さ。
そんなモノとは無縁だった俺だったが、慎重に行って見つかるぐらいだったら、という覚悟は持つことができていた。
壁の縁に手をかけて停止し、足場がないため腕力だけで縁から顔を覗かせる。不意にライトを向けられさえしなければ発見されることはない。だからこそ不確定要素を警戒しておく必要があった。
屋上にも人はいる。だが大抵は欠伸を噛み殺して外を眺めているか、夜番をする仲間と雑談しているだけだ。……すぐ近くに暗殺者がいるとも知らずに。
いざとなれば屋上に備えつけられた大砲で外から来た敵を迎撃、攻め込まれれば応戦するのだろうが。平時はこんな感じか。
緊張は持ちつつも、硬くはならずに屋上へ上がってそろりそろりと内側の縁へ向かう。この時も誰かの至近距離は避けるべきである。いくら存在を感知できないと言っても不意に当たったら見えてしまうのだから。
すぐ内側の縁から内部を見下ろし、巡回の騎士の位置を確認する。明かりの少ない位置に着地しないと発見されてしまう。騎士も魔力で明かりを灯すランタンを持って歩いているため要注意だ。しかし照明の技術はちぐはぐだな。懐中電灯みたいな手で持ちやすいタイプにすればいいのに、とどうでもいいことを考える。ランタンはランタンで利点があるのかもしれない。
不意な接近を警戒し、タイミングを見計らって暗がりに向かい飛び降りた。音がしたら一発でアウトだが、無事無音で着地することに成功していた。まぁこれくらいなら初暗殺の時にもやったので、一度やっていればそこまで失敗を意識してしまうこともない。かといって慢心すると失敗するので油断は禁物だ。
降りた近くに人はいなくてもこちらを向いてランタンを掲げられていると発見されてしまう。懐中電灯だと光の範囲がわかりやすいが、ランタンはぱっと見わかりづらい。ある程度離れていれば見えないので、練習で範囲を調べている時にわかった距離からもう少し余裕を持って移動しよう。
光に当てられると、というのは『闇に潜む者』で定められた範囲がある。夜でも月明かりが大丈夫なのように、一定以下の光なら無視できるということだ。例えばランタンだと、通常前に掲げているので背後を通っても効果範囲にはならない。……まぁ、そんな大胆な行動はしないが。
騎士達の動きをよく見て、タイミング良く間を抜けていく。ここからは通気口を見つけて中に侵入するフェーズだ。一応通気口の位置は遠くから双眼鏡で確認している。遠くから今回侵入する経路をお浚いした時に確認していた。
開始地点から真っ直ぐ来たはずなのですぐ左に……あった。
支部の建物には当然ながら窓があるので、窓から漏れる光に照らされないよう気をつけなければならない。
通気口の前まで移動し、双眼鏡で見回した時の風景を思い返して間違いないことを確認する。後は通気口が見える位置に騎士がいないタイミングが来るまで息を潜めて待機していればいい。
【闇に溶けゆ】は便利な能力だが、俺と俺が身につけている衣服や道具以外には適応されない。通気口を塞いでいる格子を外す時だけどうしても姿が見えてしまうのだ。だから誰も見ていない時に外し潜り込んですぐに嵌め込むということをしなければならない。それは師匠もわかっていて通気口を早く開けて早く入る鍛錬も繰り返してきた。俺が物音を立てずにできる最速は十秒。本番は緊張してしまうので余分に時間を取った方がいいだろう。
巡回の騎士達の動きをよく観察して、見ていない時間がどれくらいか心の中で数えてみる。……一番長い時間で十五秒くらいか。結構ギリギリだな。
数え終えてこっそり嘆息する。巡回している間不意に振り返るなどの不確定要素を除けば、俺の通気口侵入は十五秒の猶予が与えられる。師匠からは十秒以内でできるようになって欲しいと言われて散々やらされたので、身体に染みついているはずだ。
巡回の方を見ずに心を落ち着けて格子と向き合う。シミュレーションを行いこれからやる作業を反芻する。
流れとして思い返すことができたら、巡回の騎士の位置を確認して誰も見ていないタイミングを狙って格子を外す。侵入するのは大抵格子にネジのないタイプ、金具で留めているだけのタイプだ。素早く留め具を外して格子を退かし身体を通気口に入れる。俺が屈むくらいの高さがあるため後ろを向いて格子を戻した。留め具はそのままにしておいても、一々通気口の様子まで見ている騎士がいないので大丈夫、と師匠が言っていた。もし発見されたら待ち伏せなどをされてしまうので、もしもの時のための別ルートについても予習してあった。
通気口に入ってしまえば、そこは光の当たらない闇の中。俺の【闇に溶けゆ】が発動するので外からも見えなくなる。照らされないように入り口からさっさと離れて、一息吐いた。
ここまでは順調だ。ここから通気口を通って最上階、騎士団長の私室まで辿り着く。途中部屋の上を通るので光に照らされてしまうが、通気口を見上げて待っている者などいないだろう。油断しなければ行けるはずだ。
それでも物音を立てたら一発ゲームオーバーなので慎重に、慎重に。
「……行くか」
壁を通さないほどの小さな声で言い聞かせる。
意を決して通気口の中を進んだ。
国立の建造物なので定期的に点検されているらしい。今までに通ったどの通気口よりも綺麗で、広かった。きちんと点検と被らない日付を選んで侵入しているので、誰かと遭遇することはないはずだ。それでも『索敵』で急に現れる人がいないかを警戒しつつ上がっていく。上に上がるにも整備された梯子があるので移動しやすい。……他のところもこれくらいやってくれればいいんだが。まぁ掃除の手は届きにくい場所だよな。地下水道も荒れてたんだから仕方がない。
点検のおかげか蜘蛛の巣一つない通気口を突き進み、俺はようやく最上階へと辿り着いた。一番高い団長の私室は最上階を丸ごと使っている。ここの一つ下が団長の執務室だそうだ。
「……」
いよいよとなると心臓の鼓動が高鳴ってくる。緊張しいは全く変わらない。それでも何度か深呼吸して落ち着けると、通気口を匍匐前進で進み部屋の中を見回せる場所へ向かった、向かうつもりだったのだが。
「……あっ、ふふっ! いい、いいわぁ……!」
妙に艶っぽい声が聞こえてきてしまった。……おや。
もしやと思い部屋の中を見下ろしてみると、ベッドの上で二人の男女が全裸で運動会の真っ最中だった。……どうやら運悪く行為の真っ只中に来てしまったらしい。
「……はぁ」
顔が見えない位置で聞こえないようにため息を吐く。これでは暗殺に移りづらい。まぁ行為に夢中になっていれば暗殺のチャンスではあるのだが、なんか凄い出ていきづらい。
ちらっと見てしまったが、プラチナブロンドの女が男に馬乗りになって腰を振っている状態だった。ただ男の方は手錠でベッドに括りつけられ、目隠しをさせられ、口にはギャグボールを咥えさせられている。今日の男は洗脳が済んでいないようで、紅潮はしていなかった。ただ苦しそうに呼吸を漏らし、目隠しの間から涙を流していた。
男の方には悪いが、行為が終わるまで待とう。俺は全く縁がなかったので実体験ではないが、この行為は体力を消耗するらしい。存分に楽しんでもらい、疲れた後の方が戦いになった時の勝率が上がる。疲れればそれだけ眠りも深くなるだろう。
俺は途中途中「まだまだ終わらないわよ!」とか「ホントイイ声で鳴くわね?」とかいう心底
俺の業界ではご褒美ではありません。
漏れてくる声を適当な思考で紛らわせながら、俺はしばらくの間ずっと通気口にいた。
やがて声が聞こえなくなり、部屋の明かりが消える。状況が変わったのでそっと格子越しに部屋の様子を窺った。
「私はもう寝るから、あなたも早く寝なさいよ。明日も、朝から可愛がってあげるから♪」
金髪の女性、ルグニカ・アレストハイルは上機嫌にそう言って布団の中に入った。……今あいつ全裸で布団潜ってなかったか? まぁ暗殺には関係ないか。戦うとなったらあるかもしれないけど、そうならないように気をつける。
男の様子はと言うと。目隠しとギャグボールは外されていたが、手錠は嵌めたままだった。万が一にも逃がさないためだろうか。
そして女が寝静まった頃合いを見てか、声を殺して泣いていた。
「……」
確かに目鼻立ちがはっきりしていてカッコいい青年だ。女性が自分のモノにしたいという欲望を持つのもわかる気がする。同性の俺から見てもイケメンだと思うのだが、勇者サマとはまた違ったタイプだ。今泣いていることもあってか気弱そうに見える。ばりばりのカリスマが漂う感じではなく、少し幸薄そうなイケメンだろうか。だからこそああいう気の強い女性にとって刺さるのかもしれない。
気の毒だが、行為が終わるまで耐えてくれたことで暗殺が成功するかもしれない。せめて嫌がっている彼を解放することはしてあげたいところだ。
「……」
声なくゆっくりと息を吐く。チャンスは男性が眠った後だ。二人が眠りに着いたところで部屋に侵入し騎士団長の方の首を斬る。……いよいよとなると鼓動が煩くなるのはさっきも言った通り。師匠に教わった技術を思い返して自分は大丈夫だと言い聞かせる。
眠ってすぐに行く必要はないためじっくりと呼吸を整えて、じっとしていたせいで固まった身体を軽く解す。準備をする時間は充分にある。だから焦るな俺。
人は眠ると、四十五分ほどで深い眠りに着くと言われている。熟睡についてネットで調べていたことがあったため、なんとなく覚えている。だから眠ってから四十分くらいしたら動き出すのがいいのだ。それまで念入りに頭の中でシミュレートし、身体を解し失敗のないようにする。最悪団長が熟睡していれば任務は遂行できるし、男性は手錠をかけられているのでどちらにしても身動きが取れない。
ここは防音なので多少叫ばれても周囲に音が漏れないのも考え様によっては好条件。
時間経過を考え、復習を欠かさず、自分が落ち着けるのを待つ。
そして。
「……」
暗がりの中そっと通気口の入り口に取りつけられた格子を持ち上げてズラす。物音は一切立っていない。二人共よく眠っていた。穴に身体を滑り込ませて飛び降り、しなやかに着地。呼吸を整え足元に気をつけて腰の短剣を抜き放ち静かに歩み寄る。
じりじりと近づくが、起きる気配はない。
――と思った瞬間だった。
「んー……」
ルグニカが寝返りを打った。ぴたりと足を止める。寝返りを打った先にベッドライトのスイッチが。偶然にも明かりが灯り、【闇に溶けゆ】の効力が切れる。その状態でも『気配遮断』を維持していたはずなのだが。
「ッ――」
ぱちり、と騎士団長が碧眼を開いた。そして確かに、俺がいる方へ眼を動かす。……目が合った! ぞくりと悪寒が背筋を駆け上がる。咄嗟に『バックステップ』で後方に跳んだ。その直後枕元にあった抜き身の剣を握って俺のいたところに光の斬撃を放ってくる。
……ヤバいな。最悪のケースだ。
俺はマスクの下で冷や汗を浮かべながら、戦うべく短剣を構えるのだった。
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