第二十一話 防御の鍛錬

 身勝手な騎士団長の暗殺依頼へ向けて、俺は日がな鍛錬に勤しんでいた。


 侵入する、暗殺するという点ではルートも確立しているしこれまでやってきたことと同じだしで及第点なのだが、問題はもし戦闘になったらという仮定だ。

 相手は『閃光』という光線を放つ才能を持った強者。才能としてはあまり強くないそうだが、それでも騎士団長にまで昇り詰めたのは剣術が優れているからだと師匠は言った。

 つまり生半可な実力では戦いになった時点でお終いというわけだ。


 そうならないために、必死こいて鍛錬する必要がある。


「さて、シゲオ。隙を突いて背後から襲うコツはもうわかったね?」


 師匠は鍛錬開始早々に尋ねてくる。即答できるほどの自信はないが、ある程度師匠との手合わせでは背後から首を狙うことができるようになってきたので、間を置いて頷いた。


「良し。次は回避以外で攻撃をやり過ごすことができる技術を教えるよ。即ち、防御だ」

「……はあ」

「相変わらず気のない返事だね。まぁいいけど」


 決め顔で言われたのだが、そこまで盛り上がることか? と思ってしまったので曖昧に頷いておく。それに師匠が肩を竦めるのもよく見る光景だ。


「回避は余裕のある時に起こす行動だ。回避は相手の攻撃範囲から自分の身体を動かす必要がある。そうでなければ攻撃を避けられないからね。でも防御は違う。身体を動かさず、敵の攻撃を受ける。動きが少なくて済む分、相手の攻撃に合わせやすい」

「……フラウさん相手にやったら防御ごと死にますね」

「ああ、あいつはそうだね」


 軽口を交えつつ、防御についての説明が続く。


「ただし、シゲオが言った通り防御は攻撃が当たることには変わりない。だからどうしても多少の痛み、衝撃はあることが前提だ。まぁ特異な才能でも持っていればまた変わる話だけどね」


 そう言うと盾と異世界言語で書かれた紙を放る。師匠の前に半透明な盾が出現した。盾と言っても実際に持って使うわけではないのだろう。盾は宙に浮いたまま留まっている。その場で敵の攻撃を受けてくれるのか。便利だなぁ、俺の魔法は光以外の全属性、とだけ言えば聞こえはいいのだが。適性が全て「微」ということもあって生活に必要な程度の魔法しか使えない。例えば指先に火を灯すとか。コップに水を注ぐとか。ちょっとした悪戯にばちっと電気を流すとか。戦闘に使えるとは到底思えない。まぁ一応闇属性の魔法をピンポイントに当てれば暗闇にすることができるようだが、果たして今回の相手に効果があるのやら。というかそれならせめて闇くらいはもうちょっと適性高くてもいいんじゃない? と思わないでもなかった。


「防御の方法によっては防御できない攻撃もあることは覚えておくんだよ。当然だけど、魔法を腕で防御はできない。刃での防御は技量によるけど基本は不可能だ。できても斬って逸らす程度だね。今回の相手で言えば、剣での攻撃が防御できても『閃光』による攻撃は防御できない、っていう認識になるね」


 至極当たり前のことだ。例えば炎の球を腕で防御したとしてもただ燃えるだけだ。その場合は同じ魔法、師匠が出したようなモノで受けるか金属の盾がいいだろう。熱いけど。直撃するよりはマシだ。


「……その見極めが重要、ってことですか。師匠はその辺も意識してやってましたよね。直前まで剣だけの攻撃に見せかけて、とか。逆に光線を使うと見せかけて大袈裟に避けさせたところを、とか」

「よくわかってるじゃないか」


 俺がちゃんと考えて行動していることがわかって嬉しいのか、師匠は端正な顔立ちを破顔させる。


「まぁ避けやすい攻撃を組み合わせてるだけだから、実際にはもっと幅広いだろうね。連続で撃つとか全身から無差別に光線を放つとかできるかもしれないよ」

「……全身からはやめて欲しいですね。殺すに殺せないので」

「言うようになったじゃないか」


 師匠はにやりと笑って俺の肩をばしんと叩いた。痛い。


「じゃあ始めるよ。まずは防御のし方から。あたしが剣を振り下ろすから、シゲオはそれを受け止めるんだ。短剣を構えて剣の軌道上に固定しな」


 師匠は俺の構えた短剣に丁度剣が当たるような距離で立ち止まり、剣を振り上げる。俺は短剣を横に構えて上から振り下ろされる剣を待った。

 雑に、軽く振り落とされた剣はがきんと金属同士のぶつかり合う甲高い音を響かせて短剣に当たった。


「……っ」


 俺は腕にやってきた衝撃に僅か顔を顰める。じんと痺れるような痛みが短剣を持っている左手を襲ったのだ。


「よく手放さなかったね。最初だから落としても良かったのに」


 やや残念そうな師匠の声。彼女は再度剣を振り上げた。


「今度は少し、刃を斜めにしてみな。真っ直ぐだと正面衝突、一番衝撃が強い状態なんだ。今だと、そうだね。切っ先を下げる感じかな」


 言われた通りに短剣の先端を少し下げる。そこへまたしても剣が振り下ろされる。またあの痛みが来る、と身構えた割りに刃が滑って下まで振り抜かれた。さっきよりも断然小さな衝撃だ。


「どうだい? さっきより受けやすいだろう?」

「……はい。でも師匠、受け止めてって言いませんでしたっけ? これじゃ受け流すことになりますけど」


 得意気な師匠へ疑問を呈する。


「そうだよ。あたしらは暗殺者、真っ当に正面からぶつかり合う必要はないからね。受け止めるのは行為こそ簡単だけど活かすには難しい。なにより自分より強い相手、大きい武器だと受け止めて耐えるのが難しくなっていくからね」

「……今回はどっちにも当て嵌まるから、受け流すんですね」

「そういうこと」


 合点がいった。おそらく師匠のことだから、最初に痛い方を味わわせて受け流す方へ意識を向けさせたかったのだろう。俺の習性をよくわかっている。


「技能で言うと受け止めるのが『防御』、受け流すのが『受け流し』。武器を押し合うのが『鍔迫り合い』。他にも『弾き返し』とか『カウンター』とかあるけど、その辺は更に難易度が上がるから。今回は余裕があったらかね」


 戦闘関連は生きる術なのでたくさんあるとは思っていたが、結構多いみたいだ。まぁ余裕があったらと言っているので今回は縁がない技能だろう。

 教わるのは『防御』と『受け流し』だろうか。


「『受け流し』の注意事項は、攻撃を逸らす方向を考えること。当然のことだけどね。攻撃を逸らしたのにその先に自分の身体があったら元も子もない。短剣でやる場合は手元にも注意が必要だね」


 確かに、今持っている短剣には柄がない。攻撃を『受け流し』ておいて指がざっくりいかれたら意味ないだろう。


「基本は切っ先側に流すようにすればいいけど、例えばこの辺りに剣を振り下ろされたら?」


 師匠は剣を振り上げて俺の左肩に向けて振り下ろし、止める。


 ……この場合さっきの例でいくと右に切っ先を倒す都合上、攻撃が俺の身体に向かって流れてしまう。


 真ん中でないなら避けてしまえばいいだけの話だが、今回はそういう話ではない。なんとかして左に流す方法を考えなければならないのか。

 さっきと同じ感じで言うなら……左に切っ先を倒せば左に流れるか。ちょっと手首に無理はあったがなんとか外側に逸らす形になった。障害物を登るなどで使っていたからか手首も柔らかくなっているようだ。


「そうだね、それも一つの答えだ」


 師匠は言ってから少し振り上げ直して剣を振り下ろす。無事受け流せたのだが手首が痛い。もっと楽な方法があるならそっちがいい。


「他の方法としては、手首を捻る必要がないように短剣を逆手持ちに変えるとかだね」


 言われて逆手持ちに変える。……確かにこうすると外側に切っ先が向くため左に逸らしやすい。だがこれを会得するには戦闘中咄嗟に持ち手を変える技術が必要になる。しかも相手の攻撃を見極めて、だ。少なくとも俺にそんな理由はない。


「一本なら難しいけど、それを補うために二本持つのも手の一つだよ」


 なるほど。それなら防御の手も増えるし、やっぱり二刀流はカッコいいし。

 とはいえ俺は一本でいいと思う。身体をどういう風に動かすかという意識が増えるのはマズい。多分考えすぎて身体が動かなくなる。


「ま、シゲオに覚えて欲しいのはもう一個の方だけどね。二本持ったら意識が分断されるし、あんたには向いてない。回避を先にやったからわかると思うけど、両手が塞がると結構やりづらいんだよ。前転とかね」


 確かに。片方の手が塞がっている状態ならなんとかできるようになったが、両手が塞がっていると難しそうだ。それも要練習なのだろうが、そうなると前転すること自体に意識を割く必要が出てきて隙を作ってしまいそう。


「だからシゲオに覚えてもらうのは別の方法だ。シゲオ、軽くあたしに向かって剣を振り下ろしてみな。あぁ、あたしの右肩を狙うんだよ」


 言われて、剣と左手を差し出される。剣を受け取って短剣を渡せということだろう。その通りにすると、師匠はくるくると短剣を弄んで右手に構えた。……ちょっとカッコいい。

 俺は左手に剣を握って軽く振り回してみる。こうして振ってみると短剣とは手元に残る感触が違う。短剣よりも振った時のこう、「振った」という手応えが伝わってくるようだ。


「ほら、早くしな」


 物珍しく剣を眺めていると、師匠から先を促される。俺は剣を振り上げて、軽く師匠の右肩に向けて振り下ろした。

 師匠は俺が振り下ろした剣を冷静に見据えながら右手に持った短剣を軌道上で斜めに構える。斜めと言っても切っ先を外に向けてもいないし逆手持ちしてもいない。切っ先が内側になるように構えていた。当然、受け流した先に自分の手がある形だ。だが師匠はお手本を見せる時だ。ビビって手を引くことはしなかった。


 振るった剣が短剣の刃に当たり、滑る。師匠の手に当たる前に、師匠は素早く手首を外側へ返した。すると振り下ろしていた刃が押されて外側へと流れていく。とす、と俺の持っている剣の先端が地面に突き刺さった。


「どうだい? これなら外側へ受け流せるだろう? しかも、」


 師匠は不敵な笑みを浮かべた後に短剣を俺の喉元に突きつけてくる。


「相手の武器を逸らすことによって懐に潜りやすくなる」

「……攻撃の機会が得られやすいってことですか」

「そういうことだね。じゃあ早速、まずは身体を動かさずに『受け流し』と『防御』を会得してもらうよ。その後は身体を動かしながら。最後にその二つを駆使してあたしに攻撃を当てる。いいね?」

「……はい」


 全てを今日中にやる必要はない。もちろんなるべく早くこなせるようになるのがいいのだが。俺は俺が人よりできないことを知っている。だから少しでも早く会得するには、日々努力するしかないのだ。結局のところ、弛まぬ努力が正解ということか。


 『受け流し』の会得はかなり時間がかかった。最初はそれこそ手に当たったり払うのが早かったりしてしまったのだが、それでも徐々にタイミングを掴んできてなんとか連続で同じように受け流すことができるようにはなった。

 それからが問題だ。動きながらだとどうしても受け流さなきゃという意識が先に立って足が止まる。動き続けようとするとどうしてもこれまで身体に馴染ませてきた回避を選んでしまう。極力『防御』か『受け流し』をしようとは思っているのだが、つい身体がやりやすい方で動いてしまうという状態だった。ただ今は師匠がある程度俺のことを理解し、上手くいかないであろうことを予想していたのか、「焦らずにやればいいよ」と言ってくれている。

 『防御』と『受け流し』が自然とできるようになるまで三日かかった。それらを駆使して攻撃するのにもう一日。総合して『閃光』を持つ騎士相手を想定し手合わせして織り交ぜつつ戦えるようになるまで三日かかった。


「今日はゆっくり休んで明日、騎士団の支部に近い街へ行って下見するよ」

「……はい」

「だから今日はたくさん食べて英気を養わないとね」


 ということで、急遽食材を買いに行かされた。身体を休ませてとは一体……。


 商店街まで行って、ある程度食材を買ってから最後にほかほかのパンを買いに立ち寄る、その時だった。


「ねぇお母さん。お兄ちゃんはいつ帰ってくるの?」


 パン屋で働いている女性が、子供らしき幼い女の子に服を引っ張られている。歳は小学生くらいだろうか。


「お兄ちゃんも忙しいのよ。あんまり便りも来ないけど、心配しなくて大丈夫よ」


 女性は柔らかく笑って娘を宥めようとしている。


「……騎士サマって、そんなに大変なお仕事なの?」

「そうねぇ。皆の安全を守るお仕事だから、大変だと思うわ」

「そっか……」

「お兄ちゃんも皆のために頑張ってるの。落ち着いたら帰ってくる日もあるわ」

「うん。でも、ずっと帰ってこないから寂しい」

「そうね」


 娘の素直な言葉に、少しだけ母親の顔も陰っていた。便りもなく騎士として励んでいるとなると心配はするのだろう。……しかしこのタイミングで騎士、兄と来たか。イケメンなんだろうか。


「……息子さん、騎士になったんですか」


 気がつけば声をかけていた。母親がびくっと肩を震わせながら、愛想笑いを振り撒いてくる。


「え、ええ。一ヶ月くらい前かしらね」

「……すみません、変なことを聞くんですけど、息子さんってカッコいい顔立ちしてますか?」

「? えーっと、そうねぇ。身内贔屓もあると思うけど女の子にモテる方だと思うわ」

「……そうですか。因みに、どこの支部に配属されたんでしょう?」

って聞いてるわ」

「……」


 ビンゴだ。


「……すみません、ありがとうございます。立ち入った話を聞いてしまいました。ディエールパン、二つください」

「え、ええ。まいどあり」


 俺は軽く頭を下げて金の代わりにパンを受け取り、その場を立ち去った。


 終始怪訝そうな顔はしていたが、二人が寂しい思いをしているのは間違いないだろう。流石に踏み入った話までは聞けなかったが、あのパン屋で男性が働いているのを見たことがない。母子家庭なのか、出稼ぎをしているのかはわからないが。女性一人と小さい女の子で店を経営するのは難しいだろう――騎士団長にとっては格好の的だ。


「……はぁ」


 ため息を吐く。自分勝手な欲望を満たすために他人を不幸に陥れる。下らない、本当に下らない。


 そういう人物がどんな末路を迎えるかは、俺もよく知っている。


 少しだけ、ほんの少しだけ気合いを入れて帰宅するのだった。


 家に帰ると師匠がうつ伏せになっていた。


「……師匠?」


 寝ているのかと思ったが、声をかけたらぴくりと肩を震わせる。起きてはいるようだ。


「あ、あぁ。帰ったのかい。じゃあ早速夕食を作ろうじゃないか」

「……? 師匠、なんか目尻赤くないですか?」

「っ!? あ、赤くなんてないよ! 気のせいだろ!」

「……はあ」


 俺が見てもわかるくらいには赤くなっていたと思うのだが。まぁ、本人がなってないって言うならなってないってことにするべきなのか。


 その日は二人で夕食を作り、翌日に備えて早めに就寝することになった。




―――――――――――

あとがき

シゲオが襲われてから、アネシアは常に気配を捉え盗聴しています。

シゲオが滅多にない行動をしたので成長を感じてちょっと涙ぐんでしまったわけですね。

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