第二章 信念

第二十話 五回目の暗殺

 あれから三回、暗殺依頼を受けた。


 重税で民を苦しめ私腹を肥やして豪遊する貴族を見た。

 人の弱みにつけ込んでクスリを売りつける商人を見た。

 民を奴隷のように働かせて利益を得る貴族を見た。


 そして、それら全てを暗殺した。


 師匠が受ける依頼は、必ず暗殺対象に苦しめられている人々がいる。依頼前と依頼後の人々を見て、人々の顔が明るくなる様を見た。


 それが俺の暗殺という行為を肯定しているように見えて、今までにない感情が生まれてくる。

 まるで、俺に生きていい価値があるかのように思えた。


「シゲオも慣れてきたね。あたしとしてはそろそろあんた主軸の暗殺に切り替えたいんだけど、どうだい?」

「……まだ早いんじゃないですか。まだ四回しかしてないですよ」

「もう四回だよ。三ヶ月で四人。随分と早いペースだけど、まぁこれは仕方ないね。革命が起こっても、まだ性根の腐った人間が蔓延っているってわけさ」

「……その始末をするための、暗殺者ってことですよね」

「わかっているじゃないか。じゃあ早速次の依頼の話をするよ」


 師匠の家のリビングに座って、テーブルに広げられた資料に目を落とす。


「次の依頼は他の暗殺者が根を上げてこっちに回ってきた依頼だ」

「……それって難易度が高いってことですよね」

「ああ。でも心配はいらないよ。その暗殺者は潜入して失敗した。あんたは潜入せず侵入して暗殺する」

「……他人の失敗を拭えるほどにはなってないと思うんですけど」

「方向性が違うから気にしなくていいよ」


 俺のネガティブな発言は師匠に取り合ってもらえない。いや、これは俺がそうして欲しくて言っているようなところもあるかもしれないので、それでいい。正直なところ、この人とでなかったら上手くやっていく自信がない。もちろん、相手の優しさに甘えているだけの現状なのでこれもいいとは言い切れないのだが。


「で、その依頼がこれだ」


 師匠が一つの紙を差し出した。その内容に目を通す。


「……国立騎士団第四支部長、ルグニカ・アレストハイルの暗殺?」


 妙な依頼だった。騎士を束ねる立場にある人を暗殺って、それはいいんだろうか?


 人物像は知らなかったので、とりあえず暗殺理由も読んでみる。


 彼女は第四支部を私物化し、好みの顔をした男性のみ採用している。腕が立つ故に憧れる騎士も多いが、その実態は彼女のためだけに存在するハレムとなっている。また気に入った男性の家族などを人質に取って無理矢理入団させることもある。更には脅しをかけた騎士達から金や高級品を貢がせている。


 ということのようだ。……うわぁ、騎士団を私物化して逆ハーレム作ってるとか。俺が一番嫌いなタイプだ。正直言って関わりたくない。


「ちなみにあたしが行けない理由があってね。ここの支部、支部長以外の女は入れないようになっているんだよ」

「……どんだけ徹底的なんですか」

「さぁね。まぁそういうわけで、暗殺に行くのはシゲオじゃないといけない。ただしさっきも言った通り騎士として採用されて潜入するっていうのは難しいね」

「……理由はなんですか?」

「新入り騎士は支部長室に呼び出されて、二人きりで夜を過ごす。そこを突けば簡単に暗殺できるはずだったんだけどねぇ。トラウマになっていたから詳しいことは聞けないらしいけど、暗殺できるような状態じゃなかったみたいだよ」


 どんなプレイに興じてたんですかねぇ。


「 今回は少し難易度が高いよ。相手は腐っても騎士団の長を任される人物だ。しかも女傑で、実力でのし上がったくらいだ。相当な実力者と見ていい」

「……それ、俺には無理じゃないですか?」

「戦いになって、一対一だったら負けるだろうね」


 戦いにさせず殺すしかないってことか。


「しかも相手は『閃光』っていう才能を持っていてね。あんたとは能力の相性が最悪ってことになる」

「……無茶じゃないですか。光の速度で動けるとか言わないですよね」

「流石にそこまでじゃないよ。能力としても光線を放つっていうだけしかないらしい。それでものし上がれたのは、純粋に剣術の努力かね」

「……」


 ヤバい。できる気がしなくなってきた。


「そんな弱気にならなくていいよ」


 師匠が俺の表情を読み取ってわしゃわしゃと髪を撫でてきた。


「戦わず暗殺すればいい。あんたにはそれができる」


 本当にそうだろうか。今回ばかりは相手が強いせいかいくら師匠の言葉とはいえ簡単には信じられない。


「もちろん今のままじゃ厳しいだろうから、これからは決行日までの間地力を鍛えた上で剣を持ったあたしの攻撃を避け続ける訓練でもしようかね。素手とじゃ間合いの違いとかがあるから」


 そういう鍛錬もしてくれるらしい。有り難いことだ。


「……わかりました。やれるだけの準備は進めてみますけど、無理そうだったら止めてくださいね」

「わかってるよ。流石にあたしも無理難題を吹っかける気はないからね」


 つまり騎士団長の暗殺も、師匠は俺に実行可能だと見て言ってきているわけか。期待が重いな。まぁ期待というか、自分の指導があればという自負なのかもしれない。


「支部長の寝室まで一直線に行って、睡眠中に暗殺。これで終わりになる」

「……一直線で行けるルートがあるんですか?」

「そうだよ。支部の施設は国が建設を依頼するからね。建物の設計図や改築企画書の写しを貰ってる。最初の時みたいにどこにいるか調べて、なんて必要もない」

「……となると侵入難易度はそこまで高くないんですね。じゃあなんで前の人は潜入する方を選んだんですか?」

「その方が手札が増えるから、だね」


 師匠はそう断言した。


「シゲオはまだそういうのはやってないからわからないだろうけど、もし潜入できるなら潜入の方がいい。武器を持ち込むのは難しいけど、毒ぐらいなら持ち込める。後は油断を誘えるっていうのもあるね。仲良くなれば警戒しなくなって狙いやすくもなる」

「……そういうもんですか」

「ああ。で、シゲオのやってきた方法と違って事故に見せかけることもできる可能性がある」


 俺はいずれも短剣で首を切る方法で暗殺している。となれば誰かが侵入して暗殺した、と確実にわかってしまうわけだ。

 そこを師匠のような潜入もできる暗殺者だと、暗殺者がやったとわからないような殺し方も選択肢に入ってくる。殺しの隠蔽が可能な点は強いよな。


「まぁ、ルートは設計図やらの通りに進めばいいから問題ないってことだね」


 そう言って話の方向を修正した。


「そのルートも今まで得たことを活かせば問題なく抜けられる」

「……だから問題は、暗殺するってなった時ってことですね」

「そうだよ」


 今までとは少し赴きの違う暗殺になるようだ。今までは相手に戦闘能力がなかった。だから暗殺するとなったら早かった。しかし今回は侵入までは比較的簡単だが暗殺する時が問題というタイプだ。


「まぁ今後も自分より強い相手の暗殺依頼などは受けることになるだろうから、早めに経験しておくのはいいことだね。一通りの準備は手伝うけど」

「……わかりました」


 話を聞く限りだとできる気がしてこないが、師匠の言うことに間違いはなかったので信じてやるしかない。俺自身のことは兎も角、彼女のことならある程度信じられる。


「……じゃあ当面は剣士相手の訓練と、バレた後の暗殺方法の訓練ですかね」

「そうだね。今日から早速始めるよ。モタモタしてると被害が増える一方だ」


 師匠の言う通り。被害と聞いて依頼執行前の被害者の顔を浮かべる。生きる希望を失くしたような、人生の光明の一切が消え失せたような空虚な瞳。酷い場合は動いてすらいなかった。ただじっと死を待つだけの存在。

 その姿が、この世界に来たばかりの自分の姿と重なった。


 その後師匠と共に外で出て、訓練に使っている庭に移動する。


「まずは軽く、あたしの攻撃を避け続けてみようか。……そうだね、五分間にしよう」

「……わかりました」


 師匠に日頃から注意されていること、その一。

 無理だと思っても否定から入らない。……いや全然できないんだけど。


 ともあれ頷くだけに留めて腰を落としいつでも動けるように神経を尖らせる。


「そう、何事も挑戦が大事だよ。練習に至っては当然のように、ね」


 師匠は穏やかに微笑むとどこからか片手直剣を取り出した。……師匠の衣装のどこに隠す隙間があるのかよくわからないのにも関わらず色々な道具が飛び出してくる。これも『暗器』という技能だそうだが。


「さぁ、油断なく構えな。気配だけで捉えるのも重要だけど、剣を持つ相手と戦うなら相手の姿を視界に収めておけるように動くんだ。徒手空拳なら気配だけでも避けやすいかもしれないけどね」

「……はい」


 師匠の注意は肝に銘じておく。確かに俺は師匠の攻撃を避ける時、見えない姿勢でも気配を感じ取って動いている。……まぁ、師匠の方が動きが速いので、純粋に視界に収め続けるということができないというのもあるのだが。


「あと普段のあたしの戦い方とは全く別の戦い方になる。普段の癖で避けようとすると痛い目見るから、気をつけて」

「……わかりました」


 忠告を受けて騎士らしい動きの想定を頭の中で流す。師匠は一つ頷いてから、身体を横向きにすると左手を前に出し剣を持った右手を引いて構えた。

 互いに動きを待つ状態に入り、少しして師匠の膝が僅かに沈む。咄嗟に『バックステップ』で後方へと逃れると、避けた直後に師匠の振るった剣が俺のいた場所を切り裂いた。刃は潰してあるが当たったら確実に痛い。俺は異世界に来たからと言って痛いのも苦しいのも御免だ。本番では確実に本物の凶器を相手にするかもしれないのだ。練習だからと言って油断することは許されない。


 師匠はそこから大きく一歩踏み込むように剣を突き出す。二度目の『バックアップ』を使用していなければ鳩尾に直撃していただろう。師匠の速さなら即座に背後に回ってきてもおかしくないのだが、どうやら今回は騎士っぽい戦い方を心がけているらしい。つまり騎士団長も師匠ほどの速度では動き回れないということだろう。または、戦い方だけは騎士らしく正面から行うのだろうか。

 師匠の持つ剣の刃が光を放つ。正しくはいつの間にか貼ってあった紙から放たれているのだが、今回相手取る騎士団長が持っている才能、『閃光』を模しているのだろう。突き直後の姿勢から光線を放つ才能を使うとなれば、オタクだった俺の想像力でも推測できた。

 咄嗟に左へ横っ跳びをした直後に剣の切っ先から光線が放たれる。……いや、あれをまともに食らったらめっちゃ痛いじゃん。当たりどころが悪かったら死ぬでしょ。

 師匠はホント、容赦がない。それだけ本気だということだろうけど。


「まだ安心しない!」


 その師匠から叱咤される。わかっている。俺が何度攻撃を避けたところで相手に勝てるわけではないのだから。相手の気配は常に『気配察知』で捕捉するようにしている。当たり前だ、一瞬たりとも意識を離してはならない。完全な不意討ちでしか人を殺せない俺では“戦い”で気を抜くことを許されない。

 ちらり、と視界の端で師匠の姿を捉える。彼女は剣を大きく振り上げていた。刃がまた光っている。この構えから想定される一撃は……光の斬撃!

 知識を活かして技を予測、剣の軌道直線上から逃れるために前転をした。直後に振り下ろされた剣から予想通りの斬撃が地面を抉って進み塀に激突する。師匠の話では、ここの塀は特殊な加工をしているため見た目以上に頑丈なのだそうだ。フラウさんが殴っても、師匠が魔法で攻撃しても壊れない強度にした、とのこと。……そんなモノを個人の家で持っていること自体が驚愕だ。


「やるじゃないか。じゃあ、もう少しだけ速くするよ」


 師匠は少しだけ嬉しそうに言って剣を肩に担ぎ、本当に一段階速度を上げて突っ込んできた。振り上げのモーションだったので『バックステップ』で立ち上がりながら距離を取って回避。返す剣で光の斬撃が放たれたのを身体を横向きにすることで避ける。距離を僅かに見誤って斬撃が持つ光の熱が肌を撫でた。


「どんどんいくよっ」


 師匠は一息に接近してくると首を薙ぐように剣を一振りする。光の斬撃を直前で発動することも考慮して屈んで避けた。続く攻撃は袈裟斬りだ。『バックステップ』で避けたが着地とほぼ同時くらいに距離を詰められてしまう。……『バックステップ』では剣を避けられても光を避けられない。別の回避方法を駆使するようにしないとな。

 戦闘中に考え事をする余裕も多少はできた。もちろん、かなり集中している時だけだ。あと身体が思うように動くからだろう。身体をどう動かすかに気を取られていた頃よりも、こう避けようと考えて即実行に移せる身体を手に入れたことで頭に余裕が出来ている。だからと言って余計なことを考えないかと言われれば怪しいところだが。


 剣を持っていない方の手で光線を放つ、など様々な形で攻撃してきていたがそれでもなんとか五分間避け続けることに成功するのだった。


「よくやった。あたしも最初から五分間避け続けられるとは思ってなかったよ。あたしの想像以上だったことを喜びたいけど、一回ぐらい当てれば良かったかなと思う部分もあるね」

「……まぁ、痛そうだったので」

「そうかい。あたしは剣の避け方よりも光の避け方の方が上手かった気がするね。予測してたのかい?」

「……まぁ。鏡とかを使って反射する、とかもありそうでしたけど。光線を放つなら基本的に直線的な攻撃になるだろうなぁ、とは」

「へぇ? いい勘してるね。情報では、部屋の壁に鏡がいくつも埋め込まれているらしいよ」


 戦闘に関する勘ではなく、能力の使い道の方だったか。嫌な方が当たってしまった。とはいえ自分の能力を存分に活かせるようにする気持ちは俺にもわかる。自分の土俵で戦った方が生存率が上がるのだから当然だ。……残念ながら、今回は俺が相手の土俵に上がらなければならない可能性もある。極力遠慮したいが、いざとなれば仕方がない。


「まぁ、その鍛錬も一応するからね。シゲオはあたしの鍛錬に従っていれば平気さ。もちろん、自分で考えることをやめていいってわけじゃないよ?」

「……わかってます」


 思考を放棄すれば、戦いになった時臨機応変に対処できない。いくら事前に準備したって相手の方が格上であることには変わりないのだから。しかもどう足掻いたところで相手の方が実戦経験がある。まぁ最近はサボって男を貪っているそうだが。それは俺が勝る理由にはならない。


「これは戦闘になった時の鍛錬だ。となると、避けた後になにをしなければならないかはわかるね?」

「……はい。自分から攻撃する、ですよね」

「そう、その通りだ」


 戦いになった時、助けを呼ばれないように気をつけながらも相手を倒さなければならないのだ。俺は相手を気づかれないように殺すことばかりしてきたから、真正面から戦って倒すということを知らない。


「だから当然、その鍛錬もある。一刻を争う事態というほどじゃないけど、早めに暗殺できる方がいいに決まってるんだし、さっさと次の段階にいこうか。隙を見て短剣で攻撃してきてみな。基本的には斬りかかるんじゃなく、背後に回ってこれまでと同じようにね」

「……はい」


 無理だろう、とは思っても口には出さない。師匠からも口を酸っぱくして言われていることだから。

 初回が予想よりも上手くいったからか、師匠は少し浮かれた様子で俺に攻撃を仕かけてくる。おかげでリズムが変わって早速一撃貰ってしまった。少し相手の隙を探そうとしたから、思考を増やしたからだろう。

 攻撃を避けることに思考を割くのではなく、相手の動きについて思考を割けるように努めなければならない。俺にとっては難題だが、やるしかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る