第十九話 初の後日談
初の暗殺依頼を達成して数日が経った。
暗殺当日に街から立ち去り、家まで戻っている。心が大分落ち着いてから、師匠と外出することになった。
来たのはサクリェという街だ。隣国との国境を支える街だからなのか、やたらと街を囲う壁が分厚くその壁からいくつもの大砲が覗いていた。いつ襲撃があっても対応できるように設備を整えているのかもしれない。
許可を取るとあっさり中に入れてくれた。ただ街を見回っている兵士の数が多い。街中で不審な動きをすれば直ちに包囲されることだろう。
こんな兵士達から監視されて生活するような状態でストレスが溜まらないのかと思ったが、案外街の人の顔は明るい。
「どうだい? ここがセムカスの治めていた街、サクリェだよ」
「……思ってたより明るい街ですね」
暗殺理由に増税云々という話もあったので、住人全員が生気のない顔をしている可能性もあった。
「これでも明るくなった方だよ。違法に溜め込んでいた金を、今まで納めてきた税金の額に応じて一時的に支給されるのさ。流石に一回で全額返金とまではいかなかったみたいだけどね。一応生活に潤いが出始めてきたんだ」
それでここまで明るくなったのか。と言っても俺は前の状態を見ていないのでどれだけ変わったのかが理解できないのだが。
「少し、街を回ろうか」
師匠に言われて、二人並んで街を散策する。
「この街の前当主のセムカスって殺されたらしいぜ?」
ふと喫茶店らしきテラスで街の人が話しているのが耳に入ってきた。
「急遽交代したからっていうデマじゃないのかよ?」
「それが、違うらしいんだよな」
男性二人が話している近くの席で師匠に手招きされ、対面に座る。盗み聞きするということだろう。席に着くとウエイターさんが近寄ってきてメニューを差し出してくれる。師匠はそれを手で制して「期間限定梅抹茶ドリンクを二つ」と頼んだ。……なんだそのチャレンジ精神を必要とする飲み物は。酸っぱさと苦みを混ぜたらただ不味いだけの飲み物になると思うんだが。
「実はさ、暗殺されたらしいんだよ」
「マジで?」
「ああ。まだこっちにはあんまり来てないけどな。でっかい塔みたいな兵器のお披露目パーティーの時に暗殺されたらしい」
「そうだったのか……。でも誰が暗殺なんて」
「あいつって、元から隣国に攻め込もうとして武器買い集めてるとかいう噂あっただろ? それを危惧した政府が暗殺したってよ」
「でも噂は噂だろ」
「いや、多分間違いない。兵器に多額の出資をしてた貴族も暗殺されたって話だし、政府は今隣国と揉め合うのは避けたいと思ってるみたいだしな。兵器の取り壊しも早々に発表したみたいだぜ」
「へぇ。なんにせよ、有り難いことだよな。そのおかげで俺らはバカみたいな増税から逃れられたんだから」
「ホントそれな。動いてくれた政府と、殺してくれたヤツに感謝だな」
「はははっ。あんま大声で言うなよ、誰かに聞かれたらどうするんだよ」
「いいんだよ。この街にあの野郎を慕うヤツなんてもういないんだからな」
二人は笑う。……「殺してくれたヤツに感謝」、か。
妙な気分だった。人殺しは確実に悪いことだというのに、こうして感謝するヤツもいるのか。
「お待たせしました」
梅抹茶ドリンクが運ばれてくる。色合いは抹茶だが香りは梅と抹茶が混じり合っている。奢ってもらうのだから飲まないと、と思って口に入れた俺がバカだったと思う。クソ不味いぞこの飲み物。梅の酸っぱさと抹茶の苦みが溶け合わず一緒になって襲いかかってくる。アクセントかなにかで入っていたハーブのせいで妙な具合に出来上がっていた。二度と飲みたくない。
「いやぁ、この街に来たらやっぱりこれ飲まないとね。美味しくないのに癖になるんだよ」
ぐびぐびと飲み干していた目の前の人は、やっぱり人じゃないんじゃないだろうか。
その後勘定を済ませてテラスを後にした。
「どうだい、感謝された気分は」
「……変な気分ですね」
離れたところで尋ねられ、率直に答えた。
「なんて言うか、むず痒いです」
「だろうね」
師匠は屈託なく笑う。
「あたしは前にもこの街に来たことがあるけど、もっと雰囲気が沈んでいたよ。あんたにはわからないだろうけど、笑顔が多くなった。あと、子供達が外で遊べているのもいい証拠だね」
師匠の視線を追うと、鬼ごっこだかかけっこだかで走り回る子供達の姿があった。なにがそんなに楽しいのか、満面の笑みを浮かべている。俺にあんな頃はなかったかな。
「あんたが救った光景だ。よく頭に入れておくといいよ」
俺が――……。
兵士は数が多く街を回っていて、街の人から朗らかに挨拶をされている。
子供達が走り回って遊んでいる近くで、母親らしき女性が集まって談笑している。
「ここは繰り返される増税のせいで人の心が壊れそうな状態だった。誰もが生きる意味を失い、お先真っ暗なんだと街全体で表現するようにね」
笑い声が聞こえる。泣き声が聞こえる。話し声が聞こえる。
「……救ったなんて、傲慢すぎやしませんか」
「事実だから仕方がない。この街の景色が、あんたが成し得た結果だ。依頼の報酬以外での成果ってヤツだ。どうだい、やりがいがあるだろう?」
師匠はそう言って不敵に笑った。
師匠の下で活動するなら、今後も“そういう"依頼を受けることになる。身分やなんかを笠に着て好き勝手するヤツらを暗殺する。間接的に苦しまれている人達を助けることになる。
「……まだ、わからないですね」
「すぐにわかれとは言わないよ」
「……でも次は、依頼前の状態も見ておきたいですね」
「次をやる気になっているなら上々だ。じゃあこのまま、次の依頼に関係するところへ行こうかね」
「……もうですか?」
「当たり前だよ。暗殺に対して思うところがあるのはわかるけど、逃げたら終わりだからね」
確かに。俺一人ならもう少し心の準備を、とか言って先延ばしにしてやらなくなる可能性はある。
そういう意味では、無理にでも参加させるような強引さを持つ人がいると有り難い。
「さぁ、まずは下見と行こうか。今回も相手は貴族、しかも屋敷そのモノに潜入することになるからね。流れを追いながら依頼をこなすとしようか」
師匠についていきながら、横目で街の景色を眺める。
これを俺が作り出した、とまで言う気はないが。暗殺者がセムカスを殺したからこそここにある光景なのかもしれない。
そう考えると妙な充足感と言うか、達成感と言うか、そういうモノが胸の内に湧いてくる。
だからと言ってすぐに信念やらが手に入るわけでもないが、俺にとっては不思議な感覚だった。今までの人生にはなかったモノだ。
もしかしたらこれが信念とかに繋がるかもしれないと思い、胸中にしまっておく。
立派な志なんて持てる気はしないが、それでもなにかを見つけなければならない。
すぐにとは言わずとも、いつか必ずなければ進めなくなる時が来る。
そんな予感がしていた。
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