第十四話 黒ずくめの暗殺者
「パーティー会場はエンドリエ邸敷地内全てだ。場所はこの街から馬車で一週間ほどかかるね。下見に一週間ぐらい確保するとして、開催は一ヶ月後だから二週間で準備することになるね」
と言ってももう大半の準備は終わっているんだけどね、とアネシアさんは笑う。
「次からは手伝ってもらうけど、今回は準備してあるから心の準備さえしてくれればいい」
それが一番の問題だと思う。
「そのために二週間取ってあるんだよ」
まるでと言うか俺の心を読んでいた。
「で、さっき大半って言ったけど、一つシゲオの協力が不可欠な準備があってね」
俺の?
「それが暗殺装束の試着とコードネーム決めだ」
……なにかと思ったら、意外と子供っぽかった。
「バカにしちゃいけないよ。装束が合っているどうかで暗殺の成功率が変わると言っていい。それに、今までは普通の服装でやっていたくらいだからね。適した服装になるなら、あんたもより上手くやれるんじゃないかって自分を納得できるだろ?」
不敵な笑みを浮かべて告げられてしまった。……なにからなにまで見透かされているようで、少し居心地が悪い。ただある意味では、家族である両親以上に俺のことをわかっているということでもある。それもどうかとは思うが、悪い気分でないのは確かだった。
「コードネームを使う理由は簡単だ。本名で呼び合っていたら身元がバレる可能性が高まるからね」
「……アネシアさんにもあるんですか?」
「あたしにはないね。基本単独でやるから。誰かと組む時は大抵姐さんかね。あたしが教えたヤツは師匠って呼ぶけど」
「……じゃあ師匠で。いいですね、アネシアさんより短くて」
少し気安いような気もするので今まではしてこなかったが、別に違和感はない。姐さんはまぁ、気持ちがわかるけど。
「そんな理由かい。……というか、もしかしてあんたが師匠呼びしないのは大した理由じゃない?」
「……はあ。気安いかと思ってましたからね。それでいいなら普段もそうしますよ、楽ですし」
「……そうかい。まぁどっちでもいいよもう。てっきりあたしに師匠の威厳がないのかと」
なぜかアネシアさん、もとい師匠がこめかみを押さえていた。ここで「なに言ってるんですか。師匠は俺にとってかけがえのない大切で尊敬すべき人ですよ」とか平然と言えたら主人公っぽいと思う。絶対言わない。
「……じゃあ師匠で。で、コードネームはなににするんですか」
「あぁ、うん。そうだね。名は体を表すと言うし、衣装を試着してから決めた方がいいね。じゃあこれを持って着替えてきな」
師匠から木箱を渡される。受け取ってもあまり重くない。素早く動くために軽い素材で作ってある装束なのだろう。とりあえず奥の扉から脱衣所へ向かって着替えてみる。
そして。
「……これ、恥ずかしくないですか」
一応着替え終えて戻ってきたのだが、どうにも落ち着かない衣装だった。
全身黒ずくめ。まぁそれはいい。どうせ闇に紛れるわけだし。暗い色でないと見分けがついてしまうだろう。
ただこう、ぴっちりしているんだよな。俺なんかちょっとキツいジーパンですらあまり履かなかった、ゆったり派の人間だというのに。衣装の上からでも筋肉の具合が見えるようだ。これは鍛えていて良かったかもしれない。しかしほぼ肌に密着しているようなデザインの癖して締めつけるような感覚は一切ない。むしろフィットしすぎてなにも着ていないのではないかとすら錯覚しそうだ。それはないか。
上下一体となった黒の衣装に、黒のソール。黒の手袋と腰に巻いたベルト。鼻から下を覆えるようになった伸縮性のある黒の布を首に巻いている。ガス対策とかだろうか。そして、黒の仮面。素顔がわからないようにするためだろうが、鳥の羽根のようなデザインの仮面だった。仮面はしていても視界が狭くならないように設計しているらしい。視界の端に目をやれば淵が見える程度だ。
「よく似合ってるじゃないか」
師匠が頬杖を突いて笑っている。いや、俺は恥ずかしいんだけど。
「……師匠も同じようなヤツを着るんですよね。恥ずかしくないんですか。いい歳して」
「殴られたいのかい。あたしは人を魅せるように身体を作っているから、恥ずかしいわけがない。それも潜入のための鍛錬の成果だと思えばいいよ」
確かに見た目の良さは潜入のしやすさに関わってくるかもしれない。その点で言えばうちの師匠は変な趣味さえなければ満点に近いだろう。
「それの説明をしとくよ。動きを阻害しない、音を立てない、刃物や熱、寒さに強く魔法や衝撃も軽減してくれる優れモノさ。それ一つであんたの食費二年分とどっちか高いか、ってくらいだね」
「……ありがとうございます。修理費用は高そうですね」
「まぁね。でも基本的に無料だよ。あたしが作ってるからね」
「……どれだけ多芸なんですか」
二年も一緒にいたが、まだこの師匠については知らないことが多すぎる。深く突っ込まないようにしている俺の性分もあるのかもしれないが。
「長年やっていれば必要になるモノも多いからね」
本人はそう言って肩を竦めるばかりだった。
「サイズもぴったりで良かったよ。これで調整が必要になったら二週間がそれで潰れる可能性もあたからね」
「……そういえば採寸とかはしてないですよね」
「そこ、詳しく聞きたいかい?」
「……遠慮しときます」
師匠の瞳が怪しく輝いたように見えたので、俺は聞かないでおいた。完璧に俺のサイズに合わせるには綿密な採寸が必要になるだろうが、それを俺の知らない間にやっていた。これだけでいい。
「さて。暗殺装束の試着はこれでいいね。じゃあコードネームだけど。これはあたしに案があってね」
次の話題に移る。やけに自信ありげな表情だ。
「あんたのコードネームは、クロウだ」
クロウ――日本語で言うなら鴉だろうか。確かに全身真っ黒なところとかそれっぽい。もしかしたらそれで鳥の羽根みたいなデザインの仮面にしたのかもしれない。
「……いいんじゃないですか、それで。わかりやすいですし」
「……もうちょっと盛り上がるかと思ってたんだけど。こういうのは男の方が好きそうだし」
俺の返答に、しかし師匠は不満顔だ。どうやら俺が凄く気に入って「いいですね!」と言うか、「いやもっとカッコいいのにしましょうよ!」と言って案を出し合うかしたかったらしい。
ただクロウというコードネームは無難で特に異論の余地もなく熱くもなれないようなネーミングだったので、それでいいかと思ったのだ。俺も別に案があるわけじゃないし。
「……まぁ好きな人もいるでしょうけど、俺はわかればそれでいいと思いますよ。それにあんまりカッコ良くしようとして似合わなくなっても微妙ですし」
「相変わらず自己評価が低いんだね。まぁいいさ。じゃああんたはそれを着たらクロウだ。間違えないようにね」
「……わかりました、師匠」
しっかりと頷いて答えた。
こうして俺が仕事に出るための準備はほぼ整った。
後は一ヶ月後の本番に向けて訓練場やらで最終調整を行い、二週間後にエンドリエ邸のある街、ハサリエに向かった。そこで師匠が事前に連絡していたワケありの宿屋に泊まる。それからは本番までの一週間、夜に侵入経路までの確認を行っていた。
俺は街にある地下水道の入り口から敷地内に侵入する手筈となっている。師匠はパーティーの参加客に紛れて正面から侵入するらしい。ドレスコードはあるが一般にも公開されているので、侵入自体は簡単だそうだ。ただ相当高いらしい。
そういう潜入に必要なモノを揃えられるのも暗殺者に必要な技量なのだとか。その辺りで言えば俺単独でやっていくのは厳しそうだ。コネとかないし。
パーティーは午後六時から夜中まで催される。日が完全に落ちるまで一時間程度かかるが、俺の能力も発揮できる時間帯だ。室内では発動しないこともあるので、油断せず行こう。
そして決行日。
「それじゃあ、最終確認だ」
師匠が宿屋の机に地図と見取り図を広げた。
「今日パーティーが開催された時には会場に潜入する。潜入時は【会話】の式を入れたイヤリングをしてもらう。これで離れていても会話ができるようになる。ただし何度も言うようだけど声を出せば気配が消せなくなる。話す時は人目に気をつけるように」
何度目かもわからない注意を受ける。その辺りについても事前に説明は受けていた。
「最後に暗殺者の心得。その一、理由のない暗殺は行わない。その二、無関係な殺しは行わない。その三、正体が知れたら引退する。その四、達成不可能と判断したら撤退してもいい。その五、必ず生きて帰る」
以前に習った心得を告げてくる。破ってはならないモノだからだろう。
「この五つを守ること、いいね?」
「……はい」
いよいよとあって、気を引き締めるためにも声で応えつつ頷いた。
「よし。じゃあシゲオは着替えて忘れ物がないかチェックしたら、余裕を持って出てくれ。あたしも後から潜入する」
「……はい」
地下水道を通る都合上、俺の方が早めに出なければならない。できるだけ暗殺のタイミングを合わせることで現場を大きく混乱させ、脱出を有利にする。混乱してくると予想外が起きやすくなるため後に実行する方がやりにくくなってしまうというのもあるか。
もちろん死体は隠した方が、捜査に時間がかかるのでいいらしい。
「焦る必要はないから、落ち着いてやりな。あんたならできるよ。あたしが保証する」
最後に、激励の言葉をくれた。本当にいい師匠だ。口には多分出すことがないだろうけど。
「さぁ今回の暗殺はぶっつけ本番、今日限りの挑戦だ。悔いのないように頑張りな」
そして、いよいよ俺の初仕事が始まる――。
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