第十三話 初仕事

 俺がアネシアさんに拾われてから、二年が経過していた。


 訓練場の踏破は達成している。

 モンスターの討伐と言うか暗殺も、スムーズに行えるようになってきた。


 実力というよりも能力に対しての信用が生まれた証だろう。実際問題、能力自体は強いと思う。使ってみて理解が深まったが、夜忍び寄って相手に触れるまで存在が感知されないというのは強すぎると思う。もちろんアネシアさんなど本当の強者には通用しない。首を絞めた体勢からぶん投げられた俺が言うのだから間違いない。

 フラウさんとは古くからの知り合いらしく、俺の鍛錬にも付き合ってもらうことがあった。とんでもなく強いので、一撃受けたら気絶する。だからこそ最初にアネシアさんとやっていた避け続ける練習が活きた。ただしそれでも圧倒的身体能力の前に平伏すのが通例となっている。……いやだって強く地面を踏みつけるだけで地面が陥没するんだぜ? あれは人間辞めてるって。

 まぁ、ファンタジーな世界だからそういう人達が多いのかもしれない。俺はこの世界の人間じゃないので強さの基準が低い可能性も高い。


 フラウさんは一部では有名らしく、昔は“怪力破戒僧"などと呼ばれ恐れられていたらしい。なんでも短期ですぐブチキレて辺りを滅茶苦茶にする天災のような人だったらしい。怖い。


 そのフラウさんとも少しずつ打ち解けて(?)俺から話しかけられるようにもなった。アネシアさんにはそういう呼び名がないのかと興味本位で聞いたら、“千面毒婦”、“全身凶器”などという物騒な呼び名が飛び出してきた。ただアネシアさんが殺ったとバレないようにしているため、呼び名は多種多様に及ぶらしい。

 手口が同じだと「こいつが殺ったんだ」と判明するが、手口が違う場合「別のヤツが殺ったんじゃないか」となって別の呼び名がつく。それを十年以上行っているため、無数に呼び名があってフラウさんも全てを知っているわけではないという。……薄々気づいてはいたが、とんでもない人に弟子入りしたもんだな。しかし、だからこそここまで上達したのだとも思う。


 アネシアさんは変装、変声が得意で才能も暗殺向き。加えて幼い頃から暗殺者になるべく鍛え上げられた技能もある。才能が暗殺向きならそう育って当然なのだが、考えてみると途中から才能が判明して鍛える羽目になる異世界人はチートでもなければ張り合えないような気がする。そういう点では俺も異世界人ということなのかもしれない。能力が強くなければ俺が暗殺者をやろうなどとは到底思えなかっただろう。


 二年も経てば街に馴染んでもくる。

 最初は反応が薄い俺に声をかけてくる店員もいなかったが、一年経過すると少しずつ世間話を振られるようになった。どうやら俺がただ無愛想なのではなく人と話すのが苦手なのだとバレてしまったらしい。やけに温かい目で見られるなと思ったらそういう事情だったようだ。


 相変わらず初対面の人相手では変わらぬ無愛想さで接してしまうが、多少受け答えするくらいならできるようになったかもしれない。もちろん俺基準での話なのだが。


 さて。

 二年経過して俺も十七歳となったわけだが。

 いつか来る災厄はいつ来るのか。そして災厄に対抗している勇者様君はどこでなにをしているのか。


 そんな話もしておこう。俺には全く以って関係のない話だが。


 まず災厄。俺も関係のあることがあって、それがモンスターの増加と強化だ。厄介なことに、モンスターが活発化して訓練場周辺にもモンスターが多くなった。『索敵』があるので気配を避けながら帰ることはできるが、倒す課題をこなす時に複数でいることが増えて厄介になっている。強くなったこともあって多少鍛えられた俺では日中暗殺でギリギリ、と言ったところだろう。アネシアさんは変わらず無双している。

 災厄の兆しだなんだと巷では噂になっているそうだが、正直俺にはよくわからない。そろそろ信憑性がなくなっていた。というか俺がそっちの本筋に関わっていないので、「災厄の兆候が~」とか「災厄の正体は~」とかそういうのは知らない。そういう謎が知りたいなら工藤の旅に同行する他ないが、俺は最初に断った通り強敵との熱いバトルとか遠慮願いたい。きっと愛と友情とチートと勝利で彩られた、楽しい物語を描いているはずだが。俺はどれも無縁でいい。


 その工藤君は、一ヶ月ぐらい前にここの近くへ来たらしい。なんでも古の勇者が記した文献を探しているのだとか。そのついでに通りすがりの人を地中から襲う強大なモンスターを退治したとか。噂で聞いた。俺は勇者と関わり合いになりたくないので、勇者が街に来たと知ったら街へ出ないことにしている。工藤のことだから、何気なく通りかかったら「あっ、シゲオ。久し振り」とか声をかけてきそうだ。物凄く遠慮したい。


 そんな折、アネシアさんに一階のリビングへ呼び出された。やけに神妙な顔をしている。


「シゲオ。あんたは立派に成長した」


 そして急にそんなことを言い出した。だからもう独りでもやっていけるだろぽーんとかならないことを祈るだけだ。


「だからそろそろ、あたしの仕事を手伝ってもらおうと思う」


 良かった、放り出されはしないようだ。

 だが同時に気を引き締める必要も出てくる。ようやく、二年経ってようやく仕事を手伝うことになるのだ。今まで鍛錬してきた日々を思えば大丈夫だと思うが、本番に弱いのでなにかやらかしそうで怖い。


「今回は大勢いる中で三人を暗殺する依頼だ。あたしが二人、シゲオが一人」


 いよいよ俺の暗殺者としての初仕事となるようだ。仕事の手伝いとは言っていたが、暗殺者としての仕事なのだから当然人を殺すわけだ。胸の中に重いモノがやってくる。


「そう身構えなくても、今回必要になる技能は全てあんたに仕込んであるよ」


 俺の緊張を察してアネシアさんは苦笑している。


「……アネシアさんが言うからにはそうなんでしょうけど、それとこれとは違いますよ」

「そりゃそうだろうね。あんたとあたしの違いは、元々人を殺すための能力を持っていたか否かだ。暗殺者として生きるしかないっていう意味では同じだけど」


 確かに俺は夜限定ならモンスターとも戦える。こともある。だがアネシアさんの能力は殺すことに特化している。戦う能力として考えるなら俺の方が上だろう。


「同じ暗殺者でも、あたしは殺すしか能がない。あんたは隠れるしか能がない。それだけの違いで暗殺に対する覚悟が決まってくるってわけだね。別に慣れろとは言わないよ。ただ、人を殺してでも生きる覚悟を持ちな。それだけでいい」


 人を殺してでも生きる覚悟。

 この言葉を胸にしまっておくことにする。俺がいざという場面で尻込みした時、これを思い出そう。


「さて。本格的に暗殺者として活動するに当たって、仕事の話をしようかね」


 今まで暗殺者に必要な技能を会得するために鍛錬をしてきたが、暗殺者が実際どういう流れで活動するのかを教えてもらっていなかった。


「まず暗殺者とは、人知れず対象を殺す者を言う」


 大前提の話から入った。


「殺し方はなんでもいい。今まで教えてきたように、背後から忍び寄って殺すも良し。その場にあるモノを利用して殺すも良し。最高は事故に見せかけて殺して、暗殺者が来たとバレないことがいいね。まぁでもそこはあまり求めても仕方がない。時の運と発想力が大事になるからね」


 俺は多分背後から忍び寄って暗殺することになるだろうと思っている。


「あと暗殺者だからと言って、全ての依頼を受けるわけじゃない。あたしの場合は多少余裕があるってのもあるけど、受けたくない依頼は受けないようにしている。例えばこんなのとかね」


 そういってアネシアさんは一枚の紙を机に置いた。


「……はあ?」


 その内容を読んで、俺は間の抜けた声を上げた。


「そうなるだろう?」


 アネシアさんはくつくつと笑っているが、こんなバカな依頼があるのかと思う。


「……バカげてる」

「そう。バカバカしいだろ、なんて」


 彼女の言う通り、依頼書には『勇者』ユウジ・クドウの暗殺を依頼すると書かれていた。災厄に抵抗する手段として呼んでおいて暗殺なんて身勝手だ、というのもあるが。正直言ってあいつを暗殺するなんて俺が災厄と融合するくらいやらないと不可能だ。第一『勇者』を殺したとしてどうやって災厄に対抗する気なんだこいつは。


「呆れて言葉もないよね。まぁあたしも最初に見た時は呆れたもんだ。こいつは国を通してじゃなく、直接届いた依頼になるね。依頼人は貴族。依頼理由は勇者様への支援ということで財産を奪われ、また領民の支持を奪ったからだって。バカな理由だね」


 要は世界を守るという大局を見ずに私怨だけで『勇者』を殺そうと言うのだ。バカ、ここに極まれりである。


「たまにこういうヤツもいるが、こういう依頼を出したことで国から切り捨てられるから、次からは来ないよ」


 さらっと凄く怖いことを言われた気がする。ご愁傷様、と言うか自業自得だな。同情の余地なし。


「で、こっちが今回受ける依頼書になる」


 依頼書はテンプレートがあるのか形式が同じだった。一部の者だけが入手できるようになっているのかもしれない。


 内容は先程彼女が言っていたように、三人の暗殺だ。勇者暗殺依頼と比べると書き手の感情が読み取れないというか、無機質な気がする。

 ただしこちらは依頼理由がしっかりしていた。


 ルネラ・エンドリエ:若い男を浮気に誘っては現場を私兵に押さえさせて罰金を取り立てている。

 ロバート・エンドリエ:妻ルネラの愚行を諌めるばかりか増長させ、愛人を作っては同じことをさせて私腹を肥やしている。

 セムカス・セザール:民から違法な額の税金を取り立てた上で国へ虚偽の報告を行っている。またその金で武器を掻き集めて隣国へ勝手に仕かけようという動きが見られる。


 割りと正当な理由だった。


「暗殺対象には暗殺されるだけの理由があるってことだね。というよりあたしはそういう依頼しか受けないと決めている」

「……ここまでわかっててわざわざ暗殺させる意味があるんですか?」


 証拠があるなら取り押さえればいいのに。


「理由は二つかな。まず権力で罪状が軽くなり、罰金で済む可能性があるから」

「……へぇ」

「そこを変えられればいいんだけどね。まだこの国での貴族の権力ってのは大きいってことだ」

「……革命で一応貴族主義から変わったんでしたっけ」

「そう。そしてそれが二つ目の理由。その時に多くを捕らえたせいで監獄がいっぱいなんだ」


 革命は俺が来る三年前なので、今からだと五年前になる。しかしそれだけの年月で完全に立て直すのは難しいのだろう。


「革命で多くの貴族は粛清された。けど逸早く保身に走った貴族は今も生きている。法律も、貴族が権力で罪を軽くできる仕組みが変わらないのもそういう貴族が残っているからだね」


 つまりいつか自分が罪に問われた時のために保身貴族共が反対しているということか。


「政府は国の立て直しで忙しい。けど未だ貴族がのさばる現状を変え切れない。となれば、別でその貴族を処理できる人が欲しくなるだろ?」

「……それがアネシアさんってことですね」

「あんたもだよ。まぁあたしが暗殺者成り立ての頃は暗殺者と言えば権力闘争で邪魔なヤツとかそういうのばかりだったんだけどね。今はまだ、納得できる理由があるからいい方だよ」


 それでも暗殺者としてやっていたのは、単純に選り好みしていては生活が成り立たなかったからだろう。


「これがあたしの掲げる暗殺者としての心得の一。殺す必要のない暗殺は行わない」


 暗殺者の心得と書かれた紙が一枚出てきた。


「その二。無関係な殺しは行わない。依頼内容にない暗殺をすればそれはなんの理由もないただの人殺しになっちまうからね。当然だ」


 二枚目の紙が出てきた。


「その三。正体が知れたら引退する。この家もそうだが、政府の後ろ楯があるとはいえ灰暗い稼業だからね。バレるわけにはいかない」


 三枚目。


「その四。達成不可能と判断したら逃げてもいい」


 四枚目。


「その五」


 五枚目を出してから、アネシアの言葉が途切れた。きちんと内容は書いてあるが、その心得になにかあるのだろうか。


「必ず、生きて帰ること」


 少し声が震えていた。そこにどんな感情が込められているのか、俺にはわからない。ただその心得に関係しているのなら、なにが起きたかは容易に想像がつく。

 首を突っ込みすぎるのもどうかと思うので、俺からは聞かないでおこう。必要になったら向こうから話してくれるはずだ。本当に関係なければ、俺が関わることもないだろうが。


「……この五つが暗殺者の心得だよ」


 乱れた心を抑えつけるかのように静かな声だった。


「……そうですか」


 だから俺も普段通りに答えを返す。


「肝に命じておくんだよ。これを破らないように、絶対ね」


 いつになく真剣な表情だ。俺も神妙に頷く。……俺は逃げるだけなら能力的に可能なので、五つ目だけは必ず守れるかもしれないな。


「……わかりました。で、三人が狙いってことは二手に別れて潜入するんですか? 流石に初仕事で単独ってのは不安ですけど」

「そこは大丈夫。これを見な」


 俺の言葉を受けて、アネシアさんは別の紙を机に置いた。視線を落として内容を確認する。


「……パーティーの開催?」


 そこには「サテライト完成記念パーティーの開催」と書かれていた。場所はエンドリエ邸敷地内と書かれている。


「そう。そこに書いてあるサテライトってのは、最新の魔導兵器でね。塔みたいにバカでかい装置に膨大な魔力を集めて遥か上空へ発射。事前に設定した地点へ着弾するらしい。なんでもこれで各国より優位に立てるんだと」

「……逆に目をつけられて、各国から共同で敵対されそうですけどね」

「そう。設定と建造を行った技術者は姿を眩ましたけど、そうなる前に兵器開発へ多額の出費をした貴族を粛清しようって腹だね」


 となると金集めに尽力していた夫婦が多く出費していた可能性はあるな。パーティー会場も夫婦が住んでいるところらしいし。

 武器を集めていた方は関係ないように思えるが。最初はこれを知らなかったか、もしくはサテライトってヤツを守るための武力が必要になったのかもしれない。


「巧妙に隠されて、政府も最初はただ権力を誇示するための塔だと思っていたらしいんだけどね。蓋を開けてみれば兵器だって話だ。それで、慌てて主犯を暗殺するように依頼してきたんだろうよ」


 アネシアさんは呆れたように苦笑している。

 おそらく「貴族は無駄に権力を誇示したがる」という傾向を見て、塔を建設するとなっても「無駄な行為なんて放っておけ」という指示が出たのかもしれない。革命後で忙しいからとぞんざいに扱った可能性もある。


「……じゃあなんで大々的に兵器造った、なんて吹聴しちゃったんですかね」

「さぁ? 貴族様の考えることなんてあたしにはわからないね」


 アネシアさんは肩を竦めていた。

 折角完成まで漕ぎ着けたのに、まさか使う前にバラすとは。頭のネジが外れているんじゃないかと思う。


「ただ、多分だけど政府も魔導兵器を目にすれば自分達の考え方に賛成して隣国を攻めるのを認めると思っているんじゃないかね。政府としては革命で落ちた国力で隣国を攻めるなんて無謀だ、という理由を掲げているけど。それを『じゃあ隣国を攻め落とせる兵器を造ればいい』っていう発想で今回のことを計画したんじゃないかとは言われているよ」


 発想が飛びすぎだ。いやでも、それだと政府の言い方も悪いような気がしなくもない。


「革命が起きるとなにが起きるか。結論は簡単で、金と人が減る。しかも貴族政治から変えたために、捕らえた貴族から多額の賠償金を得たとはいえ特に金がなくなるんだ。ただ増税やなんかで潤っていた国を補うには、国内では難しい。もちろん貴族が盛大なパーティーやらをなくして倹約してくれるなら経費の削減は見込めるさ。でも貴族様にそんな発想は湧かない。民から取らないなら国外から取るしかない、っていう発想に至るんだろうね」


 しょうもない話だった。貴族というのは生まれながらのバカなのではないかとすら思えてくる。


「パーティーの開催も、国に『こんなにも素晴らしい兵器を開発させましたよ、だから隣国を植民地にして金を得ましょう』っていうアピールなのさ。技術者もそんな風にされるとまでは思っていなかったみたいだね。発表と同時に姿を消したってわけだ。確実に処刑モノだからね」


 なんかもう、コメントしづらいくらい散々だな。


「バカは死んでも直らない。けどバカを殺せば転生するまでの時間が稼げる。だから、あたし達みたいなのが仕事になるのさ」


 この世界では輪廻転生という概念が受け入れられている。なんでも魂の形を見ることができる者がいるらしいのだ。魂の形は転生しても変わらないとかなんとか。俺には全くわからないのだが。


「兎も角、今回あんたに手伝ってもらう暗殺はこれだ。やれるかい?」


 仕切り直したアネシアさんに尋ねられ、俺は一拍置き頷いた。やらなければ、俺は生活できない。あの、飢え死にと隣り合わせの生活に戻るしかないのだ。


 結局冒険者は、余程強くないとソロでの活動が許可されないと知ったので、協調性皆無の俺には無理な職業だった。強制的に見知らぬ誰かと組むとか不可能だ。


「よし、なら手順を説明するよ」


 真剣な顔になったアネシアさんの言葉に、より一層意識を傾けておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る