第三話 初日の終わり
街へ向かうべく草原を歩きながら、青年から異世界について説明を受ける。
「――まぁ概要はこんなところかな。ここがなんという大陸か、とかは一気に覚える必要はないと思うから。あっと、そうだ。言語について言ってなかったかな」
確かに一気に説明だけされても頭に入ってこない。
けれど最重要とも言えることが話題に上がったので、ちゃんと聞いておく。
「言語は、まぁ今俺達が話しているのが日本語だと仮定すれば話が通じていて不自然はない。けど異世界言語というのが存在している分、ある程度脳内で変換されるようになっているらしい。便利だね。異世界に来て世界を救うために、言語の勉強からしなくて済むんだから」
確かにそうなったら話の腰を折るような展開だな。
「異世界に来る時に全く理解不能な言語も脳内で自分の知っている言語に変換されるようになるみたいなんだ。実際に耳で言語を聞いたわけじゃないんだけど、見る限りでは全く意味不明な言語だからね。ただ読む言語も脳内で補完されるから、なんて書いてあるかは読めるんだ。不思議な感覚だよ」
異世界転生、異世界召喚モノにありがちな便利設定は彼の時も活きているらしい。俺もそうだったら面倒がなくていいな。
「と言っても書くには勉強が必要だ。その辺りは不便かな。まぁ基礎を学べば脳内変換のおかげで文法がなんとなくわかるから、少しずつ理解できるようになるんだけど。そういうわけだから言語については心配ないと思うよ。署名は頑張るしかないけどね」
そう言って笑う。人助けだけでなく勉強にも熱心なようだ。随分と真面目な性分らしい。
そうして彼に説明を受けながら、一先ずの安全が保証されそうな街へと辿り着いた。
「あそこがセグラルの街だ」
セグラルと名づけられた街は外側を鋼の壁に囲まれた円形の街だった。外敵から守るためにこうせざるを得なかったのだろうが、物々しい見た目だ。
「あっ!」
そこで、なぜか彼が大きな声でなにか大切なことに気づいたような反応を見せる。
「そういえばまだ自己紹介してなかった。遅くなったけど、俺は
言われて俺も思い出した。互いに名前も知らない状態でかれこれ一時間ぐらい話している(俺はほとんど喋っていない)。
「……
名乗られたからには名乗り返すのが礼儀だ。例え今後一切会わなかったとしても。
「シゲオか。よろしくな。異世界人同士、また会うこともあるだろうし」
再会は多分ないと思うけど。
俺はそう思っても口には出さず、二人街まで歩く。
草原を横切るように土剥き出しの道路が出来ていて、その向かう先にはセグラルの街の出入り口がある。
物々しい門の外には二人の兵士が立っている。鎧に身を包み槍を立てた姿勢で街に入る者の受付を行っているようだ。時間帯で変わるのかはわからないが、今のところ人通りはそこまで多くなさそうだ。彼が言っていたように荷馬車が見えはするが、俺達のように徒歩で歩いている人はいない。
道中もモンスターに遭遇したからわかるが、俺みたいな一般人はモンスターから逃げることはできないからだろう。よく言う冒険者などはファンタジー異世界の定番とも言える存在だが、果たしているのだろうか。
「こ、これは勇者様っ! ご無事でなによりです!」
門のところまで行くと、工藤の姿に気づいた門番の兵士が慌てて姿勢を正し敬礼していた。がちがちに緊張しているのが見てわかる。二人共同じような姿勢なのだからコミカルだ。
ここでようやく、工藤の言っていたことが本当だとわかった。言葉を聞いて理解できるという点だ。ここは重要なので合っていないと困る。
「ああ。そっちも門番の仕事お疲れ様」
勇者として敬われているためかおそらく年上だろう二人にも敬語を使わず爽やかに接している。それが彼なりの距離感というヤツなのかもしれない。偉大な勇者に畏まられたら困る、というこの世界の人の気持ちを汲んだのかもしれない。どこを取ってもよく出来たヤツだ。
「光栄であります! ……して、そちらの方は?」
労いの言葉をかけてもらって恐縮していたが、仕事は忘れないのか傍にいる俺に目を向けてきた。門番の後ろにも勇者という単語を聞きつけてか野次馬がちらほらと見えている。嫌な空気だ。注目されているのが俺でないとしても、こうも視線が集まると鼓動が早くなって少しずつ体温が上がってしまう。
「あぁ、彼は」
工藤がなにかを言う前に俺は意を決して発言した。
「……モンスターに襲われていたところを、勇者様に助けていただいたんですよ」
普段と変わらぬ小さい声だっただろうが、やや早口にそう告げた。工藤が少し驚いたように俺を見ていたが、やがて納得したように苦笑する。察しが早くて助かる。
「おぉ、そうだったのか。良かったな、勇者様が偶々通りかかって」
門番の人も勇者様が人助けをしたと知って朗らかに声をかけてきた。だが俺としては速やかにこの場を去りたいので、道中頭の中で考えていた設定を口にしていく。
「……火事で、家も家族も燃えて、宛てもなく彷徨ってたんです。身分を証明できるモノ、なにもないんですけど」
悲惨な目に遭った、と考えれば自前の暗さも少しは説得力が出るかもしれないと思っての設定だ。案の定、
「……そうか。それは気の毒に。そういう事情なら仕方がない、名前だけ貰えるかな」
神妙な面持ちでそう言っていた。「シゲオ」とだけ名乗るとなにかのバッジを渡してくれる。
名前で異世界人とバレる可能性もなくはないが、工藤の話では歴代の勇者やその他の異世界人は基本有名になるため名前だけなら響きを取ってつけていることが多く珍しくないらしい。
「ある種の身分証明になるモノだ。失くしても構わないようなモノだが、その時は私に言ってくれ」
「……ありがとうございます」
バッジを受け取り、門番と工藤に頭を下げて街の中へと入っていく。そうなれば野次馬の視線は自然と勇者様の方へ向いた。工藤もそれ以上俺になにかを言ってくることはなかった。俺が工藤と親しく話しているのを見られたくないというのも察したのだろう。元々「お前に関わったら厄介事に巻き込まれるだろうが」というような理由で同行を拒否した身だしな。
なんにせよ、察しが良くて優しいヤツで助かった。最近蔓延っている鼻と能力が高いだけの勇者とは全然違う。ああいうヤツが世界を救うんだろうな、と思いながら石畳の街並みを適当に歩いていった。
こうして街に入ってみると異世界だということが視覚的に理解できる。
ファンタジーで言うところの亜人がその辺を歩いているからだ。エルフらしき姿は少ないが、獣耳を生やした種族はいる。流石にドッキリだとは思っていなかったが、現実味を帯びてくる、というのだろうか。
と、異世界ファンタジーに感激している暇はない。工藤の話ではこの世界の人々は才能を生かせる職業に就くという。
才能は元の世界とは意味合いが異なり、先天的に得られる個々人の能力のことだ。ゲーム風っぽく言うなら、固有能力といったところか。
まずはその才能を確認しなければ。
……あれ、どうやって確認するんだっけ。
今自分の才能を確認しようと思ったところでどうやって確認するのかを聞いていなかった。
ゲームのようなステータス画面が出てくるわけもない。
……俺のバカ。話を聞いてれば自然と出てくる質問だろうが。
だというのに聞き忘れて今に至っている。ということは、俺には無理ということだ。
なにせ極度の人見知りだ。街の人々に聞いて回るなんて苦行ができるわけがなかった。
……終わった。
才能を元に職へ就き過ごすというのを目標に設定しようと思っていたが、どうやら修正しなければならないようだ。
そもそもコミュ力皆無の俺にどうやって異世界で生きていけと? こんなことからなにも起こらない日本にずっといたかった。少なくとも高校を卒業するまでの間くらいは衣食住が保証されていた。大体親の金で生きてきたヤツがいきなり仕事するとか到底無理な話だったんだ。
金もなければ才能もない。ヤバいヤバいと思いながらも行動に移せない。そんな俺が異世界で生き延びられるか? 否だ。
――そう、否だった。
結局夜が更けるまで歩いて街を回っていただけだ。夕食の頃は空腹を訴えてきたが金もないのでなにも食べられない。街の地理の他に一つ、わかったことがある。
「……文字が読めねぇ」
そう。言葉は日本語に聞こえたが文字が読めなかったのだ。工藤は文字も読めると言っていたが、そこは嘘だったらしい。いや嘘を言っているような雰囲気がなかった。おそらく召喚者がいるかいないかとかの違いなんだろうが。おかげで求人を探そうにも、求人なのか違うのかすらわからない。
今日はどこで寝ようかと思って彷徨っているのだが、どうしようか。歩いて体力を消耗するくらいなら野宿した方がいいかもしれない。幸い歩き回っていたおかげでそういう場所には心当たりがあった。
浮浪者のいる、裏路地だ。……異世界転移した初日にホームレスと同じように夜を過ごすってのはどうなんだろうか。
まぁ仕方がない。チートを持たず尊師になれない俺なんかはこんなモノだ。
宿に泊まる金もなく、泊めてもらおうと人に話しかけることもできない俺だ。当然の結果とも言える。
裏路地に入ってゴミ箱の腐った生ゴミの匂いに顔を顰めながら、浮浪者が少ない場所で地面を払い自分の腕を枕にして寝転がる。冷たい石畳の地面が俺を歓迎してくれた。
今は日本で言うところの春なのか、比較的気候が穏やかだ。日中は暖かく夜は涼しい。これなら布団がなくても夜凍え死ぬことはないだろう。
疲労はあったのですぐ眠りに着けた。もちろん寝心地は悪いので何度か起きる羽目になったが、それでも眠気は解消できたのでいいか。
二日目は食糧の確保だな。
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