第二話 異世界人

「……君、もしかして異世界から来たのか?」


 目の前の青年に問いかけられて、身体が強張るのを感じた。ただ服を渡しただけでバレるとは思っていなかった。だがヒントはあった。着替えたことでこの世界の服を作る技術力をある程度察したのだから、明らかに高い技術力で作られた服を着ていれば察しがつくのだろう。

 いや、よく考えてみればおかしい、のか? 一つ飛ばしている。俺が今まで読んできた話なら「こんな素晴らしい服をどこで手に入れたんだ!」と詰め寄られているはずだ。その段階を飛ばして異世界という答えに行き着いたなら、元から異世界の存在を知っていたことになる。よくよく思えば彼の話す言葉は日本語だし、異世界言語があるのかはまだわかっていないが、彼も異世界人なのかもしれない。


「あぁ、そんなに緊張しなくていいよ。俺も異世界人なんだ。この世界に召喚されてね」


 彼は苦笑して言い、ふとなにかに気づいたような顔になる。


「ん、ってことは君も……。そうだ、こうして会ったのもなにかの縁だし、良かったら俺と一緒に来ないか?」


 彼の中でどういう考えが巡ったのかはよくわからないが、悪意のない爽やかな声で俺に手を差し伸べてきた。


 容姿や態度、言動などどれか一つを取っても悪意なんか見当たらず、太陽のような眩しさを持っている。実際にどうやったかを見ていないが、通常人が勝てないようなモンスターを一刀両断するほどの実力を持っている。近くに他の人がいなかったので、俺が襲われていると気づいてから瞬く間に参上したのだろう。まさしく俺がよく目にしている、物語の主人公。異世界に召喚されてチートスキルを得て無双する主人公のような所業だ。これで俺が女だったら恋に落ちた上で合法的に濡れ透けまで味わえたということだ。男で悪かったな。


 何度も言うようだが本人に悪気はないのだろう。


 しかしなんて――恐ろしい提案をするのだろうか。


 ともすれば男女関係なく魅了されそうな笑顔で、平然と地獄へ招くような発言をする。


 だってそうだろう? 彼が雑魚と斬り捨てたモンスター相手でさえ俺は手も足も出なかった。そんな俺が彼についていく? バカも休み休み言って欲しい。まさか彼には、俺が足手纏いにならないように映ったのだろうか。無様に逃げることしかできなかった、俺が。

 それに彼は「召喚された」と言った。俺のオタク知識から考えると異世界人を召喚するようなケースは碌なことがない。なにせその世界全体ですら対応不可能と思われる最悪の事態への対抗策として用いられるからだ。雑魚なんかを相手にする暇もなく、より強大で凶悪な敵と戦い、そして勝っていかなければならない。俺にそれだけの力と心が備わっているはずがない。


 普段なら空気と化して成り行きに身を任せ、特に発言しなくてもいいように振る舞う俺が。


 この時ばかりは違った。


 元々人と話すのは苦手だし、極度の人見知りを患ってる自覚はあるし、初対面のヤツに本音をぶつけるなんて夢のまた夢だ。

 だがそれでも言うしかない。言わなければ、さっき狼に襲われた時よりも、もっと酷いことになる。幸いにも軽傷で済んだが、重傷を負う可能性も、死に至る可能性も高まっていくだろう。


 そんなモノに立ち向かうなんて俺には無理だ。


 口を開き、喉を振り絞る。言うんだ。言え。言わなければ確実に死ぬ。


「……い」


 一言目が出た。怪訝な顔をする彼に向けて言葉を発する。


「……嫌だ……っ」


 今度は彼が硬直する番だった。


「……嫌だ。あんなのより強いのがいて、俺に敵うはずないっ……。俺には、無理だ……」


 なんとか言い切れた。自分が口にしたはずなのに、聞いていられないほど弱々しく痛々しい拒絶の言葉だった。

 言っている最中に体温が上がり、じっとりと汗ばんでいる。それにたったこれだけの発言をしただけで呼吸が乱れてしまっていた。


「……そうか」


 彼はそう言って差し伸べた手を下ろした。寂しそうだったが、そんなことより自分の身の安全だ。なにせ俺は弱いのだ。身体だって、心だってそうだ。大人になっていけず身体だけ大きくなったような俺が、ラノベ主人公のように意気揚々と異世界生活を送れるわけがない。


「残念だよ。今は自覚してないだろうけど、君にも俺と同じように“力”が備わっているはずなんだ。俺の『勇者』と同じような才能が」


 『勇者』。勇者と言えば世界を救う役目を担っているじゃないか。最近は勇者らしくない勇者も増えてきていたが、どちらにせよ勇者を必要とするということは、その絶大な力を振るう機会が用意されているということだ。つまりこの世界でも屈指の強敵と幾度も戦うことになる。同行を断って正解だ。

 脚光を浴びるのが彼とはいえ勇者の仲間であるというだけで目立つだろう。色々と興味を示されそうだ。そうなったら俺はストレスで死ぬ。


「……まぁ無理にとは言わないよ。一先ず安全な街まで送っていこう」


 好意に甘えるばかりで申し訳ない気もするが、有り難く乗っかろう。首肯した。


「じゃあ行こうか。どうやら君は俺みたいに召喚した人達もいないみたいだし、急に来たのかな。だったらこの世界のことをなにも知らないんだろう? 道中俺が知ってることを話すよ」


 と言っても俺も来たばかりで浅い知識しかないんだけど、と爽やかに笑った。そうやって優しくされると同行を断った俺が悪いみたいだ。まぁ、断り方はかなり悪かったけど。


「……さっきは助かった、ありがとう」


 話の流れをぶった切るようだが、忘れない内に言っておかなければならない。

 礼を言われた彼は目を丸くしたが微笑して言った。


「いいよ、別に。人助けも、勇者としての俺の役目なんだから」


 目の前にいるのは紛れもない勇者なのだと、理解させられる発言だった。


 どこへ向かえば街があるのかはわかっているのか、地図を取り出すでもなく森の中を歩き出す。俺はそれに半歩後ろでついていく。隣に並ぶのは気が引けた。


 それから彼は俺が訳もわからないだろうと思って、この世界のことを色々と教えてくれた。

 元の世界へ帰る方法がないらしいので、これからこの世界で生きていくしかないようだ。兎に角情報が欲しかったので、しっかりと聞いていた。


「おっ。やっと森を抜けるよ」


 説明の途中だったが、彼が明るい声を上げて普段通り少し俯き気味の顔を上げる。感嘆の声は漏らさなかったが、森の外には明るい草原が広がっていた。こんな景色、日本じゃ見られない。


「海外でもなければ、ここまでの草原は見たことないんじゃないかな。俺も圧倒されたよ。この世界は広さに反してまだ人が少なくて、自然が多く残っている。元の世界だと俺が生まれた頃にはもう文明が発達してたけど、こういう楽しみがこの世界にはあるんだ」


 にっこりと笑ってこちらを向くその姿に、彼は純粋な気持ちでここにいるのだろうと推測できた。

 俺にはどうも、この景色を長く楽しむようなことはできない。確かに圧倒されはするが、先ほどのようなモンスターが跋扈しているのだ。強ければいいが、俺みたいな弱いヤツは気を抜けそうにない世界に変わりはなかった。

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