11
何度かキスをした後、いつもみたいに一緒に過ごした。トーノは残りのパンを食べて、いちいち味の感想を口に出す。
自分が食べさせたものをおいしいと喜んでもらうのって、なんか誇らしい。
単純に、幸せそーなトーノを見るのも嬉しかった。
トーノにべったりひっついて、全体重を預けてボケッとしているオレの耳に、携帯電話の着信音が届いた。
ギョッとして画面を見ると、母さんからだった。時刻は夕方の十八時。
……あいつらがオレを迎えにくるのが、今夜。
早く帰ってこいの電話か。きっと今頃ハラハラしてるんだろう。昨日、身売りを承諾した息子の気が変わって、逃げたんじゃないかとか。
父さんも母さんも何度もオレに謝った。と同時に、これしか方法は無いんだと何度も念を押された。
父さんの会社には何人もの従業員がいる。その人たちを路頭に迷わすわけにはいかない。
母さんが代われるものなら代わってあげたいと言った。だけど妹たちは幼く、まだ乳飲み子の弟もいる。母さんをあの家から失うわけにはいかない。
一人を犠牲にして、大勢を助ける選択は正しい。全員が倒れるよりずっと堅実だ。
そこはちゃんと、足りない頭だけど理解している。
だけどオレはトーノと心中するので、断ち切るように電源を切った。
「……トーノ」
本を読むのをやめ、オレの髪や身体をいじって遊ぶトーノに訊いた。
「さっき、死ぬのにいい方法があるって言ったよな」
「うん。簡単だよ。俺の痛み止めの薬を飲むんだ」
カラン、とトーノのピルケースが軽い音を鳴らした。
シールだらけの、チカちゃん特製ピルケース。トーノの地獄の痛みを抑えてくれる神の薬入りの。
「強い薬って、つまり毒なんだ。他の人が飲めば死ぬよ。俺でも一度に二錠服用すれば、アウト」
「そっか……」
その方法は思いつかなかった。
トーノはオレが飲もうといえば、すぐに蓋を開けてくれるだろう。もう時間が無い。父さんたちが探しているかもしれない。
頃合いかな、と起き上がった刹那、ハッと思い出した。
……
泣きながらオレを売る両親にはもう会いたくないが、弟と妹は別だ。
特に生まれたばかりの末の弟は、もう一度だけ抱っこしたかった。
(最期に、顔だけでも見たいな……)
それでもう本当に未練はなくなる。そう思い、立ち上がった。
「千風?」
「オレ、ちょっとだけ行ってくる」
トーノの顔が瞬時に強ばる。オレは言い訳を並べるように、
「違うぞ? ただ、最期に妹と弟の顔を見ておきたいんだ。本当にすぐ帰ってくるから。な?」
怖じ気づいて逃げようとしてるんじゃない。そう伝わってほしくて懸命に言葉を紡ぐ。
トーノは諦めたように微笑って、分かったと了解してくれた。オレの恋人は物分かりがよくてよかった。
三十分くらいで戻ると約束して、走り出そうとした時だった。
「待って、千風。……もう一回キスしよう」
唐突な提案に、出鼻をくじかれる。
「何だよ、いきなり。帰ってきてからでいいだろ?」
「いいじゃないか。いってらっしゃいのキスってことで。恋人だし」
謎の理屈でゴリ押しされた。根負けしたオレは屈んで、早く済ませようとする。
トーノは膝を立てて、ペットボトルの水を一口飲むと、オレの頭を両手で包んだ。幾度目かの口接け。口内に水がひやっと流れ込む。
(……ん?)
なんか今、口の中を何かが通ったような……。
喉の奥に水と異物が流れていき、思わず飲み込んだ。
「トーノ……?」
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