五話


「ただいまー」

恐る恐る玄関を開け自宅へと入るカナタ。

時間はまだ午後一時。

カナタが通う集塾は一日に六限。

現在、五限が始まったばかりの時間。

何故彼がその時間に自宅に居るのかと言うと、そう……。


脱走したのである。


当然もう脱走は教員側にバレていて、母の耳にも届いている事だろう。

履いていた靴を手に持ち、足音を立てずに階段を上っていく。

すると目の前に座っている人が一人。

どう考えても母さんである。

「おかえりカナタ。学校から連絡あったわよ」

予想通りの展開過ぎてもう何もかも諦めて下を向く。

いつのまにか持っていた靴が手から離れ、ゴロゴロと落ちて行く。

「−−−ごめん−−−」

素直に謝った。

母は立ち上がるとカナタの隣まで階段を降りて、そして……。


「貴方の事だから何か大事な用事があって帰って来たんでしょ??だったら何で謝るの!いい?カナタ。貴方もアキヅキの男なのよ。自分の信念に従って行動したなら、シャキッとなさい!!」


開いた口が塞がらなかった。

予想通りの展開がガタガタと崩れ、励ましの言葉とポンっと肩を叩かれただけで終わった。

サボりと決めつけず、子供の心中を汲み取ってくれる。

カナタはそんな母さんが、


「落とした靴、玄関に戻して汚した階段は掃除しなさいね?それくらいの時間はあるでしょ??」


カナタはそんな母さんが、どうなのか考える前に片付けを始めた。

今この家にはカナタと母エリカの二人が暮らしている。

カナタがまだ幼かった頃まで父も家に居て、父が集めた骨董品を触っては長々とその品の説明を聞かされていた。

今や懐かしい記憶。


(父さんの骨董品、オカルトじみてて本人も[魔導具]だって言い張ってたな。母さんも当時は魔法を信じてるみたいに言ってたし。

もちろん子供が怪我して泣いてる時の「痛いの痛いの飛んでけー」くらいのやつだったけど……今は、どうなのかな?)


階段掃除の終わり際にふと気になった事が運命を大きく左右するとはこの時のカナタには想像すら出来なかった。

「お、やってるね少年!綺麗になったら母さんとケーキ食べよケーキ!可愛いのあったからつい買っちゃったんだ〜」

「…ねぇ、母さん。母さんは、魔法とかってまだあると思ってる?ほら、昔父さんが集めてた骨董品とかさ!あっただろ?」

カナタは少し不安だった。

(父さんが居なくなってから母さんとは父さんの話なんて殆どしなかったからな……)

そんな不安もまた、思わぬ形で返ってくる。

「何言ってるの?あるに決まってるじゃない。カナタまさか父さんの骨董品、パチモンみたいに思ってた訳??」

「え?違うの?」

「バカ。愛しの息子に言いたくないんだけど、バカ。アレ全部過去に使って効果が無くなったりしてるだけで本物の魔導具よ?父さんそのおかげで軍の司令にまでなったんだから」

そう、カナタの父は今軍の司令官として現役で活躍している。

今は本部に住み込みで帰れないらしい。

そしてどうやら本気で魔法を信じてるらしい。

「そりゃ俺だって魔法とか特別な力とか信じてるさ!!現に俺だって−−−−」

「やめなさい。口に出しちゃいけないってわかる子よね?貴方は選ばれた子なの。父さん言ってたわ、『いつかカナタが旅立つ日が来る』って。それ、もしかしてもうすぐだったりするの?」

母は何でもお見通しと言うけれど、鋭過ぎてカナタの冷や汗は止まらなかった。

ここで今夜ですなんて言える息子が居るだろうか??

いや、居なくなる事を予想されてたら案外受け入れられるだろうか??

カナタは嘘はつけず、素直に話した。

「母さん、俺、今日よ。世界三禁の一つ『星見ほしみ』。俺は星を事が出来る。あの星は今日、俺を呼んでるんだ!だから!!」

「だから、言葉に出すんじゃありません!そんなの知ってるわよ。ちょっと待ってなさい」

短く言葉を切ると、母は自室へと消えて行った。

やはり、理解してくれていた。

この世界には三つの禁忌が存在する。

何処の誰がそうなのかなんて分からないが、禁忌の異能を持つ者が存在する。


一つはカナタの『星見ほしみ

天体観測の事では無く、星の意思を見て読み解く事が出来る。


一つはアズサの『風聴かぜきき

彼女は風の声を聞く事が出来る。

囁く風の声を"尽きない者"《ジン》と呼んで、自然に異能を使い生活している。


一つは『夢詠ゆめよみ

正夢を読み解き、未来を予知する異能。


それら全ての異能は世界を破滅に導くとされ、異端審問会によって裁かれる。

誰もが知っている事で、誰もが信じていない都市伝説の様なものだ。

だが、それらは実在する。

実在していたから裁きが存在したのだ。

それでも………。



カナタは星に恋をしていた。



「カナタ、あんたコレ持って行きなさい。父さんが旅立つ貴方にって大事に仕舞っていた"魔法剣"よ。未来に危険が迫ったら『剣は長針 鞘は短針 我が心の鼓動はとき刻む秒針』って言って剣を抜きなさいって。きっと貴方を助けてくれるはずよ」


自室のドアの前に立っていたカナタにエリカは剣を授ける。

黄金に輝く鞘と漆黒の剣。

アンバランスな色調の装飾剣だ。

「ありがとう。何か知らないけど、お守り代わりに持ってくよ。今日、夕方には出るから」

「うん、気をつけて行ってらっしゃい」

「あ、母さん。315ソルでたくさん食べ物買うなら何がオススメ?」

「デリシャスバー」

「あーね」

ろくに飲料水も買えないカナタはエリカから少し小遣いを貰った。

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刻印のフィーユ 入美 わき @Hypnos

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