四話


「クリュー様、ようやく中腹まで来ました。足の具合はいかがです?」

「足は、ええ、大丈夫よ。それにしてもやっと、ですか。もう日が昇りそう……。ここでルキと合流、するのですよね?」

聳え立つ岩肌に手を当てやっと立っている女性とそれを気遣う大男。

異様な二人組は第一の目的地に一時間半遅れで到着した。

そこは聳える岩肌と深い崖に挟まれたアラガン山脈山道唯一の平地。

幅も広めで野営地には最適の場所だ。

不自然にも岩肌を背に片腕の折れた聖女の石像が立っている。

「どうやらルキは先に到着しているようです。クリュー様[聖女の腕]をお貸しください」

クリューはセブンスに言われる通り、道具袋の中から石像の腕を取り出す。

それを受け取るとセブンスは祈りを捧げ、聖女像に腕を返した。

「神山の聖女ミレニアよ。神力の女神の加護をクリュー様に与え給え」

自身の願いも口にして一礼するとセブンスは被っていたフードを外す。

素顔を晒したのは猿人。

現代語で言えばゴリラと言えば伝わるだろうか?

猿人にしては優しい面持ちで決して武人には見えない。

「神力の乙女よ、この者セブンスとその嫁ルキを守りその子フライヤに絶大なる加護を……」

「クリュー様!神仏への祈りはご自身に捧げて下さい!我らになど勿体のうございます」

「いいえセブンス。貴方達一家は私の誇りです。夫婦で私を守り、娘は我が妹の付き人。貴方達の幸せを願わなくては聖女に叱られてしまうわ」

治りかけの足の様子を見ながら後ろでわなわなと文句を言うセブンスを無視して聖女の石像に水を捧げる。

明日には加護を受け聖水になるだろう。

「それよりルキは何処に居るのです?石像に腕を戻し、貴方がフードを取る。それが到着の合図でしょ?既に片方の腕は像に戻っている……という事はまさか、彼女は!!」

最悪の事態を想像するクリュー。

その想像は普通にハズレた。

「あら、やっと御到着ですか姫様。旦那が無礼を働きませんでしたか?」

声のする方を振り向くと赤毛の狼が一頭、口に肉を咥えて座っていた。

「無礼なんて有り得ないわ。ここに来るまでの半分の道のり、私の臀部を鷲掴みしていただけよ」

狼の顔が曇り、ノシノシと歩き出すと次第に二足歩行になり長い赤髪の女性へと変身した。

鋭いエメラルドグリーンの瞳と両手に持つ得物がセブンスを捉える。

「姫様、暫しお待ちを。すぐに殺します」

「待て待て待て!!誤解だルキ!!早くククリ刀を仕舞ってくれ!!ク、クリュー様お戯れはよして下さい、ルキには冗談など通じません!!」

「待たない待たない待たない。私の大事なクリュー様を、それに大事な私達の永遠の誓いをよくも、よくも……」

クルクルと二本のククリ刀を回して迫る美しい人狼。

十八歳の娘がいるとは思えない若々しい人の顔に大きな狼の耳、魅力溢れる身体に引き締まった手足と腹筋。

これが猿人えんじんセブンスの妻、人狼じんろうルキ。

「愛してる!!ルキ!!お前だけを愛してる!!誓いは忘れない、一生をかけて幸せにする!!!」

死を覚悟し両腕を広げるセブンス。

彼女の戦闘能力はセブンスと互角。

スピードだけで言えばルキの方が遥かに早く武器無しではセブンスさえ勝てない程だ。

「嘘よルキ。足を怪我した私をずっと抱えて守ってくれたのよ。貴女の夫は国の宝だわ、もちろん貴女とその娘もね。貴女が本物のルキか確かめる為についた嘘をどうか許してくれないかしら?」

ふふふっ、と笑って夫婦喧嘩を楽しんだ姫がウインクをしながら謝罪を送る。

怒れる人狼の顔は真っ赤になり恥ずかしさを隠すようにセブンスの胸元に顔を埋めた。

回していたククリは力なく地面に刺さっている。

「つい熱くなってしまって、ごめんなさい旦那様。……ご無礼を陳謝致します姫様」

「いいのよ。深い愛を見せて貰ってお礼を言いたいくらいよ。それより、予定は明日の夜中で合ってるのよね?」

「はい、その通りでございます。姫様が付近の村での出来事を視認してこの地に向かい今此処に。そして翌日の夜、時は満ちます」

「間違いないようね。では夜に備えて昼まで休息を取りましょう」

三人はテントを張り、見張りをセブンスとルキの交代で行い睡眠を取った。

そしてその日の昼、真の目的地であるアラガン山脈の先に位置する聖地レシュタリアを目指し出発する。



この者達もまた、《夜》を目指していた。




巡り合う運命の夜を。

それが禁忌に触れると知っても足を止める事はない。

全ての旅の始まり。



鍵の鯖は落ち、ようやく鍵穴へと進み始めた。

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