篠宮ハルシ短編シリーズ

篠宮ハルシ

予知夢

 悪魔のバイトシフト10連勤を終えた夜。

 なぜ、週またぎに利用して10連勤にするのか。労働基準法とはなんだろう。労働の義務ってなんだろう。

 俺は、コンビニで少し遅い夕飯と炭酸飲料、スナック菓子を購入した。コンビニの時計を見るととっくに日付は変わっていた。こんなに遅くまでやっているし、欲しい時に欲しいものも買うことができるので本当に助かる。多少、値は張るが、金銭と引き換えに時間と体力が削られないメリットを考えれば、その金額は妥当、ないしはそれ以上支払ってもいいくらいのものだと思う。コンビニで買うものは、商品だけでなく商品と時間を買っているものだと私は思う。大学や社会人のように仕事などで時間を追われるようになってから特にそう感じることが多くなった。

 自分で選んだ人生は、鬼ごっこのように、世間や他人などの仮面を被った鬼に見つけられては追いかけられる。だから、無意識に気が張ってしまい、時間が過ぎるのが早く感じてしまうのではないだろうか。

 それとは逆に、子供時代はある程度他人に歩くべき道の選択肢を示され、私達は歩いていく。その上で鬼に追いかけられると言うより誘導されている気がする。そして、鬼に見つかったらもう一度、進むべき道の選択肢が示される。また子供たちは選択肢を選び進みを大人になるまで繰り返す。大人よりも鬼の数が少なく、彼らに見つかるまで待っている時間が長いから、青春時代は時の流れが遅く感じる。

 そして、人は経験をし、成長すればするほど自分を追う鬼の数は増えていく。

 これが、大人になるってことなのかもしれない。


「明日は休みだけど、朝早いんだっけ。寝ないと」


 私もその例外ではなく、仕事と自分の時間という名の鬼にいつも追われていた。

 そんな自分にコンビニは、なくてはならない私の人生生活必需施設なのだ。


「ただいまー」

 

少し表面が濡れたビニール袋をテーブルに投げ置く。

 目を閉じる。

 スマホのアラームをいつもより1時間早くセットし、枕元に伸びる充電コードをスマホに接続してそこに置く。何かあった時にスマホが近くにないと落ち着かない。完全なスマホ中毒者だ。まあ、これは、所謂現代病と言うやつだろう。その時代を生きた証ってことでええじゃないか。

 その数時間後、何故かバイト先の憧れの女子の先輩が僕の耳元でこう囁く。


「ねぇ、お風呂、借りていいかな?」


 色々な意味の何で?という 疑問が頭の中でいっぱいになった。それと、完全にスリープモードの脳内では、彼女の言葉に対する返事をする処理昨日がダウンしているので、適当な受け答えが出てしまった。


「ん〜、どうぞどうぞ」

「ありがとう。じゃあ、遠慮なく使わせてもらうわね」


 そう言うと彼女は、ベッドで寝ている私からゆっくりと立ち上がり、服を私の横で脱ぎ始める。

 そして、身軽になった体で腰をふりながらモデル歩きで風呂へ。

 ぺたぺたとフローリングを足の裏で弾く音が眠っている私の耳にはとても心地の良いものだった。

 その時、私は、急に思い出したかのようにシャンプーとリンス、ボディソープの説明をしなくてはと風呂場の彼女の元へ飛び起きて駆けて行った。ドタドタと大太鼓を叩くいたかのような音を出しながら。

 そして、風呂のドアを開けたその時、私は衝撃の光景を目にした。

 シャワーを浴びている後ろ姿。

 筋肉質で肩幅も広く、女性特有の柔らかいボディラインでは無かった。どちらかと言うと、私と同年代くらいの男性の後ろ姿だった。


「なにー、どうしたの?そんなに私の裸が見たかったの?」


 そう言いながら私の方を振り返った彼女を見て、私は声を出して腰を抜かしてしまった。


「ああっ!ええ·····、嘘·····だろ?·····」


 柔らかい胸ではなくしょぼい胸筋で膨れた胸板。

 ゴツゴツとした骨格と筋肉質でかたそうなボディ。

 そして、扱い慣れた私の右手の恋人。


 そう。

 そこに居たのは、私の憧れの先輩ではなく、いつも風呂場の鏡で見ている私の姿だった。


「もう、しょうがないなあ。君の勇気に経緯を評して、先輩、気持ちに応えようかな!」


 そのセリフは、先輩の声と私の声が混ざりあった不響話音ふきょうわおんだった。


「いや、ちがう·····。僕はシャンプーとかの説明をしなきゃって思ってただけでで·····」

 シャワーを出しっぱなしにしながら近づいてくる先輩(姿は自分)に私は震えた声で距離を取ろうとする。が、腰が抜けてしまい、そこまですぐに移動できない。背中にあった冷蔵庫と寝汗と冷や汗でびしょびしょの私の背中がぶつかる。もう、逃げられない。


「なんで逃げるの?私が嫌?ここまで来たのに?」

「ちがっ!待って!まだ待ってくださいれ!そのままだと·····」

「なあに?心配してくれてるの?大丈夫。今日は大丈夫だから。だから、逃げないでっ!」


 水滴がポトポトと風呂前の珪藻土バスマットに染みていく。

 短いスポーツ刈り、指の先、ひじ、乳首、腰、膝から次々と雫が落ちて行き、やがてそれらを抱えきれなくなったのか。あふれた雫はフローリングへ落ちて行き、ゆっくりと弾きながらもじんわりと染みて行った。


「つーかまえた!」


 彼女は、僕を覆い被るように四つん這いの状態で壁際まで追い詰めた。

 全身からたつ湯気と荒い鼻息が僕の顔や体の肌に当たる。

 これが、自分の姿で無ければどれほど良かったか。


「じゃあ、いくよ·····」


 彼女と僕の声の不響話音は気味が悪く、まだ慣れない。

 自分と同じ顔がゆっくりと近づいてくる。

 荒い鼻息と口の呼吸がより鮮明に聞こえる。

 その息吹は、何故か女性特有の甘い香りがした。僕の好みの香りだった。

 だが、見てくれは大嫌いな自分自身。


 なんで!

 なんでなんでなんで!

 僕は·····、どうしたら!

何をどうすればいいんだ!?

 目を覚ませ!

 嫌だ!

 なんで目が覚めない!?

 心臓が痛い!

 嫌だ!

 嫌だ嫌だ嫌だ!!!

 お願い、目を覚ませ!!!

 あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!

 やめてくれえええええ!!!!!


「キュコー、はっ!はあっ、はあっ、すうっー、はぁ〜!」


 僕は、目を覚ました。

 今までしたことの無い息の吸い方をした。

喘息のような苦しい音を出しながら、謎の動機に襲われた。冷や汗が止まらない。


「夢·····か。醒めて良かった」

 

全てが落ち着き、再び眠りにつく事はその日はもう無かった。


 夜が空けるまで何もせず、ぼーっとしているとスマホが震えた。

 まだ、設定したアラーム時間ではない。

 ホームボタンを押し、スマホを起動すると、ロック画面にA.M.5:30と表示された。


「こんな朝早くに誰だ?」

 

指紋認証で、ロック画面を解除し、その通知を開く。


「先輩!?どうして!?」

 

それは、意外な人物からだった。

 先程夢に出てきた、憧れの先輩だ。


【今日、なにか予定ある?二人で一緒に行きたい所があるんだけど·····どうかな?】


 メッセージの下には、「どう?」と首を傾げる日本人形のスタンプが送られてきた。

 デートの誘いか?

 あの仕事一筋で俺なんか男として見てない先輩が?

 休みの日に俺と?

 僕は直ぐに承諾のメッセージを返し、彼女と同じスタンプシリーズの日本人形スタンプの「承知したわ」を返した。

 すると、送ってまもなく「ありがとう」と日本人形が不気味なほほ笑みを浮かべた。


その微笑みは、まるで自分を見ているようで気味が悪かった。



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篠宮ハルシ短編シリーズ 篠宮ハルシ @harushinomiya

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