第12話 それらの人達 東側
第12話
それらの人達 東側
「殺されっちゃうから……」
と、隣のベランダから確かにそういう言葉が聞こえてきた。通販で購入したハンモックをベランダに設置しているときだった。
「え? 何のことだろう」
高い位置にハンモックを吊るすのは少し危ないかもしれないので、腰が来るだろうと思われる位置を床上10センチ程度の高さに、と思いながらカラビナに括り付けるロープの長さを調節しているその時に聞こえてきた言葉だった。
ハンモックが家に届くまで普段より時間がかかった上、中のビニールを開けてみたら、刺激臭と共に指にも刺激があった。これでは触ることもままならない。それで、数日かけて、何度も何度も洗濯するはめになるという憂き目を経ていた。商品自体、何やら毒素を感じたのに、この上殺されなきゃいけないその訳には何があると?
この島で暮らす都会育ちの者にとって、通信販売で何かを購入することは、死活問題にも近い感覚だ。島の、数少ない貴重な店に置いてある商品では、用が足りないものもあるからだ。それでついつい色々と購入する。愛用の通信販売会社から購入した品物の中に、刺激物の付着を感じた商品が届いたのは、ハンモックの他にもあった。ゼカリア・シッチンの中古の本や、間仕切りなどにも使えるヨーロッパの街のプリント柄のタペストリーや、はたまたソックスやスカートを注文した時もそうだ。衣類なら洗って何とか凌げるが、しかし本は洗えない、読もうとページを捲ってみるが、指だけでなく目にも刺激があり、ページ1枚を読むのが限界のように感じられた。それほど苦しかったのだ。
それでその本は、しばらく風に当てるなど、いろいろ対処を試みたが、結局、処分せざるを得なかった。このようなものを市場に戻す気にもなれなかった。その本は、地球最古のシュメール文明に関する石版の文字を解読した考古学の本であり、聖書理解の誤解が蔓延する昨今だからこそ読んで、地球の根源から検証してみたいと思った。その為、今度は新品の本を買い直そうとした。が、絶版で中古しかなく、先の二の舞を避けるため個人商店からの配送ではなく、通販会社の倉庫から直通で届けられる物を少し高かったけれど注文した。
これは早く届いた上に、触わっても大丈夫な普通の状態で届いた。愛用の通販会社は企業理念として、カスタマーをこの星で一番大切にすると言っている。そのような決意文を見た。通販会社は白だと思っている。
ベランダに吊るすハンモックの話に戻るが、
「どこかで加工でもされたの? それで遅れて届いたの? 注文商品の拉致、すり替え、危険な加工などをする拠点があるの?」
と、そんなことを思ったのも全くお門違いではなさそうなニュース記事を後になって知った。イタリアで、マフィアの運送会社へのコントロールという暴力行為で警察の手入れがあり、犯人たちが一網打尽となったという。
「殺されっちゃうから……」
東側隣家のご主人の声だ。声が発生した方向から、チラリとこちらを見てのつぶやきと思った。
普段から夫婦揃って、何気なくベランダの柵越しに我が家を覘いていることに私は気が付いていた。三人兄弟の末のあどけない声の小学生男子もそうなのか、我が家のサンシェード代わりの織物を交換しているときに、
「ねえねえ、何かまた変わったよ」
と両親に報告している声も聴いた。かわいい声のこの末の子とは自転車置き場と近くの公園横の道で、会ったことがある。華奢な可愛らしい男の子である。私が、
「こんにちは♪」
と挨拶したら、男の子は、何故か申し訳なさそうに
「あ、どうもすみません」
との返事が返ってきた。
「この東隣のお子さんは、親のことで私たち家族に謝っている」
直観的にそう感じた。親より意識レベルが高い、宇宙の愛を持っている子どもだと思え、私の印象に残った。
また、いつだったか朝の8時少し前に、ベランダにしゃがんで花の世話をしていたら、隣家との境にある衝立の端から奥さんの頭がサッと現れ、また隠れた。そして、ちょっと力なく、
「A~」
と娘の名前を呼びながら、ベランダの手すりの外へ手を振る奥方のその手の先が見えた。私の姿を見て、自分も見られたと思い、慌てて誤魔化したのだろう。生憎と、西側に向かって手を振るその先の小学校に、隣家の娘さんが歩いて行ってはいないことを私は知っている。娘さんは高校生なのだ。
それで再びご主人の言葉の意味だが、その時は、夏の終わりには台風があるのだからベランダを空中庭園にするなど危険だ! と、暗にそういう意味なのかなあ、とも思った。
「ヘッ、クショ(クソー)! コンチクショ~」
世の中には、怒っているのかと思うくしゃみをする方もいるが、このご主人の場合、
「へっふ! しょん」
と、脱力するようなそれであるため、大らかなところのある方のようにも思え、ほんの軽口を呟いただけなのかもしれないと、そう思うこともできた。以前、奥方が末のお子さんを叱っている時に、このご主人が、
「Nが何をしたって言うんだ。何も教えないから出来ないんだ」
と、泣いている子どもの見方をしていた。この子供も父によく懐いていているようで、アイスクリームをねだる声を開け放った窓から、ベランダ越しに聞いたことがある。すると、
「Nは、ママが出かけると、すぐにおやつを欲しがるね」
と、子供に甘えられて満更でもないご主人の声も聞いた。初めて団地暮らしをしてみて、ベランダでは会話が筒抜けらしい、と了解したことでもあった。
それで、ハンモックをベランダに吊るすことに関しては、年に3~4回、都合七日程度の台風のために、残りの358日を殺風景なベランダで我慢することもないと私としてはすでに結論が出ていたため、そのまま設置を続け、楽しいベランダエクステリアに精を出した。
けれど、夏が過ぎて秋に入った今ならご主人のその言葉の真実が、前よりもっと分かる。もっと深いところから湧き出たつぶやきで、その意味は、
「(上に住む怖い奥さんに)殺されっちゃうから」
というものだ。潜在意識下から警告してくれたのだ。
このご主人の奥さんと上に住む奥さんは、何かの宗教に熱心な方なのか、お念仏と思われる声と線香の匂いが横から、また上から漂って来たことがある。布引きと思われる太鼓の音も、入居したての頃の午前中、隣から聞こえて来た。
この安房には、如竹<じょちく>通りという通りもあって、安房出身の泊如竹という法○教信者が京都の本能寺で学んで帰ったことからこの地域、安房には法○経信者が多いのかもしれない。お正月の4日に恵○須団地E-2棟304号室から多人数のものと思われる布太鼓の音が数分にわたり鳴り響いていた。
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