第9話 そして再び

第9話

       そして再び   乙音メイ

   

 11月7日、屋久島町宮之浦にある離島開発綜合セン○ーで開催の人権相談会に出かけた。東京都の日比谷公園の後ろにずらりと控える霞ヶ関を、ミニミニサイズにしたような宮之浦版官庁街「宮之浦支所前」バス停近くにそれはある。我が家に起きている一方的な傷害行為が、再びエスカレートしていることに生命の危険を感じ始め、人権相談員の方に実情を知らせて、その事実から導き出されることは何なのか、そして、その打開策を話し合うためだ。


「よかった! 今回はちゃんとやっている!」


 前回7月28日に来た時は、人権相談ができなかった。張り紙や立札など何も案内がなかった。何か分かるかもしれないと、人権相談会場である離島開発綜合セン○ーの左側の建物に入ってみた。玄関からロビーの中全体を見ると、右の離島開発綜合セン○ーの建物との間にシャッターが下りている。シャッターの手前の、道路側の窓際にベンチが3台並んでいる。バスを待っているのか、ふたりの男子中学生が座って話し込んでいる。


 玄関ロビーの正面は、奥に続く廊下、廊下の右側は図書室。図書室のドアの左右の壁は掲示スペース、不要になった図書のリサイクル棚もある。左側は女性用トイレ、そのまた左に男性用トイレがある。私は、図書室の壁の掲示版を見るために上がって行った。


 その時一人の男性が滑り込むように玄関ドアから中に入ってきた。草野球チームの一員なのか、野球のユニフォームのボトムと、トップスは白地にラグランの袖だけが黒いアンダーTシャツを着て、野球帽を被っていた。野球服を着ているだけあって、スライディングが得意と見た。


 その男性は、1階入り口の左端に立っている掲示板の文字を、慌てるように黒板拭きで消し始めた。その男性と目が合った。何か慌ただしい様子で、スポーツバッグを持って今度は2階に登って行った。黒板に何が書いてあったのかは知らない。


 後から同じチームと思われる3~4人が建物に入って来て、1階のトイレや2階に行ったりしていた。丁度私は、図書室前の長椅子に座り、近くのスーパーで買った水を飲んでいた。野球の試合の案内が黒板ボードにでも書いてあって、それを消しに来たのかなと、それほど気に留めなかった。ただ、慌ただしい人たちだなと、思っただけだった。


 私はその後、図書室に入り、係の人に尋ねてみた。

「離島開発総合セン○ーというのは、宮之浦のここだけですか?」

「ええ、お隣です」

という答えが返ってきた。とても感じのいい方だったので、ついでに、この建物のトイレをお借りして分かったことを話してみようと思ったが、すでに知っていることかもしれないと、話すのをやめた。


 それは、トイレの換気扇のスイッチをオンにすると、汚物の匂いが逆流し、オフなら大丈夫だった、という奇妙な点だ。

 自動センサーで蓋が開閉する最新式トイレで、ハンドソープのボトルもきれいだった。それだけに換気のことだけが、余計にしっくりしなかった。 

「図書室の司書をしながら、化粧室もきっとこの方が綺麗にしてくださっているのかもしれない。夏休みの宿題をする生徒がたくさんいるこの図書室は、この方が静かに守っているのだ」

と思った。


 私はお礼を言い、外に出て離島開発綜合セン○ーに戻ってみた。ドアは閉まっていた。また戻って、図書室の上の階も確認に行ってみたが、立て看板や張り紙などはなく、いくつかある部屋にも施錠されていて、辺りはしんとしていた。他に尋ねることが出来そうな人は、誰もいなかった。確かに今日だと聞いたのに、徒労に終わった。


   *


 三か月後。

 今回も、離島開発綜合セン○ーのドアは閉まっていた。またか、と思い、図書室で本を眺めて帰ろうと思った。そのとき、入り口左の掲示板に、「人権相談会」の文字を見つけた。ちゃんと人権相談の時間と会場が2階の会議室の一つであることが記入されていた。やった! 

 前に来た時に、野球帽の男性が慌てて消していたのは、人権相談会の案内の文字だったのかもしれない。そしてそれは、N家の腹黒い仲間たちのうちの一人だったのかもしれない。



 初めてお会いした相談員さんは、温和な顔つきのOという男性、お名前を聞き忘れてしまったが、中高生のお孫さんがいるかもしれない雰囲気のする背の高い女性、このお二人が会場にいた。

 私は話を始める前に、まずこう伺った。

「○○○○(フランス認定のカルト、セクト教団名)の方がいないところでお話ししたいのですが? お二人は会員の方ではありませんね?」

「いえ、違います。無宗教です」

と男性Oさん。一拍おいて、

「いいえ」

と、女性。


 そこでひとまず安心し、我が家の現状をかいつまんで、まず真上に住む住人からの被害から話した。引越し当初からの、自転車への被害や騒音のことは話すことを忘れていた。が、電磁波、スタンガン、マイクロ波、レーザー砲、砒素+スズラン毒+石灰+硫酸アンモニアの混合粉末散布と、その毒粉を揮発性の溶液に混ぜた液体の噴霧、フロンガスや家庭で使用の液化ガスの噴霧のことなど伝えた。


 このような毒性物質を一日長時間送り付けてくるのは、もしかしたら特殊な洗脳教育を受けた親からの影響で、だから悪びれずに親と同じことをしているのかもしれない、と上下階に住んでいて日頃感じていることも話してみた。


 男性Oさんは、真剣な表情で黙って聞いているが、途中、女性の方は何故か私の年齢を踏み込んで聞いてくる。笑顔で答えると、

「じゃあ、四捨五入したら○○才だ!」

と、わざわざ四捨五入して多くなった年齢を、大きな声ですぐ隣の椅子に座っているOさんに報告している。私は苦笑しながらも、あるグループの人を思い起こしてしまった。

 思い起こしたことは案の定だったらしかった。この女性に度々携帯電話が掛かってきて、そのつど話が中断した。しまいには電話の相手が実際に相談中の部屋にも入って来て、お昼の休憩を勧めに来たらしいことを、相談員の女性が言う。


「どうぞ食事をなさって来てください。ここでお待ちしています」

と私が言うと、男性のOさんが休憩よりも相談を続けてくださるようだったので、嬉しいと思った。


 しかし、またしばらくして、お昼を言いに来た女性が再び何かを伝えに来た。子供じゃないのだから、休憩くらいは、自分の判断で出来そうなものを、何度も来るため相談員のOさんも不信に思い始めたようだった。

 何のために相談中の部屋に部外者が入ってくるのかが分からない、といった空気の中、私とOさんはかまわず話を続けた。同じことがまたもう1回あった。

 この女性は、もしかしたらそれらの人たちの仲間? 私は、机の真ん中に置いていた証拠品のビニール袋を、安房に住まいがあるいう女性相談員が手を伸ばそうとしたときに、急いでOさんに手渡した。中には、天井に貼っていたシートの切れ端で、袋の外側からも手に刺激を感じるほどの毒が付着しているものだ。


 人権相談員O氏は、結論を早口に述べた。

「団地の部屋の周りがそのように犯人たちに囲まれているのなら、まず、早急に生存を確保しなければならないでしょう。あなたにも家族にも当然、生きる権利があります! あなたの場合は、役場の福祉課に話して、生きられる県営住宅に、まず移してもらいなさい。普通に生活できなければ先はないでしょう? 病院もそのあとで信頼できそうだと判断できたところに行くのでもいいでしょう。ご家族にも車の免許がないのでしたら、島より、島外の方が暮らしていく上で向いていると思いますね。落ち着き先が分かったら連絡してください」

と、このように言っていた。


 この相談員氏はとても芯の強い方だと感じた。私が敬愛する屋久島の詩人は志戸子にいると教えていただいた。その詩人を師と仰ぐ芸術家たちも近くに住み着いているとも言っていた。そのあたりまで来ると平和らしい。



 帰りに2階の化粧室に寄って見た。無人で明かりも消えていた。2つあるスイッチを両方とも点けた。換気口からし尿処理場の匂いが逆流してきた。

「あっ、そうだった」

前に来た時も換気扇のスイッチを付けてこうなったことを思い出し、慌ててオフにした。まだこんなことになっているのね、と思った。

 

 そういえば、安房のスーパーマーケットのトイレも同じようだ。換気扇は初めからスイッチが入っていて、トイレ内はアンモニア系の匂いが充満している。呼吸を控えめにしていたにもかかわらず、そのアンモニアの刺激は何かの薬剤的な強さがあり、ハラワタがひっくり返るほどむせたり咳込んでしまい、トイレの匂いくらいでこんなになった自分に、とても驚いた。


 道を歩いていても、し尿処理場の匂いがする場所が点々とある。いつだったか、ある飲食店の前の道あたりにその匂いがしていて、ある日、ご主人がその場所を、一生懸命ホースの水で洗っていた。屋久島の安房からほど近い国道の沿道や色々なお店の前でこの匂いがする。いつも何故だろうと思っている。


「余計なことを、見るな。言うな。聞くな」

といった威嚇のため? それとも観光客に来てほしくないため? もしそうなら、観光客は縄文杉などの森や山々の美しさ、かわいい小型サイズの屋久鹿と屋久猿、川でのカヌー遊び、幸運の象徴ともいわれるウミガメの来る海など、それらを愛でに来てくれている訳であるため、それら自然の美しさや平和さを台無しにしたい人たちがいるのだろうか? それらの人たちの気持ちは、私には到底理解できそうもない。


 2年ほど前に、屋久島の○○に実家があり、今は鹿児島市で運輸会社を営んでいるある方と話をする機会があった。その方は、

「何で安房なんかに住むの? もう、何かあったらここに連絡してください」

と名刺をくださった。その時には何のことなのか、安房に何があるというのか、私は全く分かっていなかった。




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