第6話 希望に満ちた日々

第6話

   希望に満ちた日々   乙音おとねメイ


 屋久島での二回目の二月、私の心は弾んでいた。


 この夏をいかに快適に過ごすか、南国の太陽の熱烈な愛にこたえるには、消極的であってはいけない、果敢に楽しむ気持ちを維持し続けるほうが圧倒的にいい。私の頭の中はそのための様々なアイディアでいっぱいだった。


「そうだわ、緑あふれるベランダにしよう!」

すでにたくさんの植物が生い茂る島でのこの発想は、

「もしや、都会育ちならではのもの?」

とも思ったが、構わずリンゴの種をプランターに植え、水をあげた。私は、とてもおいしいと感じたときの果物の種は取っておくことにしている。土に植えれば、梨もリンゴも立派に成長することは体験済みだ。


 他に、蔓性の植物もあったほうがいい。夏といえばアサガオ、と東京生まれの私はすぐに連想するが、この島の商店にはアサガオの種や苗が売られていない。それは、あちこちの叢に、青や紫色の美しいヒルガオが、これでもかというほど咲くためではないかと思っている。だから、代わりにヘチマかゴーヤーの苗を、その時期が来たら買うことにしようと思う。


 その前にしっかりした梅雨が来るので、雨よけ兼用にもなるおしゃれなサン・シェードの注文と、夏の読書用にハンモックの用意もしておこう。

 私は、その下にビーチチェアに座って足を組み、サングラスをかけた自分の姿を想像してみた。映画で見たような、陽気なイタリア人のように過ごしてみたい、そう思った。傍らのコーヒーテーブルには、炭酸水と氷の入ったグラス、島の美味しいパッションフルーツも用意しよう。


 我が家の北側の窓からは、標高7~800メートルの山々の頂が見える。正面には明星岳という名の山がある。その姿は山頂部が二つある珍しいもので、左手を握って親指を立てたように見える。その様子から「”Good job”の山」と我が家では呼んでいる。家の内外、あまり北に移動し過ぎなければどこにいようと、見れば”Nice! Good job!”と褒められ、いい気分にさせてもらえる大変ありがたい山だ。


 南側は、家々の屋根と木々の向こうに、太平洋が10センチ厚さに望める。ベランダはこの南側の窓の外側に90センチの幅で細長く設えてあり、そのベランダに出て、西に目を向ければ、東から西へと弧を描いて連なる山の峰が、二つ三つ見える。山のずっと手前にある安房小学校は、団地敷地のすぐ横、西に位置していて、登下校時や休み時間には、子供たちの可愛らしい元気な声も聞こえてくる。


 そんな環境に、誰にともなく感謝している思いと共に我が家の日常があった。特に一日の作業を終えた夜など、ベッドに入るなり歌が唇からこぼれた。興が乗ればオーケストレーションまで考え、パーカッションやバイオリン、フルートなど、いろいろな楽器を声で表現して演奏し、一つの即興曲をフルバージョンでとことん楽しんだ。学生の頃、ブラスバンドで二年間フルートを担当していた私だ。1700年代後半の前世でもオーストリアで、作曲家兼ピアノの演奏家だった。今は演奏するよりも聞くことの方が多いが、再びフルートやハングドラムやギターなどの楽器を習得し、その増えた楽しみと共に暮らしていくつもりだ。


 それに、私が数年来、胸の内にあった「ハス」の驚異への溢れんばかりの熱い気持ちをぶつけた物語が、完成したところであった。次の作品に取り掛かるまでの、貴重な休み時間のようにも感じていた。そのような理由で、喜びの感情はいくつもいくつも私の中で積み重なっていたのだった。


 充実した日々にあって、これまで若干苦手意識のあった夏に対しても歓迎の余裕がもてたことにも満足していた。

 希望に満ちた三か月があっという間に過ぎ、初夏を感じさせる五月に入った。





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