第4話 鹿児島本港

第4話

   縄文杉初対面の前日

      ~鹿児島本港   乙音おとねメイ


「出発します!」

と、運転士さんの大きな声を耳しながら、無事乗り込むことができた。ほぼ満席であるため、補助席に座ることになったが、私は満足だった。

 50分程度で次のバスも来るのだし、慌てることもない旅だったけれど、15分間のうちに飛行機からバスに乗り換えができるという自信があったので、それが実際に叶ってかなり嬉しかった。

 市街地を離れ、遠く山の見える地域から、起伏の多い地域を抜け、再び民家の多い地域に入った。そして、何となく東京の上野、御徒町、アメ横を思い出させる繁華街を過ぎ、今度は、もう少し山の手といった感じのする池袋的な雰囲気の鹿児島中央駅前に出た。 


 駅前からすぐの、いづろ通りのあちこちの路傍では、鋳物の明治時代の町人像がそれぞれポーズをとって物語を展開している。有名な坂本龍馬や西郷隆盛などを輩出しているのだし、

「歴史に自信があるのだなあ」

と思った。

 坂本龍馬は我が国で初めてスニーカーを履いたといわれることでも有名で、写真では、コンバースを彷彿とさせるハイカットスニーカーを若者らしく粋に履いている。その写真からは、多少の照れも感じられる。現代の山本太郎議員と近い雰囲気も受ける。

 私にとっての「山本太郎」は長い間、曽野綾子氏の小説『太郎物語』の主人公山本太郎だった。太郎は、人間を信じ愛する軽やかな男子で、十代の私の心のボーイフレンドだった時期がある。ある時、気が付いたら同姓同名の俳優がいることを知った。

「俳優の山本太郎さんは、この小説から名前をいただいたのかな。もしかしたら、『太郎物語』で映画デビューした方?」

と、ずっと思っていたのだが、今度は政治家の山本太郎になっていた。そして、近年の活躍ぶりから、小説の山本太郎をすっかり超えてしまった。

「その名前は、今やあなたのもの」

写真の坂本龍馬は、遠くアメリカを見つめている。

「山本太郎議員さんは何を見ているだろう」

と、ふと思った。


 さて、この先3キロメートルくらい南下したら、海が広がっているはずだ。およそ12時間、関東の海なし県からとうとうここまで来た。

 いづろ通りの路上を走るチンチン電車と並走しながら、終点の鹿児島本港のいよいよ三つ手前まで来た。お昼過ぎの、予約した高速フェリー出港まで悠々時間もある。ちょっと何か冷たいものが飲みたくなり、私は他の数人の旅行客に混ざりそこで降りた。

 車窓から見えたモモバーガーに行き、ヴェジタリアン向けのバーガーセットを注文した。メニューの写真にあるオーロラソースが、卵不使用マヨネーズによるものかどうかは確信が持てなかった。なので、取りあえずそれを省き、代わりに塩を振ってもらった。

 ソイのバーガーにボリュームたっぷりの新鮮レタスと、よく冷えたレモンティーに舌鼓を打った。ランニングで鍛えた健康な体と心が満たされた。チェーン展開しているこの店の「菜々バーガー」に救われたヴェジタリアン観光客の姿をこの後、何度も見ることになろうとは……この時の私には分かっていない。




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