アメリカ横断の旅

LASTCODE  幾千の色の、その先へ


たとえ 幾千の色が重なって

濁っていったとしても

僕は必ず見つけ出す きみだけの色を


言葉がなくても その手に触れなくても

きみの笑顔が 心にあふれる


駆けろ! 青い地平の先へ

草色の風を追い越してゆくよ


翔けろ! 世界の色が変わる その瞬間まで

僕らの翼 きみを連れていくよ


いつも 瞳に映る景色が

すべてじゃないと知っても 僕は逃げ続けていた


きみに逢えたから

闇夜に花咲く冷えきった色さえも

優しい温もりだったと気づいた


駆けろ! 青い未来の先へ

白い波を今蹴って舞い上がるよ


翔けろ! 僕らの空は続く

世界の果てまで 見つけた色を追いかけにいこう



ENDING THEME

『Running-to-Flying~幾千の色の、その先へ~』






  ◇ ◇ ◇




7月29日


――甲斐かい健亮けんすけ・「オリヅル」加入1年7ヶ月後――




「甲斐。いい加減起きろ」


 せっかくいい気持ちで寝てたのに、頭をこづいて起こされた。


「俺ひとりに無言で運転させんな」


 聞き慣れた低めの声に、俺も反射的に言葉を返す。


「国際免許持ってんのは美仁よしひと。俺をここまで引っぱってきたのも美仁。俺も美弥みやちゃんたちと一緒にニューヨーク行きたかったのに、なーんで野郎オンリーでツーリングやってんのかなー」


「二人が今夜行くのはブロードウェイだぞ。アティースより格上のエスコートができるんならかまわんが」


 そーなんだよねー。美弥ちゃんとアティースさん。あの二人がめいっぱいオシャレしてブロードウェイへ繰り出してるのを想像すると、俺たちが場違いなのは確かなんだよね。


 相田あいだ世衣せいさんたちとグルメツアーしてるらしいし。

 みんなでアメリカまで遊びに来たのはいいけど、結局グループに別れてそれぞれいちばん行きたいとこへ散らばってるっていうか。野郎ズは武骨なアメリカ横断ドライブで野郎魂を発揮させるしかないっていうか。


 で、運転する美仁こいつの横で、こづかれてる俺が助手席。後ろの席では……なぜかくたびれたおっさんが口開けて寝てる。何しに来たの、このおっさん。


 窓の外、車の左右に雄大に広がるは、細かな層を幾重にも刻んだ赤茶色の崖。いかにも~なアメリカ西部の風景だ。俺たちはこれから、グランドキャニオンへ行く予定。


『ヨッシー、カイちゃん! なんか近くで事件発生してるけど聞くぅー?』


 突然ジェスさんから通信が入った。


「なんだ」


『銀行強盗発生ー! ちょうどみんなが走ってる四十号線! 後ろから、逃走犯の車両がもうすぐ、来るヨー!』


 まさにそのとき、後ろからごっつい黒のハマーがうなりを上げてやってきた。他の車をよけて蛇行しながら、俺たちの車すれすれを猛スピードで抜き去っていく。とうぜん美仁、静かにキレる。


「面白い。俺の銃の餌食になりたいようだな」


「美仁、セリフも顔もまるで犯罪者」


「ちゃんと撮りますからね~。いい絵をお願いしますね~」


 おっさんいつの間にか起きてた。


 俺たちのレンタカーがスピードを上げた。美仁は片手でハンドルを握ったまま、もう片手で能力PK銃をかまえる――が、「角度が悪い」と、急にもぞもぞ動き始めた。


 え。お兄さま、なんで急に脱いでらっしゃるの。


「お前代わりに運転してろ」


「無茶言うなぁー!」


 なんとこいつ、靴下脱いだ素足を俺の頭に乗せて、窓から身を乗り出して狙撃体勢に入ったのだ。(よい子はマネしないでね!)


 慌ててハンドルを押さえると、今度は後ろから来た二台のバイクが猛スピードで前方へ踊り出た。


『美仁くん、ここは僕たちに任せて!』

『俺はバイク乗りの達人だーッ!』

『イエーイ! MAYAちゃん見てるぅ~?』


 後ろにジェスさんを乗っけた矢崎やさきさん!

 と、タクだ!


「タクー! 無茶すんなー!」


 と、止める間もなく、流れるようにハマーに近づいたタクが、バイクからハマーに飛び移ったッ!


 どこのスタントマンだよお前ぇー!!


 振り落とそうと左右に揺れ始めたハマーが、そのままドゴーンと道路標識に突っ込んで停車。タクは空中一回転で華麗に着地。俺たちは警察が追いつく前にさっさとずらかった。


 強盗は無事逮捕されたらしいけど、あとでアティースさんに怒られるの確定。また正座かなあ。


 それにしても、タクの自己暗示能力セルフ・サジェスチョン、恐るべし。



  ◇ ◇ ◇



 実は、この自己暗示能力セルフ・サジェスチョンにはずいぶんと助けられた。


 俺たちが受験地獄に突入すると、タクが講師役を買って出てくれたのだ。


 記憶抑制剤のおかげで合格したとはいえ、やっぱり入学試験というごまかしの効かないフィールドで勝利を収めた男は違う。自己暗示能力セルフ・サジェスチョンで自らを「優秀な受験講師」に仕立て上げたタクは、俺たちにとって頼れる存在となった。おかげで俺も、美弥ちゃんも美仁も、それから相田も、全員無事に第一志望に合格できたのだ。


 ちなみに、タク・相田・美仁は同じ大学。日本最難関の国立だ。学部は違うけど。

 美弥ちゃんは別の国立の看護学科。俺も、別の国立へなんとか滑り込んだ。


 大学へ進んだことで、将来の生き方を考える機会が格段に増えた。


 美弥ちゃんは、ブレることなく看護師を目指している。

 美仁は官僚。叔父さんがいるから、外務省は固いだろう。国際情報官という名の一流スパイへの道を、着実に駆け上がっている。


 相田はやっぱりマスコミ。新聞部とオリヅル関連での経験を活かして、事件記者になりたいと言う。


 タクは出版業界を視野に入れてるっぽい。やっぱラノベ関係?


 そして、俺は――


 以前、美弥ちゃんに言ってもらった言葉が、ずっと忘れられなかった。


(甲斐さんが持ってる能力って、甲斐さんだから、なんだと思う。うまく言えないけど、甲斐さんはいつもみんなのことを気にかけて、ちゃんと見ててくれるでしょ)


(甲斐さんのそういうところ、活かせる仕事って絶対あると思うんだ。バイトも大変そうだけど、甲斐さんはきっとたくさんの人を能力で助けてくれると思う。『超能力』じゃなくても、ね)


 美弥ちゃんの言葉と、ルワンダでの経験が、俺にこの先の道を示してくれた。


 俺の「色を見る能力」を、子供たちのために役立てたい。

 言葉でうまく伝えられない子供たちの心に、気づいてあげられる、寄り添ってあげられる人間になりたい。

 ゆくゆくは、ルワンダで出会った青年海外協力隊のように。国境を越えて、多くの子供たちの心に近づいていけるように。


 俺のように、事情を抱えて大人に話せずにいる子供は、きっとたくさんいる。

 その子たちの力になることは、俺の中にいる「子供のころの俺自身」を救うことにもつながるんじゃないかな。


 いつか能力を失ったときにも、経験を活かして働き続けられるといいな、と思う。

 だから、今は教育について――それからほかの、将来に繋がりそうな分野を幅広く勉強しようと思ってる。


 俺の目指す道を、アメリカの両親も、「オリヅル」のアティースさんたちも、折賀家の全員も賛成してくれた。

 樹二みきじ叔父さんなんて、


「もし働き口がなかったら片野原かたのはら学園へおいで~! なんでも好きなことやらせてあげるから! あ、小学校の教員免許取るの? なんなら今から小学部作ろうか~?」なんて言い出すほど。この人ほんとにやりそう。



  ◇ ◇ ◇



 こうして、晴れて大学生となった、初めての夏休み。

「オリヅル」のみんなで旅行しよう、なんて言い出したのは誰だったか。


 みんな、仕事や家族や学業の都合があるので、一度に全員そろうのは難しいけど、それぞれ都合のつく日に渡米して、誰かと待ち合わせてどっかへ出かけたりしている。なぜか現状、男子組と女子組にきっちり分かれてるけど……。


 男子組はグランドキャニオンやいくつかの観光名所に寄ってから、女子組と合流する予定。

 待ち合わせ場所は――ほかでもない、ラングレー。


 収容施設ファウンテンで、能力者アビリティ・ホルダーたちと話ができれば、と思っている。

 もうすぐ大学に入る予定のコーディにも会える。


 パーシャは、あれほど憎んでいた施設へまめに顔を出してくれるようになったらしい。たぶん、祖母であるライサさんに色々と話を聞いたんだろう。リーリャの死が美仁のせいではないと、やっと理解してくれたみたい。これから美仁とちゃんと話せるといいな。


 テオバルドさんは、さすがに戦場を何度も経験してきたからか、顔つきが前よりも精悍せいかんに――なったと思ったけど、通信で世衣さんと話したとたんふにゃっと崩れてしまった。世衣さんの前では相変わらずだな。


 フェデさんとミアさんは、自分たちの能力アビリティの研究と訓練を続けている。能力アビリティを発動せずに、二人の声を合わせる方法はないか。発動させるなら、地下迷宮でテオバルドさんを助けたときのように、人の命を救う方法ができないか、二人で力を合わせて考えているところ。


 ハーツホーンは、警備がもっとも厳重な区域に収容されている。コーディでさえ、簡単には会えないという。

 俺たちも、会えるかどうかはわからない。でも、そこに生きている、コーディの心の支えになってくれている、と思うだけで安心できるような気がする。




 美弥ちゃんと合流した俺は、二人並んで収容施設ファウンテンを見上げた。


 たくさんの能力者アビリティ・ホルダーたちの思いが、ここに集っている。

 ここから、「オリヅル」も、「アルサシオン」も始まったんだ。


「みなさんに会ってみたいとは言ったけど……やっぱり緊張するな―」


「美弥ちゃん、いこっか」


 リラックスできるように、できるだけ軽い調子で美弥ちゃんの手をひっぱった。



  ◇ ◇ ◇


 

 目をらせば、視界いっぱいにいくつもの色が重なり、混ざり合い、また離れていく。


 ずっと、色を見るのが怖かった。

 人の本心には、見てはいけないものがたくさんあったから。


 今は、その中に大切な色があることを知っている。

 どんなに黒く濁ってしまった色の中にも、失くしたくない思いがあることを知っている。


 俺たちの夢は、未来はどこまでも翔ける。

 これからも、たくさんの色と出会い、混ざったり分かれたりしながら、地平の向こうまで果てしなく続いていく。


 きみが、たとえ俺から離れてしまっても。


 この目に色が映る限り、俺はどこまでも追いかけていくよ。





 そっと、美弥ちゃんと手をつないだ。

 今では、美弥ちゃんも、美仁も、心を占める思念が別のものに更新されてるけど、



 

 何が見えるかは、俺だけの秘密。






 『コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!』


  ― 完 ―








**********


※次ページ・巻末

「『コード・オリヅル』キャラクター大全」

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