CODE113 青い地平の向こう、夢はどこまでも翔ける(2)
「……でね。けっこうたくさん力使っちゃったから、念のため、二人と一緒に入院してたの」
俺を見る
「
「え、なんでそう思うの?」
「だって、ケンタとガゼルがもう全然動かないし……」
その二匹は窓のそばにちょこんと座ってた。
別に、こいつらはなぁ……。美弥ちゃんがいない場所でも勝手にぴょんぴょん跳ねてるし。今だけ「僕たちただのぬいぐるみでーす」って顔してんじゃないかな。
「心配しなくていいと思うよ。今は充電中なだけかもしれないし、動かなくてもそこにいるだけで十分可愛いし」
それにね、と美弥ちゃんの瞳をまっすぐ見つめて続ける。
「美弥ちゃんは、能力なんかなくたっていいんだよ。きみがいるだけで、きみが幸せに生きててくれるだけで、みんながどんなにあったかい気持ちになるか……。助けてくれたことには感謝してるけど、俺は、きみにはただの
これも俺の本音。俺は、できれば美弥ちゃんの能力が消えてくれればいいと思ってる。
今回のことでもわかるように、美弥ちゃんの能力はたくさんの人を助け出すことができる。
だからこそ、彼女はじっとしてられなくなるだろう。
世界中で、やむことなく続く災害。崩れ落ちた土砂、
知ってしまったら。「自分の力で助けられる人がいるかもしれない」と、思ってしまったら。きっと彼女は止まらない。彼女の目標である看護師としての道も、その思いに拍車をかけるだろう。
そんな危険な場所へ飛び込んでいくようなこと、俺も、折賀も絶対にさせたくないんだよ。
もともと「能力を使うのは折賀救出まで」と約束してた。頭ごなしに「使っちゃダメ」とは言いたくないけど、やんわりと少しずつ、俺たちのそばから離れないように気を配っていかなきゃと思う。
「ありがとう、心配してくれて」
少し頬を染めて、うつむく彼女を見て思う。
この子に会えて、この子を好きになって、本当によかった。
「さて、元気は十分に回復したな。甲斐、ちょっと話してほしい相手がいるんだが」
アティースさんがちょいちょいっと手招きする。俺は彼女のあとを追って病室を出た。
「誰ですか?」
「
チャイナシスターズからクレームが来てる?
そうだ、ハムはあのあとどうなったんだ?
◇ ◇ ◇
『どういうことですのー!? イルハムさまはどこー!!』
『駄犬ふざけんなアル! さっさとイルハムおじを返すアル!』
『なぜ貴殿が無事に帰還できてイルハム殿がまだなのか、納得のいく説明がほしいんじゃが』
ほんとにひどいクレーム。タブレットで繋いだとたん、これだ。
病棟の外のベンチで。俺はアティースさんから手渡されたタブレット画面を見ながら、脱力した間抜けヅラをさらすしかなかった。
「いや、俺もついさっき目が覚めて……こ、これから調査するから、も少し待って……」
突然、大きな音が響いた。画面の中からだ。
んん? 彼女が抱えてるのは、赤ちゃん?
今のは赤ちゃんの泣き声?
『イルハムさまではなく、なぜかこの赤さんが……よしよし、おなかすいたでちゅかー?』
アティースさんからスマホを手渡された。見ると、誰かからメッセージが入ってる。
俺はそのメッセージを読んだあとで、三人のクレームに答えた。
「えーと、問題ないです。彼はもうそっちに戻ってる。あなた方が抱っこしてる赤ちゃんが、イルハムさんです」
『『『なんですとーーー!!!!』』』
「すぐにおっきくなって、もとに戻るから大丈夫ですよ。それまでしっかりお世話してあげてください」
『そんな、育成ゲームかなんかみたいにッ……』
『こんな、背中の曲がってない、玉のような美肌の赤子がイルハム殿であるはずがッ……』
『で、でもこのまぶしすぎる笑顔……! わ、わたしたちにお世話しろと?』
しばらく赤ちゃんを囲んでわちゃわちゃ言ってた三人は、やがて目をキラキラさせながら画面前に整列した。
『しっ仕方ありませんわね! 少しの間なら、お世話してさしあげてもかまわなくってよ!』
『見るアル~、この子の手、ちっちゃくて可愛すぎるアル~』
『もとに戻るのならよいのじゃ。大切に育て上げよう。これからベビーグッズを山ほどそろえなくてはならんのでな、今日はこれで失敬する』
通信が切れた。よかったー、一発で信じちゃったよ。ちょろい。
俺のスマホには、イーッカさんからのメッセージが入ってた。
『お疲れさまですー! やっぱり、やっぱりですね、どぉーーしても彼に手伝ってほしいことが二・三……いや、二十か三十ほどありましてー! ちょっとだけお借りしますー! その間、代わりに別世界の彼をお届けしておきます! 用が済んだらちゃんともとの場所に戻しますので、ご心配なくー!』
なんというか。言いたいことがないわけじゃないが、イーッカさんにはたくさんお世話になったし、あとでコーディのために必要な治療法を送ってもらうことになってる。文句は言わないでおこう。
――そうだ。俺は、コーディにちゃんと話をしなくちゃ。彼女の両親のことを。
◇ ◇ ◇
アティースさんによると、ハーツホーンはラングレーの
彼は今、あの
彼の罪状が世間に公表されることはない。明かすことは、すなわち
でも、いつか。
俺たちの生き方も、がらっと変わることになるんだろうな。
『許可が出たら、大学へ行って、研究の道に進もうと思うんだ』
画面の向こう。まだ施設にいて、まだ左手をグルグルに巻かれているコーディは、それでも十分に頼もしく見えた。
『
「もちろん、俺たちにできることなら」
コーディになら、安心して研究を任せられる。
彼女は頭がいいから、そんなに遠くない未来、きっといい成果が出せるんじゃないかな。
『カイくん。あと、オリガくんにも伝えて』
「なに?」
『パパを救ってくれてありがとう。ママと話してくれてありがとう。二人に会えて本当によかった。二人とも大好きだよ。これからもずっと、最高の友達でいてね!』
もちろん! と、言いたかったのに。
不覚にも、涙で声がつまって……何も言えなくなった。
『それから、フォルカーのことも……。許可が出たら、真っ先に彼に報告しなくちゃ。いっぱい、いっぱい報告しなくちゃ……』
しばらく、二人とも声を出せなくなった。
◇ ◇ ◇
去年の十二月、俺は美弥ちゃんと出逢った。彼女のペールピンクに導かれるように、そこから一気に世界が広がった。
あのとき、折賀に強引に引きずり込まれたわけだけど……今思うと、あいつはあのときから俺の気持ちにも美弥ちゃんの気持ちにも気づいてて、こうなるってわかってたんじゃないかな、って気がする。
家族の『色』を見ることにかけちゃ、あいつにかなうやつはいないんだから。
この世はたくさんの『色』であふれてる。
中には見たくない色もたくさんある。人の嘘が見えるようになって、俺はまっすぐに人を見ることができなくなった。
俺を前に進ませてくれたのは、ばあちゃん先生。タクと
それから――
「甲斐、行くぞ」
「甲斐さん、やっとおうちに帰れるね!」
何よりも大切な、かけがえのない色。
絶対に、手放したくない。そのために、今よりももっと強い男にならなくちゃ。
真っ青に澄み渡る空は、今まで出逢ってきたすべての人たちに繋がっている。
きっと、時空を超えた別の世界の誰かにも。
そこには、今でもたくさんの色があふれてる。
俺がこの目で見てきたすべての色が、俺の中にあたたかな火をともし、生きる力になっていく。
見上げると、翼を広げて空を翔ける、一羽の黒い鶴の姿が見えた。
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