ミッション:???
CODE108 どこにいても、必ずきみの色を見つけだす(1)
「離れろーッ!!」
ハーツホーンを飲み込んだ渦が、さらに俺たちにまで襲いかかる!
飲み込まれる直前、
「早く逃げろ! 外へ!」
同時に、再び病棟が大きく揺れた。
全員が床に伏せると、部屋の中から窓ガラスが砕け散る音。
天井に亀裂が走る。また崩壊が始まる!
「私、また……?」
美夏さんは
自分がハーツホーンを能力者にしたと思ってるんだ。
俺はすぐさま否定の言葉をかけた。
「違います。全世界で、美夏さんに関係なく突然発現する人はたくさんいます」
「あいつはそれが今だっただけだ。母さんは関係ない。早く逃げろ!」
「あなたたちも早く!」
美夏さんは俺たちを引っぱろうとしたが、それより先に森見先生が美夏さんを引っぱった。
「折賀さん、まず私たちが逃げないと彼らも動けないんです! 行きましょう!」
美夏さんは先生と警察官たちに保護され、守られるようにその場を立ち去った。
言いかけた言葉を飲み込み、すがるような視線を俺たちに残して。
俺と折賀は膝をついたまま、病室の中を
黒い渦の中心で、今にも飲み込まれそうなハーツホーンがよろよろと立ち上がっている。
「フ……ハハ……何ということだ……これで俺も
立ち上がって笑い声をあげるハーツホーンは、さっきまでの男とは別人だった。
もう、組織にも、過去に対する怒りもない。
ただ、乾いた笑みだけが感情を忘れたようにむなしく顔面にはりついてるだけだ。
「どんな能力か教えてやろうか?
『
あの、重力を操る男を飲み込んだんだ! 今度は俺が時空を支配する番だ!」
折賀が俺を見た。折賀はやつの言葉なんか信じない。
その疑問に答えるのが、俺の能力だ。
「渦の中に、ほんの少しだけどハムの『色』が見える。まだハムはあそこにいる、たぶん」
「そうか。まだ彼の『最強』は崩されていないんだな」
「当たり前だ、お前が勝てない男なんだぞ。ハーツホーンなんかにやられるわけねえじゃん」
さらに大きな振動!
天井の蛍光灯が割れて、破片が降り注ぐ。
せめて美夏さんたちが外へ出るまで、なんとか持たせないと!
「ハーツホーン!」
細かい振動が続く。
病室内に散乱した様々な備品が、さらに音を上げて飛び散っていく。
病棟の外では、大勢の人々の悲鳴と、拡声器によるスタッフや警察からの指示。
この騒音の中、俺の声は届かないかもしれないけど、それでも精いっぱいハーツホーンに聞こえるように声を張り上げた。
「その力で今さら何するんだよ! 病院を崩壊させれば満足なのか?
俺の言葉を打ち消すような、凄まじい破壊音。
扉が吹き飛んで俺のすぐ横を飛び去り、壁に激突した。
「ウ……ク……やめろ……ッ!!」
黒い渦が暴れている。
一気に
その渦を背負ったハーツホーンが、天に向かって苦悶の声をまき散らす。
「お前まで俺の邪魔をするか! 俺はまた重力を制御できないのか! そんなにみんな、俺が憎いのかーッ!!
いいだろう、すべて破壊してやる! 俺にはもう行く場所なんかねえんだ! こんな世界、何もかも消えてなくなっちまえばいい!」
「違うだろ。あんたには、まだ居場所がある」
ぽそっとつぶやいた俺の言葉は、たぶんハーツホーンには聞こえない。
でも、隣にいる折賀には届いてる。
「渦に飲み込まれかけたとき、二人の『思念』が見えた。ハムには、三姉妹。ハーツホーンには、妻子の記憶。こんなときにも消えないのは、それだけ大切な記憶だからだろ」
荒れ狂う渦が、俺たちの頭上を切り裂き、また戻っていく。
その中にも、確かに二人分の思念が見えた。
「あんたが世界を恨む気持ちは確かに伝わった。でも、コーディのために居場所を残しといてやろうって思わねえのか。あいつの人生は、まだこれからなんだぞ」
漆黒の渦が咆哮する。
天井がさらに亀裂を広げ、蛍光灯が音を立てて落ちてくる。
扉があった場所が、ガタンと斜めに歪み始めた。
ハムとハーツホーン、二人の
「言いたいことがあんなら、あいつに聞いてもらえばいいじゃねえか! あんたには、まだ家族がいるんだから!」
その瞬間、視界と鼓膜が凄まじい力に埋め尽くされた。
壁だったものが大破し、バラバラに吹き飛んだ。
それからついに天井が落ちてきた。
◇ ◇ ◇
折賀がいなけりゃ死んでたかもしれない。
俺と折賀は、崩れ落ちた病棟の窓だった場所から身を乗り出して、広い中庭を見下ろした。
上階は崩れたけど、下の階はかろうじてまだ生きている。
中庭では、たった今落下した黒い渦が、まだ音を立てて渦巻いている。
『全員、なんとか外へ出ました! 二人とも無事ですか?』
森見先生だ。
ハーツホーンの暴走で動かなくなっていた通信系が、また戻ってきた。
と思ったらまたノイズ。病院中の重力が依然混乱したままだ。
「まだ、イルハムはいるな」
俺の頭をつかんで、中庭を見下ろす折賀。
やつが言うとおり、まだ、かすかにハムの『色』が見える。すべてを包み込むような、優しい大地の色だ。
「そういえば、お前にはイルハムの色も思念も見えるんだな」
「そういやそうだな、ハムは能力を全部
「あっちとコンビ組みたいとか言うなよ」
「うーん、どーしよっかなー」
折賀の手がわしゃわしゃと俺の髪をかき乱した。
「ハーツホーンの『色』もあるな」
「二人とも、ほぼ人間やめてるけど。色が見えるってことは、まだギリギリ人間なんだ」
ハーツホーンの姿は、もう渦に飲み込まれて見えなくなっている。
周囲の木々をバキバキと崩して飲み込んでいく、暗黒の闇。
でも、まだそこにいるのがわかる。
「人間なら俺の
折賀はそのまま片手で狙撃体勢をとろうとする。
が、また体がバランスを崩した。
「あぶねえ!」
落ちかけた体を、俺がなんとか引っぱって支える。
ハーツホーンの渦が、折賀まで重力で引きずり込もうとしたんだろう。
折賀は体を起こし、ゆっくり息を吐き、再び狙撃体勢に戻る。
うねる空気の
「あいつも、殺さないように仕留めるつもり?」
「ああ。でもいつものライフルじゃ歯が立たん」
「お前が使える最強の武器をイメージしてみれば」
「そうだな」
渦がまた大きく暴れ出した。
木々の葉がぱあっと舞い上がっては吸い込まれていく。
周囲のフェンスやベンチまできりきりと舞い上がり、俺たちのすぐそばまで飛んできたかと思うと、ぐにゃりと変形して吸い込まれていく。
空の雲までが吸い寄せられ始めている。
傾いた病棟が、さらに大きな音を立てる。
一瞬、ハーツホーンの姿が見えた気がした。
悲鳴も聞こえたような気がする。
今のハーツホーンは、制御できない能力を持つ「クラス・カソワリー」だ。
ほっとけば、取り返しがつかないほどの甚大な害を生じたうえで、自身を心身ともに崩壊させてしまう。ハレドのように。
折賀が、覚悟を決めたように俺を見た。
「俺が使える最強武器といったら、やっぱり俺自身だ」
「へ?」
「二人とも生きたまま救い出したい。甘いか?」
俺は首を横に振った。
アティースさんなら甘いと
もう一度、髪がわしゃわしゃとかき回された。
「お前は最高の
「え」
どういう意味だよ。
尋ねるより先に、渦が再び大きく吹き荒れた。
視界が黒の粒子に染まる。病棟が吸い寄せられるように傾き始める。
ハーツホーンが、何かを叫びながらこっちに向かって手を伸ばすのが見えた。
折賀も右手を伸ばす。そのまま、俺の頭から左手が離れ、全身が離れて。
折賀の体が、病棟の窓枠を蹴り、渦の中心に向かって落ちていく。
その手が届く直前、ハーツホーンの体が消えた。
彼の体だった場所が無数の光の粒にとって代わり、次の瞬間、ぱあっと粉々に霧散した。
さらにもう一度。大地の色が光となって消えた。
その次には、折賀が――
手を伸ばしたまま落ちていった折賀の体が、同じように粒子となって
三人分の光の粒が、まるで渦を包み込むように大きく広がって飛び散った。
すると渦が、少しずつ小さくなっていく。
エネルギーが、もととなる人間の体が消えたからだろうか。
なんだ、これ――
俺は今、何を見たんだ?
そういや
重力の渦・ブラックホールの中央「事象の地平面」に引きずり込まれたものは、原子レベルでバラバラに分解される、と。
「……折、賀……?」
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