CODE101 次元の果てでも猟犬コンビ!(3)

 今まで、いろんな能力者ホルダーにお目にかかってきた。

 どの能力も、現代の科学では、理論上は存在できても実現には程遠い超常現象だ。


 その科学理論を、数々の実験や発見を飛び越えて、特に優秀なわけでもないのにやすやすと実現させてしまう科学者がいる。


 凡百の人類の努力の歴史を嘲笑あざわらうかのような、神の気まぐれで生まれ出た奇跡の男。

 瞬間移動装置テレポーターを作り上げた「科学能力者サイエンティスト」、イーッカ・ウコンマーンアホという男性がまさにそれだった。


「……え? す、すんません、名前、もう一度……」


「もう言いたくないからメモ書きしとくよー」


 脱力した樹二みきじ叔父さんの声が間延びする。

 この局面で、先に異次元に飛んだという科学能力者サイエンティストが、よりによってフィンランド人だった。(フィンランドのみなさんごめんなさい)


 この男を追ったアディラインを追うために、折賀おりがは飛ばされた。つまり三人がたどった座標は同じ。

 スパコンをもしのぐパーシャの超常的頭脳の計算に従えば、飛んだ先で折賀以外の二人にも会える可能性はある。いざというとき、相手の名前で噴き出さないよう心構えしとかないと。


 と、予定とは別方向の覚悟を決めてる俺は、シングルベッドほどのサイズの装置の中で、変なヘルメットを被っておっさんと一緒にぎゅうっと仲良く横たわってる。

 装置はもう一台あるけど、今稼働できるのはこれだけらしい。異次元に飛ばされる絵面すらカッコ悪い俺。


 でも、ハムが名乗り出てくれたのは正直嬉しかった。

 祈るようにこっちを見ているファン三姉妹のためにも、このおっさんも無事に帰さないと。


「では始めるぞ」


 紫のオペレーションで、装置が音を立て始める。


 何かが回転するような音。

 ゆっくり始まった音は徐々にスピードを上げていく。音に伴って地鳴りのような振動が装置を揺らす。


 音と振動が加速する。

 俺とハムが、あっという間に知覚を飛び越えるような超音波に包み込まれ、まぶしい光をまき散らす。

 振動はやがて、音速を超えて光速へ――


「――美弥みやちゃん――!」


 全身がバラバラに分解されるような感覚の波の中、最後に愛しいきみの名を呼んだ。



  ◇ ◇ ◇



 大丈夫! 装置自体はコーディが何度も使ってたんだ! いきなりおかしくなんてならない!


 異次元だって大丈夫! 折賀が生きてんだ! 生存可能な座標に着地できるはず!


 でもここはどこ? 上も下も右も左もわからない。無重力ともたぶん違う。恐ろしい速さで体が回転する!


 うなりを上げる真っ黒い渦の中、なすすべもなくくるくるくるくると回りながら、どことも知れない場所へと飛んでいく。ときどき体が別の方向へ引っ張られるような感覚があったが、その力から引きはがすように誰かが俺の体を抱え込んだ。


 ハムだ!


 バチン! とでも言いそうな、弾かれる衝撃。反動で別方向へ飛んだ俺たちは、またもとの軌道に戻って光速回転を繰り返す。

 普通ならG(重力加速度)で体がおかしくなりそうだけど、ここはそもそも重力がまともじゃない。


 たぶん、ときどき引っ張る力はランダムに表れる重力で、ハムはその重力に抵抗――つまり、反重力!


 光さえも飲み込む重力の渦にあらがって、俺の体を抱え続けるハム。

 低身長でしかもハゲたおっさんが、俺に向かって一瞬笑ったように見えた。イケメンだ……。


 そのイケメン顔の向こうに、一瞬見慣れた『色』が光った。

 ――ダークブルー! 間違いない!


 何千万種類の色があろうとも、俺はお前を間違えない。

 意識をそちらへ向けると、アイコンタクトを読んでくれたのか、ハムがにっこりとうなずいたように見えた。


 そのうち白い光が現れて、ハムの頭にまぶしく反射して。


 それから、どうなったんだろう。

 気がつくと、回転飛行は止んで、どこだかわからない床の上に寝転がってた。



  ◇ ◇ ◇



「いてて……」


 腰をさすりながら体を起こした。

 多少体が痛むけど、あれだけ重力と反重力にさらされて痛みがこれだけって、すげえよな。


 周りを見回すと、そこはもう真っ黒い「次元の通り道」じゃなかった。

 白を基調とした、すっきりと広がる空間。さっきまでいたラングレーの地下実験室と大差ない。


 見覚えのある装置が並んでいる。しかも、一つや二つじゃない。数は三十くらいか。


 明らかに違うのは、装置が床だけでなく壁にも――おまけに天井にまで並んでいること。


「うわ……」


 間抜けな声が出た。

 ここは重力が規格外な世界。ハイレベルなドッキリじゃなければ、俺は今、話に聞いていた多次元世界にいる……!


「そうだ! ハムは?」


 慌ててさらに首を回すと、頭上で何か音がした。見上げると、天井の扉から出てきた誰かが、天井の装置をいじり始めている。

 その装置の中に、ハムがいる!


「ちょっと! 何やってんすか?」


 頭上に向かって声を上げたけど、こっちに頭頂部を見せてる男の作業は止まらない。まさか、ここからハムを装置でどっかへ飛ばす気か?


 えーと、あそこへ行くには。

 こわごわと壁に片足をつけ、そっと反対側の片足を離すと、足が何事もないように壁に吸い付いた。

 ゆっくり歩くと、視界が九十度回転。普通に歩けるけど、この感覚は慣れるまで時間かかりそう。


 壁を歩き、天井をおそるおそる歩き、ようやく男のそばに到達した。


「あの! 何やってんですか?」


「はいー?」


 見返した男は、ハム並みの低身長。しかも一目でわかるヒョロヒョロくん。

 でも一応大人だ。紫みたいに白衣を着てる。


「その人、俺の連れなんですけど」


「素晴らすいぃー!」


 いきなりブンブンと両手で握手された。


「まさかここまで来る人がこんなにいるとはー!」


「え、あの、わ、あなた、誰すか?」


「僕、イーッカ・ウコンマーンアホですー! きみたちと同じ世界から来た者ですー!」


 まさかの登場一人目が、噂のフィンランド人だった。

 いかん、笑うな俺。



  ◇ ◇ ◇



 聞きたいことは山ほどある。でも、まずハムを出してもらわないと。


「あの、まさかとは思うけど……その人をどっかへ飛ばそうとなんてしてませんよね?」


「ギクッー」


「ギクッーって何すか! 勝手なことしないでくださいよ!」


「だ、だって彼、反重力の申し子ですよー! この世のすべての力を跳ね返す超次元生命体ー! おそらく地球上には存在しない宇宙のダークマターと言ってもいいでしょうー!」


「すごいのは認めるけど勝手に飛ばさないで!」


「だって彼の存在は他の世界でも必ず役に立ちますー! だからちょっと他の世界の困りごとを解決してもらおうかなーなんてー!」


 この人、ほんとに「科学能力者サイエンティスト」? なんだか子供を相手にしてる気分なんだけど。


「何すか、他の世界って?」


「きみたちだって他の世界から来たでしょうー? ここの装置全部、別の次元、別の並行世界へ繋がってますー! いつでも多世界飛行ができるようになってますー! いわばこの部屋全体が、たくさんの世界を内包した宇宙的多次元空間なんですよー!」


 あかん、もう俺のキャパオーバー。


 えーと。もとの世界からここまで渡るのにも大変な思いをしたのに、ここではいつでも「ちょっとお出かけ」みたいな感覚で他の世界へ渡れると? しかもあちこち? 自由自在?


「僕ねー、もとの世界にいたとき、どうしても次元の壁を越えてみたかったんですー! 死ぬのも覚悟しましたけど、この通り運よく成功しましてー! それからここでラボを構えて、装置を並べて研究してたんですよー!」


「あの、もとの世界じゃあなたは死んだことになってたんですけど。何しろあなたのものと思われるグチャグチャの肉片が戻ってきて」


「ええーー!?」


 さすがにこの話はショックだったっぽい。


「……たぶんそれは、別世界の僕です……僕の世界へ行こうとしてたやつもいたから……」


 本人だと思われてた肉片ものが実は別人のだったって、そういうことか……。


 ハムは装置の中でずっと寝てる。

 どっかへ飛ばされるのはたぶん阻止できたので、いちばん聞きたかった質問を切り出した。


「あの。俺たちより先に、俺くらいの年の男が来ませんでしたか? 日本人で、名前は」


「あー、来てるよー。というか、ワームホールを飛んでたのを僕が見つけて回収したんだけどねー」


 神だ。この人、神だ。

 

 来てる。折賀が来てる。

 ここへ来たとき以上に、心臓がバクバクと音を立て始める。


「そ、それで、どこに」


「案内するよー」


 科学者さんの案内で扉をくぐると、その先は多重力空間じゃなくて普通の廊下だった。あのラボだけ特別だったのかな。


 その先に、懐かしさを覚えるような空間が広がっていた。


 何台ものトレーニングマシンが並び、その向こうから、芯の通った打撃音が聞こえる。聞き慣れた、サンドバッグを叩く音だ。


 ジャブ、フック、ワンツー。ロー、ミドル、そして思いきりハイキック!


「折賀ぁー!」


 懐かしい。ダークブルー。黒い、涼し気な目元が俺を見る。


 迷いなく駆け出した。今度こそ、捕まえる。逃がしてたまるか!


 駆け寄りながら右手を伸ばし、そして――


 みごとにきれいな、カウンターを食らった。

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