CODE102 次元の果てでも猟犬コンビ!(4)

 折賀おりがにカウンターでKOされましたー。


「うぅ、ひどい……わざわざ迎えに来たのにー!」


「まさかこんなところに来るなんて思わねえだろ」


 病院で久々に再会したときと同じパターン。

 甲斐おれ本人なわけないって、出会いがしらにとりあえず首絞めたりはりつけたり殴ったりすんの、やめてくんねえかなー。


「俺は優しいから、殴り返したりしない。その代わり、美弥みやちゃんに再会したときの第一ハグ権と、次にとる食事の好きなおかず受け取り権で手を打とう」


甲斐かい! 俺を殴れッ!」


「やだよッ! そんなに美弥ちゃんハグとおかずが大事か! お前はどーでもいいけど俺のこぶしが痛いじゃん!」


 ほんとよかった。無事で、元気そうで。

 少し、痛み以外の涙が出てきた。


「お前、なんだってこんなとこまで飛ばされてんだよー。まあいいや、パーシャたちが帰り道を計算してくれたから、さっさと帰ろう」


「パーシャが?」


「『探知能力者ディテクター』ですねー! 彼女、座標計算もできるんですかー!」


 イーッカさんが嬉々として割り込んできた。


「ええ、えっと、能力者ホルダーの探知には地理や物理の色んな計算が必要とかで。装置の座標ログに、そういう計算をかけ合わせてできちゃったっぽいです」


「まさに次元を超えた頭脳ー! ダークマターな彼といい、人体を操る彼といい、人類の想像を超える超常現象能力者が次々に現れますねー!」


「イーッカさんもね」


「僕なんて落ちこぼれもいいとこですー! テストで平均点以上取ったこともありませんし、今でさえ自分が作った装置の仕組みもわかんないんですー! ここまで来れた理由もさっぱりですー!

 他の学者さんによると、理論上は加速器を応用して発生させた真空エネルギーから反物質を取り出し、ダークエネルギーが生み出したブラックホールを反重力で安定させ、磁場を固定して時空に穴を開け、いわゆるワームホールを作り出してるそうなんですけど、僕には何のことだかさっぱりでー!」


「俺にもさっぱりですー!」


 話し方うつったー!


「でもきみたちはここまで来れたじゃないですかー! 途中何度か重力に潰されそうになったと思うけど、来れたのは反重力の申し子さんのおかげですねー! そういえばあなたの方は聞いてなかったけど、どうやって無事に来れたんですかー?」


 イーッカさんが折賀を見た。折賀の回答は「俺にもわからん」というつまんないものだった。気を失ってるうちにいつの間にかここまで来たんだと。


 紫にも事前に説明受けたけど、たぶん文字どおり「瞬間の移動」だったんだろうな。俺が体感で長く感じただけで。特に酸欠にもならなかったし。


 あれ。あとひとり、ここまで移動してきた人がいるはず。


「イーッカさん、アディラインって人は? あなたを追ってきたはずでは」


「あれ、あの人ともお知り合いですかー」


「知り合いってわけじゃないけど、友達のお母さんなんです」


「別の部屋にいますよー。案内しますー?」


 イーッカさんに少し待ってもらって、折賀にこれまでの流れをざっと説明した。


「彼女の能力アビリティは『アディライン・プログラム』ってやつにコピーされてて、それを使っていたのはハーツホーン。つまり、アディライン自身には罪はないのかもしれない」


「彼女があなたを追ってきた理由は?」


 折賀がくと、イーッカさんは申し訳なさそうに吐息をもらした。


「僕に能力アビリティを消してほしいからと。僕にはできると思ったみたいです」


 能力を消してほしい。ミアさんと同じ言葉を聞いた。


「でも僕、知ってのとおり、変な装置を作るしか能がない男なんで。知らなかったんですよ、『瞬間移動装置テレポーター』や『アディライン・プログラム』が、あんな使われ方してたなんて……」 


 高度な研究であればあるほど、実際に研究する者とそれを使う者は、まったく別の人間ということになる。

 最悪の組み合わせがそろってしまったとき、科学による大きな厄災が生じる。


 おそらくイーッカさんは、能力に見合うだけの頭脳も精神力も持ち合わせていなかった。

 超常現象という名の大きすぎる力をたまたま手にしてしまった、子供のような心の持ち主。


 彼がいなければ、「アルサシオン」は存続しなかった。

 でも、彼を責めることはできない。


「会わせてもらえますか」


 改めて、アディラインのところへ案内をお願いした。



  ◇ ◇ ◇



 彼女は落ち着いた印象の、四十代の黒髪セミロングの女性だった。

 グレーのワンピース姿で、シンプルなデザインのソファーの上に腰かけている。


 テーブル上のコーヒーメーカーみたいな機械から、ウィーンと音を立ててカップが次々に登場。湯気のたつ香りよいコーヒーが三つ、彼女の手でさっと並べられた。


「あなたたちが、『オリヅル』の猟犬コンビツー・ハウンズと呼ばれる二人なんですね。二人とも、思っていたよりもずっと若々しいのですね」


 仕草にも表情にも、もちろん『色』にも敵意は感じない。俺たちは少しずつ警戒を解いていった。


「大変だったでしょう。あのような能力者アビリティ・ホルダーに、命を狙われたりして」


 他人事のような物言いは、たぶん彼女がハレドに関しては無関係だから。

「あのような能力者」という言い方は引っかかったけど、事情をよく知らないのなら仕方ない。


「私はコーディと同じく、長い間監禁されていました。プログラムさえできてしまえば、私はもう用済みでしたから。

 でも、コーディまでがプログラムで操られることになって……さすがにおとなしくしているわけにはいきませんでした。

 研究施設ファウンテンに収容されていたテオバルド・ベルマンをCIA本部へ向かわせたのは私です。本部にいるハーツホーンを倒せるとは思っていませんでしたが、近くで騒ぎを起こすことで、彼を少しでも追いつめることができるのではないかと……」


 いろいろ、言いたいことはある。場所がラングレーだったからこそ、俺たちはCIA特殊部隊に抹殺されかけた。

 でも、彼女には情報も力も不足していたんだろう。今そのことを非難すべきではない、と思った。


 俺は彼女に、コーディがどうなったのかをざっと説明した。彼女がコーディを思う気持ちに、嘘が見えなかったから。


「ありがとうございます。あなたたちが味方になってくださって、あの子も心強いでしょう」


 どこまでも謙虚な、感謝の言葉が続く。

 この人が、「アルサシオン」のボス……。本当に名ばかりだ。


 ロディアス・ハーツホーンという男は、催眠能力ヒプノシスを使う妻子を隠蔽いんぺいし、監禁し、犯罪組織のボスと幹部に仕立て、手先として操った。樹二みきじさんさえも洗脳実験の犠牲にした。


「すべては、彼が『情報組織』の重要性を何よりも理解していたためです」


 彼女の言葉を、後悔と罪悪感の色が覆う。でもそこに、「憎悪」の色はない。


「彼自身も、父親と兄を、情報組織が持つ闇に奪われた。二人とも、CIA本部ロビーを飾る星(殉職者の印)のひとつとなったのです。

 彼は情報に命をかける世界の厳しさを知っていた。ときに国を動かし、ときに多くの人間を惨殺するほどの力を持つ情報……それを得るためだけに生きるようになってしまった彼自身もまた、人生を通じ、情報組織によって洗脳されてきた被害者のひとりなのかもしれません。

 彼を許してほしいとは言いません。どうか、彼に相応ふさわしい裁きを。あなたたちには、その権利があります」


 権利なんて、ない。

 今まで犠牲になってきた多くの人々の命を、俺たちが全部背負ってるわけじゃない。


 でも。これ以上の犠牲が出ないように止めることは、きっとできる。

 折賀こいつと一緒なら。


「アディライン・ロークウッドさん」


 俺は哀しみをたたえた瞳を、しっかりと見つめ返した。


「あなたがここまで来た理由、逃げたくなった理由。少しはわかったような気がします。でも、俺たちと一緒に帰りませんか。コーディに会いたくありませんか」


 返事がどうであれ、俺はこのことをいつかコーディに話さなくちゃいけない。そう思いながら。


 返事はやっぱり、ノーだった。


「私にはあの子が忘れられない。でも、あの子には忘れてほしいんです。

 幸いにも、あの子の能力アビリティは発動条件が狭く、そんなに役に立つものではない。それにあの子は私よりもずっと賢い。何よりあなたたちが、あの子にちゃんと気づかせてくれました。

 私は気づけなかった。彼が正しいのだと、長い間ずっと思い込んでいました。私もまた、彼と組織に洗脳されていたのかもしれません。

 私は、許されるならこのままこの世界で生涯を終えたいと思っています。許して、もらえますか」


 許すも許さないも……やっぱり、俺たちにそんなことを決める権利なんてない。自分が納得できる道を、自分で決めてもらうだけだ。


 折賀も同意見だった。


 イーッカさんが、ハーツホーンの居場所を突き止めて駆け込んできたのはそのときだった。


 いよいよ、最後の戦いが始まる!

 場所は――


「なっ……片水崎かたみさきー!?」

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