CODE100 次元の果てでも猟犬コンビ!(2)

「さっすがパーシャちゃん、そう来なくっちゃ!」


 樹二みきじ叔父さんは、指をパチンと鳴らすと同時にバタンと床に倒れた。

 笠松かさまつさんがふらふらしながら肩を貸して抱き起こす。


「座標の位置に関しては、こっそり本部のスパコンフル稼働で解明しようとしたんだけど、結局わからなくってね。それに今は別の場所へ流れてる可能性もある。つまり、きみに現在の美仁よしひとの位置を『探知』してほしい――って言ったらできる?」


 モニターに、心底呆れたような顔が映る。


『異次元とか、やったことないし』


「それでもきみならできると信じてるよ!」


「座標データを含む装置のログを送信した。お嬢ちゃん、これでやってみてはくれぬか」


 紫のセリフと同時に、モニターにわけのわからん数式がずらずらと流れ始めた。小さすぎる数字やアルファベットの向こうに、顔をしかめてじっと見つめているパーシャの顔。


 え、「探知」ってこんな難しそうなデータ使ってやるの?

 いくら優秀な能力者ホルダーだからって、九歳児に送ってどうにかなるわけが――


『やってみる。一回だけだからね』


 できんのか!


 叔父さんが言うには、パーシャの「能力者探知」ってのは、世界各国の地理データや人口流動データなど、膨大な量の情報をもとに演算ではじき出すものらしい。俺は今まで、何もしなくてもパッと察知できる能力なのかと思ってた。


「オリヅル」でもジェスさんが中心となって、日々ハッカーチームが全世界のニュースやSNSなどから能力者ホルダーの存在を追っている。

 それもすごいと思うけど、パーシャはより多くの情報から、より迅速かつ正確に算出してしまうらしい。もうこの子自身がスパコンじゃん、すげえな九歳児。


 ただし、彼女がはじき出せるのはあくまで「能力者ホルダーの位置および能力の種別」のみ。彼女自身が難解な数式を理解できているわけじゃない。探知能力を除けば、彼女の脳はごく普通の九歳児と変わらない。


 それを聞いてちょっと安心した。

 もしも彼女の計算能力が万能だったら、それこそ何に利用されるかわかったもんじゃない。これ以上、探知以外にまで利用されるなんてひどすぎるもんな。


 しばらくすると、パーシャから何かが送信されてきた。


『座標をこっちに修正して。今のままでは、たぶん無事に戻ってこれないから』


 全員が、深く感嘆のため息をもらす。パーシャがやってくれた!

「探知」が成功したってことは、まだ折賀おりがが生きているってことだ。


 かなり疲れた様子のパーシャに、俺は心の底から感謝の気持ちを伝えた。


「あ、ありがとう、パーシャ――」


『あのね。は今までみたいに気軽に能力者アビリティ・ホルダーを送ったり戻したりできない場所なの。たぶん、こことは時間の流れ方も、場所、空間の意味さえも違う。通信も届かない。だから――誰かがへ行って、指定された座標まで連れてこないといけないわけ』


「やっぱりね」


 叔父さんの口調が急に重くなった。どういうこと?


「パーシャちゃんと同じく、これ作った人も『自分では理解できない、限られた計算』しかできない能力者ホルダーなんだ。だから異次元について詳しいわけでも、対策を講じてから道を繋いだわけでもない。

瞬間移動テレポーテーション』自体は時空を超える概念だけど、行き先はあくまでこの世界限定だったはず。肉片が戻ってきた理由も不明。あっちへ繋がる道は常に変動してるかもしれないし、常に繋がってるわけでもない。――誰かが、迎えに行ってやらないと」


 迎えに。どこだかわからない場所で、ひとりで苦しんでるかもしれないあいつを。


「そこ、俺でも行けますか」


 考えるより先に、声が出た。



  ◇ ◇ ◇



 背後で、はっと息をのむ気配がした。


 美弥みやちゃんが、口元を押さえながら俺を見ている。まるで叫びそうになったのをこらえるように。


甲斐かいくんなら、そう言うと思ったよ」


 叔父さんが力なく笑う。肯定とも否定ともつかない色をにじませて。


「きみの『目』が捜索に適してるのはよくわかる。きみならきっと、どんな場所でも美仁を見つけられるだろうね。でも、きみの能力は危険な場所を生き抜くようにはできていないんだよね」


「僕も行きますよ」


 驚いた。ハムまで迷いなく名乗り出るなんて。


「彼が捜し、僕が彼を守ります。あの少年が生きていられる場所なら、僕も大丈夫でしょう。それに、約束をまだ果たしていませんからね」


 ハム……! どんだけ義理堅いんだよ!


 美弥ちゃんが、うつむいたまま俺のジャージをつかんでいる。

 震えが伝わってくる。こんなとき、何て言えばいいんだろう。


 それとも、震えてるのは俺の方?


「甲斐」


 ふいに、細い手に肩をつかまれた。

 アティースさんが、きれいな顔を歪ませて俺を見てる。滅多にお目にかかれない、彼女の弱い部分の表情。


「私は反対だ。きみまで失うわけにはいかない」


「でも、このままじゃあいつを失います。アティースさんはそれでいいんですか?」


 俺だって心に決めたんだ。何かあったら絶対に、俺があいつのところへ行くって。


 甘い考えだってことはわかってる。

 でも、あいつが生きてる限り、何もしないなんて俺には無理だ。わかってほしい。


「そうだ。パーシャ、今度は予言とかないの?」


 ダメもとできいてみると、パーシャの代わりに知らない人物がモニターに現れた。


『予言でしたら、私からお話します』


 淡い金髪の、お年を召したご婦人。誰?

 パーシャが「おばあさま」と呼ぶのが聞こえる。


 叔父さんが、「彼女はライサ。占い師として有名なんだけど、実態はプレディクター。予知能力者だよ」と紹介した。どっかで聞いたことある名前だ。


『こんにちは。私があなたたちのお母様にお話しした予言は、聞いてもらえたかしら?』


 今度は笠松かさまつさんが反応した。

 そうだ、確か病室で、俺と笠松さんが美夏みかさんから聞いた話だ。


『「ひとりは遠き世界を見通し、ひとりは空の高みへ導き、ひとりは人ならざるものに命を宿す」――だったわね』


 間違いない。美夏さんが、子供を作るきっかけとなった予言の人。


『今ここには二人しかいないのね。だから三人目を助けに行くのね』


「はい。それで、予言は」


『すでに話した通りよ。三人目の子供が宿した命が、あなたたちすべての命を救い、大いなる幸福に導いてくれるはず』


「つまり、俺も折賀も助かるんですね?」


 それだけ聞けば十分だった。


  

  ◇ ◇ ◇



 もちろん、予知能力者といえども予言が百パー当たる保証はない。でも、背中を押してもらい、美弥ちゃんに声をかけるには十分だ。


 俺は両手で彼女の肩をつかみ、できるだけ明るい調子で言葉をかけた。


「美弥ちゃん。きみのもとへ、絶対にあいつを連れて帰ってくるよ。だからここで待ってて」


「だったらわたしも一緒に行く……!」


「ハムさんはそんなにたくさん守れないよ。それにきっと、帰ってくるときに君の力が必要になると思う。まっすぐ帰れなかったら、きみの力で引っ張り上げてもらうとか。あと、きみの代わりにケンタとガゼルを連れてってもいいかな」


「…………」


 美弥ちゃんは、黙って二匹を差し出した。俺はかろうじて無事だったボディバッグに二匹を入れた。


 それからバッグの中のパスケースを確認する。

 そこには折賀から預かったままの、黒い折り鶴が入ってる。確認を終えて、バッグを背中にしょった。


「甲斐くん」

 笠松さんは、そう言ったきり言葉が続かなかった。


「甲斐。帰ってこなかったら承知しねえからな」

「ん」

 タクの言葉には、こっちがそれしか返せなかった。


 ふいに、甘い香りに包まれて、気がつくと抱きしめられていた。

 美弥ちゃんよりも高い位置にある頭が、俺の鎖骨辺りにうずめられている。


「アティースさん」


「甲斐。すまない。本当は、私が」


「えと、ハグとか涙とか、あと愛の言葉なんかも、全部あいつにあげてやってください。俺は美弥ちゃんからもらいますんで、はは」


「……そうだな」


 アティースさんが体を離すと、笠松さんがもう一度「甲斐くん」と呼んだ。


「初めて聞いたときは、インチキだと思った。でも今は予言を信じたいと思う。だから、どうか無事に帰ってきてくれ。美夏も待ってるからな」


「はい」


『インチキってひどー! おばあさまの予言は百発百中ですけど?』


 パーシャから、さらにお墨付きをもらった。


 俺とハムは、パーシャ・叔父さん・紫と、大急ぎでざっと打ち合わせを済ませた。

 異次元で出くわすかもしれない様々な事象や注意事項、具体的な帰還方法など。覚えきれないので、紙切れ二枚にメモしてバッグとポケットにしまう。


 ざっと周りを見回した。

 心配そうに俺を見てくれる、エルさんと矢崎やさきさん。フェデさんとミアさん。ファンの三姉妹。


 叔父さんは、体力が尽きたらしく床にへたり込んでる。


 美弥ちゃんはまだうつむいたまま。その体を、ぎゅっと抱きしめた。アティースさんよりも強く。


「ごめんね。こんな思いさせて、本当にごめん。でも、あいつにきみが必要なように、きみにはあいつが必要なんだ。俺たちは、三人そろってないと幸せになれないんだよ。だから、ちゃんと帰ってくる。待ってて」


「……うん。でも、どうしてもダメだったら、わたしも助けに行っちゃうから……だから、早く帰ってきて……!」


 ぬくもりが、ゆっくりと離れる。

 俺の大切な、ペールピンクの安らぎ。これこそが、俺が帰るべき場所。


 早く、あのダークブルーもこの手につかまえるんだ。


 紫の指示に従い、俺とハムは「瞬間移動装置テレポーター」へと乗り込んだ。

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