CODE65 卒業の日、それぞれの未来(2)

 この「能力告知会」は、一応「タクの祝賀会」を兼ねてるので、まずはドリンクバーの飲み物で適当に乾杯したあと、タクと相田あいだに好きなものを食ってもらった。


「ほんとに一番高いやつ食っていいんか? そんじゃ遠慮なくいくぜ! フッ、この至高のメニューこそ、大学に選ばれし今の俺にふさわしい……!」


 などと言いながら和牛すきやき御膳とか注文してるけど、まあ、一番高いったってファミレス価格だからなんとか。


 俺は「どんな肉をも和牛を超える味わいにしてしまう」美弥みやちゃん料理を食べ慣れてるから、別にそんなにうらやましくもない。

 というわけで、俺の注文は一番安い豪州産和風ハンバーグ。むしろ美弥ちゃん料理のために胃袋空けておきたい。


 タクは解放感からか相変わらずの変なテンションだけど、そのとなりにいる相田の緊張っぷりがハンパない。

 目の前に「片水崎かたみさき高校きっての謎の男」・折賀おりががいるのと、昨年末にタクと相田が突然巻き込まれた「アルサシオン襲撃事件」の真相待ちだからだ。


 食いながら、タクの受験武勇伝とか高校思い出話とかにひとしきり花を咲かせたあとで、タクが俺の進路に話を振ってきた。


「俺、先生たちに何度も聞かれたんだぜ。なんで甲斐かいは、いくら進学や就職を勧めてもバイトを辞めようとしないんだって。心配で女子大まで見に行った先生もいたってな」


「うん、まあ」


 確かに、高校の先生からすれば、なんの就活もせずに女子大バイトに精出す俺は理解不能だろうな。ただの女子大生好きの変態と思われてるかも。


 ここから、いよいよ本題に入る。

 今までのタクにとっては、まるでフィクションの世界。


 となりには折賀。

 少し離れた店内の端の席には、アティースさんと世衣せいさんがティータイムしながらこっそり待機中。予測不能な事態が起きても、なんとか対処できる布陣だ。


 タクと相田の顔を、交互に見つめながら。


「普通に就職とかできないわけがあんだよ。今まで言ってなかったけど、俺、いわゆる特異体質でさ」


「へ?」


「人の『色』が見えんの。俺の目には、タクや相田が黄色やオレンジに包まれて見えるんだよ」


 心臓がドクンとはねた。これで、タクとの関係が大きく変わる。


 タクの目が大きくぱちぱちと動く。


「へえ、そりゃまあ、俺たち黄色人種だもんなあ」


 ……言い方を間違えた。


「人種とかは関係ないよ。折賀はダークブルーに見えるし」


「え、お前そんなに顔色ヤバいの! 病院行った方がよくね!?」


「こん中で一番病院の世話になんのはお前だあほー! いいから黙って話を聞けー!」


 いちいち脱線するタクに鋭くツッコむと、相田が話を戻してくれた。


「共感覚ってやつですか? 字や音に、色が見えたりするっていう……」


「ああ、まあそんな感じ。よく知ってるね。俺は思念透視能力エンパスとも呼んでるんだけど、要するに人の感情とか意識の向く方向が『色』になって見えるわけ」


「えぇ〜。じゃあお前、しょっちゅう目が疲れるとか言ってたの、そのせい?」


 次に折賀の能力の説明。これは折賀がタクを相手に実演した。

 さすがにハデなことはできないので、テーブル上で軽く拘束してみたり、手を本人の意思とは関係なく動かしてみたり。


 華麗なマジックショーでも見せられたようにポカンとしてる二人に向かって、今度は折賀がざっくりと「組織」について説明。


 能力者アビリティ・ホルダーを捕獲・管理する「オリヅル」。


 能力者アビリティ・ホルダーを拉致・売買する「アルサシオン」。


 この辺はあまり大きな声では話せないので、声をひそめて、ときにはスマホを使って情報を見せたり、筆談を交えたり。


「甲斐は折賀と一緒に異能ファンタジーの世界へ行っちまったのか~」


「じゃあ、あのときの騒ぎも組織がらみだったってことですね?」


「なに、あのときって」


 この場でタクだけが覚えていない、あの日の説明を交えながら。


 いよいよ、タクへの「能力告知」に入る。



  ◇ ◇ ◇



「知らんかった~~。俺も異能のヒーローだったのか~~。でも、『自己暗示能力』ってなに?」


「ほとんど役に立たない能力だ」


 折賀の説明。笑劇、じゃなかった衝撃の事実を聞いたタクに対して、一切容赦なし。


「自分で『自分はこういう人間だ』と思い込むだけの能力。本来の能力を超えることはない。つまり『俺は天才だ』と思い込んでも知識が増えるわけじゃなく、『俺は空を飛べる』と思い込めば、飛ぶ勇気だけを得て飛び降りて死ぬ」


 聞けば聞くほどひどい、タクの能力。


「えー、じゃ俺が大学受かったのって……」


「『自己暗示能力セルフ・サジェスチョン』で学力が上がったわけじゃない。むしろ下がるはずだったんだ。今日いちばん岩永いわながに伝えなきゃならんのは、今までも、これからもお前には記憶抑制剤が投与され続けるということだ」


「……はい?」


 その経緯についても、説明が続いた。

「アルサシオン」が送ってくる特殊信号によって暗示能力をコントロールされかねないので、電子機器に厳重注意しながら病院へ通わなくてはならないこと。


 相田と俺を殺そうとしたことだけは、絶対に悟られないよう、相田と口裏を合わせてある。


「でも受かったってことは、実はその記憶抑制剤って効いてないのかな」


「いえ、たぶんちゃんと効いてます」


 俺の疑問に、相田からの明瞭な返答。


「今になって合点がいきました。タクがなぜ合格したか……それは、タクが今まで脳記憶の大半の容量を費やしてきた、ラノベのタイトルやキャラクター名をすっかり忘れてしまったからなんです!」


 …………。


 よかった、大事なこと忘れたわけじゃなくて。「いや大事だって!」


 まさか記憶抑制剤がタクの煩悩ぼんのうを断ち切って、受験の助けになったとは。「人生の大半を失くしちまった気がすんですけど!?」


「岩永の家族には、チームの上司が改めて事情を説明しに行く。二人も一度チームに来るといい。何の役に立たなくても、二人はもうチームの一員だから」


「え、折賀センパイ、わたしもですか?」


「相田は岩永の監視役。今後岩永が使用する電子機器はチームのエンジニアが徹底的に監視することになるが、相田の方でも岩永が勝手な行動をとらないよう目を光らせておいてほしい」


「折賀センパイの頼みなら! 任せてくださいっ!」


 相田はもともと折賀ファンだからなー。あっという間に「こっち側」の話題になじんじゃった。

 まだ半分も状況を理解してなさそうなタクに、俺の方からもっともわかりやすそうな説明を入れてやった。


「つまり、タクは自分のPCやスマホで自由にエロ動画を見られないってこと。残念だったなー」


「マジかっ!」


「でもチームの担当者が、メイドの動画だけ残しといてくれるって」


「俺の青春がっ! 名前思い出せんけど、ラノベヒロインとのキャッキャウフフがぁっ!!」


 タクの慟哭どうこくを横目に、相田がもっともらしいことを聞いてきた。


「折賀センパイが高校を辞められた理由とか、そのチームでどんなふうに活躍なさっているのかはだいたいわかりました。でも、甲斐センパイの能力の方はどんな役に立ってるんですか? いまいち想像できないんですけど」


 ちゃんと役に立ってるよ! いろいろと役に立ってるよ! ……たぶん!



  ◇ ◇ ◇



 タクと相田が、普通なら想像もできないような世界の話にちゃんとついてきてくれて、助かった。


 タクはラノベ脳だし、相田は呑み込みが早い(おまけに折賀がいる)。今のとこ、心配はなさそうだ。

 心配といえば、タクがちゃんと大学での勉強についていけるかどうかくらいか。


 そんなことを話しながら、夜、折賀兄妹とホットプレートを囲んで野菜炒めと焼きそばをつついた。このホットプレート、五人だとちょっと小さいかも、なんて考えながら。


「甲斐」


 食後に畳に足投げてくつろいでると、折賀が改まって俺の名を呼んだ。


「高校を卒業したわけだが、今後『オリヅル』以外にやりたいことはないのか?」


「へ?」


 問われて初めて気づく。

 折賀には国際情報官、美弥ちゃんは看護の道へと、まだだいぶ先だけどちゃんと未来への希望がある。


 俺は、ただ言われるがままにバイトをこなしてるだけだ。

 これからも、ずっと……?


「『オリヅル』は永遠にあるわけじゃない。本部に統合される可能性もある。何かやりたいことがあるなら、今からでも準備は始めておいた方がいい」


「準備、って言っても……」


 今までチームにさんざん振り回されてきたのに、いきなりやりたいこととか言われても。


「俺は大学へ行く」


 折賀はきっぱりと言う。


 知ってるよ。そのために高認の勉強と入試の勉強を掛け持ちでやってることも。

 なぜなら、国際情報官になるために必要だから。


「来年は美弥も受験だ。甲斐、お前も大学へ行かないか。バイトとの両立がきつければ、夜間や通信という手もある」


「え……」


 俺が、大学? 考えたこともなかった。

 金がないから行かない、って最初から決めてかかってた。


 でも実は、バイトしながら通える程度の資金は貯まってるんだよな。教習所代を差っ引いても。

 忙しすぎて、バイトで稼いだ給料使う暇がなかったからなー。


「うーん……でも俺、将来の希望まだ何にも見えないし、お前みたいに勉強する自信もないし」


「じゃあ三人で一緒に勉強しようよ!」


 ちょうどそこに、お風呂を済ませた美弥ちゃんが入ってきた。悩んだ空気がパッと明るくなる。


「わたしね、ずっと思ってたんだけど……」


「何?」


「甲斐さんが持ってる能力って、甲斐さんだから、なんだと思う。うまく言えないけど、甲斐さんはいつもみんなのことを気にかけて、ちゃんと見ててくれるでしょ。甲斐さんのそういうところが、そのまま能力になったんじゃないかな」


「…………」


「甲斐さんのそういうところ、活かせる仕事って絶対あると思うんだ。バイトも大変そうだけど、甲斐さんはきっとたくさんの人を能力で助けてくれると思う。『超能力』じゃなくても、ね」


 見慣れたはずのペールピンクの空気が、今日はやけに目にみてくる。


 ずっと忌まわしく思っていた能力を、この子は肯定してくれる。折賀も、チームのみんなも。

 俺に、ここにいてもいいんだよって言ってくれる。


 本当の意味で、家族を手に入れたいなら。

 まず、俺自身が、ひとりでも生きていけるくらい自立しないとダメなんだ。


 いつかここを離れたとしても、「オリヅル」メンバーじゃなくなったとしても。


「本当の家族」のもとへ帰るために。


 俺のこの目は、どんな未来を見せてくれるんだろう?

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