CODE64 卒業の日、それぞれの未来(1)

3月9日


 うへっ。にへへへへへ。


 プレゼント、喜んでくれた! しかもその場で、俺につけさせてくれた!


 あの瞬間が、脳内で何度もぐるぐる回っている。


 ちょっぴり照明を落とした、ムード漂うレストランの一角で。俺は、テーブルの向こうにいる美弥みやちゃんにそっと手を伸ばす。


 いつもの三つ編みと違って柔らかな髪を下ろしている彼女が、はにかんだように目を伏せて、俺がつけやすいように髪を片側へ寄せる。


 取り出したオパールペンダントは、落ち着いた照明の下で、買ったときとは違う色にきらきらと輝いて。

 細いチェーンまでが、光を受けて存在感を放っている。

 その光の粒をまとう、なめらかな白い首筋は、まだ付き合ってもいない俺にとってはこの上なく「目の毒」だ。


 彼女の肌の感触を精いっぱい意識から除外しつつ、なんとかつけ終えたときの彼女の笑顔を、俺はきっと一生忘れない。


 横にいるやつの顔を見るのが怖くて、正面から目をそらせなかったってのもあるけどな……。


 って感じで、ゆうべが幸せ過ぎて、五日後にホワイトデーというイベントが控えていることをすっかり忘れていた。


 ついでに言うと、もっと大事なことも忘れていた。


「やべー! 遅刻するーッ!」


 今日は卒業式だった!



  ◇ ◇ ◇



 俺の高校生活はというと。


 授業を受けて、タクや相田あいだと遊ぶ以外は、ほぼバイトの日々だった。

 まあ仕方ないな、金ないし。高卒資格が取れただけでもめっけもんだ。


「オリヅル」に加入してからは、ますますバイト三昧だった。変なトレーニングやハードな出張も山ほど加わった。


 それから、あの兄妹と切っても切れない関係になった。


 折賀おりがとは、やつが高校を辞めるまではただのクラスメイトだった。

 文化祭がらみでちょっと話したことがあるくらいで、接点はあまりなかった。お互いバイトが忙しかったから当然か。


 いや、体育の授業で接点あったっけ。

 出席番号がとなり同士だったから、二年になったばっかのころ、柔軟やらパス練やら、スポーツテストまで組まされて一緒にやったんだった。

 あんときは嫌だったな。何やらせても、あいつにぜってー勝てねーんだもん。あいつが規格外すぎたんだけどな。


 それから色々あって――去年のクリスマスイブ、美弥ちゃんと知り合い、折賀と再会して。

 あいつと「オリヅル」でコンビを組むことになって。

 トレーニングも出張も、ずっと、ほとんど一緒で。


 今日、俺は高校を卒業する。

 ほんとだったら、あいつだって今日この場所にいたはずなのに。


 俺だけが卒業証書を受け取るなんて、なんか足りねえ。


 つまんねえよ、折賀。


「なあ、このあとなんか予定ある?」


 無事に式が終わって、体育館からぞろぞろ出たところで、タクに話しかけられた。


 タクは俺が思ってたよりも顔色がよさそうで、ちょっと安心した。

 もちろん、こいつが抱えてる爆弾のことを考えると、安心してる場合じゃないんだけど。


「このあとって?」


 流れで行けば、お決まりのホームルームがあって、そのあとは適当にダベったり写真撮ったりで別れを惜しみながら解散、だよな。

 生徒と教師のお別れ会はもう先週やったし、保護者はこれから謝恩会があるけど俺関係ないし。


「別に、いったん帰ってから、いつもどおりバイトに行くつもりだけど」


「ちょっとくらい時間あるよな? 折賀呼び出して」


 突然何言い出すんだこいつ。


「やっぱさあ、どう考えてもひとり足んねえんだよ。クラスの空間にひとり分だけ、ぽっかりと穴空いてるっつーか。甲斐かいだってそう思うよな?」


 そりゃ、思うけど。


「だからってわざわざ呼び出すのか? あいつは卒業できなかったのに?」


 想定より非難めいた口調になっちまった。

 だって、でっかい「卒業式」の看板が立ってるこの高校に呼んだって、あいつは――


「ここじゃなくて、あっちの公園に行こう。それに、卒業祝いに呼び出すんじゃねえから」


「じゃあなんで」


「俺たち、もと二年一組の、同窓会!」


 ひときわ高く上がったその声に、周りにいた同級生たちが反応した。


「タク、なに同窓会って。気が早くない?」

「さっき折賀って聞こえたけど、あいつ呼ぶの?」

「マジか、来るなら呼んで、すぐ呼んで」

「折賀くん? やだっちょっと会いたい! ねえみんな!」


 あっという間に話が進み、俺たちは卒業証書と色んな荷物を抱えたまま、近くの公園へ集合することになった。


 俺のスマホから、「悪いけど迎えに来てー! 荷物重くてしかも腹壊してて、マジ死にそう……ごめん」などという情けないメッセージを送信したうえで。


 約三十分後。公園で待ち構えていた「もと二年一組」のみんなが、一斉に歓声を上げた。


 いつもの黒ジャージ姿の折賀。

 その横に、学校が早く終わった、セーラー服の美弥ちゃん……


 お前ら、兄と妹どっちに歓声上げたんだ?


 すぐに、超久しぶり! 元気だった? なんか雰囲気変わった? 背ェまた伸びたんじゃね? で、この子は? 紹介して! などの大騒動が発生。


 タクの発案で、久しぶりに「もと二年一組」がほぼ全員揃った。


 折賀はどさくさに紛れて美弥ちゃんに近づこうとするやからを振り払いつつも、なんだかんだで楽しそうに見えたし、俺もタク以外のやつらとこんなにたくさん喋ったのは初めてだったと思う。


 タクのおかげだな。

 こいつの突飛な発想にはいつも驚かされるけど、だいたいうまくいくと決まってるんだ。


 俺たちの高校生活は、こうして賑やかな空気に包まれながら終わりを迎えたのだった。



  ◇ ◇ ◇



3月10日


 で、そのタクだけど。


 いよいよ国立の合格発表の日が来ちまった。


 やつは落ちたら来年相田とともに再チャレンジする予定なので、ほかの大学はほとんど受けてないらしい。


 昨年末、アティースさんはタクの「自己暗示能力セルフ・サジェスチョン」騒動があったあと、タクの受験が終わったらタクや家族に「能力告知」をすると言っていた。


 浪人の場合はどうすんだ?


 どっちにしても、タクの「進路」と「能力」の双方に、今日、ひとつの決着がつく。


 って、連絡おせえな……。結果わかったら、〇か×だけでいいから送ってって言ったのに。


 やっぱダメだったのかな。受かったら喜んですぐに送ってくるだろうから。


 と思ったら、スマホが通話着信を知らせてきた。

 応答ボタンを押すと、久々に聞く元気いっぱいの女子の声。


『甲斐センパイ、お久しぶりです! すみません、すぐ連絡するよう言ったんですけど、タクのバカ、驚いてスマホを落として壊してしまいました!』


「えぇ? で、結果は?」


『あ、受かりました!』


「うそ!!!!」


『私だって信じられないです! もう三十回くらい確認してます! 奇跡です! やりましたよタク!』

 

 最後の方、声にほんのちょっと水分が混じっていた。

 相田は「あんなこと」があったあとも、不安を抱えながらもタクを支え、励まし続けたに違いない。俺がバイトに駆けずり回ってた間も、ずっと。


 にしても、どうなってんだ?


 ただでさえ相当な高望みだった。

 さらに、あいつには何度も記憶抑制剤が投与されていたはず。


 あいつの知られざる能力が、再び覚醒しちゃったのかな。


「折賀、タクの『残念会』は『祝賀会』に変更な」


 電話を切ったあとで、折賀にそう伝えた。



  ◇ ◇ ◇



3月12日


 朗報を聞いてから、俺たちはアティースさん相手に討論を重ねた。

 タクへの「能力告知」を、どうすべきかについて。


 まず、俺たちに話をさせてもらえないだろうか。タク本人と、それに相田にも。

 俺と折賀はそう申し出た。


 相田に隠し通すのは、タク本人に隠すよりも難しい。

「受験が終わったら」ってことで、今までなんとか黙っててもらったんだ。


 片水崎かたみさき駅前の、ファミレスで。

 タクと相田を相手に、俺たちは話し始めた。


 あの日。タクが相田を殺そうとした日。この町に、犯罪組織アルサシオンが出現した日。


 あの日に始まった、タクと「オリヅル」の真実を。

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