ミッション:ルワンダ
CODE66 千の丘の先へ、草の色と空が溶け合う場所まで(1)
この国は、「千の丘の国」と呼ばれているそうだ。
視界いっぱいに緑の
俺は、空の雲と丘の果てが混ざり合ってあいまいに溶けていく、ギリギリの境界線をぼーっと眺めていた。
丘の表面を
なだらかなアップダウンを繰り返し、空へと続く場所まで、見渡す限りのグリーンの競演。
あの果てまで、いったい何キロ? いや、何十キロ?
この、目に優しそうな緑の丘の国に、俺たちが「ハレド」という名前で知っている男が生まれた。
彼が生まれたその頃、丘は。
みずみずしい緑の中に、血の色が大量に溶けていく時代を迎えようとしていた。
◇ ◇ ◇
3月13日
翌日のホワイトデーは、
なぜか俺たちだけでなく、エルさん+レイくんと、
「
俺たちと一緒に「美弥ちゃんのチョコケーキ」をかっ食らっていた、あのレイくんが。
知らん間にチョコをもらってた、だと? 五歳児の分際でリア充かっ!
どんな寿司ネタを用意するか美弥ちゃんと相談してたら、スマホで電話中の
「
「えっ、そりゃもちろん! ってか何でもいいよ」
引っ越してしばらく経ってからでないと、実感湧かなそう。
って、絵面的に夫婦じゃん!
ケンタ(
……などと、ホワイトデーや新居に関して、色々ワクワク考えていたんだけど。
残念ながら、パーティーには出られなくなってしまった。
――それに。新居にも、俺は――
◇ ◇ ◇
いつもの指令室に、メンバーほぼ全員が揃っている。
例によって、ジェスさんが情報を映し出す大型モニター画面の前で、アティースさんがブリーフィングを行う。
ドイツ・ブレーメン州でとんでもない事件が発生した。
ブレーメン州。最近聞いたことがあると思ったら、「
テオバルドさんが
六十五歳の男性が殺害された。首を横一文字に斬られて。
名前はゲアト・ベルマン――テオバルドさんの、父親。
彼だけではない。たまたまそばにいた隣近所の住人、計五人までが同じように――
「不正確ではあるが、例の波形に近い信号をとらえた。対象がゲアト・ベルマンだったとすれば、『
「なんのために……?」
フォルカー殺害のために
そしてフォルカーと警備員を殺害。
そこでは行動の根拠が推測できたけど、今回はいったい、なんのために。
「ゲアト・ベルマン氏には、テオバルド氏保護の際に本部がコンタクトをとっているはず――ですよね、ボス」
腕を組みながらエルさんが考える。
「その際、知られたくないことを知られてしまった、とか?」
「それじゃ本部が口を封じたみたいですね」
「また
「甲斐」
メンバーが口々に意見を言い合う中、ふいにアティースさんが俺の名を呼んだ。
「何か言いたげだな。きみの意見を聞かせてくれ」
「あ、えーと……」
脳裏にあまり思い出したくない顔が浮かんだ。金髪ロン毛の怪しすぎる笑顔。
「ベルマン氏殺害の理由はわかりませんけど……対象はベルマン氏ひとりだけで、他の人たちは『
「根拠は」
「
このことは、アティースさんと折賀には既に伝えてあった。
ほかならぬ叔父さん本人に、「注意するように、
なぜ叔父さんがそんな情報を知り得たのか?
その疑問は後回しにされることになった。
まさにブリーフィングの最中、またも同種の事件が発生したからだ。
ジェスさんの叫びとともに、集まっていたメンバーが瞬時に散開し、部屋の空気が慌ただしく動き出した。
「今度は北京! 判明してるだけで十五人は首斬られてます!」
「至急現地支局と警察に通達! ジェスは引き続きテレポート地点の割り出し、本部に映像解析と被害者リストの依頼!」
手短に指示を出しながら、アティースさん自身も電話片手にてきぱきと動く。
が、折賀の前でその動きがいったん止まった。
「美仁。自分の不手際を後悔している暇はないぞ」
「…………」
不手際。
シドニーで
救いに行ったはずのパーシャにはっきりと拒絶され、動揺が生じたからだと。
そのハレドが、能力の暴走だとしても、もう何人も殺害している。
なんとかしないと、また増え続ける。
「ツー・ハウンズ!」
ひときわ高い声が響き、うつむいていた折賀と俺は、はっと顔を上げた。
「二人に指令だ。今度はアフリカ大陸へ飛んでもらう」
アフリカ!
「
「ほぇっ!?」
思わず変な声が出た。当のおっさんは部屋の隅っこで、「ハニー・メヌエット」の「ま~るい幸せ・ぱくっと一口チーズケーキ」をぱくっと口に放り込んでいる。
義手がどうこうよりも、そうとう距離があったシドニーの現場でそこまで見通せたことに驚いた。
おっさん、ついに男もはっきり念写できるようになったのか!
「以上の特徴から、本部の分析官がようやくハレドの出身国を割り出した。二人でそっちへ向かってくれ」
「え、本人が現れた場所じゃなく、本人がいないのに出身国へ、ですか?」
てっきり、また狙撃で倒しに行くんだと思ってた。
シドニー以来、折賀との訓練は欠かしてない。折賀だって、リベンジを望んでいるはずなのに。
「今から北京へ行ったって、本人はとっくにお帰りだ。追いつけない相手を追うのは分析屋の仕事。二人には、やつのルーツを探ってきてもらう。そこにやつを倒すヒントがあるかもしれん」
「――つまり」
ずっと押し黙っていた折賀が、やっと口を開いた。
「やつの弱点をあぶり出せ、ということだな」
「そういうことだ」
弱点……。
やつの家族とか、知人とか。そういうことか!
「行くぞ、甲斐」
折賀が指令室を出る。急いであとを追いかける。
弱点を押さえるだなんて、確かにセオリーには違いないけど。
本人不在の間にやつの大事な存在を割り出して、武器を向けるような事態になったら。嫌な気分になるのは間違いない。
俺だけじゃなく、こいつだって。
それでも、誰かがやらなくちゃいけないんだ。
「折賀。やつを仕留められなかったのは、お前だけじゃなくて二人の責任だから。ひとりで背負い込むんじゃねえぞ」
走る背中に、思わず呼びかける。
少しだけふりかえった折賀は、
「寿司パーティーは欠席だな」と、一言だけぽつりと呟いた。
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