CODE48 少年よ、廃車の山を越えて行け!(4)

甲斐かいさん、行って!」


 エルさんの合図とともに、身を隠していた塗装車の影から走り出し、コーディを追う。

 背後で銃声が、まるで何かのリズムを刻むように連続して響き渡る。


 外へ出ると、今度は大規模な解体工事でもやっているような金属の騒音。

 五十メートルほど先で、廃車の群れが、まだ折賀おりがを追って次々に猛進・跳躍を繰り返しているのが見える。


 廃車の山を越えて飛翔する、ダークブルーの影はまだ健在だ。

 ほっとする間もなく、そっちに向かって走る小さな影を見つけて俺は仰天した。


 まさか、折賀に近づく気か!


「コーディ! やめろー!」


 俺の叫びは、金属がぶつかり合う耳障りな轟音ごうおんにかき消された。

 コーディの小さな体をかすめるように、猛スピードで次々に通り過ぎていく廃車。

 何台かは、彼女が避けないと確実にぶつかるルートを辿たどっていた。

 フォルカーのやつ、コーディが近づいてるのに気づいてない!


「コーディ! 行くなーッ!」


 コーディの向かう先、つまり折賀のいる方向からはひっきりなしに部品や破片が飛んでくる。

 それらを避けて体勢を崩したところへ、デカい固まりがスピンしながら飛んできた! トラックのドアだ!


「くそーーーーッ!」


 足が勝手に、彼女に向かって動いた。


 俺が行ってどうすんだよ。

 でも嫌だ。こいつの体がどうにかなっちまうなんて嫌だ!


 右手をめいっぱい伸ばし、細い腕をつかむと、小さな体が俺の胸の中にぽすっと収まった。

 両腕で抱え込んで覆いかぶさったとたん、鼓膜をつんざくような大音声!


「うぐわぁーーッ!!」

 

 体が大きく旋回し、視界もぐるっと急転回!


 自由のきかない体は、勝手に空を飛ぶように大きく浮き上がったかと思うと、強い衝撃を受けて着地。次に大雑把おおざっぱな振動を何度か繰り返し、最後に背中を叩きつけられた!



  ◇ ◇ ◇



「いで……いでで……」


 振動が収まったので、身じろぎして目を開ける。


 俺はどこかの地面に寝そべってて、俺の腕の中にいたはずのコーディは、今折賀の肩からそっと下ろされたところだった。俺のことは投げたくせに、ずいぶん扱いが違うな。


「俺は自分を動かすだけで手いっぱいなんだ。一度に三人も動かせねえんだぞ。二人そろってバカな真似すんじゃねえ!」


 折賀に怒られたー。


 俺もコーディも、こいつにかつがれてここまで飛んできたらしい。

 ここは建物の裏側の隙間みたいな場所。廃車もここまでは襲ってこられないようだ。


 折賀の言うとおり、無我夢中でコーディを助けようとしたけど、結局こいつの助けがないと無駄死にするところだった。俺、つくづくカッコ悪い。


『そう言う美仁こいつも、何度か鉄屑にぶつかりかけたんだぞ。私がそれとなく合図を送ったから避けられたものを、本人はまったく気づいていない。バカな真似はお互いさまだ』


 黒鶴くろづるさんが、折賀の後ろで呆れた顔して浮いている。

 どうやら俺も折賀も、帰国したあとでそうとう追加訓練が必要らしい。


「……なんで?」


 地面にぺたんと座り込んだコーディは、不安げな目で折賀を見上げている。


「なんで、ボクを助けたの? なんで、ボクを拘束したり、腕をへし折ったりしないの? ボクの催眠能力ヒプノシスの発動条件、わかってるんでしょ?」


 確かに、折賀は今コーディに対して何もしていない。

 対象から十メートル以内の距離に近づき、左手を握る。それだけで強力な催眠能力ヒプノシスを発動する彼女に、折賀はイタリアで死の直前にまで追い詰められた。それなのに。


「甲斐に、話があるんだろ」


 その声はぶっきらぼうだけど、相手を憎んでいるようには聞こえない。


「今俺を操れば、お前は甲斐と話す機会を失うことになる。甲斐はお前を理解しようとしているが、それも叶わなくなるだろうな」


(あいつ、あんな調子だけど、ずっと俺に何か伝えようとしてんだよ)


 イタリアから帰国したあとで俺が言ったことを、折賀は覚えててくれたんだ。


「俺はを済ませてくる。こいつと話をするのは、甲斐、お前の役目だ」


 折賀は俺たちを置いて走り出した。埃と煙の向こうに、黒いコートがかすんで消えていく。


 コーディに視線を向けた。いつもの大きな黒ぶち眼鏡は、飛んだときどこかへ落としたらしい。


 見慣れた眼鏡のない大きな瞳が、まっすぐに俺の目をのぞき込んでいる。


「あのさ。なんであんな無茶したんだ?」


 わざと、少し怒ったような顔を作って言ってみた。


「あんな状態の折賀に近づくなんて、死にに行くようなもんだろ。それがわからないほどバカじゃないよな? ていうか、お前すごく頭いいんだろ? 日本語ペラペラだし」


「……別にいいじゃん。ボクなんか、死んでもよかったんだから」


 すねたような小さな声で、聞き捨てならないセリフが返ってきた。


「はあ? 何言ってんだよ。以前の自信たっぷりなお前はどこ行っちゃったんだよ」


「自信、か……。確かに、キミと会ったばかりのボクは自信たっぷりだったよね。とんでもない間違いだったけど」


 コーディは横を向いて、両手で抱えた膝に顔をうずめた。

 ぽつりぽつりと、膝に隠れた口元から言葉が漏れ始める。


「はじめは、単純に面白かったんだ。ボクがちょっと催眠ヒプノシスにかければ、大勢の人間が身も心もボクの兵隊になって、意のままに動かすことができた。勝手にバカな優越感に浸っちゃってたんだ。なぜかカイくんには効かなかったけど、キミと話すのはすごく楽しかったから、あまり気にならなかった。

 そのうちに、気づいちゃったんだ。感情をなくした兵隊とは、一緒にいても全然楽しくない。友達には、なれないんだって」


 友達……。

 俺が黙ってると、彼女は顔を上げて、またすがるような瞳で俺を見た。


「そうなんだ。ボク、キミと友達になりたかったんだ。

 キミは何をするにも一生懸命で、ボクの話をいつも真剣に聞いてくれた。キミは、ボクの『色』を見てくれた。ボクの本当の気持ちに気づいてくれた。

 キミに大事にされてるミヤちゃんや、頼りにされてるオリガくんがうらやましかった。なのに、キミやオリガくんたちを捕らえるか殺すかしろ、って指令が下って――怖くなったんだよ、ボクは……」


 知らなかった。イタリアのあたりからずっと、様子がおかしいとは思ってたけど。

 俺は、相手の不安な気持ちには気づけても、何が不安なのかまではわからない。


「俺たちと友達になりたいから、敵対するのが怖くなったの?」


「うん、たぶんそう……。ボクは、命令には逆らえない。このまま組織に居続けたら、また操ったり、殺したりしなきゃいけなくなる。イタリアのときみたいに」


 フォルカーは、コーディのこんな本音を知ってたから俺たちに依頼してきたのか。


「フォルカーには、催眠をかけたわけじゃないんだろ?」


「うん。彼は、文句も言わずにボクについてきてくれたの。彼もたぶん、キミたちを殺すことは嫌がってると思う」


「コーディ。俺たちに、この場所へ来るように依頼したのはフォルカーだ。彼の依頼は、彼ときみを『捕獲』すること。だから彼と一緒に、俺たちの所へ来てくれないか」


 彼女の大きな瞳が、さらに大きく見開かれた。

 が、すぐにその目元が震え、切なげに伏せられた。


「ごめん。それはできない」


「なんで?」


「フォルカーの裏切りに、ボクたちのボスはもう気づいてる。ボクとミアは、フォルカーと、キミとオリガくんを捕獲、もしくは始末するためにここへ派遣された。それができなければ、今度はボクとミアがどんな罰を受けるかわからないんだ」


「……!」


 やっぱり、コーディの「アルサシオン」内での状況はそうとうヤバいらしい。


 こいつはどの任務も望んでいない。八方ふさがりなんだ。だから「死んでもいい」なんて言葉が出てきたのか。


「だったらなおさら、お前もミアさんも組織に戻ることないだろ! 俺たちと一緒に――」

 

「――ごめんね」


 その言葉が聞こえたとき。

 コーディは急に近づいてきたかと思うと、俺の胸の中に顔をうずめて、細い両腕をそっと背中に回してきた。

 そのまま、小さな両手にぎゅっ……と力が込められる。


「本当は、言わないつもりだったんだけど、でもやっぱり言いたいから言っちゃうね。ボクは、カイくんが好きなの!」


「……えっ……ええぇ??」


「キミがミヤちゃんを好きなのは知ってるから! だから返事なんてしなくていいよ。別に困らせようなんて思ってないよ、ただ勝手に言いたかっただけだから!」


 ぬくもりの余韻を残して、小さな体が離れた。彼女は立ち上がって俺を見下ろしている。

 俺はというと、情けないことに力が抜けて、その場に座りっぱなしだった。


「カイくん、顔真っ赤。その様子だと、今まで全然気がつかなかったみたいだねー」


 うるせー! そう言うお前こそ真っ赤じゃねーか!


「キミ、他人の恋心には敏感なんじゃなかったの? ひょっとして、自分に向けられた恋心には鈍感なのかな。もったいない、実は今までけっこうチャンス逃してきたかもよ?」


 え、そうなの? 相変わらず声がうまく出てこない。情けなさすぎる。


「だから、さ。ミヤちゃんだって、実は……かもよ? ボク、応援してるから!」


 俺に背中を向けて歩き出す。ちょっと待て、こんな俺をほっといてどこ行く気だよ。


「図々しいかもしれないけど、お願い、きいてくれるかな?」


 背中を向けたまま聞こえた声には、どこか芯の通った決意のようなものが感じられた。


「もうすぐ『瞬間移動テレポート』の力が発動する。ボクはそれで帰らなきゃいけない。フォルカーとミアは、置いていく。二人を、お願い。じゃあね」


 一瞬だけ振り返って、そのまま小さな体がすっと建物の影に消えた。


 俺はありったけの力を振り絞って立ち上がり、そのあとを追いかける。


 今あいつを行かせちゃいけない! 俺の意識のすべてがそう叫んでいる。


「コーディ! ダメだ行くな! コーディーッ!!」

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