CODE47 少年よ、廃車の山を越えて行け!(3)

 廃棄場には、相当数の「フォルカーの手が入った車」が眠っていたようだった。


 まるで俺たちを威嚇いかくするように、ヴォン! と鋭い雄叫びをあげる車。その後ろから、前の車列を押しのけて割り込もうとする車。わざわざ上に乗りあげようとする車。

 勝手に走り出して、前列に激突を始めたやつまでいる。


 既に廃車だから、接触でボディがへこもうがミラーが割れようが、お構いなしだ。


「全部フォルカーひとりが動かしてるんだとしたら、えらい進歩だな。イタリアでは、ナイフ数本をほぼ一方向にしか投げられなかったのに」


 それでもあのときは、場所が場所だけに十分な脅威だった。

 俺があのときの状況を思い出しながら話してる間、折賀おりがはというと、すぐ横の作業場にすっと入って身をかがめ、何やら黒く細長い部品を持ち上げた。


「何それ? 回転軸ドライブシャフト?」


 ぱっと見、長さは一メートル強。材質が堅そうだから、重量は十キロ近くあるかもしれない。

 それを片手でブン! とひと振りすると、まるで武器のようにたずさえながら車列の前方へ戻っていく。


「え、お前、それ一本でこいつらと戦っちゃうの?」


「振り回せば一台二台はスクラップにできるかもしれんが、この数に対しては効率的じゃないな」


 シャフトを両手で構え、やがて来る戦闘開始の瞬間をイメージするように、視界いっぱいに鋭い視線を巡らせる。


「俺の能力アビリティは人間以外には効かない。いつかは無人兵器で襲ってくるやつがいると思っていた。トレーニングとしてはちょうどいい」


 トレーニング。確かに、フォルカーの言葉を信じるなら、今日ばかりは殺意ある攻撃はしてこないはず。

 でも両組織の目をあざむくために、ある程度は真剣な戦闘が必要になる。俺たちにとっては実地訓練というわけだ。


「やつらの『分類』上、俺は機械相手には戦えない能力者ホルダーってことなんだろうな」


 折賀の声に、危険な息吹が宿る。


「この機会に教えてやる。この俺を、簡単に『分類』できると思うな!」


 廃車が発進を始める一秒前。

 折賀の体が前方へ飛んだ!


「『やっぱり暴走した!」』


 黒鶴くろづるさんとハモった。



  ◇ ◇ ◇


  

 シャフトを両手で思いっきり振り下ろす。ボンネットごとエンジンを破壊しながら、殴打の反動で跳躍する。次々に襲い来る廃車の波を、同じように殴りながら跳んでかわす。


 跳び続ける折賀に合わせて、車の方までジャンプし始めた。

 順番にかわしながら叩く、跳ぶ。車がさらに跳ぶ。折賀、叩きながらさらに跳ぶ。次の車がさらにその上を行く。


 車と車が激突を繰り返し、耳障りな金属音が絶え間なくぶつかり合う。思わず両手で耳を覆った。イヤホンを入れてるとはいえ、あいつの鼓膜は大丈夫だろうか。


 いつしか戦闘は、他の車を乗り越えて続々と山を成すスクラップカーと、さらにその山を越えて跳躍する折賀とのイタチごっこになっていた。

 車が飛ぶ。折賀も飛ぶ。

 より高い空を制して軽やかにコートをひるがえすさまは、まるで鳥のようだ。


 そのうちシャフトが折れると、今度は手近の車のバンパーを引っぺがして振り回し始めた。次にドアを外して投げ始めた。

 スクラップの山の中から煙が上がり始めている。さすがに、そろそろヤバくないか?


甲斐かい、何してる。あいつは敵の注意を引きつけてるんだぞ。敵を捜さなくていいのか?』


「捜してるよ! でもほんとに何の色も見えなくて――」


 黒鶴さんに応えたそのとき、俺の腕時計型端末から何か音が聞こえ始めた。おかしい、今日は通信を切ってるはずなのに。


『はーい! 甲斐さん元気ー?』


美弥みやちゃーーん!?!?」


 仰天とはこのことだ!

 なんで切ってるはずの通信から美弥ちゃんの声が!


『ぶぶー残念! 違いまース! ワタシはMAIN ATTRACTIVE YOUR ABIRITY、略してMAYAマヤでース!』


「嘘つけー! それ、単に美弥ちゃんの名前に似てるのつけたかっただけだろー!」


 ジェスさんだ。

 警備してるふりして、こっそり美弥ちゃんの声のサンプル集めてたの知ってんだからな!


『こんなこともあろうかと、ずっと前から本局にもバレない秘匿ひとく回線を用意してたんでス! ワタシは面白カッコいいイケメン・ジェス・メイラーさんが作り上げた芸術的AIでス! よろしくネ☆』


「ジェスさん、今マジで激ヤバ現場なんですよ! ふざけてると折賀に言いつけますから! またモニター破壊されてもいいんですか?」


 以前、ジェスさんがこっそり美弥ちゃんのデータを保存してることを知った折賀が、その場でモニターをブン投げたことがあるのだ。残念ながらデータ破壊まではできなかったけど。


『そんなことしたら、ワタシの愛らしいメイドコスチュームが見られなくなってしまいますヨー?』


「やっぱりメイドかーー!」


 あかん、今はジェスさんのメイド趣味にツッコんでる場合じゃない。


「ジェスさん、どういうわけかフォルカーが見つからないんです。衛星か何かでちゃっちゃと発見できませんか?」


『無理でース! 本局に内緒なんだから衛星使えるわけないでショ! でも、近くでPCいじってる人はいるみたいだからちょっとのぞいてみますネー!』


 こうしてる間に、折賀と廃車の群れはだいぶ離れたところまで移動している。

 あいつの体力と能力が限界を超える前に、フォルカーを発見して追いつめなければ!


『発見ー! 工場の近くのおうちでメイドさんの動画を見てる人がいまス! ジェスさんと気が合いそう!』


「ジェスさーん!」


『もひとり発見! 工場の一室で、敷地内のいろんな場所を監視してる人!』


「それだ! その場所へ案内してください!」


『ちょっと待ってネ! 工場の見取り図と各画像を照らし合わせーの……ハイ、それじゃまず右奥の棟へ入って!』


 勇んで棟に侵入しようとした俺は、鍵のかかったドアに難儀なんぎして、結局折賀と同じようにシャフトをガンガン振り回す羽目になった。


 くそっ、折賀と違ってなんかカッコ悪い!



  ◇ ◇ ◇



 ようやくドアをぶち破って中へ侵入。

 そこは広々とした自動車修理の作業場になっていた。

 ペンキのようなにおいがする。鮮やかな黄色に塗装された車が一台。


 その黄色の向こうに、見覚えのある『色』が動くのが見えた。今まで見えなかったのに!


 その赤紫色は、華麗なターンで一気に距離を詰めミドルキックを繰り出してきた。

 一歩下がってかわし、反動で前へ出る。

 相手のコートをつかんで一気に引きずり倒し、相手が転がったすきに、持っていたシャフトを眼前へ構える。幸い、折賀が振り回していたのよりは軽量なので、俺でもなんとか武器にすることができる。


 長い金髪の隙間から現れた顔は、確かにミアさんだった。


「ミアさん……」


「何してんの! こいつは私が食い止めるから、あんたは早くオリガを捕らえに行きな!」


 俺には応えずに放たれたその言葉が、誰に向けられたものか、すぐにわかった。

 俺の後ろに、か細い気配を感じたから。


「コーディ!」


 その気配は、何も言わずに外へ飛び出した。

 そのまま走りゆくモスグリーンを追いかけようとしたとき、背後で何かが破裂するような音がした。

 振り向くと、ミアさんが冷たい表情で立っていて――その手には、こちらに銃口を向けた拳銃。きな臭いにおいで、たった今発砲されたことがわかった。


「イタリアで言ったでしょ。あの子に操れなくて、私たちの捕虜にもならないあんたは、邪魔するなら殺すしかないんだよ……!」


 嘘だ。フェデさんはそんなこと絶対に思ってない。

 くそっ、声がうまく出てこない!


「――じゃあね」


 ミアさんの指に、少しずつ力が入る。


 本当にそう思ってるなら、なんで、そんな悲しそうな顔を――


「お待たせしましたぁーーッ!」


 甲高い声と、黄色い風と、いくつかの銃声が赤紫色と交差する!


 気がつくと俺は黄色い車の下に身を伏せて、すぐ横にエルさんが膝をついていた。


「甲斐さん、ミア・セルヴァは私が何とかします。甲斐さんはロークウッドを追ってください。あの子と話せるのは、たぶん甲斐さんしかいないから」


「え、でもフォルカーは……」


「フォルカーの居場所は、今ジェスの案内で亀山かめやまさんが探ってます。場所さえわかれば美仁よしひとさんもそっちへ向かうでしょう」


「わ、わかりました。ミアさんは銃持ってますから、どうか気をつけて」


「わかってます。私だって持ってますよ。それじゃ、またあとで」


 見ると確かに、彼女の小さな手には大きすぎるように見える一丁の拳銃。

 少女のような小柄な外見は、黒い銃としゃんとした黒いスーツの効果で普段よりもずっと頼もしく見えた。


 正直、頭が状況に追いついていない。

 標的がフォルカーから瞬時にミアさん、そしてコーディに移ったことでまだ混乱してる。


 でもほかの標的は、チームの仲間たちが何とかしてくれる。


 今はとにかく、コーディを追いかける!

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