CODE46 少年よ、廃車の山を越えて行け!(2)

 2月11日


 アメリカ・インディアナ州の州都、インディアナポリス。


 地図を見ると完全に東部に見えるけど、一応「アメリカ中西部」と呼ばれる州のひとつ。

 州都までは、日本から乗り継ぎ含めて約十六時間のフライト。空港に降り立ったら、すぐに適当なタクシーを捕まえて約二時間のドライブ。


 毎回思うんだけど、任務そのものより移動の方がキツいんじゃないだろうか。


 狭い機内や車内で息苦しさが続く間、どこでも爆睡できる相棒を横目でうらやましく思いながら、新鮮な空気と手足を伸ばせるスペースばかりを待ちわびてしまう。


 しかも今回は、「オリヅル」の公式サポートも、CIAの世界的な組織力も頼めない。

 CIAに内通者モールがいるかもしれない以上、俺たち「猟犬コンビツー・ハウンズ」はたった二人、まるで逃亡者のようにこっそりと遠路を辿たどるしかなかった。


 俺たちが親組織CIAあざむくのと同様、フォルカーは「アルサシオン」を欺く。それが今回の取引任務。


 本当に、やつの指示に従ってコーディを助けたら、やつらに奪われた少女・パーシャのもとへ辿り着けるのか?


 今は、少しでも手がかりを得るために動くしかない。



  ◇ ◇ ◇



 砂漠とまではいかないまでも、あちこちに白茶けた大地が広がる、砂っぽい町だった。


 小さな家屋やあまりきれいじゃない商店などが続くあいまに、ときどき大きな工場らしき建物が現れる。大半は、稼働してるのかどうか、そもそもなんの工場なのかよくわからない。


 フォルカーが指定したポイントは、この町の「自動車修理工場」だった。

 調べによるととっくに廃業してて、オーナーは知らない名前だけど、勤めていた従業員のひとりが「ヴェンデル・フォルカー」

 ――つまり、やつはここの自動車整備士だったってことだ。


 乾いた風に乗って、しなびた草や砂ぼこりが視界を横切っていく。


 念のため、目的地からは離れた場所でタクシーを降りた。ほかの車がほとんど通らない寂しい車道をてくてくと歩いていく、俺と折賀おりが、プラス精霊一体。

 ふと、後ろからふよふよといてきてた黒鶴くろづるさんが口を開いた。


『お前たち、任務とやらが始まったら、二手に別れてしまうのだろう?』


「え? うんまあ、そうなるかもしんない。それぞれ役目が違うし」


 なんせ俺が、折賀のスピードに絶対ついていけないからな。


「別れると何かマズいの?」


『折り鶴を美仁よしひとが所有している以上、私はこいつから離れることができない。しかし、こいつとはまったく会話ができない。加えて、私はこいつの暴走癖が好かん』


 ブフッ! と噴き出す俺を、折賀が変な目でにらむ。


「またエア彼女と仲良く話してんのか」


「エア彼女ってなに! 確かに空気みたいだけど、ちゃんとここにいるし! ってか、彼女じゃないし!」


 俺の抗議は、スタスタと速足で歩く折賀の後ろをむなしく吹き飛んでいった。


 その背中と黒鶴さんの横顔を、交互に見比べる。


 確かに、こいつには黒鶴さんの姿を見ることも、声を聞くこともできない。

 でも、こいつには彼女が必要だ。

 彼女は美弥みやちゃんの、兄を思う気持ちが生み出した存在。いざとなれば、折賀の窮地を救う存在なのだ。


 黒鶴さん曰く、イタリアで見せた「奇跡の治癒能力」は、あくまで折賀自身の能力アビリティによるものらしい。


 彼女にはそこまで強力な力はない。

 ただ、その霊力で死にかけていた折賀の意識を導き、血流を操作させ、外科的な応急手術までこなしてしまったんだとしたら。

 やつと黒鶴さんの知識と能力は相当なものだと思うし、意思疎通ができなくても、互いにそばにいるべき存在なんだと思う。


 それを見ているだけの俺は、ちょっとだけ、二人がうらやましい。



  ◇ ◇ ◇



 五百メートルくらい歩いただろうか。

 俺たちはようやく目的の工場入り口に到着した。


 工場の敷地は、全体が一応形ばかりのしょぼい金網フェンスに囲まれている。

 敷地面積は、隣接する廃車の廃棄場を含めて一万平米ほどだそうだ。


 出入り口のフェンスに身を寄せて、中をのぞく。

 右手奥には、壁のない、屋根だけの作業スペースが見える。自動車のボディパネルやホイールらしきものの残骸が放置されていて、かろうじて車関係の作業場だということがわかる。


 左手奥には――うず高く積まれた、おそらく廃車の山。ざっと五十台以上ある。

 まるで積み木のように遠慮なくボンボン積まれてるけど、崩れ落ちたりしないんだろうか。


「修理工場兼、廃車解体業者ってとこか」


 フェンスを引っ張って強度を確認しながら、折賀がつぶやいた。


「ハリケーンが来るたびに大量の廃車依頼が来ていたらしい。それなりに儲かっていたはずが、オーナー含めて三人の従業員が二年前から行方不明。廃業手続きはフォルカーが済ませ、その後やつ自身も姿を消した」


「二年前……ひょっとしたら、やつが能力アビリティを発現したのかも?」


 双眼鏡型スコープを取り出して、ざっと敷地内を覗いてみる。

 このスコープは最近、以前からあった「座標自動送信」機能に加えて「画像自動送信」機能も加わった。亀山のおっさんのカメラと同じ機能だ。

 そのうち同機能の眼鏡をかけさせられるかもしれない。嫌だけど。


「いるか?」


「いや、まだ見えねー……まさか無人ってことはないよな?」


 そのとき、ザーッと何かが地面を滑る音がした。折賀がはっと息をのむ。

 スコープを外してみると、そこにいたのは、自転車にまたがった金髪の小さな女の子。


「パ――」


 小さく言いかけて、折賀は口をつぐんだ。


 確かに、似ている。折賀の意識に強く残っている、八歳で亡くなったリーリャという女の子に。パーシャは彼女の、双子の妹だ。


 残念ながら、目の前のこの子は別人だったみたいだ。折賀の嘆息が聞こえた。

 パーシャ本人がこんなところにいきなり現れるわけがないのに、意識がつい、求める像を追いかけてしまう。


「これどうぞ!」


 女の子は、いかにも子供らしく、前置きのないストレートな言葉でまっすぐに封筒を差し出した。

 折賀が受け取ると、その子はさっと向きを変えて勇ましく立ち漕ぎを開始し、あっという間に遠くの家の影に隠れてしまった。



  ◇ ◇ ◇



 折賀が封筒を開いて中身を取り出すと、二枚の包装紙の裏に、大きさの揃わないアルファベットがずらずらと並んでいる。

 急いで書いたのかもしれんけど、それにしちゃ文面が長い。


「訳して」


『俺は今日、ここへ突然やってきたお前たちに捕獲されることになっている。「オリヅル」がこの場所を発見するに至る筋書きも置いてきた。ただ、何もせずに捕獲されるわけにはいかない。この敷地のどこかにいる俺を発見し、捕獲目前まで追い詰めてみせろ。そうすれば、組織はコーディをここへ送り込むかもしれない。そこを二人まとめて捕獲すれば、お前たちの任務と俺からの依頼は完遂される』


 ショッピングモールで「俺を捕まえてみせろ」と言ったのは、このことか。


「そううまくいくかな……ってか、あのおっさん、マジで見つからないんだけど」


 いくら目を凝らしても、スコープのピントを調節しても、『色』ひとつ見えないときた。

 ヤバい、何か見つけないと、俺がはるばるここまで来た意味がなくなっちゃう。


 と、折賀は手紙と封筒をグシャッとコートのポケットに突っ込み、いきなりフェンスに足をかけてひらっと乗り越えてしまった。


「ちょっと待てって! エルさんとおっさんを待った方がよくない?」


 エルさんと亀山のおっさんの二人は、CIAに気づかれないよう別便で渡米する予定なのだ。今頃、俺たちと同じようにタクシーを走らせてるはず。


「端末の通信が使えない以上、いつ着くかわからねえだろ。その前に調査ぐらいは済ませたい。お前はさっさとやつを発見してくれ」


 ああまったく。

 確かに、敵がいない場所でじっと待ってるなんて、こいつの性に合わねえよな。


 俺もフェンスをよじ登って、敷地内に侵入した。

 右側に見える、ボディパーツが捨て置かれている作業場の向こう側の壁には、レンチやらペンチやらの工具類がずらっとかけられている。

 足元には、使われることのなかったガラス片やコードの切れ端などがいくつも転がっている。


「なあ、フォルカーの能力アビリティってナイフを飛ばすやつだよな? もしこの辺の物を急に飛ばされたら、俺たちそーとーやべーと思うんだけど……」


「やつがイタリアで使っていたナイフは、矢崎やさきさんが拾って、そのあと分析に回された」


 注意深く視線を巡らせながら、折賀は周辺を調べていく。


「何でも飛ばせるわけじゃなく、何か条件があるはずだ。やつのナイフは、市販品でも職人が作った特注品でもなく、素人が見よう見真似で作った物だった。ただし溶接などがきちんとほどこされた、かなり出来のいい物だったそうだ。自動車工場の整備士なら、少し勉強すればそれぐらい作れるかもしれない」


「つまり、やつが飛ばせる『物』の条件は、『やつが自分で作った物』かもしれないってこと?」


「ああ。つまり――この工場には、やつの『武器』が山ほど眠っているってことだ」


 その折賀の言葉には、確かな根拠があった。

 俺たちの目前で、その辺に捨てられていた廃車が、ガタガタと鈍い音を立てて動き出したのだ。


 一台。また一台。さらに一台。


「あー、あのおっさんにとっちゃナイフよりこっちが本職だよね……って、いったい全部で何台あんの……?」


 いまだ操作主フォルカーが見つからぬ状況で、俺たちはあっという間に十台以上のボロボロ無人車に取り囲まれてしまった。


 まるで真剣に対峙しているように、廃車がうなる。

 ご丁寧に、砕けたカバーの奥からヘッドランプをペカペカと光らせて。

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