RECORD3 『色』を見る少年と、『色』を撃つ少年(3)

 草地にのびてる、「爆弾魔ボマー」ことテオバルド・ベルマンさん。


 武装した七人の現地警察官。そのうち二人は裏切者ラット


「オリヅル」メンバー、世衣せいさんと折賀おりがと俺。


 今ここにいない「オリヅル」のメンバーも、敵組織幹部の出現を警戒しつつ、情報網を駆使して俺たちの行動をサポートしてくれている。

 が、現場の判断の多くは俺たち――特に年長の世衣さんにゆだねられている。


 俺たちの上司は各組織(特に中東に駐留する米軍と周辺国)への連絡が忙しく、こっちに細かい指示まではしていられないらしい。


甲斐かいくん、突入前の対象の様子、もうちょっと詳しく」


 世衣さんに問われ、最初にスコープでのぞいたときの記憶を手繰たぐりよせる。


「ええと……五人の『番犬ガード』に囲まれ、床にうずくまってました。意識はあるようだったけど、『番犬ガード』にも周りの状況にも注意を向けている様子はなかったです」


「『催眠』状態にあったってことかな。まだ続いてるかもしれない。私があいつらに話しかけて対象に近づき、睡眠薬を注入する。二人とも、それぞれ警戒を続けて」


「了解」


 世衣さんが隊長に近づき、英語で手短に説明する。相手が裏切者ラットだってわかってるのに、堂々としたものだ。


 うなずいた隊長が他の隊員たちに指示し、彼らの短機関銃がいっせいに「爆弾魔ボマー」に向けられた。


 俺たちは二十メートルほど離れた場所から、対象と部隊、双方に警戒する。

 世衣さんが近づくと、対象が身じろぎした。全員に緊張が走る。


 対象の目が開いた!


 隊員たちの『色』に、今すぐにでも発砲したい衝動と、逃げ出してしまいたい衝動がせめぎ合っているのがわかる。ついさっきまでさんざん爆破被害にさらされて、心身ともにボロボロなんだから無理もない。


 世衣さんは両手をやんわりと広げる形で彼らの衝動を押しとどめ、ゆっくりとその場に膝をつき、何かを語りかける。たぶんドイツ語。


 世衣さんの語りかけに、テオバルド・ベルマンさんがぽつぽつと何か答える。思ったよりも落ち着いている。


「世衣さん、どうやら『催眠』解けてます」


 無線で伝えると、彼女は小さくうなずき、テオバルドさんの肩を優しくなで、軽く抱擁ほうようまでし始めた。その度胸には恐れ入る。


 テオバルドさんが落ち着いたころを見計らって、世衣さんは肩を貸す形でゆっくりとその場に立たせた。


「彼を保護します。全員武器を下ろして。引き続き周囲に警戒を」


 肩を貸して支えたまま、ゆっくりと歩き出す。

 何もなければ、このまま近くに設営された作戦基地へ――


 そのとき。ひとりの隊員から黒いもやが一気に広がるのが見えた。ラットのひとり!


「折賀!」


 叫びざま、そいつの方向に指を差す。


 ラットの銃口が動く!


 が、銃口が上がりきるより先に、そいつ自身の体が五メートルほど横なぎに吹っ飛び、そのまま悲鳴をあげながら崖下へと転がり落ちていった。


 他メンバーの意識がそっちへ、次いで世衣さんや俺たちへと拡散する中、もうひとりのラット・隊長が、何かを叫びながら銃口を世衣さんの背中へ――


 再び折賀の「念動能力サイコキネシス」発動!


 隊長の体はなすすべもなく二十メートルほど空を切り、鈍い音を立てて建物の壁にしたたかに打ちつけられ、その場に崩れ落ちた。


 動揺が走る他の五人に向けて、折賀の英語での怒声が飛ぶ。


「そいつら二人は俺たちとの契約をたがえた! お前たちには今後俺たちの指示を厳守してもらう。これは国家の取り決めだ。反するなら米軍が黙っていないぞ!」


 その言葉と、獣のように鋭く威圧的な目。それで十分だった。


 再び念動能力サイコキネシスを使うまでもなく。

 折賀が発する「圧」は、指一本動かさずに五人の男の動きを封じたのだった。



  ◇ ◇ ◇



 折賀が、倒した二人を回収するよう五人に指示を出す。

 隊長に目を向けると、意識を失いしばらく見えなくなっていた『色』が、またうごめき始めた。意識が戻ったのか。


 折賀に伝えようとした瞬間、隊長やつの『色』が意識の範囲を複数方向へ伸ばすのが見えた。数百メートル離れた山地に、そして自分の指先に。


 指先の、通信機。何かを押した。

 俺はすぐさま双眼鏡型スコープを取り出し、折賀に押しつけながら山地の方向を指差した。折賀も無言ですぐにスコープを掲げる。


「迫撃砲だ!」


 世衣さんがテオバルドさんを担ぎ上げる。折賀がハンドサインで方向を指示。全員が動いた瞬間、


 振動と爆音と土砂と破片が、いっせいに襲いかかってきた!!


 すぐに身を伏せる。あたり一面が土煙に埋まり、着弾の惨状に支配される。咳き込む間もなくいきなり誰かに襟元を引っ張られ、数メートル先の地面に顔面から押し付けられた。


 見上げると折賀が、片手で俺の髪をつかみ、片手でスコープを山地の方に向けてにらんでいる。

 砲弾が俺たちに直撃しなかったのは、とっさに折賀がスコープ越しに射手を操作したからか。


「三人」とカウントしながら、折賀は膝立ちで再び狙撃の構えに入った。俺もスコープで位置を確認。また頭に手を置いてサポートする。


 白銀の銃、「PK銃」による反撃。

 銃口から放たれた見えない弾丸が、標的までを結ぶ線を穿うがつ。

 まだ晴れない土煙も、長距離を一瞬で抜ける折賀の牙を阻害することはできなかった。



  ◇ ◇ ◇



 折賀が仕留めた番犬ガードを、現地支局員たちが回収に向かう。

 どうやら山地には、三人の番犬ガードが催眠状態で潜伏せんぷくしていたらしい。「爆弾魔ボマー」確保失敗の際、隊長の合図で砲撃を開始するようあらかじめ「セット」してあったのかもしれない。


 世衣さんがテオバルドさんをなだめたことで、幸い「爆弾魔ボマー」による爆破はそれ以上起きなかった。世衣さんの魅力、恐るべし。


「私がずっと一緒にいた方がいいってボスが言うから、しゃーないけどヴァージニアまで付き添うわ。二人は先に日本へ帰ってて」


 さっぱりとそう告げる世衣さんに、お疲れさまです、と頭を下げてから問いかけた。


「テオバルドさん、世衣さんに向かってずっと同じようなこと言ってましたよね。なんて?」


「きみの連絡先教えて~、だって。私はハニートラップ要員かっての」


 思わず笑った。店と車をなくして兵器扱いまでされてるのに、ずいぶんとのん気なもんだ。


「世衣さんだったら無自覚でハニートラップしちゃうんでしょうね」


「一応言っとくけど、組織としては禁止してるんだよ。あれはほんとにこじれるから。絶対ないと思うけど、きみたちも寂しいマダムやお嬢さんをたらし込んだりしないようにね」


 うん、絶対ない。そんな度胸があったら「彼女いない歴」更新してません。


 テオバルドさんを乗せたのとは違う装甲車に、警察と中東支局員たちが、次々に「番犬ガード」を乗せていく。


 折賀が狙撃した取引現場の五人と、迫撃砲の三人。町で捕獲した一人。

 九人とも、多少の怪我は負ったものの命に別状はない。


 折賀の能力「PK銃」は、対象を傷つけずに痛点だけに刺激を与えることで、「相手に『撃たれた』と思い込ませる」ことに成功した。

 思い込ませるだけで相手の動きを止め、あとはたやすく制圧することができる。実弾銃ではなしえないことだ。

 これだけのドンパチが繰り広げられたのに、結局誰も死ななかった。


「やったな、お前」


 一言だけ、素直に伝えた。


 折賀は無言だったが、口角が少しだけ満足げに上がるのが見えた。



  ◇ ◇ ◇



 俺たちも車に乗ろうかというタイミングで、俺のスマホが電話の着信を伝えてきた。

 画面を見るなり、落としそうになりながら慌てて応答操作をする。


美弥みやちゃん!」


 そばで折賀と世衣さんがあきれたり笑ったりしてるけど、かまうもんか。

 美弥ちゃんはただひとりの俺のヒロインだ。完全片想いだけど。


『甲斐さん、元気ですか? 今電話しても大丈夫?』


 懐かしい、鈴の音のようにここちよい声。嬉しさに心臓が踊りまくる。


「ぜんっぜんだいじょーぶ! 美弥ちゃんも元気だった?」


『元気だよー。アティース先輩が、仕事が終わったタイミングだから電話してみろって。大学のバイトで学会のお手伝いに行ってるんでしょ? 遠くて大変だけど、楽しそう』


「うん、楽しいよ!」


 いつかきみも、一緒に行こうよ、海外へ。

 そんな言葉を、口には出さずにそっと胸の奥にしまい込む。


 ――ん? ちょっと待て。


「ええと、今、アティースさんと一緒にいる……?」


『うん! 先輩と大学のカフェでお茶してるの。おしゃれなメニューがたくさんあって楽しー!』


 俺はがっくりとうなだれた。

 俺たちの上司は、たった今、俺のヒロインと楽しくお茶なんかしてる。

 ついさっきまで、国やら軍やら相手に忙しく立ち回っていたというのに。


 そりゃ、あの人が美弥ちゃんのそばにいれば、何があっても安心だけど。ちょっと複雑な気分。

 折賀が何やら言いたげにこっちを見てるので、その気持ちを代弁してやった。


「折賀が、帰ったら豚骨ラーメン食べたいんだって」


『またラーメン?』


 あきれながら笑うその声が、耳元に少しくすぐったい振動を与えてくれる。


 この子とたわいもない話をするこんな時間が、俺は何よりも好きなんだ。



  ◇ ◇ ◇



 帰国後。


 俺と折賀は上司に正座させられた。

 首輪もまだ外させてもらえない。


「よりによって、テロ組織が潜伏する武装地帯のすぐそばをカンガルーみたいにピョンピョン跳び回っていたそうだな? 米軍や周辺国に釈明するのがどれだけ大変だったか、足りない脳みそでも理解できているか?」


 折賀が正座させられるのはわかる。

 でも、なんで俺まで!


 結局、敵対組織の「幹部」は出現しなかった。

 あの人物はかなりの気まぐれだし、何より「おっさん能力者ホルダー」に飽き飽きしてるので、三十八歳のテオバルドさんにもさっさと見切りをつけたのかもしれない。



  ◇ ◇ ◇



 世界のどこかに『能力者アビリティ・ホルダー』が現れれば、また俺たちが駆けつける。


 何の役にも立たないヘッポコ能力から、国を滅ぼしかねない超危険能力まで。


能力者A・ホルダー売買組織」に渡さないために。

 能力者ホルダー本人と、その周辺にとって、最善の方策を捜し出すために。



 そして何より、俺と折賀にとっていちばん大切な、あの子を守るために。

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