CODE19 俺の親友が殺人鬼だった件(3)

「どこへ連れてく気だよ」とくと、モスグリーンの少女・コーディは「あははは」と陽気に笑った。


「普通そんな質問には答えないし、今すぐ殴ってキミを気絶させるもんなんだろうけど、ボクはそんな乱暴なことしないよ。せっかくだからキミと楽しく話したいし、キミに何かあったら可愛いミヤちゃんが暴走しちゃうからねー」


 美弥みやちゃんの名を聞いて、頭に血がのぼりそうになる。落ち着け、俺!


 窓の外を確認する。まだしばらくは、見覚えのある地元の景色が続くはずだ。


「カイくん、思ったより素直に車に乗ったけどさ。もしかして、すぐにチームが助けに来てくれる、とか思ってない?」


 ……こいつ、俺の神経をわざと逆なでしてるとしか思えない。


「残念ながら、CIAはよっぽどの算段がない限り、敵に捕まった工作員の救出なんかしないよ。きみ、『オリヅル』の指揮官から首輪もらったでしょ。今はポケットに入ってんのかな?」


 なんで、そんなこと知ってんだよ。


「ネームタグが付いてるけど、そこに何も彫られてないよね。軍人のドッグタグとは違う。つまりはまあ、そういうことだよ」


 諜報工作員、つまりスパイである限り、敵に本名を知られるような物は身に着けないし、組織も関知しないということだ。


 でも、その無記名タグの中に、GPS発信機が埋め込まれていることは知ってるんだろうか。


「だからね、最初っから救出なんかあてにしない方がいいよ。でも安心して、今日は二人ともちゃんと帰してあげるから。さっきも言ったとおり、ボクはミヤちゃんを暴走させたくないし、今日はキミとお話しできるだけで充分。GPS信号を遮断する方法なんていくらでもあるけど、今はやんないでおくね」


 こいつ、俺の心をのぞける能力者?


「ボクばっかりキミたちのことを知ってるのも不公平だから、ボクの能力のネタバレしといてあげるよ。ボクは『催眠能力者ヒプノティスト』。催眠術みたいな暗示をかけて、人を操ることができるの。やっぱり、かかりやすい人とかかりにくい人がいるけどね」


 じゃあ、「番犬ガード」のやつらは……


「だから『番犬ガード』なんて兵隊を作ることもできる。でもどういうわけか、ボクの組織に集まるのは『能力者A・ホルダー』も『番犬ガード』も、ムサい男ばっかなの。このフォルカーみたいなおっさんばっかなの。さっきの金髪の可愛いお姉さん、『オリヅル』じゃなきゃ『番犬ガード』にしたかったなー」


 フォルカーと呼ばれたおっさんは、黙々と運転を続けている。

 自分の名が呼ばれたことはわかっても、日本語はわからない様子。


「ちなみに、タクミくんも『催眠能力者ヒプノティスト』だよ」


 思わず、俺の横で気を失ってるタクを見る。

 ミニバンが律義に赤信号で停車するが、さすがにこの状況で逃げ出す気にはなれない。


「といっても、他人じゃなくて自分に暗示かけちゃう人。言い換えれば『自己暗示能力セルフ・サジェスチョン』かな。対象が自分に限定される分、ボクがかける催眠よりもずっと強い暗示になる。受験ストレスかなんかで発現しちゃったんだろうねー。ストレスで能力アビリティが発現ってのは、オリガ兄妹やキミと同じだね」


 こいつ、どのツラさげて!

 折賀おりが兄妹が能力を発現させてひどい目に遭ったのは、完全にお前らのせいじゃねえか!


 俺がめいっぱいにらんでるのもかまわずに、コーディだけが楽しい会話は続いていく。


「そんでねー、可愛いパーシャちゃんが……あ、パーシャちゃんってのは、ボクの組織で唯一の可愛い女の子なんだけど」


 お前の組織の子じゃねえし!


「パーシャちゃんが探知してタクミくんを見つけたんだけど、彼、全然自覚ないからさー。ちょこっと彼のPCに細工して、自分に暗示をかけるように仕向けたんだよ。たとえば、『自分が殺人鬼だったら世界はどんなふうに変わるだろう』って、考える機会を作ってあげてね」


「やっぱりタクが変になったのはお前らのせいか!」


「あ、やっと答えてくれたね」


 コーディは俺の方を向いて笑った。

 大きめの黒ぶち眼鏡の効果か、見た目はいたずら好きの明るい女子にしか見えない。


「タクを捕まえてどうする気だよ。『番犬ガード』みたいにこき使うのか?」


「残念ながら、彼に『番犬ガード』の適性はないよ」


 また、わざと俺をイラつかせるような物言いをする。


「キミと同じく戦闘経験はないし、体は受験勉強ですっかりなまってるし。おまけに能力の使い勝手が悪い。まあ、それでも『暗示』が成功すればテロ組織の自爆要員としての使い道はあるから」


「はぁ!?」


「テロ組織には売れるかも。最近彼らも人員不足らしくてね。売れたらボクらの資金源にするよ」


「売るって……ふざけんな!」


「しょーがないでしょ、ボクの組織はキミたちと違って国家予算なんか下りないんだからー。ま、今日はいろんなテストとキミとの顔合わせがメインだから、そこまでしないって。この次は、わかんないけどね」


 そのとき、ミニバンが見覚えのある場所で停止した。


「あー、もう着いちゃった。カイくん、残念だけどおしゃべりはここでおしまいね」


 そこは、高一のときからお世話になってる俺のバイト先――「青果集配センター」の前だった。


「降りていいよ。キミにはボクが何色に見えるのか、今度会ったときに教えてね」


 次回の約束をにおわせながら、不敵に口角を上げる少女。

「油断ならないやつ」であることは確かだった。


 車を降りると、同時にフォルカーのおっさんもドアを開け、低い声で何か言いながらタクをかつぎ上げて、道路わきに座らせた。


 乱暴に放り出さなかったことといい、俺の目を見て何か言ってる口調といい。この人は根っからの悪人には見えない。コーディには渋々しぶしぶ従っているんだろうか。


 俺とタクを残して、ミニバンが発車する。

 同時に、集配センターの中からけたたましくサイレンを響かせたパトカーが四台ほど飛び出してきた。「オリヅル」が追跡を指示したんだろう。


「――お前の色は、『無心』と『絶望』の混ざった色だよ」


 彼らが消えた方向を見つめながら、俺はそうつぶやいた。



  ◇ ◇ ◇



 折賀とパトカーが、「番犬ガード」どもの乗ったバンを追い込んだのが、ちょうどこの集配センターだった。


 今日はセンター自体が休業日なので、駐車場に車は一台もなく。

 門さえ開けてしまえば、大型トラックや大勢の従業員の車がゆったり停められるほど広大なスペースが、数台のパトカーで取り囲むのにちょうどよかったわけだ。


 門から駐車場をのぞくと、一台だけ残されたパトカーの周辺で、何やら連絡や指示をしている警察官が数人。

 センターの搬入口付近に、見事に頭から突っ込んだ状態のバンが一台。


 そして、俺に背中を見せてたたずんでいる、ひとりのチームメイト。


 声をかけると、折賀はこっちにやってきた。まだ険しい顔をしている。


岩永いわながは」


「ここにいる」


 タクはまだ気を失ったままだ。フォルカーのおっさんに座らされた姿勢のまま、両手と両腕をそれぞれバンドとロープで拘束された状態のまま。


 今までのいきさつをさらっと説明する。

 折賀は、大筋はすでにアティースさんとの通信で知っていたらしいが、それでもパーシャという子の名前を聞いたとき、つらそうに目を伏せた。


「……折賀?」


「エルと矢崎さんは、正気に戻ったそうだ」


「そっか、よかった!」


「今こっちに向かってるから、そのまま岩永を運んでもらう」


 三人の無事を確認したわりには、やつの表情は少しも晴れない。


「どうした? 『番犬ガード』のやつらはどうなった? 捕まえたんだろ?」


「……全員、死んだ」


「は!?」


 聞き間違いかと思った。


「あの車内で、全員頭部を撃ち抜かれた状態で。運転手含め計四人。おそらく運転手が指示されていたんだろう。捕まりそうになったら全員撃て、と」


「……あいつ……!」


 間違いない、コーディだ。あいつがそう「催眠」したんだ。

 人の命をなんとも思ってない、モスグリーンの色をした殺人者!


「俺は、パーシャの居所を知りたかっただけだ。こいつらを殺すために追ったわけじゃない……」


 まるで腹の底から絞り出すような、つらそうな声。

 色が、震えている。折賀は今、人の死に傷ついている。


 こいつは、まだ何も知らなかった高二のとき、自分たちを拉致しようとした「アー」のやつらを全員殺してしまった。


 アティースさんに、「人を殺すしか使い道のないクズ能力」だと言われた。


 たった今も、手を触れずに俺や警察官たち、全員を簡単に殺せる手段を持っている。


 だからこそ、こいつは人が死ぬことが怖いんだ。


「お前が殺したわけじゃない。お前のせいじゃない。お前は、何も間違っちゃいねえよ」


 ゆっくり、言い聞かせるように話す。

 折賀も、言葉を捜しながらゆっくりと答える。


「……また同じ状況になったら、俺はきっと同じようにやつらを追いかける。また、何度も、人が死ぬかもしれない」


「だったらそのたびに言ってやる。『お前は悪くない』って、何度でも俺が言ってやるよ」


 自分の言葉の力強さを確かめるように、ポンとやつの肩に手を乗せる。


「これ以上人を殺したくない」という、やつの声が聞こえたような気がするから。

 こいつにそんなことはさせたくない、と強く思う。


「……甲斐」


「ん」


「豚トマトと鶏カレー、どっちがいい」


「……へぇっ? なんの話?」


「今夜の鍋の話」


「お前、なあ……そんじゃ、トマトで……」


 少しだけ、折賀にいつもの表情が戻っていた。


 その背後で、俺の目の前で。


 また、黒いもやが大きく動いた。

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