CODE18 俺の親友が殺人鬼だった件(2)

「タクーーッ!!!!」


 俺の叫びが終わるより先に、何か細い物がヒュンッ! と空を切った。


 その何かが、タクの右手に高速で巻きついて動きを封じる。タクは体勢を崩し、右手から地面に倒れ込む。


 昨日トレーニングルームで見た、両端に重い分銅ふんどうが取り付けられた白いロープ。タクの動きを封じたのは、その重量と遠心力だ。


「彼女を中へ!」


「はいッ!」


 ロープを投げたエルシィさんがタクの方へ駆け寄るのと同時に、俺も駆け出して相田あいだを玄関の中に押し込んだ。


「えっ、センパイ!?」


「鍵かけて! 絶対出てくんなよ!」


 相田はすぐに俺の言葉どおり動いてくれた。

 扉を閉めて鍵のかかる音を確認すると、ちょうどエルシィさんがタクの背に馬乗りになり、後ろ手をバンドで縛ろうとしてるところだった。


 なんだかわからんけど、最悪の事態はまぬがれたっぽい。よかった――


「……ツッ……!」


 片手で自分の顔をおおったエルシィさんが、急にその場で崩れ落ちた。


「えっ……」


 数メートル離れた場所から、誰かが拳銃らしき物をこちらに向けている。外人の男。


 ――「番犬ガード」か!


 もうひとり、またひとり、と違う男たちが姿を現す。

 全員ごく普通の私服姿で、町中まちなかで見かけても誰も気に留めないだろう。


 気づくのは、俺だけだ。

 全員、周りにあるはずの『色』が、ない。


 いや、あるにはあるが、限りなく透明に近い。幽霊よりも薄いなんて。

アー」所属の工作部隊。組織に感情を奪われちまったのか。


 三人の番犬ガード、全員が俺に銃口を向けている。

 ひとりが耳に手を当ててボソボソと何かをつぶやく。誰かと通信し、指示を仰いでいるらしい。


 突然、ひとりが大きく空を切った。


 まるで投げ出された人形のように勢いよく吹っ飛び、近くの電柱へ激突。その体が地へ落ちるよりも先に、黒の疾風が瞬時に目の前へ飛び込んできた。

 風は別の番犬ガードが向けている銃口をかわし、そのこめかみに高速でハイキックを叩き込む!


 強烈な蹴りを受けた男が衝撃で吹っ飛ぶのと、三人目が別方向に大きく飛んでよそんちのブロックで背中を強打したのが、ほぼ同時。それぞれが、とても無事では済まないであろうにぶい音を立て、そのまま地に倒れ込む。


 ――普通なら、これで全員終わりだ。


 でも、こいつらは終わらない。何ごともなかったように立ち上がる。

 感情どころか、痛覚までどっかに置き忘れてきたみたいだ。


 折賀おりがの目が、かつてないくらいに険しくなる。

 やつらが銃を拾うより先に、再度高速で飛びかかる。念動能力PKでひとりを吹っ飛ばすのと同時に、残りの二人に強烈な連撃を叩き込んで地に沈める。


 三人とも、折賀がいる限り俺とタクの方へは近づけない。単純に戦闘能力で考えれば、折賀の方が上だ。が、いったん地面に投げ出されてぐにゃりと倒れ伏したはずの体が、またも立ち上がり、銃を拾おうとする。


 ひとりを吹っ飛ばしながら、折賀がこっちを見た。 

 俺はうなずいて、折賀が三人を撃退する隙に走って銃を回収。三丁の銃を、すばやく相田んちの垣根の奥に投げ入れた。


「……う……甲斐かい……」


 相田んちの玄関前で、倒れたエルシィさんの下からタクがい出てきた。


「タク! お前……」


 血の気が引いたタクの顔と、倒れたエルシィさんと、どこかに落ちているはずのナイフ。俺の目が、せわしなく行き来する。


「甲斐……俺なにやっちゃったんだ? なんかおかしいんだよ。塾にいた、はずなのに……」


「タク、今は動いちゃだめだ」


 タクを見据えながら、少しずつ移動してナイフを捜す。

 突然、タクが口を押さえて大量に嘔吐おうとした。


「ゲェッ……! ウグッ、あっ、頭が痛え……っ!」


「タク!」


 思わず駆け寄って、親友のもとで膝をつく。


 その瞬間。ひとつの小柄な体が下半身を浮かせ、伸ばした右足でタクの背中に強烈なミドルキック!


 倒れ込むタクに再度ロープが投げられ、両腕と上半身に強固に巻きついてその動きを奪う。

 今度こそ、エルシィさんはタクに馬乗りになって拘束を完了させた。


「大丈夫ですか、甲斐さん!」


 俺は、また震え出した。タクのすぐそばにナイフが落ちている。


 まさか、今、これで俺を刺そうとしてた……?


「『番犬ガード』は捕獲完了までは麻酔弾を使います。しばらく動けなくなりますので、気をつけて――」


 その語尾にパトカーのサイレンが重なる。ようやく警察が駆けつけたらしい。


 が、パトカーよりも先に、住宅街では危険すぎる速度で一台のバンが突っ込んできた!

 大きく開けられたドアに、番犬ガードの三人が跳んで転がり込む。すぐにドアが閉められ、狭い住宅街をけたたましくうなりを上げて走り去っていく。


「逃がすかッ!」


 すぐさま折賀が追走!


 高校時代に「神速」とうたわれ、おそらく高校全国レベルの駿足を誇っていたやつの足は、そこに念動能力サイコキネシスをかけることでまさに猟犬並みの速度を発揮する。

 アティースさんの話では、やつのトップスピードは猟犬の最高速度・時速七十七キロを超えるそうだ。「最速の黒い猟犬ブラック・ガゼルハウンド」のコードネームは伊達だてじゃないらしい。


 狭い住宅地のこと、やつはすぐに追いついてその辺の電柱を蹴る。黒ジャージが宙を舞い、難なくバンの上に足をつく。その足が運転席側の窓を蹴ったところで、バンは俺の視界から消えていった。


 エルシィさんによると、現在「オリヅル」指令室ではCIAの衛星でバンの動きを捕捉ほそくし、警察と連携して逃げ場のない場所へ追い詰めているとのこと。


 逃げる番犬ガード、それを車上から攻撃する折賀。さらにサイレンを鳴らして包囲を狭めていくパトカー。

 俺が見えない場所で、今まさに大がかりな逃走劇カーチェイスが繰り広げられている。


 ――そのとき、タクを押さえたエルシィさんと俺の前に、今度はミニバンが一台停止した。


 ドアを開けた運転手は、すらりとした黒スーツ。矢崎やさきさんだ。

 彼が車を降りると同時に、エルシィさんが言った。


「甲斐さん、お友達は『能力者A・ホルダー』としていったんチームで捕獲します。ご理解ください」


「え、じゃあ、タクんちと相田に事情を……」


「それはあとで!」


 矢崎さんが、気を失ったらしいタクをかつぎあげ、後部座席に乗せる。

 急がなきゃいけないらしい。タク、相田、ごめん!


 俺たち三人がミニバンに乗り込もうとした、そのとき。


「ちょっと待ってよ。その子はボクが先に見つけたんだよ?」


 振り向くと、高校生くらいに見える白人の少女がひとり立っていた。



  ◇ ◇ ◇



 少女の姿を認めた瞬間、二つの拳銃がそれぞれの着衣の中から取り出され、いっせいに銃口を向けた。


 今まで温厚な印象だった矢崎さんが、厳しい目つきで少女をにらみながら宣告する。


「『アルサシオン』幹部、コーディリア・ロークウッド! あなたを『捕獲』します!」


 ――――!


 この、女の子が『アー』の幹部!?


 短めの髪をなぜかモスグリーンに染め、サイドには黒のメッシュが入っている。同じくモスグリーンのモッズコートをはおり、黒ぶち眼鏡と黒ジーンズ。

 そして、とり巻く『色』までモスグリーン。全身をコーディネートしてるつもりなんだろうか。


「いやだなあ、その呼び方。コーディって呼んでよ」


 少女は、自分に向けられている銃口も視線もまったく意に介さずに、そのまま近づいてくる。


 急に、エルシィさんと矢崎さんの様子がおかしくなった。

 二人の『色』が大きく揺れ動き、呼吸が乱れ、拳銃を握る手が震えだす。


 その震える手が、銃口をモスグリーンの少女から外し――互いの眉間みけんに向けられた!


「だあーッ!」


 飛び出してエルシィさんを突き飛ばし、その反動で今度は矢崎さんの脚に全力タックル!


 俺にはこんなやり方しかできない。二人の動きがにぶくなっていたのが幸いだった。

「オリヅル」メンバーが三人そろって路上に投げ出される、という醜態しゅうたいを余裕の表情で眺めていたモスグリーン――コーディが、俺に向かって笑いかけた。


「見ての通り、ボクは人を操ることができるんだ。カイくん、キミがタクミくんと一緒に来てくれるなら、みんなの命は助けてあげるけど、どうする?」


 こいつ……ッ!


 体を起こしてにらみつけると、エルさんと矢崎さんがもぞもぞと動き出すのがわかった。二人とも地に伏せたまま、震えながら右手を地面にわせている。

 近くに転がった銃を取ろうとしている、と気づいたとき、背後に小さな悲鳴があがった。


 ヤバい。住民が来た。コーディが、さらにニッと口角を上げる。


 このままでは、無関係の住民にまで害が及ぶ。

 この状況で俺にできることは、ひとつだけだ。


「……わかった」


 今は従うしかない。すぐにチームが助けに来てくれるはずだ。

 さりげなく腰に手をすべらせて、ポケットに「それ」が入っていることを確認する。


「じゃあ乗って! 楽しいドライブの始まりだよ!」


 ミニバンに目を向けると、いつの間にか、運転席に外人の痩せたおっさんが乗り込んでいた。


 おっさんは、何か言いたげな目で俺を見ている。

『色』もちゃんとある。さっきの「番犬ガード」どもとは違うのか。


 俺はミニバンの後部座席に乗り込んで、タクの横に座った。

 コーディが助手席に乗り込んだところで、ミニバンが動き出した。

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