CODE17 俺の親友が殺人鬼だった件(1)

12月26日


 朝。目を覚ますと、折賀おりがが黒いTシャツを手にとって眺めていた。


 となりのダイニングで朝食の準備を始めた美弥みやちゃんが、今日も小鳥のように澄んだ声で話しかけてくれる。


「それ、お兄がアメリカ行ってる間に、クラスの井出いでさんって人が持ってきてくれたの。一度くらい着てみたら?」


「あ、二年一組の組T! なつかしー!」


 俺は飛び起きてTシャツをのぞき込んだ。

 生地色は黒だけど、左胸と背中では、クラスの女子がデザインしたイラストが堂々と「甘味処あまみどころ」であることを主張してる。

 あんみつにお団子、それからなぜか狐のお面とか、顔のある提灯ちょうちんまで。妖怪喫茶みたいだけど、ポップでよくできたデザインだと思う。


「クラスでこれ着てないの、お前だけだもんな。ちょっと着てみろよ。一応黒だから、着てってもアティースさん文句言わないんじゃね?」


 アティースさんの名前に美弥ちゃんが反応する。

「お兄に黒い服、山ほど買わなきゃ……」とか言ってる。


 しばらく考えた末、折賀はそのシャツに首を通した。

 アメリカで筋肉つけてきたからか、肩や胸周りがほんの少しきつそうに見える。俺も早く筋肉つけてーな。


「去年の文化祭、問題なくうまくいったのか」


 朝食の納豆ご飯をかき込むあいまに、折賀がいてきた。

 折賀は文化祭の委員だったのに、例の「片水崎かたみさき第一小学校事件」が原因で、文化祭当日前にいきなり学校を辞めることになっちまったんだ。


「なんとかなったよ。お前、メッセージで当日の仕事とか細かく知らせてきたじゃん。タクがあれ見ながらクラスのやつらに仕事割り振って、なんとか回せた。相田あいだも手伝ってくれたし」


 タクにしてみれば、できたばかりの彼女――相田と、一緒に仕事するいい口実にもなったしな。


「あんだけやる気なさそうだったクラスの男子どもも、けっこうはりきっちゃってさ。で、楽しかったから、今年の文化祭もまたクラスで店出したんだ。タクも、国立受験組のくせに組委員長やっちゃって。俺もつられて副やったけど、けっこう楽しかったな」


 思えばあれが、俺にとって最後の「楽しい学校生活」だったのかもしれない。

 折賀には、それすらもないんだよな……。あんなに仕事頑張ってたのに。


 でも、やつの顔は少し嬉しそうに見える。


岩永いわながに会ったら礼言っとかないとな」


「じゃあ、タクの受験が終わったら三人で会おうよ。あいつビックリするぞ」


 そんときのあいつの顔を想像して、思わず俺も笑ってしまった。



  ◇ ◇ ◇



 朝食の片づけが済むころ、インターホンの呼び出し音が鳴った。

 モニターを見ると、短めの金髪を揺らしたエルシィさんが立っている。


「あれ、エルシィさんが来てる。朝から何だ?」


「あ、そういえば言ってなかったかも。大学のエルさん、うちのおとなりさんなんですよ」と美弥ちゃん。


 となり?

 

 確か美弥ちゃんの認識では、アティースさんやエルシィさんは大学の心理学研究室の先輩で、研究のために美弥ちゃんの部活に顔出すようになって、その縁でよく遊んでもらっている――ということだった。もちろん、美弥ちゃんを護衛するためにそういう形を取ってるんだけど。


 美弥ちゃんが玄関ドアを開けると、「美弥さん、おはよーございます!」と、聞き慣れた元気な声が飛び込んできた。


 そこにいたのは、いつもの黒スーツに身を包んだエルシィさん――と、茶色の髪の、ひとりのちっこい男の子。


「エルさん、レイくんおはよー!」


 美弥ちゃんも負けないくらい元気にあいさつを返す。


「美弥さんから預かってた自転車、直りました! やっと学校まで乗っていけますね!」


「ほんと? ありがとうございますー! ちょうど今日部活に行くところだったんですよー」


 あっというまに玄関先が華やかな女子トークに包まれる。

 男の子まで、「ミヤちゃん、ナベ食べたい!」なんて朝から言ってる。


 あとで聞いた話によると、エルシィさんは、レイテスという名前の五歳の甥っ子をひとりで育てているそうだ。

 わざわざとなりに住んで、こんな風に何かと美弥ちゃんを気にかけてくれている。「オリヅル」の護衛、さすが抜かりがない。


 美弥ちゃんが自転車をゲットしたので、これで「朝から三人で学校まで走りまくるぜ計画」が始動することになった。


 折賀はお決まりの黒ジャージ、俺はグレーのジャージ。わかりやすいように、なんかこれで色固定するらしい。


 美弥ちゃんは、紺のセーラー服の上に同じく濃紺のコート。

 いつもの両サイドの三つ編みが、制服姿にしっくりとなじんでいる。


 やっぱいいなあ、セーラー服。

 美弥ちゃんのふわっとして清楚せいそなイメージによく似合う。



  ◇ ◇ ◇



 広い川沿いを走るにしても、その前に駅前商店街を抜けなきゃならない。

 通勤の人々がせわしなく駅に向かう通りを、美弥ちゃんはいったん自転車を降りて歩いて通り抜ける。


 もうすぐ商店街を抜けようかというとき。


「二人とも、ちょっとストップ」


 俺は歩を止め、慎重に言葉を選んだ。


「……今、黒い『色』が見えた」


「なにか悪い感情を持った人がいる、ってこと?」


 俺の心臓が早鐘を打ち始める。

 ただ黒いだけなら、ここんとこ物騒続きで見慣れてるからここまで動揺しない。今だって折賀が「黒さん」しょってきてるし。


 問題なのは、その『色』の主が俺の親友――岩永いわなが拓海たくみ、ってことだ。


 折賀もその姿を認めたらしい。


「最後にあいつに会ったのは」


「終業式だから、五日前」


「そのときの様子は」


「特に変わりはなかった。かなり勉強に疲れてるみたいだったけど、あんなに黒くなるなんておかしい」


甲斐かいさんのお友達?」


 心配そうに美弥ちゃんがいてくる。

 俺はできる限り「いつもの顔」を作ろうと努めた。


「親友なんだよ。疲れてるみたいだから、ちょっと声かけてくる。二人は先に学校行ってて」


「美弥、行くぞ」


「えっ、ちょっと待って!」


 折賀がランニングを始める。美弥ちゃんが慌てて自転車に乗る。二人はそのまま、後方からすっとタクの横を通り抜けた。


 タクは、元同級生が通り過ぎたことに気づくこともなく、平然とした様子で歩き続けている。その足取りに、特におかしな様子は見られない。あいつの異変に気づいてるのは俺だけだ。


 いつもなら、駅前の塾に朝から缶詰めになってるはず。

 この時間に、塾を背にして自宅方面へ歩いていくのはなんでだ。忘れ物を取りに帰ってる、なんて単純な話じゃなさそうだ。


 慎重に、距離をとってタクを尾行する。

 が、尾行の専門訓練なんて受けていない俺は、タクの自宅に着く前にあっさりと気づかれてしまった。


「あれ、甲斐じゃん。バイトこっちだっけ?」

 

 表面上は、なんの変化もないように見える。

 でも、まだ黒い。なんでだ。


「駅前歩いてたら、たまたまお前が見えたからさー。どうしてるかなと思って。勉強はかどってる?」


 俺も、不審がられないよう、できるだけ普段の調子で話す。


「うーん、まあなんとかなるんじゃないかな」


 あれ。軽い違和感。


 五日前まで、毎日のように「地獄が見えた」だの「いっそ殺してくれ」だのわめき散らしてたのに。五日でなんとかなるもんなのか?


「あれ」を試してみるか。見えたり見えなかったりの、残留思念視能力サイコメトリー


「タク、ちょっと待って。頭に変なゴミついてるぞ」


 そう言いながらタクの頭に触った、そのとき――


 俺は、信じられない思いで棒立ちになった。


 うそだ。なんで。なんでだよ。


「取れた?」


 相田が、死んでる。体をズタズタに引き裂かれて、血の海の中に横たわって。


「甲斐? なんだよ。悪いけど、俺もう行くから」


 息が、苦しい。俺、なんてもん見ちまったんだよ。


 これはバグだ。そうだ、そうに決まってる。こんなこと、現実にあるわけない。


 でも、あいつの後ろ姿は相変わらず黒い。今までに見てきたどんな人間の黒よりも、さらに黒い。

 タク、なんで。どうして……。



  ◇ ◇ ◇



「甲斐さん! しっかりしてください!」


 いつの間にか、エルシィさんが俺の両肩を揺らしていた。


「……あ?」


美仁よしひとさんから連絡がありました。甲斐さんが今見えたものを、チームのみんなにわかるようにはっきりと話してください」


 無理だよ。あんなの言えねえよ。

 震えが止まらない俺を、エルシィさんはしっかりと見つめて言った。


「甲斐さん、聞いてください。つい先刻、ジェスの監視網が『Aアー』の工作員、通称『番犬ガード』の存在を感知しました。ピエロなんかとは比にならないくらい危険な兵隊なんです。

 そいつらが、今あなたのお友達の自宅に近づいています。お友達を助けたければ、まず私たちに情報をください。お願いします!」


 彼女の真剣なまなざしと、俺の肩をつかむ強い力が、ようやく俺の震えをしずめてくれた。


 見たありのままを話すと、彼女は俺を落ち着かせるようにポンポンと背中を叩いてくれた。


「相田さんという方は、彼の自宅のとなりに住んでるんですよね。このままついていけば、真相がわかるかもしれません。

 甲斐さん、あなたが見た映像は現実ではなく、彼の想像ってこともあり得ます。あらゆる可能性を想定して動きましょう」


 想像! 吐き気がするくらいすげえリアルだったけど、今はそう願うしかない。


 俺とエルシィさんは、タクの自宅に向かって慎重に歩き始めた。


「『Aアー』のやつらが出てきたってことは、まさかタクが能力者、とか?」


「可能性はあります」


 二人の自宅が見える場所まで来た。

 タクが、相田の家の前に立っている。


 家の中から何やらけたたましい音がして、ガチャリと扉が開く。

 中から、マスクをしたパジャマ姿の少女が現れた。


「タクッ! わたしの風邪が治るまで来るなって、あれほど言ったのに! さっさと帰れー!」


 よかった! 生きてる! 相田!


 タクは左手で相田の頭をグリグリとなで回す。

 相田が照れたようにその手を払おうとすると、タクの右手が彼女の頭上にかかげられた。


 その手に、ナイフが握られていた。

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