CODE20 甲斐の能力者捕獲バイト、初完了!
すべては一瞬だった。
タクが伸ばしたナイフの切っ先を、
かわしざまにタクの右手を捕まえ、素速く鮮やかに背負い投げ――
空に浮いたタクの体を、そのまま地面に叩きつける!
左手でタクの右手をつかんだまま、右手でタクの喉元を押さえた折賀が、両目をタクにしっかりと合わせながら言う。
「お前は人を殺したりしない。勘違いするな。お前は人を殺さない」
「ウゥ……」
折賀の下で、タクが震えている。
「お前は人を引っ張っていける男だ。迷ったときは、
「……う……」
タクの『色』が、ようやく、少しずつ薄くなり始めている。
その目が、折賀の目ではなく、折賀の胸のあたりを見つめているのに気がついた。
折賀の胸元には――黒ジャージのファスナーの隙間から
「……組Tじゃん……」
タクの『色』から、黒が消えた……!
「あぁーーーーっ!」
いきなり奇声を発し、折賀までビクッと驚かせる。
「しまったー!
タクの『色』が、いつものオレンジに戻ったー!
「タクーーーーッ!」
「わふっ!?」
折賀を押しのけ、思わずタクに抱きついてしまう。
「タクのバカやろーッ! あいつに金なんか貸したら二年は戻ってこねーぞー!」
「ええぇ? お前に抱きつかれて泣かれるレベル?」
まともなタクとの感動の再会に
とりあえず、タクは
「そういえば、さあ」
矢崎さんが運転するミニバンに乗り込みながら、タクが言った。
「風邪ひいてパジャマ姿の
「あとで相田に聞いてみれば?」
その相田や俺を刺し殺そうとしたことは、今は黙っとこう。
◇ ◇ ◇
病院に到着すると、「何かあったら呼んでくれ」と言い残して、折賀はお母さんの病室に向かった。
あとで見に行ったら、ベッドのはしに
検査には、俺がずっと付き添った。
まだ事態がよくわかってないタクの緊張を少しでも和らげるため、「オリヅル」メンバーは離れた場所で待機。
MRI検査中、検査室の外の廊下でひとりで待ってると、どこからかアティースさんが現れて、長椅子の俺のとなりに腰を下ろした。
「彼は『
捕獲、管理……。
親友に使いたい言葉ではない。
「あいつはどうなるんですか? まさか、アメリカの施設に連れてって監禁なんてしませんよね? あいつ、来月から受験なんですけど……」
「検査結果と、本人の様子を見て判断する」
「そうですか……」
うつむいた俺の肩に、アティースさんの手が乗せられた。
「私たちは、すべての
「……ほんとですか?」
「
平和に解決。ほんとうに、全部の仕事がそうなればいいのに。
「残念ながら、それがかなわない相手もいる」
俺の肩に、強い力がこめられた。
「コーディリア・ロークウッド。きみも感じたと思うが、あれこそ決して野放しにしてはいけない
コーディリア。コーディ。黒ぶち眼鏡の、小柄な少女。
俺とタクを拉致し、一方的にペラペラしゃべったあとで開放した「アルサシオン」幹部。
自分の兵隊たちを捨て駒としてひとり残らず始末した、モスグリーンの殺人者。
「今日は警察を下がらせるしかなかった。深追いすれば、警察官同士で殺し合いを始める危険があったからな。
だが、今まで不明だったやつの
アティースさんはそう言ってくれるけど。俺は、車に乗ってちょっと話しただけ。結局コーディのペースに振り回されただけだ。
あのときタクの拘束をゆるめてナイフを持たせたのは、フォルカーで間違いないだろう。
確か、「いろんなテスト」だと言ってた。タクの能力を見極めようとしていたんだろうか。
あるいは折賀。あるいは俺。
まだ誰も、やつらが「捕獲」対象から外したわけじゃない。
間違いなく、この先に待ってるのは、やつらとの「
「アティースさん。教えてください」
扉上の「検査中」の表示灯を見つめながら、となりにいる上司に尋ねる。
「また、あいつらが現れたら――いつかは、相手を殺さなきゃならない時が来るんでしょうか」
アティースさんの手が、俺の肩から離れた。
病院で話していいような話題じゃないが、幸い周囲に人影はない。
「……美仁のことを言ってるんだな」
「はい」
少しうつむいた彼女の横顔は、さらりと流れる
「……覚悟はできているはずだ。工作員として、そのように教育している。
それに――美弥やきみに危険が迫ったときは、あの能力で敵の命を奪うこともためらわないはずだ。ただ――」
前髪の隙間から、透き通るような瞳が俺を見つめている。
「まともな人間なら、誰だって人を殺したくなんかない。その
「……はい」
青果集配センターで見せたやつの姿が、忘れられない。
「甲斐。あいつが弱音を吐くことがあるなら、話を聞いてやってくれ。きみは、人が安心して本音を話せるような空気を持っている」
顔を上げたアティースさんの目元が、少しだけ微笑んでいた。
「それも、情報組織の人間として大切な資質のひとつだ」
……そう、なのかな。
今まであまり考えたことなかったけど。
相手の『色』を見ながら話を聞いてあげることなら、確かに今すぐにでもできる。
そっちの能力を役に立てることも、少しは考えてみるか。
◇ ◇ ◇
タクの検査は、なんだかんだで夕方近くまでかかってしまった。
駆けつけたタクのお母さんが、「どうせなら全身、可能な限り検査しちゃってください!」と病院側にお願いしたらしい。
公的には、パトカー追跡騒ぎはこの町に突如現れた外国人犯罪グループが原因、タクが倒れたのは、受験直前で精神と体調が不安定なところにその犯罪グループに出くわしたのが原因――ということになっている。
警察の公式記録も病院のカルテも、すべてその方向で情報統制済みだそうだ。
タク本人と家族には、さらに別の説明が追加された。
タクがたまたま
本人は「俺そんな怪しいサイト見てねえし!」と、かなり不満気だけど。
タクのPCをジェスさんが洗ったところ、「アルサシオン」がタクに送ってきたのはかなり複雑で特殊な信号だった。
なぜそんな信号をやつらが構築できたのかは不明だが、それに相当する信号を受信しない限り、タクの「
少なくとも、現状脳に異常は見られなかった。本人もすっかり元気を回復したので、念のため一泊だけ入院させて、明日には退院できることになった。
今後は電子機器の扱いに制限をかけてもらう方向で。
受験が終わるまで、タクや家族への「能力告知」は先延ばしされることになった。
「相田には納得できない部分もあるだろうけど。受験が終わるまで、タクのことは今までどおり支えてあげてほしいんだ。受験が終わったら、もうちょっとちゃんと説明するからさ。頼むよ」
相田には、俺から伝えた方がいいとアティースさんに言われ、電話でなんとかフォローしておいた。
察しのいい相田には、タクや家族に対するのと同じ説明じゃ通用しない。彼女への説明も、受験が終わるまで先延ばしにさせてもらう。
特に異常が見られなかったことと、無事に受験させてもらえそうなことに、俺はほっと大きく息をついた。
「いやー、やっと検査終わったっぽい。ずっと寝不足だったから、今日くらいはがっつり寝かしてもらうわ。甲斐、つきあってくれてありがとなー」
「おー、おとなしく寝とけ。看護師さんにちょっかい出すなよー」
検査着を着たまま大きく伸びをするタクに、思わず笑いがこぼれる。そのタクの口が、あんぐりと大きく開けられたまま変な声を漏らした。
「お、おおおおおお??」
「お?」
「お、折賀じゃねえの? そこにいんの!」
確かに、俺の後方から折賀が歩いてくる。
やつに投げられたことはすっかり忘れたらしい。
「なんでここにいんの? ってか生きてたの? なんでいきなり学校辞めたん?」
「めんどくせ―からノーコメント」
そう言いつつも、折賀もタクの元気な姿を見て安心したらしい。
「受験終わったら連絡くれ。おごってやるから、甲斐と三人で何か食いに行こう」
「おおおほんとか! 行く行く!」
無邪気にガッツポーズをとる。こういうとこ、ほんとタクらしいな。
「いやー、まさかお前から声がかかるとは思わんかった。折賀ってなんか、バイトあるからっていつも忙しそうにしてたじゃん。すぐ帰るから『神速の帰宅部部長』なんて呼ばれてさー」
「学校辞めたから少しヒマになったんだよ。じゃ、俺と甲斐はもう行くから。受験、頑張れよ」
「おー、サンキュ!」
折賀は俺に「大学まで走るぞ」と小声で言い、タクは笑って手を振りながら「お前ら、いつの間にか仲よくなったんだなー! またなー!」と叫ぶ。
――タクの受験、早く終わればいいのに。
そしたらみんなでメシ食いに行って……。相田も呼んでやろうかな。
そのときには、タクにお互いの能力の話とかできるんだろうか。
俺が今どこでどんなことをしてるのか、聞いてくれるかな。
そんなことに思いを巡らせながら、大学に向かって走った。
折賀に、重大な話を聞かされるまでは。
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