CODE13 白金色の美しき指揮官登場!(2)

 片目を、取り払う!? 冗談だよな!?


「動くなよ。じっとしていれば一瞬で済む」


 指揮官の左手が折賀おりがの襟元をつかみ、右手のペンが折賀の左目にピタリと狙いを定める。

 限りなく白く清廉せいれんに見えた彼女の『色』に、迷いのない青灰色ブルーグレーが現れて、まるで炎のように揺らぎ始めている。その色が示す方向も――間違いなく、折賀の左目。


 冗談では、ない。彼女の言葉に嘘はない。


 折賀は動かない。ただ黙って、ペンから伸びた針を見ている。


 となりのエルシィさんを見ると、眉をひそめて深いため息をついてるだけ。

 彼女に言葉をかける間もなく、指揮官の右手が恐ろしいモーションに入った!


「折賀ァーッ!」


 思わず駆け出した俺は、両手を伸ばして勢いよく折賀の体を突き飛ばした。

 勢い余った俺の体は折賀を飛び越え床をゴロゴロ転がり、腰から壁に激突。痛えぇーー!


「ずいぶんと活きがいいな、甲斐かい健亮けんすけ


 ペン先を下ろした指揮官が、痛さにうめく俺を見下ろしている。


美仁よしひとをかばったつもりかもしれんが、こいつはもう覚悟を決めている。邪魔をするなと言われるだけだぞ」


 そうだ。こいつはそういう顔をしてた。

 でも、こいつが納得したって俺が納得しねえ!


 俺は不格好ながらも急いで立ち上がり、グイッと折賀の胸ぐらをつかみ、思いつくままに言葉をぶつけた。


「なに勝手に覚悟決めちゃってんだよ! カッコつけんじゃねえ! あらがえよ! お前がどんだけのことをしたか知んねーけど、だからって目を差し出すバカがいるかよ! 美弥みやちゃんが泣くだろ! あのお母さんからもらった体を、なくしてもいいってのかよッ!」


 早くも息が上がってしまった俺の手を、折賀は右手でつかんでそのまま振り払った。


 ――まただ。


 こいつに触るたびに見える、こいつの中にある「映像」。

 こんなときまで同じ。そんなに大事なのか、「それ」が。


「美仁が大事か、甲斐」


 声をかけられ、俺は指揮官の方に向き直った。


「こいつに何かあったら、悲しむ人がいます」


 誰よりも温かい『色』を、俺に見せてくれた人。その色で、俺を包んでくれた人。


「俺は、その人が大事なんです。だから……」


 俺は床に膝をつき、これ以上はないくらいに深く頭を垂れた。昨日の強制土下座とは違う、俺自身の意思をともなった、正真正銘の土下座。


「こいつの目、取り上げないでやってください。お願いします!」



  ◇ ◇ ◇



 数秒の、沈黙のあと。


 パンプスの足音と、小さな衣擦れの音が聞こえ、顔を上げると……すぐ目の前に、指揮官の顔があった。うわ。


 彼女は俺のあごに細い指を乗せ、いわゆる「顎クイ」で俺の視線を自分に向かせ、まじまじとのぞき込んできた。ち、近い……。


「なるほど。いい目をしている。美仁がしたの中では、上物じょうものに入るだろう」


 え、なに?

 自分にそぐわない単語がいくつか飛んできて、軽く混乱し始める。


「美仁の片目にあたいするかどうかはわからんが、きみが我々にその目を提供するなら、考えてやってもいい」


 え?


「我々が抱える研究機関には、きみの目なら喜んで研究したがる科学者が何人もいる。どんな研究をするかは知らんがな。手っ取り早く眼球摘出してしまうかもしれんが、命までとられることはないだろう」


 え?


「……どうやらまだわかっていないようだな。我々は世界中の『能力者アビリティ・ホルダー』を発見・捕獲して管理する情報組織。美仁は捕獲を請け負う『猟犬』だ。きみは、能力者ホルダーとしてこいつに捕獲され、ここまで連れてこられたんだよ」


 …………。


 俺は、エルシィさんの方を見た。いつの間にかいなくなってる。


 折賀の方を見た。確かに昨日、エルシィさんと捕獲がどうとか話をしてたけど、完全に冗談ノリだったよな?


 何か言えよ。なんで、そんな冷たい目で俺のことにらんでんだよ。


 逃げた方がよくないか。でもここは地下二階で、この二人がいる。不可能だ。


 ……俺、これからどうなっちゃうんだよ……


「……甲斐は、『獲物』じゃない」


 折賀が、ようやく重い口を開いた。表情は冷たいままだ。


「俺と同じ『猟犬』だ。こいつは目がきく。現場に連れて行けば、いつかは役に立つ」


「いつか、ね……。即戦力でないのは確かだな」


 指揮官は軽くため息をついて立ち上がった。


「お前をきたえあげたのは素質があったからだ。甲斐は、能力も体力もあまり戦闘向きとは言えない」


「だったら俺が鍛える」


 指揮官のきれいな瞳が、まるで値踏みするように俺の全身を眺めまわす。

 さっきから、猟犬だの、鍛えるだの……。何言ってんの、二人とも。


「そう言えば、日本には『甲斐犬かいけん』と呼ばれる猟犬がいるんだったな。で、お前が多少鍛えたとして、彼に何ができる? 世衣せいの言う『甲斐レーダー』とやらを使うために、毎回二人仲よく手をつないで現場へ向かうのか?」


「手はつながねえけど、早いうちから現場に慣れさせる」


 さっきからなんだよ。

 二人して、俺を無視して俺の話を勝手に進めんなよ。

 俺には、現場とやらで協力するか、捕まって実験室送りになるか、その二択しかないってわけ?


「当の甲斐はずいぶんと不服そうだが、まあ無理もない。私でよければ、きみがもう少しやる気を出せるような話をしよう。聞くか?」


 そりゃまあ、聞くしかない。聞かないとなんもわかんねえもん。


 黙ってうなずくと、指揮官は部屋の隅に転がっているパイプ椅子をひとつ起こして、そこに座るようにうながした。

 俺が言われたとおりに腰を下ろすと、彼女は「駄犬をつないでおくから、少し待ってろ」と言い、折賀の方に向き直った。


「そういえば美仁、いい知らせがある。お前がいつも同じような黒コートを着て暴走ばかり繰り返すから、ロス支局のやつらがコードネームを与えてくれたぞ。『ブラック・ガゼルハウンド』――最速の黒い猟犬、だそうだ」


 そこで彼女は、いきなり左手で折賀の黒ジャージのファスナーを引き下ろし、ペンを持った右手で、折賀の胸を縦一文字に切り裂いた!


 でええぇッ!?


 俺は仰天して立ち上がった。

 が、よく見ると、針ペンで切り裂かれたのは折賀の胸ではなく、ジャージの下に着ていたグレーのTシャツだけだったらしい。

 おっ、驚かせんなー!


「だから、お前はもう二度と黒以外を着るな」


 黒ジャージ着てて、間一髪命拾いしたな。違う色着てたら帰れないとこだったぞ。


「それから、これは私からのプレゼントだ。服の色に合わせて、こっちは銀色にしておいた」


と言いながら、折賀の首に巻きつけたのは――銀色の、犬用の、首輪。


 どこまでも、犬。


 彼女はその首輪に見覚えのある細いチェーンをつなぎ、華麗な腕さばきで空中へ放り投げた。

 チェーンは部屋の壁沿いに置かれている脚付きホワイトボードの脚部分に、ぐるっと回転してきれいに巻きついた。


「しばらくそこでおとなしくつながれてろ。――さて、甲斐。待たせたね」


 折賀がつながれているのとは反対側の壁のそばで、俺と指揮官はパイプ椅子に座って向きあった。




 ――このとき聞いた話が、これからの俺の人生を大きく動かすことになる。

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