CODE12 白金色の美しき指揮官登場!(1)

「あ、あのっ! おはよう!」


 いきなり背後から声をかけられ、振り向くと、俺たちと同年代に見える若い男が立っていた。


「きみ、『ハニー・メヌエット』で働いてる子だよね? えーと、突然でビックリさせちゃうかもしれないけど、俺、いつもきみのこと見てて、なんかいいな、って……」


 俺たちの目の前で、ずいぶんといい度胸じゃねえか。

 たぶん俺たちの姿なんて目に入ってないんだろう。


 美弥みやちゃんのピンク色にハートをつかまれてるのは、俺だけじゃないらしい。


「それで、よかったら名前教えブワーーッ!?」


 折賀おりがと互いに目で合図を送り、俺が美弥ちゃんの向きをさりげなく変える間に折賀が能力発動。

 名も知らぬ哀れな男は、その辺の家の垣根をぽーんと飛び越えて視界から完全に姿を消した。


「あれ、今の人は?」首をかしげる美弥ちゃん。


「腹でも下してトイレ借りに行ったんじゃねえか」しれっと折賀。


 普通に歩いてるだけで、朝から変な虫がよってくるとは。

 やっぱ、美弥ちゃんをひとりで歩かせるのは危ないな。



 ケーキ屋「ハニー・メヌエット」に到着すると、ちょうど店員がシャッターを開け始めてるところだった。


 って、店長じゃん。

 思いっきりにらみつけると、おっさんはとたんに「ひょわっ!?」と叫びながら、真っ青になって店内に逃げ込んでしまった。


 また少しでも怪しいそぶりを見せたら、いつでも怒鳴り込みにいくからな。



  ◇ ◇ ◇ 



 美弥ちゃんと別れたあと、道を曲がると片水野かたみの川が見えてきた。


 商店街から大学までは、昨晩のように小学校や病院がある県道を歩くのが最短ルートだけど、川沿いに出れば、遠回りではあるが広々とした景色を見ながら行くことができる。


 どの学校も冬休みに入っているこの時期の、朝の九時すぎ。

 土手の上の歩道ではのんびり散歩を楽しむ人たちとすれ違い、川原のサッカー場では小学生のチームが元気よく声をかけ合いながらパス練を繰り返している。

 後方に架かっている橋の上を、ときおり電車が通過する。

 天気は快晴。いたってのどかな郊外の風景。


 ランニングなんて超久しぶりだ。

 体育の授業とマラソン大会ぐらいでしか、やった記憶がない。


 最初は気持ちよく走っていた俺の体は、折賀の言うとおり、なまくら以外の何ものでもなかった。

 十分も経たないうちに心臓がドクドクと激しく悲鳴をあげ始め、一歩ごとに足が衝撃に痛む。

 途中で気分を変えてアスファルトの歩道から川原の草の上に移動したものの、つらいものはつらい。


 折賀は俺のペースに合わせてゆっくり走ってたけど、そのうち飽きてひとりで全速往復ダッシュとかやり始めた。

 ようやく目的地が近づいてきたので、水分補給しつつ軽いストレッチの小休止になったときも、こいつはひとりで黙々とこぶし立て伏せやスクワットをやってた。バケモンか。


 汗を拭き、最後は歩いて息を整えながら目的地に到着。

 正門に掲げられた目的地の名は「片野原かたのはら女子大学」。


「美弥ちゃんの高校と同じ敷地」と言われた時点で気づくべきだった。

 女子大じゃん! 男子高生の俺が入っていいんだろか。


「おはようございます! 甲斐かいさん、昨夜はろくにご挨拶もできずにすみませんでした」


 正門入り口、守衛室の前で、金髪・黒スーツの小柄な外人さんが立っていた。


「私はエルシィ・グランズウィックと申します。『チーム・オリヅル』の指揮官補佐を務めております。今日は私がご案内いたします」


 日本語うめー。

 昨日は折賀のツッコミに忙しかったようだけど、「デキる女」って感じがする。


 彼女の案内で、守衛室のすぐ向こう側の狭い通り道に入っていった俺たちは、すぐ近くの棟に入り、階段を下り始めた。

 周りには誰もいない。せっかく女子大に来たのに、女子大生にひとりも会わんとは。


 地下二階まで階段を下りて扉を開けると、真っ暗な通路が続いていた。

 非常灯以外なんの照明もついてない。節電?


「暗くてすみません。学生さんや無関係の方がうっかり迷い込まないように、わざと暗くしてあるんですよ」


 暗い中を黙々と進み、一度角を曲がったところで、ある扉の前でエルシィさんが立ち止まった。


「ここが指令室です。入るときはこのパネルの前に立って手をかざしてください。静脈じょうみゃく認証と虹彩こうさい認証が同時に完了します。帽子などはかぶらないで、顔が見えるようにしてくださいね」


 そう説明しながら、指令室とやらはスルーしてその先の部屋へ行く。

 別室もセキュリティシステムは同じらしく、彼女が慣れた様子で扉の前に立つと、大きな扉がシュンと自動で開いた。


「こちらはミーティングルームです。ボスが待ってますので、美仁よしひとさん、ささ、どうぞ」


 なかば強引に背中を押された折賀が、急に明るくなった視界にわずかに目を細めながら入室したとたん――


「グッ……!」


 いきなり壁に叩きつけられた!



  ◇ ◇ ◇



 いや、よく見ると叩きつけられる直前に折賀は踏みとどまっていた。


 何者かに突然繰り出されたこぶしをとっさに腕でガードし、後方に引いたところを今度は低めの蹴りが襲う。

 ジャンプでかわそうとした折賀は、空中で突然バランスを崩して床の上を転がった。


 細い金属音が床をすべる。

 よく見ると、折賀の足に細いチェーンが巻きついている。

 そのチェーンを握るのは、グレーのパンツスーツに身を包んだ、すらりと細い白人女性。


「どのツラ下げて日本へ帰ってきた、駄犬。お前には、もう一度念入りなしつけが必要なようだな」


 白金色プラチナブロンドのさらっとした髪をなびかせたその女性は、髪によく似た色の清廉せいれんな空気をまとい、折賀を見下ろして立っている。

 青灰色ブルーグレーの切れ長の瞳は奥に深い光をたたえていて、見てるだけで吸い込まれそう。

 ハリウッド女優にも引けをとらないくらいの、すごい美人だ。


 その美人を、足を巻き取られたままの折賀は立ち上がってにらみ返す。

 俺の後ろで、エルシィさんが笑顔のまま説明を始めた。


「私たち『チーム・オリヅル』の指揮官、アティース・グレンバーグです。年齢は国家機密だそうですので、間違っても聞かないように」


 本気だか冗談だかわからない言葉と同時に、折賀の足に巻きついた長いチェーンが空中で大きな曲線を描いた。

 まるで生き物のような精度で、スピードを上げた鎖がやつの顔面を襲う。

 折賀はとっさに右手で防ごうとしたが、その右手まで難なくからめ取られてしまった。


 まるで投げ縄のように、チェーンが大きく空中を舞う。

 その勢いで体勢を崩したやつのこめかみに、ガッと飛びかかった指揮官の右脚が炸裂!


 部屋の隅には会議用の長机やパイプ椅子が畳んで積まれているが、ハイキックをモロに受けた折賀はその中へ見事に突っ込んでしまった。

 鼓膜こまくを襲うほどの衝突音。机と椅子が散乱する。


 こりゃ痛えや……。しばらく立てないんじゃないだろか。


 指揮官はかなり強い人だと思う。

 でも、折賀は全く反撃をしていない。能力も使ってない。仮にも上司だから?


 長いチェーンを床上で鳴らしながら、指揮官が折賀に近づく。

 折賀は、よろけながらもかろうじて立ち上がった。

 指揮官が軽く手首を返すと、折賀に巻きついていたチェーンがするりとほどけて、彼女の手元に収まった。


 折賀を見下ろす彼女からは、高揚こうようも、冷徹れいてつな気迫も感じられない。

 ただ息をするように、薄いピンク色に覆われた形のよい唇から、りんと響く言葉を紡ぎ出す。


「度重なる命令無視、独断による身勝手な暴走――お前が今までしでかしてきた、工作員にあるまじき問題行動の数々、全部覚えているか?」


「……ああ」


 折賀の口から反論は聞こえない。

 どうやらやつは何度かとんでもないことをしでかして、その罰を受けているらしい。


「確かに、お前の決死の突入で救われた命もある。だが一部の一般人の安全に気を取られるあまり、私のチームを危険にさらしたのは事実だ。上司として厳罰をもって処する他ない」


「……何をすればいい」


 指揮官は、スーツの内ポケットから一本のペンを取り出した。

 カチッと音を立てたあとで軽く振ると、いきなりペン先から長さ十センチほどもある太い針が伸びた。

 その針先が、折賀の眼前に据えられてピタリと止まる。


「お前の能力は、目が見えなきゃ使えないんだったな。二度と特攻なんてバカな真似ができぬよう、今この場でお前の片目を取り払う」


 ――え。


 ええええぇぇえッ??

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る