CODE11 黒い折り鶴のすむところ(2)

 美弥みやちゃんに肩をもんでもらって、幸せに包まれてすっかり力抜けきったころ。


 美弥ちゃんがお風呂に入ってる間、折賀おりがの指示で、俺の分の布団を運ぶのを手伝った。


「母親の部屋が空いてるけど、半分物置だから。寝るのは俺の部屋でいいな」


「あー、うん……」


 悪魔教の儀式祭壇室。黒い浮遊霊が出る部屋。

 正直避けたいスポットだけど、言ったら鼻で笑われそう。


 二人のお母さんの部屋から布団一式を運び出し、折賀の部屋の畳の上に敷く。

 敷いたあとで、さりげなくそそそ……と少しずつ布団をベッドから離す。呪われるのは折賀ひとりに任せた。


「この家のルールとしてひとつ言っておく」


 ベッドに腰かけて見下ろしてる折賀と、畳に座ってる俺。

 それから、たぶん一緒に聞いてる「黒さん」。


「母親の部屋の向かいが美弥の部屋だが、俺の許可なしに近づくことは禁止。そばのトイレに行くときも必ず俺に言え。破ったら全身の骨を砕いて箱詰めにするからな」


「こえーことさらっと言うな! まさか毎回トイレまでついてくる気?」


「美弥の風呂に近づくようなことがあれば、さらに全部の歯を抜いて指紋を焼く」


「それどこの犯罪組織!? 美弥ちゃんがいなくなったとたん物騒百パーセントにシフトすんな! 俺はお前と違って静かな国の住人なの!」


 どっと疲れを感じて、俺は布団にもぐり込んだ。


 今日はいろんなことがありすぎた。

 めんどいことは明日に回して、今日はもう寝よう。そうしよう。


「あ、折賀、俺からも言っとくけど。もう首絞めて殺そうとすんなよ。破ったら、ええと……美弥ちゃんに言いつけるからな!」


 就寝あいさつ代わりにそう言いながら、布団を頭までかぶる。

 あ、美弥ちゃんにおやすみを言わないと。


「……俺の念動能力サイコキネシスは未完成なんだ」


 ん?

 頭を出してそっちを見ると、さっきまでの威圧的な顔とは違う。


「一年三ヶ月ぶりに家族に会いに行ったら、妹が泣いているのが聞こえてきた。その結果があれだ。普段は、敵に対しては十数メートル吹っ飛ばすくらいしかできない」


「…………」


 美弥ちゃんが泣いてたのは、俺に感謝してくれたから、なんだけど。タイミング悪かったな。


 未完成の念動能力サイコキネシス

 そういえば、世衣せいさんが弱点を知ってるとか、エア銃がまだ実験段階だとか言ってた。


「お前の能力の弱点って何? また変なやつらがいつ襲いに来るかわからんし、先に教えといてくれよ」


 折賀は、嫌そうな顔をしつつも渋々しぶしぶ話し始めた。


「一度しか言わないからな」



  ◇ ◇ ◇



 その、わずか二分後。


「あだだだーっ! やめてやめてー! 俺の体、そっちには曲がらないからーッ!」


「なかなかうまくいかねーな。あとうるさいからちょっと黙れ」


「無茶言うなー! 腕、折れる! 頭、畳にめり込んでる! グリグリ押さえつけるなー! いやーッハゲるーッ!」


 折賀は相変わらずベッドに腰かけたままだが、俺の体はバキバキと悲鳴をあげながらやつの能力に翻弄ほんろうされていた。


 脚を無理やり変な方に曲げられ、頭を何度も畳に打ちつけられ――最終的に、店長もやっていた「土下座体勢」ができあがった。


「なんで、俺は、土下座なんて、させられてるわけっ?」


 デコどころか脳天をグリグリと畳に押しつけられた状態で、折賀の顔も見えんが、気持ちだけはめいっぱいやつの方を睨みつける。


「俺の毛根が致死ダメージを受けたら、一生育毛剤買わせるからな!」


「言っただろ。俺の能力は未完成なんだ。相手を吹っ飛ばすだけじゃなく、拘束したり、思うように操れるようにしたい。ちょうどいいから実験台になってくれ」


「ざけんなー! なんで俺が!」


「味方の弱点をスマホにメモろうとするバカがどこにいる」


「しゃーねーじゃん! お前弱点多いんだもん! メモんなきゃ覚えらんないじゃん!」


 その言葉が、再びやつの逆鱗げきりんに触れたらしい。

 今度は両脚を思いっきり伸ばされ、こぶしをグキグキと畳に押しつけられ、両腕が伸びたと思ったらまた曲がり――あ、これ、「拳立て伏せ」ってやつだ。


「しばらくそうやって体きたえてろ」


「いやー! 無理! 普通にやっても無理! せっかくお風呂で汗流したのにー!」


 美弥ちゃんにいやしてもらった体をさらにバキバキにほぐされて、寝入ると言うよりほとんど気を失うような状態で、気がつくとそのまま朝を迎えていたのだった……。

 

 幸い、いつもの悪夢は見なかった。

 

 でも、美弥ちゃんにおやすみを言い損ねた。美弥ちゃんのお風呂上がりも見れなかった……。



  ◇ ◇ ◇



12月25日


 折賀の念動能力サイコキネシスの弱点。


 メモれなかったので、記憶を掘り起こしてみるとだいたいこんな感じ。


 ――まず、人間しか動かせない。

 武器とかたくさん飛ばせたらカッコよかったのに。

 寝転んだままいろんな物を引き寄せるぐうたら生活もできんし。


 ――一度にひとりしか動かせない。

 だから吹っ飛ばすあいまに格闘してたのか。

 全員いっぺんに吹っ飛ばして無双できたらカッコよかったのに。


 ――視認できる相手しか動かせない。

「甲斐レーダー」にこだわる理由がわかった。俺がいれば暗闇でも遮蔽物しゃへいぶつ越しでも「視認」できるもんな。


 ――短い時間しか動かせない。

 一回の発動可能時間は状況によって変わるらしい。一分くらいもつこともあれば、一瞬しかきかないこともあるとか。

 訓練によって時間を伸ばすことはできるかもしれない……って、ちょっと待て、訓練って。


 あとはすでにわかってるとおり、銃のイメージに乗せて距離を伸ばしたり、吹っ飛ばす以外の使い方を訓練で鍛えたりすれば、弱点補強になるらしい……って、だから、その訓練って。


 まさか、全部俺が実験台だなんて言わねえよな?


甲斐かいさん、おはようございます!」


 枕元で美弥ちゃんが膝をついていた。すでにきちんと身支度を済ませ、ふわっとした髪をきれいに三つ編みにしてる。

 リビングのカーテンからこぼれた朝の光が、後光のように彼女のピンク色と重なって、とてもきれいだ。


 彼女からグレーのジャージを渡された。またジャージ?


「美弥は今日も朝からバイトだ」


 洗面所で顔を洗ってきた折賀が登場。やつも黒ジャージを着てる。


「美弥を送ってそのまま大学へ行く。川沿いを走ってくからジャージ着とけ」


「えぇ……駅向こうの土手? あれけっこう距離あるよね」


「これからは、普段着もジャージ、寝るときもジャージ、出かけるときもジャージだ。枚数足りないだろうから、今度おまえの分買いに行くぞ」


「まさかの万年強制ジャージ! なにゆえ?」


「いつでも非常事態に対処できるように、そしていつでも体をきたえられるようにだ。お前の体はなまくらすぎる。これからビシッとトレーニングするからちゃんとついてこいよ」


「ちょっと待てー! 昨日のアレで筋肉痛がヤバい! 走るとかトレーニングとか無理!」


「ったく、しょうがねえな。美弥」


 折賀の合図で、美弥ちゃんが俺の背後に回って――「甲斐さん、ちょっと横になってください」という言葉とともに、なんと、俺の背中や腰のマッサージを始めちゃった!


 ヤバい、幸せすぎて、気持ちよすぎて、死にそう。


「甲斐さん、お兄がなんか無理させちゃったみたいでごめんなさい。友達を家に呼ぶなんて初めてだから、ちょっとはしゃぎすぎちゃったみたい」


 はしゃぐって小学生か。あー、ほんと癒されるー。


「こんなしょーもない兄だけど、これからも仲よくしてもらえると嬉しいです」


 無理です。でも、なんだこのあったかいゴッドハンドは。美弥ちゃんだったら末永く仲よくしたいです。


 マッサージがひととおり終わって俺の筋肉が超回復を遂げたころ、折賀の手でタイミングよく朝食が食卓に並べられた。



 ――これが話に聞く、二重拘束ダブルバインドか。


 天国と地獄。アメとムチ。美弥ちゃんと折賀。


 これは、折賀兄妹によって知らぬ間に泥沼にはまり込み抜け出せなくなってしまった、平凡な一高校生の奮闘記――みたいな話、かもしれない。

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