CODE14 「オリヅル」という組織(1)

「以前我々が管理していた『能力者アビリティ・ホルダー』の中に、他の能力者ホルダーの所在を知ることができる『ディテクター』――探知能力者がいたんだ」


 俺の前で、すらりと長い脚を組み、涼やかな声で流暢りゅうちょうな日本語を話す白人女性。

 俺は今、アティース・グレンバーグという名の、情報組織「オリヅル」指揮官と話をしている。


「その『探知能力者ディテクター』が昨年、いわゆる敵対勢力に奪われた。

 敵対勢力の名は『アルサシオン』。我々は、略して『アー』と呼ぶことが多い」


「……はあ」


 情報組織とか、敵対勢力とか。

 平和な国・日本の高校生には、遠い世界のことのように感じる。


「以来、『アー』とは能力者ホルダーの奪い合いを繰り返している状況だ。

 最近では、日本の『万華まんげ☆教』という宗教団体を操り、ひとりの若者を探らせる動きを見せた。我々は世衣せいという潜入工作員を送り込み、やつらの動きとその若者の素性を調査した――

 ――言うまでもなく、甲斐かい、きみのことだ。きみは、やつらが抱えている『探知能力者ディテクター』の探知に引っかかったんだ」


 ……マジで?

 俺、両組織にずっと調べられてたの?


 指揮官・アティースさんは、足を組みなおし、物憂げに見える青灰色ブルーグレーの瞳で俺を見つめた。


「三日前、監視対象であるきみが、別の監視対象に近づいたときは正直肝を冷やしたよ。きみがヘラヘラとうすら笑いを浮かべてカフェの窓から彼女をのぞいたり、似合わないケーキを買って接触したときなど、多くのチームメンバーが固唾かたずをのんで来るべき事態に備えていたんだ」


 ――え。


折賀おりが美弥みや。彼女は、我々が昨年からずっと管理している『念動能力者サイコキネシスト』だ」


 ――え。

 美弥ちゃんが? 折賀ではなく?


 折賀の方を見ると、相変わらず冷たい目で俺のことをにらんでいる。

 だから、なんで睨むんだよ。


「昨年九月のことだ。二人の念動能力者サイコキネシスト――折賀美弥、ならびに美仁よしひとは探知により発見され、『アー』の工作員に拉致されそうになった。それまで二人には能力者ホルダーである自覚はなかったんだが、襲われたショックで能力が発現・暴走した。

 美仁は『アー』のやつら全員の頭部を吹っ飛ばし――美弥は、そのとき通りかかっていた小学校の校舎、一棟を丸ごと破壊してしまった」


 小学校――あの、片水崎かたみさき第一小学校か!


「あのときは、我々と東京支局の全員、そして日本警察が連携して全力で事件の隠蔽いんぺい奔走ほんそうした。

 単純な校舎の老朽化が原因ということにして、付近住民や地元教育委員会、建設業者への箝口令かんこうれいも徹底した。

 あの一夜で、とんでもない額の国家予算が吹き飛んだよ」


「…………」


 あの一夜――たぶん、文化祭の前々日の夜だ。


「美弥には当時の記憶がない。能力者ホルダーであるという自覚もない。美仁の強い希望もあって、彼女にはそれまでと変わらない平凡な日常を過ごさせている。

 我々『オリヅル』は、そのためにここ片野原女子大に指令部を設置し、彼女を警護することを第一の任務として設立された特殊チームなんだ」


 ……美弥ちゃん……


「つまり、きみの大事な人と、我々にとって最も大事な人間は同じなんだ。少しはやる気が出たか?」


「…………」


 なんて言っていいのか、わからない。

 文化祭の前々日。委員の仕事のことで折賀と話した日。二人でタクの告白騒動に居合わせた日。

 あの日の兄妹に、そんな大変なことが起きていたなんて。


「きみが現場に出て、『アー』の連中が能力者ホルダーを奪うのを阻止することができれば、それは連中から美弥の身を護ることでもある。やる気があるなら、チームの『猟犬』として採用してもいいが、どうする」


「…………」


 ほかに選択肢はなさそうだ。


 話を受けなきゃ実験室送り。

 見逃してもらえたとしても、いつかは『アー』とやらに拉致される。

 話を受ければ、少しでも美弥ちゃんの身を護ることができる、かもしれない。


「俺に、何ができるかわからないけど……よろしく、お願いします」


 力なく頭を下げると、アティースさんは輝くような笑顔でにっこりと笑い、俺の首になめらかな白い両手を回して――


 青い首輪をはめた。ちゃんと用意してたんかい!



  ◇ ◇ ◇



 折賀は放置して、指令室とやらを案内してもらえることになった。折賀には相変わらず黒さんがいてるから、まあ寂しくはないだろう。


 中に入ると、まず壁一面のデカいモニターの数々が目に飛び込んできた。世界地図や、どこだかわからない街の風景なんかが映し出されている。

 室内スペースには何人分かのデスクが並び、その上に何台ものコンピューターとモニターが並んでいる。


 いかにも、映画なんかで見る、情報組織の指令室っぽい空間。ちょっとテンション上がる。


「甲斐くん、やっほー」


 デスク上のモニターの陰から世衣さんが顔を出して、手を振った。思わず振り返す。


「お、甲斐ちゃん来たの?」


 と、聞き慣れない男性の声。どこにいるんだろ? と見回すと、壁面の大型モニターがパッと映像を変えた。とたんにテンション下がる。


 カフェの窓際でボーっとしている俺が、どアップで映し出されたからだ。

 しかも、突然気持ち悪くにやにやし始めた。たぶん、美弥ちゃんを発見したときだ。


「俺を監視してたのは、よくわかりましたんで。どなたか知りませんけど、やめません?」


 やめるどころか、続けて出てきたのは俺のアパートの窓。

 あくびしながら顔を出した俺が、窓枠に思いっきり頭をぶつけてうずくまる。


「だからー、もーやめて!」


 次に出てきた俺は、折賀を突き飛ばして床を転がり、そのまま壁に激突してしまった。だらしない顔で半分のびてる。

 ついさっき撮られたばかりのホット映像だ。


「やめてくれたらラーメンおごりますからー!」


 とたんに画面がブラックアウト。アティースさんが不機嫌な顔でツッコむ。


「誰だ。高校生におごってもらおうだなんて考えてるダメな大人は」


「オレでース! 甲斐ちゃん、オレ、ジェス・メイラーでス! ラーメンよろしくネー!」


 これまたデスクのモニターの陰から、焦げ茶色の髪に無精ひげが目立つ、ひょろっとした白人男性が顔を出した。


 同時に、すらりとした黒スーツ姿の若い黒髪男性が入ってきて、さわやかな笑顔で軽くおじぎをした。



  ◇ ◇ ◇



 以下、ここで紹介された「オリヅル」メンバー。


 指揮官のアティース・グレンバーグさん。


 今はいないけど、指揮官補佐のエルシィ・グランズウィックさん。


 ピエロ姿で潜入工作をやってた、光和みつわ世衣せいさん。


 情報解析担当の、ジェス・メイラーさん。


 黒スーツの日本人男性、矢崎やさき京一けいいちさん。


 エルシィさん以外の全員と握手したけど、特に思念映像らしきものは見えなかった。


「これで全員ですか?」


「あと、ネットの向こうにオレのお仲間のハッカーたちがいるヨー。さすがにオレひとりで二十四時間監視や情報分析はできないからネ。みんな時間が空いたときに交代で手伝ってくれるんだ」とジェスさん。


「日本警察からの出向者がひとり、美弥さんの学校で警戒に当たってくれています。優秀な方ですよ」と矢崎さん。


 アティースさんも、指令室内をざっと見渡しながら続けて説明に入る。


「見てのとおり、このチームは日米混合メンバーで編成されている。

 私とエルシィ、ジェスはアメリカ中央情報局――つまりCIAの正局員だ。

 主に予算と海外での業務に関しては、アメリカ・ヴァージニア州の本部の指示を仰ぐことになる。

 日本国内での業務に関しては、日本警察の協力者たちと連携をとりながら進めていくことになる」


 シ、CIA!?


 マジか!

 俺でも知ってる、世界でもっとも有名な情報組織だ。なんかすごいことになってきた。


 アティースさんによると、CIA本部と同じヴァージニア州に、CIAが抱える超常現象研究施設があるらしい。

 アティースさんたちはもともとそこを拠点にしていたけど、「片水崎第一小学校事件」を機に、ここ片水崎市に拠点を移したんだそうだ。


「本当は、美弥を研究施設ヴァージニアに移せれば簡単だったんだけどな。彼女の母親の件がある。母親と引き離すわけにも、母親ごと動かすわけにもいかなかった」


 そういうとこは、美弥ちゃんの事情をちゃんと考えてくれてるんだな。


 俺がメンバーの『色』をひととおり見て感じたこと。

 たぶん、みんなこの仕事で大変な思いをしているはずなのに、誰ひとりとして、美弥ちゃんに対して嫌な感情を抱いていないということ。

 それどころか、みんな本心で美弥ちゃんの身を案じ、それぞれの仕事に真剣に取り組んでくれている。


 ――美弥ちゃんのピンク色にハートをつかまれてるのは、俺だけじゃないらしい。



 そのとき、突然室内に耳障りな警報音が響き渡った。

 大型モニターにエルシィさんの顔が映し出される。


『ボス、「ハニー・メヌエット」の前にいつもの五人組がたむろしてて動きません。どうします?』


 続いてケーキ屋前の風景に切り替わる。

 確かにガラの悪そうな、かつ暇そうな若者五人がたむろして、近寄りがたい空間を作り出している。


「またあいつらか……」


 アティースさんの顔がまた不機嫌になる。

 ふと、俺と目が合うと、彼女はふっと目元を細めて言った。


「そうだ、甲斐。きみに就任第一の任務を与える。

 今から現場へ向かい、五人のチンピラどもを撃退してこい。きみひとりでだ」


 ……はい?


「あいつらは、ここ数日美弥につきまとってる困った害虫だ。たむろしてるだけでは警察は呼べないが、美弥が困っているのは間違いない。さっさと駆除するに限る」


 いや、俺レーダー役として雇われたんじゃないの?

 折賀じゃあるまいし、戦闘とか無理ですよ?


「習うより慣れろ、業務は即実践あるのみ。

 美弥が大事なら、今すぐ現場へ走れ!」


「はっ、はいっ!」


 こうして俺の「オリヅル」猟犬ライフが、正式な雇用契約も結ばんうちにさっさと幕を開けてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る