CODE4 美少女に下着の色をきかれたら何と答えればいいのだろう(2)

「えええぇぇぇなんでそれを!!」


「……店長……」


 ミヤちゃんの冷たい声に心を刺されたおっさんが、みっともなく半分涙目になりながら、急に頭を地面になすりつけた。この上なく見事な土下座体勢だ。


「ちっちちち違うんだ! カメラはその、ちょっとテストしようとしたら手違いで映っちゃったんだ! スマホに入れたのは、僕じゃない! なぜか勝手に入ってたんだ! すっ、すぐに削除するから! 信じてくれ! 信じてください! お願い!」


 まさか、ここまであっけなく吐くとは思わなかった。どうしてくれよう、警察呼ぶか?


 ミヤちゃんは、こんな店長の情けない姿を見ても冷静だった。

 静かに近づくと、店長に向かって少し身をかがめて言った。


「もちろん、スマホの写真とカメラの映像はすぐに削除してください。カメラもすぐに外してください。サンタ服に着替えるのも、もうやめにしましょう。あれ着るの嫌だったんですよ。本社によく言っといてくださいね。それじゃ、さっさとお店に戻って。まだ勤務時間でしょ?」


 え? それでいいの?


「さすがにもう二度と不謹慎なことはしませんよね? それじゃ、また明日」


「あ、ああ、ありがとう! それじゃ!」


 勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げて走り去っていくおっさんこと盗撮犯を、俺は茫然ぼうぜんと見送った。


 ゆっくりふり返ると、ミヤちゃんはやっぱり平然とその場に立っていた。この子、けっこう肝が座ってるみたい。


「ええと……いいの? あんなんで……」


「店長、別れた奥さんとの間に五歳のお子さんがいるんです。父親が犯罪者になっちゃったらその子がかわいそうでしょ? もちろん二度と間違いが起きないように目を光らせておかなきゃいけないけど、あの様子だともう、そこまでの度胸はないと思うし。それに変なこと言ってましたよね。画像が勝手にスマホに入ってた、とかなんとか」


 うん、言ってた。適当な出まかせだと思ったけど。


「あれ、百パーセントうそってわけじゃないような気がします」


 彼女は俺の方に近づいた。

 まるで夜空の星を映したかのような大きな黒い瞳が、上目づかいでじっと俺を見る。


「昨日、ケーキ買ってくださった方ですよね?」


 わ、覚えててくれたんだ。


「あのー、どうして店内のカメラとか、店長のスマホのことがわかったんですか?」


「……………………」


 あ、これ知ってる……。「詰んだ」ってやつだ。


 無我夢中で飛び出したから、言い訳なんてひとつも考えてない。

 完全部外者なのにそんなことを知ってる男って。店長よりはるかに怪しすぎる。


 やっぱあれですか。俺が通報される流れかな。

 クリスマスイブが、気になる女の子に通報された記念日ですか。

 警察が俺の目の話なんて信じるわけねえから、このまま精神病棟とかに突っ込まれるんかな。


 高校くらい、なんとか普通に卒業したかったなあ……。


「えっと、ちょっと質問変えますね」


 人生の黄昏たそがれにトリップしかけた俺の思考を、ミヤちゃんの声が引き戻した。


「カメラの映像って、わたしの着替えが盗撮されてたって話でしたよね。それって、わたしの下着姿が映ってたってこと?」


「…………はい?」


「わたしの下着ってどんなでした? ええと、色とか……」


「……………………」


 これはなんだろう。

 俺は試されてるのか? なんて答えるのが正解なわけ?


「いっ、色? ええと……」


 あのとき、見たとたんに頭に血がのぼった映像を、また脳内再生する羽目になるとは。


「色、色は……た、確か、薄いピンク、だったと……」


「ほんと? よかった!」


 何がよかったの??


「ほら、ひとくちに下着といっても、見せてもギリ大丈夫なのと絶対見られたくないのがあるわけで……って、変な質問しちゃいましたね、あはは」


 何があははなんだろう。もう生きた心地がしないんですけど。明るく笑いながらお縄につかせる流れ?


 心でダラダラ汗をかきまくる俺をじっと見つめながら、ささやくような声で彼女が問いかけた。


「違ってたらごめんなさい。ひょっとして、ほかの人には見えないものが見えちゃう方、ですか?」


「あ、え、まあ……そんな感じで……」


 ――ん? この子今なんつった?


「やっぱり! そうでなきゃわかるわけないですよね! 納得!」


 俺の見間違いでなきゃ、ミヤちゃんは手を叩いてはしゃいでるように見える。どういうこと?


「すごいですよね! 店内の誰にもわからなかったことが見えちゃうなんて。そんな力があったら、どんな難解な事件もズバッと解決できちゃうんじゃないですか?」


 あー、確かに、探偵漫画みたいにしょっちゅう目の前で殺人事件とか起きたら解決できるかも。

 トリック見破れないけどな。「犯人はお前だ!」しか言えないけどな。


 それより――この子の言葉を、俺は信じていいんだろうか。


 相変わらず、夜の電灯の下でもはっきりとわかる、淡くきれいなピンク色に包まれている彼女。

 今まで「ばあちゃん先生」以外の誰にも話さずに隠し続けてきたことを、俺は話してもいいんだろうか。


「……えーと……」


「はい?」


「気持ち悪い、とか思わない? 確かに俺はいろいろ見えちゃうんだけど、それって他の人には理解しにくいことだと思うし……」


「なんで? わたし、普通にすごいって思っちゃいますけど。なんで気持ち悪いの?」


 本当にわからない、と首をかしげる彼女。


 この子になら、話せる。話したい。

 聞いてほしい、どうしても。



  ◇ ◇ ◇



 夜の寒さも忘れて、俺は夢中で話した。


 指先が触れたとき、「黒い折り鶴」の映像が見えたこと。

 あのおっさんにぶつかったとき、おそらくおっさんが見ていたであろう隠しカメラやスマホの画面が見えたこと。


 初めて会ったときからずっと、彼女がとても幸せそうなピンク色に包まれて見えること。


 時間にしてわずか三・四分くらいの話だけど、長い間ずっと抱えてきたものを、すっかり吐き出したように思える時間だった。


 彼女は、なんの疑いも挟まずに、じっと真剣に聞いてくれた。


「折り鶴は、たぶんわたしが折ったものです。わたし、鶴を折るのが趣味だから」


 心から幸せそうに、彼女は微笑んだ。


「きっと、心に強く残っている映像が見えちゃうんでしょうね」


 そう言いながら彼女は、俺の前に右手を差し出した。


「握手、してもらってもいいですか?」


「…………」


 俺は返事に迷ってその手を見つめた。

 俺の手に触れるってことの意味を、たった今話したばかりだ。


 また見てしまってもいいってこと?

 ……いいんだよね?


 そっと右手を合わせる。

 今度は静電気のような刺激はなく、彼女のあたたかな体温と、徐々にピントを合わせるかのように浮き上がってくる、ひとつの映像。


 今度は、黒い折り鶴じゃない。

 赤、青、黄、その他たくさんの、色とりどりの数えきれないほどの折り鶴たち。

 その中に、誰かがいる。


 でも、これって……。


「お願いが、あるんです」


 心配になって見つめる俺の前で、それでも彼女は柔らかい微笑みを返す。


「心を見てほしい人がいるんです。お時間大丈夫でしたら、これから一緒に来てもらえませんか?」

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